14 いつだって本気
月曜日。待ちに待った放課後。要達は脇目も振らずに部室に歩いていた。
要の周りをウロウロとするレシュリア。その視線は手に持つ紙袋に注がれていた。
「ああ、もう我慢できませんわ……要っ!! 少しだけ、そう少しだけ見せてちょうだい!! 先っぽだけ!!」
「レシュリア様。はしたないですよ。部室まで我慢なさってください」
そう言ってレシュリアが伸ばす手を鮮やかに回避する要。
部室に入ると、既に陽毬がPCの前に座っていた。全部のPCをつけて待っていたようだ。
陽毬のデスクには一昨日買った新品のマウスパッドが光る。
「あ、先輩方お疲れ様です。——要先輩! その紙袋の中身って……!」
「ええ、アームサポーターです。ご要望通りGYCゲーミングの名前入りです」
要がティータイムで使うテーブルの上に紙袋の中身を広げる。待ってましたとばかりにレシュリアが駆け寄った。
「ふおおおお! ですわ!! 私のはどれですの!?」
「Mサイズはこちらですね……あ、文香様と陽毬のSサイズはこちらです」
各々受け取ったアームサポーターをつけてみる。
単純な話だが、つけるだけで今週末が大会に向けて一段と熱量が上がる。
「レシュリアじゃないけど……なんかこう身につけるだけで、やってやるって気になるわねぇ」
弾む声の文香。隣の綾もまんざらではなさそうだ。
「さ、さっそく一試合しませんか!? もうウズウズしちゃって!!」
「もちろんですわ! 娯楽遊戯倶楽部、改めGYCゲーミングの力を見せつけますわよ!!」
「——と、お嬢様が意気込んでいたのがもう三〇分前。早々に一敗しましたね……」
終業後直後という微妙な時間ということも影響したのが、そもそもマッチングが難航した。
なんとかマッチングした試合も、早速調子に乗ったレシュリアの珍プレイにより一敗に終わる。
「レ、レシュリア先輩。機嫌直してください……熱くなってしまった私が悪かったので……」
部屋の隅。頭に漬物石でも乗せてるのか? そう錯覚するほど項垂れながら体育座りをするレシュリア。
陽毬がクッキーを差し出しながら声をかけている。
「美味しいですよー」とクッキーを振る様は、さながら心を開かないペットを懐柔しているかのようだ。
「んなアホな」というミスを重ねに重ねたレシュリアに、根がゲーマー気質の陽毬がついつい声を荒げて注意してしまったのが事の発端。
レシュリア自身、あまりにも不甲斐ない自分のプレイに落ち込んだのが、率先して反省した結果がこれだ。
一時中断として一同は恒例のティータイム中。
紅茶を一口飲む文香。「ほわあ」と息を吐く。今日も紅茶が美味しいとにこりと笑った後、ギロリと目をレシュリアに光らせた。
「陽毬さん、謝る必要はないわ……駄犬を躾けるのに一番大切なのは、痛みによる教訓よ……」
先ほどの試合で、ことある毎にレシュリアの自爆テロに巻き込まれた文香は相当なご立腹なようだ。
「くっ! 文香の言う通りですわ……! 陽毬さん! 謝らないでくださいまし! さあ! 力の限りもっと罵ってくださいまし!」
「こおの貧乳ぅ……!! って痛いわぁ!」
「お嬢様のそれは話が違います」
文香の発言と同時に放たれた風切音。綾が脳天にチョップをする。
「……っく!! 私の胸が無いばかりに、皆さんに迷惑をかけてしまいましたわ……!! 要ッ!! 豊胸クリームを!!」
「頼みませんよ? 僭越ながら胸は関係ありません。原因はレシュリア様の珍プレイですので」
「この封印された右腕を解き放てば、私の神プレイで勝利に導けるかと思いましたのに」
「レシュリア。貴方がその右腕を封印するだけで、私たちにとっては神プレイなのよ」
その言葉にものすごーーーーーく厳しい表情を浮かべながら陽毬が頷く。
コクコクと追い打ちをかけるかのように、それはもう何度も何度も首を縦に……
「……ところで陽毬。今回はそもそも不正行為を働いたプレイヤーに対しての報復……大会で件のプレイヤーが不正を働く可能性はありますか?
オフライン大会ですので、その方に限らず、悪質な方はやりたい放題出来てしまうと思うのですが……」
さすがに追い込みすぎたかと思った要が今週の大会のルールについて陽毬に確認する。
「それについては、今回試験的になんですけど、ちょっとウチの会社が面白い試みをする予定でして……
完全に防止できるかどうかはわかりませんが、かなり高い精度で防止できるかと!」
「面白い試み? それは気になるわね……」
文香が興味津々と言った様子で聞いてくる。
「まあまあ、それは本番までのお楽しみって事にしてください。これでも私、竪堀の娘なので……
皆さんを信用してない訳ではないのですが、父の仕事に関しては守秘義務を貫くのが筋かと思うので……」
陽毬の言葉に文香は冷めた紅茶を飲み干した。
「それもそうね……ほらレシュリア! いい加減に立ち上がりなさい! 立て、立つのよレシュリア!」
「そうですよレシュリア様。チーター討伐なさるんですよね? あの熱量はどこに行ったんですか?」
レシュリアの前に差し出された要の手。鼻水と涙でグチャグチャの顔をレシュリアは手で拭い去る。
「そうですわね……! いつまでも落ち込むのはレシュリア・レンハート・富士宮らしくありませんわね! さあやりますわ! チーター討伐を!」
レシュリアが要の手を掴む——前に、要が手を上げて避ける。
「恐れ入りますが、まずは手を拭いてください……」
「ここは……引く……そして、ここはちゃんと遮蔽物を使う……」
夜もすっかり深くなった頃。レシュリアは自室で呪詛のようにぶつぶつと呟きながら自主練に励んでいた。
明日も平日。早く寝なければと思いつつも、大会のことを考えると昂ってしまい、頭が冴えて眠れない。
「eスポーツとはよく言ったものですわ……こんなに頭を使うなんて……プロの方々はやはりすごいですわ……」
陽毬に散々立ち回り方を覚えろと言われたレシュリアはトレーニングモードでマップを散策していた。
「敵が向こうから来たら、ここを使う……」
レシュリアがモニターをジーッと食い入る。そこに普段使うVCアプリの通知音がなる。
「つ、通知……? ひ、ひい!! 要……!?」
ガバッと首を振り時刻を確認するともう間も無く二三時。
「あわわわわわわわ……これはまずいですわ……」
——説教される。そう思いつつ、なんとか言い訳を絞り出そうとするレシュリア。だが震えからか、上手く文字を打ち込めない。
そうこうしていると、今度は要からの通話を知らせる通知音がなる。
堪忍したレシュリアは一度だけ深呼吸をすると、要からの通話に出た。
『も、もしもし……ですわ……』
「お嬢様、今が何時か……ご存知ですか??」
『うう……二十三時過ぎです……わ……』
その言葉を聞いて要は力が抜けたのか、ギシィと椅子に倒れ掛かるように深く座り直す。
『ご、ごめんなさい……! 私、大会のことを考えると居ても立っても居られなくて……!』
「お気持ちはわかりますが……お嬢様、なにをそこまで本気になって——」
『本気になっては……いけませんの……?』
「……はい?」
『私は!! みんなでやろうって決めた事にはいつでも本気ですわ!!』
それは矢のような鋭い声だった。
『もう本当はチーターとかはどうでもいいんですの。始まりが報復であったとしても、いま私はこの五人で一つの目標に向かって励む事がすごく楽しいんですの……
わかってますわ、私が一人はしゃいでいることくらい。でも、それでも……』
徐々に消えていきそうなレシュリアの声に涙をすする音が混ざる。
(そうだ……俺の主人はこういう人じゃないか……)
とっくにわかっていた事を改めて確認されたような気分だ——要の口角が自然と上がる。
「はあああああ……」
吐き出したため息をレシュリアは怒っていると捉えたのか再び早口で言葉を紡ぐ。
『ご、ごめんなさい……! もう寝ますわ!! だから怒らないで——』
「……一戦だけですよ」
『……え?』
「ちゃんと寝るまで監視させて頂きます。なので……一戦だけエスコートさせて頂けませんか?」
そう言う要はゲームを立ち上げる。
『も、もちろんですわ!! ……しっかりリードしてくださらないと怒りますわよ!!」
二人は対戦相手を探す。マッチングは早かった。
目覚ましはいつもより早めにセットしておこうと要は決意する。もしかしたらレシュリアがなかなか起きないかもしれないと思ったからだ。
「レシュリア様の仰せのままに……」




