13 ヴァルハラと逆ナン
「まあ! この眩い光、喧騒、そしてわけのわからない電子音! ここが……ヴァルハラですのね!」
「レシュリア様。ただのゲームセンターですよ」
「あらあら、もしかしてレシュリアはゲームセンターニュービーかしら?」
「むむ、そういう文香は来た事があるのかしら?」
「ええ、もちろんよぉ。綾と二人で何度かね。筐体をうちのグループが作っているゲームもあるしねぇ」
例えば——と文香がキョロキョロと店内を見回す。
「あ、あれとかうちの会社よぉ」
何かのゲームを指差す文香。近づくとそれは格闘ゲームだった。二基が向かい合うように置かれて、全部で六基ある。
「格ゲーとやらですのね。やった事ありませんわ……」
誰も座っていない筐体のレバーにそっと触れてみるレシュリア。ボタンもポチポチと押してみる。
「簡単よぉ。おバカなレシュリアにもできるわぁ」
そう言って文香が向かいの筐体に座る。
「へ、へぇ。そこまで言うなら見せて頂きましょうか。文香の格ゲーの実力とやらをですわ!」
その挑発に乗る文香が筐体に硬貨を入れる。
「あ、あれ……要! このゲーム、カード払いが使えませんの!?」
「……まさかのそこからですか。レシュリア様、こちらの機械はここに硬貨を入れて楽しむものですよ」
「ほら」と要が入金口を指差す。
「私……カードしか……持ってませんわ……」
「アホなの? レシュリア?」
向かいから文香の大きな溜息。
「だ、だってゲームセンター初めてなんですもの!! ど、どうしましょう要!!」
「まったくしょうがないわねぇ。ほら私の紙幣を両替して来なさいなぁ」
差し出された紙幣を受け取るレシュリア。
「この近くに銀行ってありますの?」
「……私が行ってまいりますので、レシュリア様はここでお待ちを」
紙幣をそのまま受け取り、要は両替機に急ぐ。初めてきたゲームセンターだったが、幸いなことにすぐに見つかった。
「さて、と。これでよし。急いで戻りますか」
先ほどの場所まで戻ろうとした時だった。
「お兄さーん。いまお一人ですか?」
要に声をかけてくる人影。
「わわ! お兄さんめっちゃイケメン! 大学生さんですか?」
声をかけて来たのは二人組の少女だった。
制服を着ている。という事は学生だろうか。
街柄、もしかしたらコスプレの可能性も否めないが、幼い顔つきから学生だろうと要は判断する。
「いえ、私は高校二年です」
「えー、同い年じゃん! 見えなーい! 丁寧な喋り方もすっごい萌えて、マジちょータイプ!!」
「うんうん。ねね、おにーさんこの後暇? 一緒にどこか遊びに行かない? あ、そだ! カラオケいこ! カラオケ!」
同い年と知った二人はさらに要に詰め寄る。その距離を保つように下がる要。
「大変申し訳ないのですが、人を待たせてまして」
「えー、そんなのつまんなーい! じゃあさ、連絡先教えてよ! 時間ないなら、一回だけプリ撮ろうよ! それくらいなら時間あるでしょ!」
遠回しに誘いを断ったのだが、気づいていないのか、はたまた気づいた上でさらに誘ってくるのか。
おそらく前者だろうと判断したが、その上で、人からのお願いを断るのが要は苦手だった。
特に女所帯の中に男一人で身を置いている手前、女性の頼み事を断るのが一際苦手だ。
さて、どうしたものかと、ここ最近で一番頭をフル回転させる。
しかしいくら優秀な要の脳みそを以ってしても、このシチュエーションの最適解を導き出せない。
(これはどうにもならないな……)
まあプリクラくらいなら。そう半ば諦めていた時——
「こおらああああああ!! 要様に手を出すなあああああ!!」
「ですわあああああ!!」
救いの女神が現れた。
一直線に要の元へと駆け寄るレシュリアと文香。女子学生との間、両腕を広げてまるで壁のように立ち塞がる。その姿はさながら要人を守るSPのようだ。
「え、この"金髪ですわ"と"ちんまい巨乳"は誰?」
「うけるぅ。そういうキャラ作り? てかなんかのコスプレ?」
割り込んできたレシュリア達二人に、女子学生達の声色が刺々しいものになる。
「私はこの人の未来のお嫁さんですぅ!!」
そう言いながら文香が要の腕に抱きつく。
「な、また性懲りも無く!! 要は私の従者ですわ!」
反対側の腕をレシュリアが引っ張る。
いつぞやと同じような光景だが、今はストッパーの綾がいない。
目の前にいる女子学生のことは完全にアウトオブ眼中。要を挟んで言い争いを始める二人。
騒々しい店内でも二人の言い争う声ははっきりと聞こえる。チラチラと他の利用者が何事かと視線を向け始める。
「レシュリアぁ……だいたいね、元を辿ればあなたが現金を持ち歩かないのが悪いのよ。
カードしか持っていないなんて……まったくデュエリスト気取りはやめてほしいわぁ」
「仕方ないですわ。だって初めてなんですもの! それを言うなら、カードが使えないポンコツ筐体を作ってる源道寺グループにも問題はあると思いますわ!
カード決済というビッグウェーブに乗り遅れてますわ!!」
そんな二人の間にいる要は目を閉じて穏やかな顔をしている。
もう好きにやってくれ——
そう言わんばかりの澄み切った要の顔は即身仏を彷彿とさせるには充分だった。
女子学生二人が慌てて仲裁に入る。
「ちょっと二人ともストーップ!! お兄さん!! 大丈夫!?」
「お兄さん目を開けて!! あんた達二人も落ち着いて!! 私たちが悪かったから!!」
それぞれがレシュリアと陽毬を宥めて、要から引き剥がす。
離れてなお、いがみ合うレシュリアと文香。
それぞれの女子学生がそれを抑える光景は、まるでボクシングのフェイストゥーフェイスだ。
「お兄さん。大丈夫? ごめんね、あたし達が声をかけたばっかりに」
一人の女子学生がそう言うと、もう一人もうんうんと頷く。二人の瞳は憐れみに満ちていた。
「い、いえ。お気になさらずに。いつもの事ですので……」
逆ナンパを仕掛けてきた肉食系の割に、意外と女子学生達は常識があるらしい。
「うちら、もう帰るから。本当にごめんね……」
「お兄さんも命大事にして……」
そう言い残し足早に立ち去る女子学生。
「……ふん! 正義は——」「愛は——」
「勝つ!!」
「お二人とも帰りの車内はお説教させて頂きますね……」
***
「「ヌフフフフ……」」
帰りの車内。綾と陽毬が横並びに座り、同時に湿った笑い声をあげていた。
二人が手に持っているのは『しょーぐんさんとぐんしくん』の最新刊。瞬きを忘れて読み進める。その途中で時々奇声を上げたかと思えば、スンと落ち着く。
はっきり言って異様以外の何者でもない。
「陽毬殿……この構図をみるでござるよ……」
「おうふ……な、なんともけしからん……これは誠に白米が進むでござる……」
そうヒソヒソとやり取りをする二人はかつての綾と陽毬ではなかった。
「あ、綾……?」
「はい、お嬢様。いかがなさいました?」
文香が声をかけると、瞬時に見慣れた綾に戻る。
「えーと。陽毬さんと本屋に行ったのよね? 決して怪しい薬をバチコリとキメてきたとかではなくて……」
「なにを馬鹿なことを。そうですよ。陽毬さんとは一緒に本屋に行っただけですよ。まあ、たまたま好きな作品が同じだったことで少し話が弾んでますけど」
綾の言うその『少し』に戸惑っているのだが……誰も何も言わないし、言えない。
「うおおおおお、綾殿ぉ!! こちらを!!」
「むほおおおおお……!!」
今の綾と陽毬をジロジロと見るのは友人として間違っている。せめても情けで三人は目を逸らす。
「と、ところで要を逆ナンパしてきた女子学生。最後はなかなかに利口でしたわね」
「え? 要先輩、逆ナンパされたんですか?」
レシュリアの言葉に通常状態に戻った陽毬が反応する。
「そうよぉ。お馬鹿なレシュリアのせいで要様が両替機に向かったら、そのタイミングで毒牙にかかるところだったの。まあ私が体を張って防いだけど」
「いーえ、私が体を張って蹴散らしたんですわ」
「で、要君。実際のところは?」
同じく通常状態の綾が疲れた表情の要に聞く。
「はい、私の体が引き裂かれるところでした」
「お嬢様……またですか?」
「ちちち違うわよ! 確かにちょーーーっと引っ張りあったけど、相手が非を認めてすんなり謝罪してきたからすぐ離したわ! ね!! レシュリア!!」
「その通り。全く私の要に手を出すなんて、とんだ命知らずでしたわ。
でも自らの非を認めて早々に立ち去る姿はなかなか気持ちがいい方達でしたね。
まだ日本の若者も捨てたものじゃないですわ」
うんうんと頷くレシュリア。
「レシュリア様にそんな風に評価されていると知ったら、あの方達は相当に不愉快でしょうね……」




