10 おい、なぜポンコツに戻っている?
「皆さん聞いてください! クラスメイトと仲直りしました! それで私、この学校で初めてお友達が作れました!」
放課後の部室。ニコニコとそう言いながら入ってきた陽毬。
それに対してレシュリアと文香は口をあんぐりと開けている。
活動前の日課であるティータイム。カタカタと音を立ててレシュリアの持つカップが揺れる。
「まさか私たちは……お友達……ではなかった……」
「レシュリアはまだしも、まさか私もぉ……」
ホラー映画さながらの低い声で「友達じゃない」を繰り返す二人に陽毬が慌てて訂正をする
「あ、そう言う意味じゃなくて! すみません、あまりにも嬉しくて舞いあがってしまって。
実は自分の力で、初めてこの学校でお友達が出来たんです!」
二人の近く、ソファに腰掛けた陽毬は必死にフォローをする。
綾が柔らかい笑顔で紅茶とスコーンを差し出した。陽毬のスコーンは二人に比べて大きく。クロテッドクリームもジャムも盛りに盛られている。
「まずは誤解が解けてよかったですね。我々、特に私個人としては本当に心配しておりました……こちらは頑張ったご褒美です」
「うわあああ……ありがとうございます綾先輩!」
差し出されたスコーンを口一杯に頬張る陽毬はまるでリスのようだ。その様子が微笑ましく、部室の空気が和やかになる。
「友達が作れたと仰ってましたが、もしかして例の方々と?」
PCを起動しながら、デスク周りを手早く整えて回っている要。陽毬はゴクンと飲み込んでから答えた。
「はい! 十島さんと! もちろん他の方ともわだかまりが解消されて、今日は仲良くお話しをさせて頂きました」
嬉しそうに弾む声で報告する陽毬が愛おしく、文香はその頭を撫でる。
「本当に良かったわ。レシュリアじゃないけど、私もこれ以上陽毬さんにあることない事をするようだったら……すこーーーしだけ外法なことをする所だったわぁ」
そんな怖い事を言う文香に陽毬はスコーンを軽く喉に詰まらせる。「冗談はおやめください」と綾が嗜めつつ、陽毬の手元に紅茶を置く。
「とにかくこれにて一件落着! ですわね! さあ憂がなくなった今こそ、大会に向けてスパートをかける時ですわ!」
我一番にと駆け出してPCのまえに座るレシュリア。文香も席に着く。
「そういえば、私が参加しなかった試合の勝率はいかがだったんですか?」
「「…………」」
お嬢様二人の長い沈黙。レシュリアは目線を虚空に逃し、そのレシュリアをまるでチベットスナギツネのような目で文香が見つめる。
「あ……な、なんとなく察しました……」
「お恥ずかしい話ですが、陽毬の指示がないと、レシュリア様はどうにも突撃気質が抜けないと言いますか。筋金入りの自爆テロリストですので」
ティータイムの名残を片付ける要の言葉に、陽毬は愛想笑いを返す。
「ま、まあ私も改めてご協力させて頂くので! 力を合わせて、ゴッドエイムマンを倒しましょう!」
***
「ちょ、レシュリア先輩! せめて、せめて足元にロケランを撃つのは十分に敵を引きつけてから撃ってください!」
陽毬の復帰戦であるこの試合は激しい攻防が繰り広げられていた。ゲームも折り返し後半。徐々に押され始めている。
諸悪の根源はわかっている。イノシシのように突進、爆破、自滅を繰り返すあの金髪のご令嬢だ。
繰り返すが大会のルールはキャプチャーゾーン。いくら陽毬が神プレイを見せても、一人のミスがチームの瓦解。果ては敗北につながりかねない。
「残り1分38秒、ゾーンの占有率は51%対49%――もし今ここで要君が落ちれば。我々の逆転負けですね」
「綾先輩! とにかく要先輩の援護を……!」
綾の冷静な戦況分析。まさに綱渡りのような緊迫した試合の果てに——。
「ハァハァ……なんとか勝てた……」
一試合十分のこのゲームで、陽毬はまるで一時間以上モニターと睨めっこしていたかのような疲労を感じていた。
「……陽毬、大丈夫ですか?」
隣に座る要が声をかけるも、陽毬は首を縦に振ることでしか反応ができない。
「まさかちょっと目を離しただけで、ここまでレシュリア先輩が下手くそに……いえ芸術的になるなんて」
「まあ陽毬さんたら、そんなに褒めても何も出ませんわよ。要、陽毬さんに最高級の茶葉で入れたお紅茶を差しあげてちょうだい」
なにを勘違いしているかは知らないが、いたく上機嫌のレシュリア。
「陽毬さん……せっかくだからレシュリアにも言いたい事あるなら言った方がいいわよぉ」
「そうですよ陽毬。文香様の言う通りです。レシュリア様にも思う事あるなら言うべきです」
そう強く、とてもつよーーーく背中を押す文香と要。
陽毬は要の顔を見た。
しっかりと首を縦に振る要に、陽毬は頷き返す。
「はて……私が何かやってしまいましたの?」
「……んで……」
「えーと、陽毬さん?」
「なんで……! こんなにポンコツに戻ってるんですかあああああ!!」
***
「どういうことですかレシュリア先輩! 私あれほど言いましたよね! 先輩はあくまでタンクだって!
なんでまた性懲りもなくカミカゼかましているんですか!?」
ヘッドセットを勢いよく外し、レシュリアのもとに詰め寄る。
「覚えていますか!? ロケランでの自爆特攻はしかるべき時と場所で使いましょうと! このままじゃレシュリア先輩じゃなくて、レシュリア"産廃"って呼ぶことになりますよ!」
「私は産廃ですの!?」
ダンダンっと、机を強くたたきながら怒る陽毬。産廃の称号に笑いを堪えるレシュリア以外の三人。
眉間にしわを寄せて、まくしたてるようにガーっと陽毬はさらに詰め寄る。
「と! に! か! く! レシュリア先輩は当分の間ロケラン禁止です! まずはそもそもの立ち回りを覚えてください!」
「そ、そんな!? 私からロケランを取り上げたらチームの足を引っ張ってしまいますわ!」
「もう十分に引っ張ってます! さあもう一戦回しますよ!」
ゲーム内で再びマッチング相手を探す。その待機時間。
「そういえば、大会についてあのゴッドエイムマンが声明を出していたわよ。ほらこれ」
文香がVCアプリのテキストチャット欄に動画のリンクを貼る。
《やほやほみんな! 大会も近づいてるけど。調子はどうだい?》
「あー、相変わらずこの声苦手です。すみません私は閲覧を遠慮させてもらいます」
そういうと綾はヘッドセットを外す。
《大会のデモンストレーションで俺と戦えるチームがどんなチームか今から楽しみだよ! 優勝チームってことはそこそこ強いのかな? だけどオイラ負けないよ。もしシロートさんに負けたら俺は引退するって約束するよ》
語尾にいちいち(笑)がついていそうな、そんな終始軽いしゃべり方。これは綾でなくとも聞けば聞くほど多少の嫌悪感は覚える。
「なんか、こういうプレイヤーがいるせいでゲームが低俗って思われてる気がします。こんな方でも視聴者数が多いの……少しやるせないです……」
「陽毬さんの言う通りですわね……陽毬のお父様のお仕事に泥をつけるような蛮行。断じて許しません! さあ陽毬さんご指示を! 立ち回りを頭に叩き込みますわ」
ゲームでは相手が見つかり試合が組まれた。
画面に「READY」の文字が光る。
「レシュリア先輩……はい! 一緒に頑張りましょう!」




