プロローグ
よろしくお願いいたします
「ほんっとうにクソですわ!! なんでいつまで経ってもイベント限定キャラが排出されませんの?! ピックアップで三パーセントの排出率なんですから、そろそろ一体ぐらいは排出されてもよくありませんこと!!」
隅々まで掃除の行き届いた、豪華な造りの部屋。その中央にある天蓋付きのベッドの上。まるで絵画の中から飛び出てきたかのような、金髪の美少女が声を荒げてスマホを片手に寝転がっていた。
三人は余裕を持って寝転がれるであろうベッドサイズ。ベッドの上をゴロゴロと忙しなく転がりながら、少々血走った目で画面タップし続ける少女は、白を基調としたこれまたハイブランドそうな服を着ている。
画面をタップする少女の人差し指は、最初こそ鬼気迫る連続タップだった。しかしそれも徐々に力がなくなり、最後にはため息と同時にベッドの上に大の字になる。
「あぁもうやめですわ!! 私のブラックカードで課金しても排出されないキャラなんて、私の方から願い下げです。
はぁ、気晴らしに対人コンテンツでも回そうかしら。あら、私の忠実な従者もログインしてますわね……うん? え? はぁ!?」
少女はガバッと体を起こし、ベッドの側に備え付けられている、アンティークのような見た目の内線電話へと手を伸ばす。
すぐ相手は出たようで、少女は声を荒げて受話器に叫ぶ。
「ちょっと要! なんで貴方がイベント限定のキャラを完凸状態でもってるのよぉおおお!!」
先程と同様。場所は少女の部屋。
ベッドへと腰掛けて、なぜか『ガルル』と、しつけのなっていない小型犬のように、相手を威嚇し臨戦体制の少女。その少女の前でやれやれと、悲壮感を漂わす少年。
臨戦体制の少女の名は、レシュリア・レンハート・富士宮。この春高校二年生になったばかりだ。
英国貴族の血を引き、何を隠そう少女の父は、日本が誇るITビジネスの雄、富士宮グループの総帥。
まさに絵に描いたような生粋のお嬢様だ。
対して少年の名は富士要。身につけているのは燕尾服。年齢はレシュリアと同じ。まだ若いながら、従者としてレシュリアに仕えている少年だ。
時刻はもう間も無く二十時をさす。依然ふんぞりかえるレシュリアと、その前に立つ要。まるで軍隊の上官と部下だ。
「さて説明してもらおうかしら。なぜ貴方が、先日実装されたばかりの限定キャラを、完凸状態でもっているのかを!!」
ビシッと、音が出そうな勢いでレシュリアは要を指を差し、己が従者に問いただす。
「時間外労働なのですが。はぁ、実はご当主様から、この前一緒にハクスラゲームを周回してくれたお礼として、特別手当を頂戴しまして。
それで少しだけ課金して、ガチャを回してみたら、あれよあれよと排出されまして」
「貴方は三パーセントってどれくらいの確率なのかご存知? 少しだけの課金でおいそれと完凸まで持っていける確率ではないのよ!!
貴方の物欲センサーはぶっ壊れたんですの⁈ それとも貴方は前世でヒマラヤ山脈くらい徳を積んだんですの⁈」
「その荒ぶり方ですと、常人なら課金後の賢者タイムのような後悔で、自己嫌悪に陥って、いっそ首でも吊ろうかと思うくらい課金したのに、一体も排出されていないようですね。
もしそうなら、お嬢様の物欲センサーは軍事衛星並に高性能で、前世ではチャレンジャー海淵くらい徳を削ったのでしょうね」
お嬢様からの口撃には華麗な煽りで返す従者。
嫉妬を煮詰めたドス黒い敵意と、時間外労働に対するこれまたブラックな敵意。
今二人の間にあるのは主従関係ではなく、互いに『お前ふさげるな』という相手への敵意だった。
「ムキーーー!! あったまに来ましたわ。誰が上なのか教えてさしあげますわ。さあ!! PvPコンテンツでボッコボッコにしてやりますから、早くかかってらっしゃい!!」
ご令嬢とは思えない程口角を上げて、歯を見せながらニヤリと笑う様は、どっからどうみても悪役だ。しかも小物の。
「僭越ながらお嬢様。そのセリフ、負けフラグというものでございます。ご当主様に時間外労働に対する稟議書を提出しておきますので、どうかそのつもりで……」
ひらりと燕尾服を翻し、綺麗に腰を曲げて優雅にお辞儀をする要。
「ちょ!! ダメージ全反射のぶっ壊れなんてきいてませんわぁああああ!!」




