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ヲ嬢様と完璧従者の華麗なる日常 〜金と気品とボケと胃痛と〜  作者: 清士朗
第一章 新年度にはチーター討伐を

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11 マウスパッドは騎士の剣

なんだかんだ11話まで来てしまいました。

趣味と妄想の闇鍋作品を、自分の思ったよりも多くの方に読んで頂けたことに嬉しい半分。びっくり半分です。

本当にありがとうございます。

「どうしました陽毬? そのようにマウスパッドを見て。どこか気になる汚れでも?」


 大会本番を翌週に控えた金曜の放課後。

 今日も今日とて、一同は大会に向けての練習に励む。

 娯楽遊戯倶楽部の部室には、ティーカップから立ち上る香りと、キーボードの打鍵音がほどよく混じっていた。


 先ほどから自身のマウスパッドを広げながら持ち上げる陽毬。裏と表を交互に見ながら「うーん、うーん」と唸っている。


「実は最近……マウスパッドの調子、悪いんですよねぇ」


 陽毬は湯気を立てる紅茶を見つめながら、ぽつりとつぶやく。

 要も陽毬と並んでマウスパッドを見てみるが、破れや目立つ汚れは見当たらない。


「私にはわかりませんが、どこか異常でも?」


 四隅がほつれているのは確かだが、要が思うに、まだまだ使えそうな気がする。

 自主トレに励んでいたレシュリアも、手を止めて何事かと近づいてくる。


「滑りが悪いんですよね。引っかかる感じがすると言いますか……これ家でも使ってるので、消耗が激しくて……」


「まあ! マウスパッドの劣化を放置するなど、騎士が刃こぼれを放置するのと同じことですわ! 


 まるで一大事かのようなレシュリア。


「なまくらになる前に研ぎ直さないと……! まだ間に合いますわ!」


「……つまり、レシュリアの脳みそも研ぎ直しが必要。でももしかしたらもう間に合わない……って事ねぇ」


「文香!? あなたは言葉の刃が鋭すぎますわよ! じゅーとーほー違反ですわ!」


「レシュリア様。最近覚えたからと言って無理に難しい言葉を使わなくてもよろしいんですよ……」


 要のフォローになっていないフォローはレシュリアの怒りの炎に薪どころか油をぶちまける。


「貴方達!! 言葉の暴力ってご存知ですの!?」


「お、落ち着いてくださいレシュリア先輩……! と、とりあえず明日は休みなので! 街で新しいのを買ってきますね!」


 陽毬はとにかく話題を終わらせる事でさらに炎上しかけた空気を慌てて消火しようとする。


「ふむ。それはつまり……新しい相棒を探しに行くわけですね……!」


「それはそれは……おもしろそうねぇ……!」


 つい先ほどまで互いを切り刻んでいた二人が、今度はにやりと笑い、陽毬をロックオン。


「では明日はみんなで街に行きましょう! “陽毬さんの相棒を探す旅”ですわ!」


「賛成よぉ。行きはレシュリア。帰りは私が車を手配するわ」


 とんとん拍子に話をまとめる二人。


「え、えーと……お気持ちは嬉しいんですけど、こんな私用に先輩方を巻き込むのは、ちょっと……」


 ——いや半分嘘である。


 申し訳ない気持ちが半分。もう半分は「静かに選ばせてほしい」という切なる願いである。


「いえいえお気になさらず! 善は急げ。今日はもう帰って明日の準備ですわ!」


 そう言うとその身一つで部室を飛び出したレシュリア。結局、誰もその勢いを止められなかった。



 ***



 翌朝、竪堀家前


 陽毬は父と玄関前で立って待っていた。隣に立つ父は休みなのにしっかりとスーツを着込んでいる。

 何度も腕時計を見る陽毬の父親。その眼の下には、まるでパンダのようにはっきりとしたクマがあった。

 聞けば、昨日は緊張で眠れなかったらしい。


「いいか陽毬! くれぐれも、くれぐれもご迷惑をかけないようにしなさい」


 この数分でもう何百回も聞いたその言葉に陽毬はため息が出た。


 ふと視線を滑らせた先。黒塗りの大きな車が一台近づいてくる。

 家の前で静かに止まった車。ドアには富士宮家の紋章が燦然と輝いている。


「……うわああああ」


 陽毬はわかっていた。どうせこんな風に来るのだろうと。だが実際に想像のそのままで来られると驚きよりも呆れが先に来る。

 隣の父は口から泡を出し、スマホのバイブレーションのように震えている。


 車のドアが開き、私服の要が降り立つ。

 ジャケットの下は白シャツ、それにジーンズ。普段の完璧従者とは打って変わって、“プライベート”だった。


「お待たせしました陽毬。お迎えに上がりました」


「あれ、要先輩……私服なんですね」


「ええまあ……あ、まさか燕尾服で現れると思いました? 一応、今日は公休って扱いですので」


「陽毬、こちらの方は?」


「これはこれは竪堀家のご当主様。ご挨拶が遅れたご無礼をお許しください。私は富士宮家にて従者を務めております富士と申します」


 完璧な礼。そして胸元からすっと茶封筒を取り出し、父に差し出す。


「要先輩これは?」


 茶封筒。なんだかものすごい嫌な予感がする。陽毬の背中にジワリと汗が流れた。


「先日のレシュリア様達二人の宿泊費でございます。ご査収ください。本来ならば両家の当主が直接お渡しするのべきものですが、何卒ご容赦を……」


「ま、待って要先輩! それはダメですって!!」


 陽毬が止める間もなく、父は封筒を開いた。


「こ、こっ、こっ……これは!」


 中には小切手。ゼロが……多い。

 桁が……庶民の感覚を超えている。


「こ、こここここ小切手。こいつぁ……そう! 小切手だああああ!」


 DJがディスクをスクラッチしたかのように声が切れる陽毬の父親。

 緊張が許容範囲をこえて、なんかもうヤケクソに突入する。中年のヤケクソは案外と怖いものだ。


「お父さん落ち着いて! 大丈夫!?」


「見てみろ陽毬ぃ!! パワーが……! 桁が違うぞおおおおお!!」


 完全に壊れてしまった陽毬の父親。


「お母さん! 救急車よんでえええええ!」



 ***



「もう疲れましたよ……」


 車中。まだ何もしていないのにぐったりとした陽毬。


「すごい叫び声が聞こえていましたが……お父君は大丈夫だったのですか?」


 陽毬の様子と叫び声を心配した綾が声をかける。


「ええ、まあ……」


「申し訳ありません陽毬……」


 事の発端である要が頭を下げる。


「あら要、もしかしてゼロが足りませんでしたの?」


「レシュリア様、足りなかったのは我々の配慮です……」


 振動を感じさせず、車は街までスムーズに向かう。これぞ一流のドライバーのなせる業だろう。

 住宅街から、徐々に景色が変わり、高層ビル群が立ち並ぶ都会になる。


 さらに先、目的の場所は華やかで騒がしい場所だった。


 電光掲示板には最新ゲームの広告が流れ、大通りにはコスプレ店員やメイド姿の客引きが立っている。裏路地にはマニアックな電子部品を取りあつかう古い店も並び、そんな迷路のような街を多くの人が行き交う。


「うわぁ……休みだからすごい人ですね」


 陽毬が車窓の外をのぞき声を漏らす。

 世界中のオタクたちのメッカであるこの場所は様々な国の言葉が飛び交う。まるで文化の万華鏡だった。


 車窓を開けて、レシュリアが深呼吸を繰り返す。


「ああ、やはり聖地はかくも素晴らしい……空気にエナジードリンクの香りがしますわ!」


「どんな匂いですかそれ……」


 大通りのはずれに車を停めてもらう。


「ではレシュリア様、私はこれで……文香様もお気をつけて……」


 老紳士のドライバーはそういうと、また静かに車を走らせて去っていく。


「うーーん、到着。それじゃ当初の予定通り、まずは陽毬さんのマウスパッドを探しに行きましょうかぁ」


 車から降りた文香が大きく背伸びをする。いつもの制服よりも幾分か緩いフェミニンな私服のせいでポワンと大きな双丘がゆれる。


((……揺れた?))


 ジト目でそれを見るレシュリアと陽毬。


「……あ、はい。店の目星はつけてるので、こちらです」


 ジト目はそのまま、案内する陽毬を先頭に一行は歩き出す。先を歩く陽毬はちらりと返り、みんなの服装を改めて見てみる。


 レシュリアは淡い青色のキャミワンピースの上に白いカーディガンを羽織っており、カーディガンと同じ色で合わせたつばの広い帽子を優雅にかぶる姿はまさに”深窓の令嬢”だった。


 文香はところどころに肌が目立つ服装。胸元がカットアウトされたピンクのニットに下はショートパンツにタイツを合わせており、”あざとかわいい”の印象を与える。


 その従者である綾はキレイ目にまとめられたトップスとワイドパンツのセットアップ。スタイルのいい綾の着こなしはファッションモデル顔負けの美しさだった。


 黙っていればどこかの芸能人グループがお忍びで遊びに来ていると間違われるかもしれない。


 ——そう。黙っていれば。


「さあ行きますわよ!! 陽毬さんの新たな相棒を探す旅に!! 破れたマウスパッドにはさよならバイバイですわ!!」


「文香は要様と愛を探す旅に出ますぅ」


 街の喧騒に負けない騒々しさで娯楽遊戯倶楽部は歩き出した。





ここまでお付き合いありがとうございます。もし差し支えなければブクマや★で応援していただけると助かります。

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