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08 出発の日

 その日は朝から忙しかった。

 日課の礼拝を終えると急いで出かける準備をします。

 そしてバタバタとした雰囲気のなか、なんとか午前中に準備を完了し、馬車へと乗り込みました。

 馬車が出発すると、私の隣に座った侍女のアマベルが安心したように声をかけてくる。


「ふぅ、何とか間に合いましたね」


「ごめんなさい、私の準備が遅れたばかりに……」


 そうなのだ、私の準備が思った以上に掛かってしまったのです。

 私としては簡単な着替えのみ用意すれば良いのかな?

 などと思っていたのですが……。

 やはり、仮にも王族の一員の旅行支度となればそんなものではすまなかったのでした。

 なので直前まであわただしく準備をする羽目になったのでした。

 ……主にアマベルが。


『もう本当に計画性が無いわねぇ。こんな事が続いたらそのうちアマベルが過労死してしまうわよん?』


 アマベルが抱えた手荷物からそんな声が響き渡る。

 声の主は勿論カーくんです。

 部屋に一人?一匹?置いて行くわけにもいかず、結局は一緒に行くことになった。

 最初は旅行用バッグに押し込めようとしていたのだけれど、カーくんが『そんな所に入るなんて、絶対いやよん』とだだをこねたため入れ物を探すのが大変だったのだ。

 支度が遅れた原因の一つでもあります。

 そして今、そのカーくんは様々な金属細工に彩られ、ふかふかな毛布が敷かれたカゴの中でくつろいでいる様子が見えます。

 これはとある王族が猫を飼っていた時に作らせた自慢の一品らしい。

 久しく使わなくなっていたそのカゴを引っ張り出し、埃まみれだったソレをピカピカに磨き、古く固くなっていた毛布まで交換した所で、


『そうねぇ、まぁその変で妥協してあげてもよくってよ』


 と、カーくんからなんとか及第点を頂き、入ってもらえたのでした。

 そんな経緯があったので言い返したくなりましたが、旅の道中ギスギスした空気の中過ごすのも嫌だったのでぐっとガマンします。

 そんな私をみてアマベルも一瞬開きかけた口を閉ざす。

 特に話題も思いつかなかったので、窓の外から後ろをみると、どんどんとベルビュー宮殿が小さくなって行くのが見えました。

 そのままボンヤリと外を眺めていると、カーくんがカゴから出て来てピョンと私の膝の上に飛び乗ってきます。


『うーん、折角用意してもらったけれど、やっぱり座るならアータの膝の上の方が気持ちがよいわん』


 などと勝手な事を言いながら、ゴロゴロと猫の用に喉を鳴らしました。

 そしてそのまま眠るように目を閉じる。

 本当に気持ちが良さそうです。

 その様子をみた私はアマベルと顔を見合わせると、お互いに苦笑する。

 時々馬車が大きくゆれて、カーくんが膝からズリ落ちないようにあわてて抱きしめる時もありましたが、それでも片目をチロリと開ける程度で、スグに目を閉じてしまう。

 本当に図太いと言うかなんと言うか……。

 霊獣とはこんなものなのでしょうか?

 私は気持ちよさそうに寝ているカーくんを起こさないように、一言も発することなくしばらく窓の外をぼんやりとみつめていましたが、カーくんに誘われるようにいつの間にか眠りに落ちてしまったのでした。


★★★★★


「……殿下、シェアー殿下。起きてください」


 どのくらい眠っていたのか。

 アマベルに起こされたときはスッカリ陽が傾いていました。

 あと数時間もすれば辺りは闇に閉ざされそうです。


「今日はこの街で一泊するそうですよ」


 そう、アマベルから説明をうける。

 その説明の中で気になる事もあった。


「なんでもこの街の近くでも魔物の大きな発生が有ったらしいです」


「まぁ!……そんな所に泊まって大丈夫なのかしら」


「騎士団が既に鎮圧済みなのでその点は大丈夫みたいです。……ですけどそれによって街も多少被害をうけてしまったようですね」


「そうですか……。ならば私も慰問に訪れましょう」


「えっ!?今からですか?」


「はい、明日にはこの街を離れてしまうのでしょう?となれば慰問の機会は今しかありません」


「……わかりました、ではその旨を伝えていきます」


 そう言ってアマベルは馬車からおりていきました。

 そしてしばらくして戻ってきます。


「少し離れた場所に教会が被害へ遭われた方々を支援している場所があるそうです。先触れも出しておきましたのでそこに参りましょう」


「わかりました、ありがとうアマベル」


 私は馬車をその場所へと向かわせる。

 アマベルのいう通りあまり離れた場所では無いらしく、馬車は暫く進むと静かに停車しました。

 目的地に着いたようです。

 私が馬車から降りると、人々が駆け寄ってきました。

 格好をみるにこの場所を支援している修道女達のようですね。


「これはシェアー王女殿下、このような場所にに御自ら訪れていただき大変光栄に思います」


 そう言ってこの支援所の代表をしているという修道士が深く頭を下げた。


「頭をお上げください。魔物の被害へ遭われた方々への慰問活動は信者の、そして王族の義務でもあります」


 そう言って私は何時ものようにニコリと余所行きの笑みを浮かべる。

 そして「ご案内致します」と先導する修道士の後ろに私は続きました。

 教会が、被害を受けてた人々に毎日支援物資を配布しているというその場所にたどり着くと複数の修道女達があわただしそうに働いていた。


「私にも配布を手伝わせていただけませんか?」


「えっ!?王女殿下自らされるのですか?」


「はい、私にはこんなことぐらいしか出来ませんが……」


 修道士は私の提案が思いもよらなかったようで大変驚いておりました。

 以前、孤児院に慰問した時はこちらで配布する品を用意していましたが、今日の所は用意も何もないので現場での配布のお手伝いです。

 最初は「王女殿下に手伝いをさせるなんて……」と困惑していましたが、最終的には私も手伝う事に了承いて貰いました。

 支援物資の中には子供向けのお菓子も含まれているようで、仕事はお菓子を子供たちに配布でする事です。

 私は修道女からお菓子を受け取ると、その修道女を伴って子供たちが集まっている場所に向かい先頭にならんでいた子供に話しかけます。


「今からお配りしますね」


 私がそう声を掛けるた幾分年嵩の子供はお菓子を受け取りながら私の事をじっとみつめてきました。


「修道女さんじゃないですよね?貴女は一体どなたですか?」


「この方はシェアー王女殿下です。魔物の被害に遭われた方々への慰問に参られたのですよ」


 私の代わりに付き従うようについてきた修道女がそう説明します。


 その説明を受けて私が余所行きの笑みを浮かべながら頷くと、急にその子供が大声を上げる。


「うわぁ~、本物の王女様なんだぁ~」


 その声が合図になったかのように、今まで列を作って並んでいた子供たちが私の元へ駆け寄ってきます。


「ねぇ、本当におうじょ様なの?」


「間違いないよ、だってこんなに綺麗でお人形さんみたいなんだもん」


「おうじょ様初めてみた~」


 各々がそんな事を言いながら私の周りを取り囲む。

 そんな子供たちの様子に困惑しましたが、私は気を取り直すと自身に与えられた仕事をすべくお菓子をくばり始めました。


「はい、どうぞ。受け取った人は離れてください。お一人一つですからね」


「おうじょ様ありがとぅ~」


 最早順番になんていってられません。

 目についた子供達にかたっぱしから配っていきます。

 幸いにも一人で二個三個と受け取る様な子供はいないようです。

 そろそろ手持ちのお菓子の数が不安になって来た頃、最後の子供にお菓子を渡し終えました。

 お菓子の数が足りた事に私はホッと安堵する。

 修道女の話によると、魔物のせいで両親を失くし、日々両親の事を思いだしては涙ぐむ毎日を送っている子供もいるようです。

 そんな子供が私からお菓子を貰う時は笑顔になっていたという。

 私が子供たちに手を振りながらその場を離れようとすると、子供たちも手を振って見送ってくれた。


「本当にありがとうございました。王女殿下のお陰で、一時的でも子供たちの悲しみが癒えたようです」


 帰りしな、来た時と同じように修道士や修道女達が見送りに来てくれ、そう言って感謝の言葉と共に私へ深々と頭を下げた。


「頭をお上げください。慰問は王族の責務ですから当然の事をしたまでです。私の方こそ普段から献身的に働いている貴方方のお役に立てたようで嬉しく思ってます」


 そう言って私も軽く別れの挨拶をすると馬車に乗り込み、その日に宿泊する館へと向かったのでした。


★★★★★


 翌日、陽が高く昇る前に私達は出発する。

 そしてその日も次の日も同じような街に一泊する事になった。

 この辺りの街の状況はどこも似たり寄ったりのようで、どこも魔物の被害が出ているようです。

 なので馬車が泊まるたびに私も慰問に出かけます。

 そのたびに同じような子供たちと出会う。

 私が想像していた以上に魔物を被害は広がっているようだ。

 どこに慰問へ行っても同じように感謝される。

 この感謝は私が王族だから口だけの……というわけでは無く、心からの感謝だと思いたい。

 そして最後の街を出発して数時間後の事。


「シェアー殿下、そろそろ目的の場所に着くようですよ」


 少し馬車の中でウトウトしていた時、アマベルからそう声を掛けられる。

 その声にはっとして窓の外をみると同じように窓の外を眺めていたアマベルが「見えてきました」と言って指を指します。

 指が指し示す方向をよく見ると丘に立つ大きな館――いえお城が見えてきました。

 あれが目的地であるノイシュヴァンシュタイン城のようです。

 少し西日に傾いた陽の光を白く塗られた城壁が反射して綺麗に輝いています。

 徐々に近づいてくる、そのお城を窓からじっとみつめ続ける。

 その間にも馬車は歩みを続け、気が付いたら大きな門の前にたどり着いていました。

 そしてそのまま門は私達を招き入れ、お城の入り口にたどり着き馬車が停止する。

 そのまま暫く待つと馬車の扉が静かに開かれ、差し出された手をとって馬車からおりた。

 降りた正面には沢山の使用人や騎士の姿が立ち並ぶ。

 その中から一番立派な服装をした男性が歩み寄ると一礼した。


「出迎えご苦労様です。私はシェアー・フォン・ノイブルクと申します」


「良くお越しくださいました。私は領地管理人を勤めておりますハンス・ゲオログ・ファネールと申します」


 ファネール卿は挨拶の言葉と共に胸に手を当てて綺麗な動作でお辞儀をすると、それに併せて沢山の使用人、騎士達も頭を下げるのが見えた。


「長い旅路でお疲れの事でしょう。まずはお部屋にご案内致しますのでそこでご休憩ください」


「ご配慮感謝いたします、ファネール卿」


 柔らかい口調で優し気な雰囲気を持つ方で安心しました。

 正直な所、何日も馬車で移動など初めての事だったので身体のアチコチが痛くなっていたのです。

 特にお尻が……。

 しかし、そんな事を言えるはずもないので、私は終始余所行きの笑みを浮かべながら案内役の後ろについて行く。

 しばらく階段を上がったり、廊下を渡ったりしてやっとお目当ての場所に辿り着いたらしくとある部屋の中へと案内されます。


「どうぞ、こちらへ」


 そこは日当たりの良い、落ち着いた雰囲気を感じさせる部屋でした。


「それでは私は失礼いたします」


 案内役はそう言うと一礼し部屋から去っていきます。

 それを見届けた私は早速部屋に備え付けられているベッドに腰かけると、


「はぁ~」


 と大きな声を漏らしてベッドに身体を投げ出しました。

 それを見たアマベルは眉をひそめると言いました。


「もぅ、殿下ったらお行儀が悪いですよ」


「だってもう身体のアチコチが痛くって。馬車の旅ってこんなに大変なのね」


「そういえば先程も歩き方が少し変でしたね。……もしかしてお尻を痛めましたか?」


「えっ!?嘘、なんで分かったの?」


「これでも長年殿下にお仕えしていますからね。でも安心してください。他の方には気づかれていたいと思いますよ?」


 そう言いながらもアマベルはクスクスと笑っている。

 私は急に恥ずかしさがこみ上げ来たので火照った顔を見られないよう枕に顔を埋めました。


「殿下、ベッドに横になる前にせめてお着替えをなさってください」


「もぅ、分かったわよ」


 私はベッドから身を起こすとすでにアマベルは荷物の中から着替えを取り出していました。

 そのままベッドから離れると着替えを手伝って貰う。

 と、その時、私に痛みが襲った。


「いたっ!」


「あ、失礼殿下。この辺りが痛むのですね」


 原因はアマベルが私のお尻に触った為だ。

 そしてもう一回手が触れようとするのを、私はすんでの所で回避します。


「ちょ、アマベル!痛いって言ってるでしょ!」


「お行儀が悪い殿下への軽いお仕置きです。これにこりたらもう二度とお着替えの前にベッドへ横にならないでください」


 アマベルは部屋に入ってすぐに着替えの準備をしていたのだけど、私が着替えをせず外出着のままベッドに横になったので少しご立腹だったらしい。


「……わかったわよ」


「よろしい、ではさっさと着替えてしまいましょう」


 私達は顔を見合わせるとお互いにクスクスと笑うのでした。

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