06 パンを配ろう
登場人物紹介
シェアー・フォン・ノイブルク……主人公。亡きシンディ妃の実子であり、現国王とは血の繋がりが無い養女。
ファーディナンド殿下……第一王子。王妃と現国王の間に生まれた次期国王の最有力候補。
アマベル……主人公の侍女。
ダイムラー卿……ファーディナンド殿下の側近の一人で護衛騎士。
カーくん……霊獣カーバンクル。
そして私はアマベルとダイムラー卿を連れ立って大聖堂が運営している孤児院へと足を運んだ。
本当はアマベルとだけ行きたかったのですが、ダイムラー卿は護衛だからと半ば強引についてきてしまったのだ。
まぁダイムラー卿もファーディナンド殿下から命を受けていますから、こればっかりは仕方ないか。
そんなこんなで孤児院に到着です。
孤児院は古い使われなくなった礼拝堂を転用した建物との事でで、外見は大聖堂をそのまま小さくしたような感じですね、大分古ぼけていますが。
事前に私が尋ねる先触れが来ていたようで、門の前には数人の方が出迎えに出ておりました。
「シェアー王女殿下、この度は奉仕活動に御自ら訪れていただき大変光栄に思います」
そう言って孤児院の院長が深く頭を下げた。
「頭をお上げください。奉仕活動は信者の、そして王族の義務でもあります」
そう言って私はニコリと余所行きの笑みを浮かべる。
そして「ご案内します」と先導する院長の後ろに続きます。
古ぼけた門を潜った先にある正面の大きな扉を院長がギギっと音を立てて開くと、大きな声で中の人達に呼びかけた。
「皆さん、今日はシェアー王女殿下が御自ら奉仕に訪れてくださいました。失礼の無いように」
その声に反応した子供たちが駆け寄ってくる。
「王女様?」
「おうじょ様だー」
口々にそんな事を叫びながら私の周りに集まってきます。
比較的大きな子供もいれば、私の足ぐらいしかない小さな子もおり、そんな子は舌足らずな声で「おうじょさまー」と騒いでいる。
そんな様をみていると弟のハルが小さかった頃を思いだし、思わず笑みがこぼれた。
「おうじょ様、後ろの怖い人はだーれ?」
「後ろのきれーな人もおうじょ様なの?」
私の後ろにいるアマベルとダイムラー卿を見てそんな事をいう子供達。
それを聞いたアマベルは「まぁ」とまんざらでもない様な顔をしましたが、ダイムラー卿は何時ものような感情をみせない表情のままです。
私はそんな質問をした子供に説明するために腰を少しかがめました。
「この方は護衛の騎士様よ。全然怖い人じゃないから、貴方達も怖がらなくて大丈夫」
「そうなんだー」
「そしてこっちの綺麗な人は私の侍女をしてくれてるの。残念ながら王女様では無いわね」
「へー、じじょ様なんだー」
私がそう説明してあげると、子供達は口々に「きし様ー」、「じじょ様ー」などと言って二人にまとわりつきます。
そんな子供たちに面食らったように戸惑う二人。
主に男の子はダイムラー卿に、女の子はアマベルに群がっている様子。
やっぱり男の子は騎士に、女の子は侍女に興味あるようですね。
そんな何時もとは違う雰囲気の中、アマベルは愛想よく女の子のお相手をしてるようですが、ダイムラー卿は相変わらず無表情に子供たちをじっとみつめていました。
その様子をみていた私は一計を案じ、ダイムラー卿の元へ近づくと小声で話しかけます。
「普段のダイムラー卿の態度では子供たちが怖がってしまいますよ?今日は子供たちの慰問に訪れているのを忘れてはいけません」
「……慰問に訪れたのはシェアー殿下であり、私ではありません」
折角私が忠告して上げたのに尚もそんな事を言うダイムラー卿です。
私は「はぁ」と小さく溜息を吐くと言いました。
「アマベルのように愛想よく子供達のお相手をしろ、などとはこの際は言いません。……でもせめてそのお顔だけでももう少し柔らかくできませんか?」
「……善処いたします」
そう言って少し表情を動かし、なんとか笑みを作ろうとするダイムラー卿。
愛想が良さそうな顔、とはとてもとても言えませんが、まぁ今日の所はよしとしましょうか。
そんな中、院長から「シェアー王女殿下、こちらへ」と声が掛かりました。
そして私を中央にある台のような場所へと誘います。
「皆、今日は当孤児院へ慰問に訪れてくれたシェアー王女殿下が手ずから皆にパンを配布して頂けます。心してお受け取りするように」
院長の言葉で皆が私の前に一列へ並びました。
そんな子供達へ私は順番にパンを渡します。
「こころよりうれしくぞんじます」
あらかじめ言い含められていたのか、そんな大人びた台詞を言いながら受け取る子供達。
パンを受け取った子は少し離れた所にあるテーブルで口々に「おいしい!」とか言いながら食べていた。
作ってくれた料理人も、この子供達の喜ぶ言葉を直接聞けたら良かったのに、などと思ってしまう。
パンを全員に配り終わると、やっと私の役目も終わりだ。
最後に子供達から「かみへ、そしてシェアーおうじょでんかへかんしゃを!」と挨拶を受けて、私は手を振りながら孤児院を後にする。
門の所では来た時と同じように院長を初めとした職員たちが見送りに来ていました。
「この度は本当にありがとうございました。最近は孤児の人数も増えて、皆暗い顔をしていましたのでこれを切欠に笑顔が戻ると良いのですが……」
「孤児の人数が増えた?」
「はい、最近魔物の襲撃がかなり増えているとの事で……先月には十名、今月はすでに十名を超えた人数が孤児院に預けられています」
「そう……なんですか」
魔物の襲撃――。
瘴気と呼ばれる悪しき空気が野生の動物を狂わせ、その狂った動物が魔物と呼ばれる。
その魔物が各地に移動する事により、さらに瘴気を周りに広げ、それによりさらに魔物が生まれるという悪循環。
増えた魔物に人が近づいたり、魔物自身が人里に近づく事により人に危害を与えるのだ。
そのため主要な街道などは定期的に騎士団などで巡回や討伐を行い、安全を確保していると聞いている。
だけど、最近は魔物の数が増え、それに伴い人的被害も増えていると言う。
勿論騎士団も手をこまねいているはずは無いのだけど、増える襲撃に手が回らなくなっているでしょうね。
最後にそんな重苦しい話を聞いてしまった事を少し後悔しながら、私は帰路に着いたのでした。
★★★★★
翌日の夜は王宮主催の夜会にお呼ばれしてしまいました。
そのような改まった場は好きではないが仕方がない。
「シェアー殿下、そろそろ出発しないと遅刻してしまいますよ」
「あら、もうそんな時間かしら」
……仕方が無いとはいえ腰が重たくなってしまうのはしょうがないですよね。
『アタクシはここで留守番してるから、アータ達は楽しんでらっしゃいな』
カーくんはそう言ってベッドの上に寝ころびながら前足を起用に振ってくれました。
私はその様子をみて「はぁ」と軽く溜息を吐くと、「では行ってきますね」といってアマベルを連れだって夜会へと足を運ぶ。
そんな嫌々ながらも参加する事になった夜会ですが、控室に着くとすでにきらびやかに着飾った男女がたくさんおり、談笑がアチコチからきこえます。
そんな中、私は目立たないように隅っこに待機しました。
いえ、そうしたはずだったのですが。
突然、見知らぬ誰かが、大股で私の方へ近寄ってきたのです。
「おぉ、そこの美しいご令嬢。宜しければぜひ私に自己紹介をさせて頂けないでしょうか」
そう言って私に話しかけてきたのはまぁ美形と言って良い顔立ちの一人の紳士でした。
私は戸惑いながらも「許します」と許可を出します。
「私はクルト・フォン・ナッサウ。貴女のような美しい方の出会いに感謝します。もし宜しければ名前をお教え願えませんか?」
ナッサウ?
ナッサウってどこかで聞いた事ある名前だけど何処だったかしら?
そんな私の疑問は素早く耳打ちしてくれたアマベルによってスグに氷解する。
「恐らくナッサウ伯爵の縁者の方です。ナッサウ伯爵は王家のご忠臣ですので応対には気を付けた方が宜しいかと」
なるほどね。
「初めまして。わたくしの名はシェアー・フォン・ノイブルクと申します」
私がそう名乗った瞬間、クルトと名乗った男性は一瞬驚いたような顔をしたがスグに跪き首を垂れる。
「こ、これは――知らぬ事とはいえ先にお声をかけた無礼をお許しください、シェアー王女殿下」
私の身分は王族なので本来は私が先に声を掛けなければ、声を掛ける事を許されないのです。
「許します、クルト・フォン・ナッサウ。頭を上げてください」
私の声でクルトはゆっくりと顔を上げて立ち上がる。
「ご無礼をお許し頂きありがとうございます、シェアー王女殿下。今夜は殿下に拝謁出来た事をとてもともて光栄に思います」
そして再び片膝をつくとおもむろに私の手をとり、その甲に触れるような口づけをしました。
まぁ実際は触れてないんですけどね。
その後、唇を離すと今まで触れていた柔らかな花びらから手どけるような仕草でその手を離して、ゆっくりと立ち上がりました。
「よろしければ――」
と、クルトが一瞬何かを言いかけようとした瞬間、辺りが不自然に静まり返ると声が響き渡りました。
「第一王子、ファーディナンド・フォン・ノイブルク殿下のご入場です」
会場にいた人々が次々と道を開け、首を垂れる。
そこに恐らく正装であろう騎士服を身に付けたファーディナンド殿下が現れます。
黒を下地にし、金糸で装飾されたその衣装はファーディナンド殿下専用に熱られた物なのか異常に似合ってますね。
正直な感想としては『とてもとてもカッコ良い!』としか言えません。
この姿で耳元へ甘い台詞を囁かれたら多くの女性が参ってしまう事でしょう。
そんな事を考えながら頭を下げ続けていると、足音がコツコツと聴こえて来た。
あれ?
なんか足音が近づいて来てない?
と、思っていた所、足音が私の前で止まる。
「シェアー、さぁ行こうか」
そう言いながら差し出された手を、私は思いもよらぬ展開で頭に?が浮かぶ中、反射的に手を取ってしまいました。
そして、とてもとても手慣れた風に自然な動作で私の手を引き寄せると、これまた当然と言わんばかりに腰へ手を当ててきます。
そんなファーディナンド殿下の態度に面食らっているのは私だけではないようです。
私の隣で驚いたような様子のクルトへファーディナンド殿下は意味ありげに視線を移す。
「悪いね、クルト。今日はシェアーに私のパートナーをしてもらおうよ」
「い、いえ。私とシェアー王女殿下はそのような仲では……」
「そうか、ならば問題なかったか。ではシェアー、待たせたね」
そう言われながら腰を抱かれ、私は半ば強引にファーディナンド殿下へ連れられて行く。
……ファーディナンド殿下って結構な筋肉質なのね。
今までは気づかなかったが、こうして身体を密着させながら歩くと分かる。
優男風に見えながら、実の所身体はガッシリとした感じで、同じ男性である弟のハルとは比べ物にならない。
私はそんな事を思いながら、この想定外のエスコートに身をゆだねていました。
「シェアー、突然ですまないね。もしかして緊張している?」
「当り前じゃないですか。事前に打ち合わせぐらいしておいてほしかったです、ファーディナンド殿下」
「それはすまなかったね。だが心配はいらないよ、後は私に任せて君は頷いてくれるだけでいい」
これから何が始まるのか。
疑問は尽きないが、きっとファーディナンド殿下には良いお考えが有るのでしょう。
私の連れ歩きながら様々な人に笑顔で挨拶を交わしている。
その満面の笑みをなぜか空恐ろしく感じてしまうのでした。
公の夜会に主席するのは本当に久し振りなので、出席者から灌がれる好奇の視線を感じ、かすかに身震いしてしまう。
そんな私の震えが感じられたのか、ファーディナンド殿下は口元を私の耳に近づけると囁きました。
「慣れない場で緊張しているのかい?陛下に諦めさせるにはこうした場で見せつけるのが一番だと思ってね。……ほらシェアーも見てみなよ、陛下が苦み虫でもかみつぶしたような顔をしているよ」
「そうだったのですか」
そう言われてチラリと伺った陛下のお顔は、ファーディナンド殿下が言われた通り、傍目にも不機嫌そうに見えたのでした。
そのまま陛下のお顔を見ていると視線が合いそうになってしまい、慌てて視線を逸らす。
だけど一瞬遅かったようで、まるで陛下の責めるような視線と目が合ってしまいました。
……そんな目で見ないでください。
「陛下にしてみれば自身が狙っていた女性を息子の私に取られた形だからね。だけどあれはアレでプライドの高いお方だ。公の場でこうして見せつけてやれば息子の女性に手を出したりはしないさ」
「そう……なのですか」
そう言って何が面白いのかほくそ笑むファーディナンド殿下と対比するように、不機嫌な顔を隠そうとしない陛下の視線を受けながら、私は見えない場所は勿論、顔にも嫌な汗がにじみ出るのを感じていたのでした。