04 その名はカーくん
登場人物紹介
シェアー・フォン・ノイブルク……主人公。亡きシンディ妃の実子であり、現国王とは血の繋がりが無い養女。
ファーディナンド殿下……第一王子。王妃と現国王の間に生まれた次期国王の最有力候補。
ダイムラー卿……ファーディナンド殿下の側近の一人で護衛騎士。
アマベル……主人公の侍女。
カーくん……霊獣カーバンクル。
霊獣とはアストラル界、と呼ばれる私達とは異なる世界に住まうという大いなる力を持つ神獣に使える聖なる存在だと聞いています。
それが時折、この私達の前に姿を現し、様々な不思議な現象を起こすとかなんとか。
そんな物語が多いです。
……そう、基本的に創作上のおとぎ話的に語られる存在だと思っていました。
『やーね。いくらアタクシが愛らしくても初対面の相手をそんなにじろじろみつめるものじゃなくってよ?』
そういってカーバンクルは「ふんっ」と鼻をならした。
「し、失礼いたしました」
私は反射的に謝罪する。
『あら、素直じゃない。いいわ、許してあげる。アータの事は気に入ったから特別にアタクシを『カーくん』と呼んでもよくってよ』
「か、カーくんですか?……って君?あ、あなたの性別はまさかオス、いや男性?」
喋り方が女性的だったので驚いてしまった。
そういえば声質も甲高い男性といわれればそうとも思えます。
『その辺りの事はナイショよーん。そんな細かい事はどっちでも良いじゃない。それよりも――』
カーくんは辺りをキョロキョロと見回した。
『ここはどこなのかしらん?数百年ぶりにコッチの世界へ来たのだけれど相変わらず空気が悪いわねぇ』
ここでやっとダイムラー卿が正気に戻ったようで、私の前に立ちふさがりました。
「……ここは大聖堂です。それよりも貴方はなぜこの場所に姿を現したのですか?」
『あらおかしいわね?ソレでアタクシをアータ達が呼び出したんじゃないの?』
そう言って小さな愛くるしい手でちょいちょいと私の手を指し示します。
そうです、私の手の中にあるのは赤い宝石が嵌め込まれたあのアクセサリーです。
「このアクセサリーにあなた――カーくんが封じられていたのですか?」
『正確には違うけどまぁ似たようなモノね。でも失礼しちゃうわ、用もないのに呼び出すなんて!アタクシはそんなに安い女じゃ無くってよ?』
そういってカーくんは不機嫌そうな感じになりました。
男か女かどっちなの?
って思いましたが、まぁこの場では些細な事ですし無視する事にします。
『まぁ良いわ。折角久し振りにコッチの世界に来たんですもの。アタクシも暫くこっちの世界を楽しむことにするわん』
「えっ!?」
『アタクシの愛らしい姿をみてアータも癒されますしね。感謝してくれてもよいのよぉ。って事でアタクシをアータの部屋に案内しなさいな』
そう言って猫のようにゴロゴロと喉を鳴らし、私のスカートをペシペシと叩くと私に抱きかかえるように要求する。
「……分かりました」
私は不満げな様子を隠そうともせず返事をするとカーくんを抱きかかえました。
そのまま大聖堂を出るとダイムラー卿が、
「私はこの事をファーディナンド殿下へお伝えしなければなりません」
そう言って私に一礼すると何処かへ足早に去っていきました。
そして廊下に残される私とカーくん。
『あらあら、お忙しい人ねぇ。アータはゆっくり歩いても良いわよん。なるべく揺らさないようにして頂戴』
「はぁ、分かりました」
私はご希望通りゆっくり、揺らさないよう歩きながらも溜息を付く。
自分でも眉間に皺が寄っているのが分かった。
カーくんは私の事を召使か何かと勘違いしてるのだろうか?
そう思いながらカーくんの様子をじっと眺める。
『やっぱり人間に抱かれるのは気持ちが良いわねぇ』
そう言って本当に気持ちが良さそうに喉を鳴らす。
私は腕が少しづつ疲れてきたんですが?
そんな事を思いながらも決して口には出すことはしません。
カーくんはそんな私の心を知ってか知らずか私の胸の位置にあるアクセリーをじっとみつめると、興味深いお話をしてくれたのでした。
『このアーティファクトは王家に伝わる秘宝の一つよん。それを渡すなんてよほどアータは思われてるのねぇ』
そう言ってアクセサリーを前足でペシペシと叩く。
「えっ!?そうなんですか?」
『そうよーん。昔の王家の人とアタクシが約束を交わしたのよ』
「どんな約束を交わしたんですか?」
『……何だったかしら?まぁそんな細かい事はどうでも良いじゃない。まぁその結果として今アタクシはここにいるの。ところでアータの部屋はまだかしら?アータの腕の中も悪くないけど、早くフカフカのベッドで休みたいわん』
そんな話をしてるうちに自室へとたどり着く。
「お帰りなさいませ、シェアー殿下。あら?その生き物はどうされたのですか?」
出迎えてくれたアマベルは私の腕にカーくんが抱きかかえられている事に気が付き質問してきた。
「えっとこの子は――」
『アタクシはカーバンクルよーん。この娘に呼び出されたのん。アータも特別にアタクシの事を『カーくん』って呼ばせてあげるわ。光栄に思いなさいな』
「え、えっ!?シャベッター!?カーバンクル……カーくん?呼び出したってどういうことですか?」
私は目を白黒させているアマベルに経緯を説明しました。
でもアマベルは一通り話を聞いた後も、よくわかない、という顔をしていました。
まぁ、自身でも拙い説明だと思いましたので仕方ないですね。
「……あまり理解出来ませんでしたが、詰まり詰まる事詰まれば、このカーくんとやらは危険な生き物ではないと言う事ですか?」
『んまぁ!アータったらアタクシの事をそんな風に思ってたのね!失礼しちゃうわ!』
そんな話をしてる間にカーくんは私の腕をすり抜けるとベッドの中央でくつろいでいました。
勝手知ったるなんとやらである。
「まぁ危険な生き物ではないと思い――いえ、危険な生き物のはずはありません。……ソレよりも、カーくん?」
私が途中まで言いかけた台詞が気に入らなかったのか、ギロリとカーくんに睨まれ、慌てて言い直します。
『あらなにかしら?』
「もしかして……いえ、もしかしなくても今夜はそのベッドで眠るつもりですか?」
『おかしな事を言うのねぇ?だってこの部屋にベッドは一つしかないじゃない?』
「えっと、その……カーくんがソファで寝ると言うわけには――」
『いやよ、そんなの』
ダメ元で交渉してたものの、あっさりと拒否されてしまった。
『とは言っても、アータをソファで寝かすのはちょっとかわいそうねぇ。少し狭くなってしまうけど、アータなら一緒に寝てあげても良いわん』
そう言ってカーくんは意味ありげにウィンクをしました。
人のベッドを占有しておいてこの言いぐさである。
「……それはどうも」
『アタクシの優しさに感謝なさいな』
と追加で言葉が飛びますがこの状況で感謝出来る人などどれだけいるでしょうか?
私はいまだに事態が良く呑み込めていないアマベルと顔を併せ、深く溜息を付いたのでした。
★★★★★
夕食が終わり部屋に戻ると相変わらず私のベッドをわが物顔で占有しているカーくんが尻尾をパタパタと振りながら、
『おかえりなさーい』
と声をかけてきました。
今夜の事を考えると頭が痛くなります。
そんな私の思いが顔に出てしまったのか、さらに声が続く。
『あらん、顔色が悪いけどどうかしたの?お食事が合わなかったのかしらん?』
「食事は美味しく頂きました。今夜あなたと一緒に寝る事を考えて頭が痛くなっただけですのでお気遣いなく」
私がつい漏らした本音にカーくんは『んまぁ!』といって口を尖らせました。
「食事といえばカーくんの食事はどのようにご用意したら宜しいのですか?」
『食事』というワードにアマベルが反応し、カーくんに尋ねます。
そこで返って来たのは思いもよらない言葉でした。
『食事?アタクシには必要ないわよん』
「えっ!?食べなくても大丈夫と言う事ですか?」
『厳密に言うとアータの食べた食事がアタクシの栄養になっているの。だからアータはしっかり食べなきゃだめよん』
と、小さな前足で私を指し示しました。
「えっ?」
「……つまりはシェアー殿下が食事をすれば、それがカーくんの食事になるから自身では食べる必要がない、という分けですか?」
『そーよ、さっきからそう言ってるじゃない。しっかり食べないと体力が枯渇して最悪死んでしまう場合もあるから注意よん』
「えぇー!!」
『霊獣を呼び出した者の理だからこればっかりはしょうがないわん。でも安心しなさいな。アタクシは小さくて愛くるしいでしょ?アータの体力はあまり消費しないわん。これがもっと大きな霊獣なら大変よぉ?』
こんな重要で大切な事をさも当然とばかりにあっさり言ってのけるカーくんである。
……道理で先程は何時もより食が進むと思った。
「アマベル、お風呂に行きましょう」
憤慨しつつも、少し冷静にならなければという思いからカーくんの姿を見なくても良い浴室へ移動する。
「ではシェアー殿下。お召し物を脱がせますので後ろを向いてください」
「えぇ、お願い。いつもより沢山食べたからかコルセットが苦しいわ」
「あら、お太りになりますよ?」
「大丈夫よ。さっきカーくんも言ってたでしょ?私の食べた栄養はあの子に回るって」
「でもこうも仰っていましたよ?『自分は小さいからシェアー殿下の体力は余り減らない』と……沢山食べるとやっぱり太られてしまうのでは?」
アマベルのその台詞で、私は『うっ』と言葉に詰まった。
大丈夫、ダイジョウブよね?
私は正面にある大きな鏡に映った自身の姿をじっとみつめる。
一日で太るわけない、そんな事は頭では分かっているのに不安になってしまった。
これは比較対象が必要ね。
「……アマベル、今日は貴女も一緒に入りましょう」
「えっ!?わ、私がで、殿下と一緒にですか?で、でも――」
「大丈夫ですよ、私が許可します。さぁ貴女も早く脱ぎなさい」
「は、はい……で、ではご一緒させて頂きます……」
不本意な顔をしながら私を脱がせ終わると、アマベルも自身の服を脱ぎ始める。
その少し恥ずかしそうな顔に少し罪悪感を覚えましたが、これも仕方のない事なのです。
「し、シェアー殿下……そんなに見ないでください……」
自身の着替えを私がじっとみつめているのに気がついたアマベルはそう言って頬を赤く染めます。
その体形は私とさほど変わらないように見えました。
確認よし!
私は太っていない、大丈夫だ。
「あら、そんなに恥ずかしがる事ないわよ?アマベルも十分綺麗な身体をしてると思うわ」
そう言って私はアマベルの素肌に優しく触れた。
「あっ?で、殿下、何を!?」
「ふふふ、御免なさい」
その触れた感触はまるで絹のよう。
もし私が男性だったら――などと邪まな考えが一瞬頭をよぎる。
「では行きましょう」
私は尚も恥ずかしがっているアマベルの手を取ると、浴槽に向かったのでした。
そして広々とした浴槽に手足の伸ばしながらゆっくりと静かに浸かると、「はふぅ」というため息とも付かない言葉が自然に漏れます。
イロイロあった、一日の疲れが吹き飛びそう。
「本当に気持ち良いですね」
アマベルも私と同じ気分なのかそんな言葉を発します。
私もアマベルも髪の毛を頭の上でまとめ上げ、首まで浸かっている。
「この湯は良い香りがします」
「そうね、これはライムの香りかしら?」
「ライム……」
そう言ってアマベルは香りを味わうように深呼吸すると目を閉じる。
「この香りを嗅ぐとより気分が和らぐように気がします」
「強引に誘ってしまって御免なさいね?先程アマベルが私に言った事が気になってしまって……」
「言った事、ですか?」
「えぇ、『沢山食べると太る』って言ったでしょ?だからちょっと不安になってしまって。で、貴女の身体と比べて見ようかなって」
「そんな理由だったのですか。申し訳ありません。私の余計な一言がシェアー殿下を不安にさせてしまって」
そう言ってアマベルは口では謝りながらもどこか呆れたような表情を浮かべた。
「でもアマベルがお風呂を楽しんでくれたようでよかった。良かったらこれからも私と一緒に入る?」
「め、滅相もありません!こういうことはこれっきりにして頂きたいです」
私の言葉にアマベルはジロリと半ば睨みつけるような視線を送る。
「あら?残念」
そんなテレながらも全力で否定するアマベルのの姿をみて私は「フフッ」っと含み笑いを漏らします。
「も、もう!私をからかうのもいい加減にしてください。……殿下も十分に身体が温まりましたでしょう?さっさと身体を洗って出ましょう」
そうして私はアマベルに急かされるように湯から上がると、手早く身体を洗われるのでした。
そしてそのさなか、私がアマベルの腰に素早く手を回し、腰回りのサイズを確認した事で再度怒られる事になったのは二人だけのナイショである。