05 奉仕活動の準備
登場人物紹介
シェアー・フォン・ノイブルク……主人公。亡きシンディ妃の実子であり、現国王とは血の繋がりが無い養女。
ファーディナンド殿下……第一王子。王妃と現国王の間に生まれた次期国王の最有力候補。
アマベル……主人公の侍女。
翌朝、私はいつもとそう変わらない目覚めを迎ました。
昨夜はベッドにはいるとスグに眠ってしまったようです。
カーテンの隙間から覗く窓の様子を見るに、外はまだ薄暗く、お日様が地平線から覗くかどうか?
と、いったところでしょうか?
何時もより目覚めが早かったようです。
昨日はいろいろあって疲れてたはずなのになぜかしら?
と、思った所で手からふわふわな感触が伝わってきました。
そう、不本意ながらも昨夜、ベッドを共にしたカーくんです。
私が起きた事にも気が付かず、時折『すぅー』と寝息を立てて眠っています。
そんなカーくんの幸せそうな姿を見ていると、何だか少しいぢわるをしてくなってきちゃいました。
私は静かに身体を起こすと、時折パタパタと動くふわふわな尻尾を掴みキュっと軽く握る。
スグに気が付いて飛び起きるのを予想していてましたが、カーくんは気づく事なく眠り続けています。
時折、尻尾が動こうとする感触がふわふわ越しに伝わって来る。
むー、なんか悔しい。
私は片手で尻尾を掴んだまま、もう片方の手でカーくんのお鼻に指を当てました。
すぅーすぅーとした寝息が指先に感じます。
が、ここまでしてもカーくんが起きる気配は全く感じられなかったのでした。
私は苦笑いを浮かべると、手をどけていぢわるを辞めます。
カーくんの寝ている場所へ静かに毛布を掛けると、私は起こさないように静かにベッドから降りる。
身体にあたるひんやりとした空気を感じながら窓に近づくと、ちょうとお日様が地平線から覗いたのか、少し明るくなってきました。
と、そのタイミングでアマベルが部屋に入ってくる。
「シェアー殿下、おはようございます」
「アマベル、おはよう」
アマベルは私に微笑みながら挨拶をし、次にいまだに私のベッドでスヤスヤ眠っているカーくんの姿をみて眉をひそめました。
「シェアー殿下が起きていらっしゃるのに、いまだに眠っているとは……霊獣とは結構なご身分ですね」
私は慌てて口元に指を当て、声を抑える仕草をします。
「もぅアマベルったら、聴こえたら何されるか分からないわよ?」
「そうですか?別に私は何をされても構いませんよ」
まぁ何もしないと思いますけどね。
「シェアー殿下こそ、そこの霊獣に何かされませんでしたか?この子、多分オスですよね?……まさかとは思いますが寝ている殿下の身体にいやらしい事など――」
変な事を言い始めたアマベルの言葉を慌てて遮る。
「いや、それは無いから」
多分だけど……。
ないよね、ないですよね?
私は確認するようにカーくんへ視線を送るが、私達のそんな気持ちなど素知らぬ風に眠っています。
「そうですか、シェアー殿下がそう仰るならばきっと大丈夫だったのでしょうね。でも……」
そう言ってアマベルは言葉を切るとベッドで眠るカーくんの元に歩み寄り、毛布を身体全体に覆いかぶせる。
「これで、もしあのオスが寝たふりをしていても見られることは無くなりました。ではお着替えを致しましょう」
「別にそこまでしなくても大丈夫だとは思うけど……」
そう言いながら私は寝間着を脱ぎ捨てると、アマベルが用意したドレスへと着替えました。
首元には忘れずにファーディナンド殿下より頂いたアクセサリーもわすれません。
「今日は食事の後、大聖堂へ礼拝に行かれるのですよね?」
「えぇ、昨日ズザンナやダイムラー卿から指摘されましたからね。礼拝の後は、そうねぇ……奉仕活動でもしようと思うの」
「奉仕活動を殿下自らなさるのですか」
「代理を立てても良いって言ってたけど、まぁ最初位はね?それともアマベル代理でやってくれる?」
「謹んでお断りさせていただきます」
私が面白がるように言うと、アマベルは冷ややかに返答する。
そして二人で顔を見回すと、クスクスと笑った。
「そのアクセサリーもとてもとてももお似合いですよ」
「……礼拝ではファーディナンド殿下とも顔を合わすでしょ?折角の贈り物ですもの、身に付けて置かないのは失礼だわ。これで準備は大丈夫よね?」
「はい、問題無いと思います。では行きましょうか」
こうして私は朝の支度を整えると礼拝に向かったのでした。
★★★★★
「結構な人の量ですね……」
「本当に。建物にいる人が全員来ているのでしょうか?」
大聖堂は多くの人でごった返していました。
その人の多さをみて、私達は驚きの声を上げます。
そんな中、私達は王族専用に用意されたスペースへと向い一番隅の席へちょこんと座った。
「今日はちゃんと来ているようだな、シェアー」
「お、おはようございます、ファーディナンド殿下」
いつのまにか私の近くに寄って来たのか、ファーディナンド殿下から声を掛けられてしまった。
「今まで礼拝を欠席したのに関わらず、代理も立てずに申し訳ありませんでした」
そう言って私は頭を下げました。
「これから気を付けてくれれば良いだろう、ところで――」
そう言って言葉を切り、私が身に付けているアクセサリーに視線を送ると急に耳元へ顔を近づけてきた。
ちょ、近っ。
「そのアーティアクトの事で話がある。礼拝が終わったら私の部屋に来い」
そう小声で呟くと、ご自身の席にもどって行かれました。
「シェアー殿下を部屋にお誘いになるなんて、ファーディナンド殿下は積極的な方でございますね」
私のそばにいた為、ファーディナンド殿下の声が聴こえていたらしいアマベルはそう言って意味ありげに微笑む。
「ちょっ、違っ。そんなんじゃないから!」
アマベルは少し慌てたように口元に指を当てる。
「殿下、声を抑えてください。そろそろ司祭様の説教が始まりますよ」
私ははっとして手で口を押さえました。
そしてクスクスと含み笑いをするアマベル。
私は自身の顔が恥ずかしさの余り赤く染まっているであろう事がわかりました。
そんな顔を他人に見られないように下を向いた所で司教様の説教が始まったのでした。
「……生きていくためには神が与えた様々な試練を乗り越えなくてはなりません。それは人によってはとても乗り越えられない、そう思われるかも知れません。しかし神は決して乗り越えられない試練を与えたりはしません。その試練に全力で立ち向かえば必ず乗り越えられると私は信じております。そして偉大なる神は非力な私達に立ち向かう勇気を授けてくれるのです」
大聖堂に司祭様の説教が響き渡る。
私が下を向いている間にも司祭様の説教は粛々と続きます。
もぅ、アマベルが変な事を言ったから恥ずかしくて顔が上げられないじゃない。
部屋に戻ったらどんな復讐をしてあげようか。
私がそんな事を考えている間にも司祭様の説教は終わりに近づいて来たようです。
「今日の説教はこれで終わりです。ご清聴感謝いたします、汝らに楽園への扉が開かれますように」
司祭様は最後にそう締めくくると一礼し、大聖堂の奥へと引き揚げました。
それが合図になったかのように皆帰路に付き始める。
無論、私もです。
そのまま何事も無く自室へ戻どり、一休憩しようと考えていた所に水が差されました。
「殿下、ファーディナンド殿下とのお約束はお忘れで無いでしょうね?」
と、アマベルが私の考えを読んだかのような釘を刺してきます。
「も、勿論です。これから向かおうと思っていた所ですよ」
「それなら良いのですが……」
「ファーディナンド殿下をお待たせするわけには行きませんからね。さぁ急いで向かいましょう」
私のこの心にもない言葉を聞いたアマベルは眉尻を下げて、不安そうな目で私をみつめたのでした。
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こうして不本意ながらもファーディナンド殿下の執務室へ向かった私は、部屋に通されるとソファーを勧められました。
正面のソファーにはファーディナンド殿下が座りその後ろには側近の方々が配置されています。
……私はドキドキしながらファーディナンド殿下から声が掛かるのをまっていましたが、うっすらと笑みを浮かべたまま、すぅっと目を細めると口を開いた。
「シェアー、聞きたい事がある。私が贈ったそのアクセサリーからカーバンクルと名乗る霊獣が現れた、という話は事実なのか?」
「はい、事実です。霊獣は私に『カーくん』と呼んで欲しい、と言っていましたが……」
「やはり事実なのか。いやダイムラーがそんな嘘を吐くはずもない、とは分かってはいたのだが……」
ファーディナンド殿下は眉間を抑えると軽く首を振った。
「なぜそのような事になった?たしかにソレは持ち主を助ける謂れがあるアーティファクトだが、実際に霊獣などが出てくるなど聞いた事ない」
なぜ、って言われてもコッチが聞きたいよ!
と、言う台詞が喉元まで出掛かりますがぐっと堪える。
「ダイムラーからも聞いているがもう一度シェアーの口からも聞きたい。詳しく話せ」
「はぁ……。アクセサリーをダイムラー卿から受け取った時、声が聴こえたような気がしたのです」
「声?」
「はい、たしか『高く掲げて』でしたか。それで聴こえたまま頭の上に掲げました。そうしたら丁度、日の光がアクセサリーに反射して足元に不思議な模様が浮かび上がって……それで気が付いたら霊獣――カーくんが現れていました」
そして私は現れたカーくんにぶつかって口論になった事や、その後なぜか気に入られて『カーくん』と呼ぶように言われた事などを話しましたが、「そんな事は別に話さなくても良い」と言われてしまいました。
そっちが聞きたいって言ったのに、解せぬ……。
「霊獣はとてもとても珍しい生き物だとは知っていますが、カーくんを見ているとただ『珍しい生き物なだけ』に思えます。だって私のベッドでゴロゴロしてるだけなんですよ」
私が溜息を吐くように「ベッドを取られて困っています」と漏らしたそんな言葉を聞いた瞬間、ファーディナンド殿下は首の後ろがヒンヤリするような笑みを浮かべると、目を光らせ静かな声で言いました。
「シェアー、王家の紋章は何がモチーフになっているか知っているか?」
「勿論存じています。『神獣グリフィン』ですよね?」
「そうだ、そして霊獣カーバンクルはその神獣グリフィンに仕える存在と言われている」
そうだったんだ。
その逸話は知りませんでした。
「その霊獣がシェアー、君の前に姿を現したんだ。何か特別の事情があるんじゃないかと思われても仕方ないだろう」
その後も側近の方を交えて、あれやこれやと質問が続き、私がスッカリ疲れ果ててしまった頃に、
「大分時間が立ってしまったようだな。私も用事がある、今日の所はここまでしておこう」
と、やっと開放される事になりました。
『今日の所は』なんて気になる言葉が聴こえましたが。
「了解致しました。それでは私は失礼して自室に戻らせて頂きます」
そう言って一礼すると、私は部屋に戻ったのでした。
★★★★★
部屋に戻った私は大きな伸びをしながらベッドへゴロンと寝ころびます。
それを見ていたアマベルはなんやかんやと注意してきましたが、無視です、無視。
ベッドへ寝ころんだ瞬間、カーくんが薄目を開けて一瞬私の方を見ましたが、スグに目を瞑ってしまいました。
そんなカーくんの真似をして私も目を瞑ります。
「――下、殿下。そろそろ起きてください。奉仕活動に行くのでは無かったのですか?」
そんな呼びかけの声にはっとして私は身体を起こしました。
いつの間にか眠ってしまったみたいです。
「はふぅ。そうね奉仕活動に行くのでしたね。では準備して向かいましょうか」
私は小さな欠伸をすると、ベッドから降りた。
「殿下が休まれている間に、厨房へは話を通しておきました。奉仕活動で配るパンが出来ている頃だと思います」
さすがはアマベルです。
命じたわけではないのに、私が休んでいる間にいろいろ動いてくれました。
早速厨房へ足を運ぶと、片隅にバスケットに入ったパンが既に用意されていました。
ちょっと味見をしてみましょうか。
私はパンを一つ取ると、半分にちぎり、片方をアマベルへと手渡す。
そして二人ほぼ同時に口へと運んだ。
「うーん、バターの風味と砂糖の甘味がとてもとてもマッチして美味しいです」
「そうね、これなら皆も喜んでくれそうね」
口をモグモグさせながら二人で感想を述べていると、このパンを作ったであろう料理人が目をキラキラさせながら「殿下から勿体ないお言葉を頂きましてありがたい事です」などと言いお茶まで用意してくれました。
有り難い事ですが、私達がこれ以上厨房にいると料理人たちの邪魔になってしまうので早めに退出する事にしました。
さぁ、これで用意も出来たし奉仕活動に行きましょう。