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03 霊獣

 登場人物紹介

 シェアー・フォン・ノイブルク……主人公。亡きシンディ妃の実子であり、現国王とは血の繋がりが無い養女。

 ファーディナンド殿下……第一王子。王妃と現国王の間に生まれた次期国王の最有力候補。

 ダイムラー卿……ファーディナンド殿下の側近の一人で護衛騎士。

 アマベル……主人公の侍女。

 ズザンナ……アレント公爵のご令嬢。主人公の話し相手。






 その後は二人揃って他愛も無い雑談を交わし、ふと気が付くと結構な時間がたっていました。

 私はズザンナと今日初めて出会ったはずなのに、もう長年の友人のような気持ちになったので名残惜しそうに別れの挨拶を交わし、扉から彼女の姿が消えるのを見送り、そして息を「ふぅー」と大きく吐きました。


「ねぇ、アマベル。貴女からみてズザンナはどう感じになられました?」


「受けた印象と言う事でよろしいですか?そうですねぇ……。努めて友好的に振舞おうとする姿勢が感じられましたね……。ただし、本音は別にありそうだと思われました」


「やっぱり?出会ったばかりだからしょうがないと思うけど、私も本音では接してくれてない、と私も感じました」


 おそらくはファーディナンド殿下から受けた『私の話し相手』という仕事を全力でこなそうとしているのでしょう。

 こちらの話に併せて的確に相槌をうち、そして会話が途切れそうになるとさりげなく次の話題を提供する、そのやり方は見事と言うほかはない、恐らくそう言った専門教育を受けているのだろう。


「目的がただの話し相手、ではなく別の思惑がある可能性もありますね。シェアー殿下」


「どうかしらねぇ。その辺は今の段階では分からないわね」


 そんな事を話し合いながらしばらく部屋でくつろいでいると、また不意の来客がありました。

 ダイムラー卿です。

 そして当たりを見回すと私に尋ねました。


「ズザンナ様はコチラに来られなかったのですか?」


「ズザンナはもうお帰りになりました」


「そうですか。ズザンナ様はシェアー殿下のお話し相手としてどうでしたか?」


「どう、とは?」


「ファーディナンド殿下はシェアー殿下が不要だ、というのであれば、来させないようにすると仰っています」


「そういうことですか。で、あればとてもとても楽しくお話が出来ましたのでこれからも定期的に来てくださると嬉しい、とファーディナンド殿下へ報告してくださいませ」


 それを聞いたダイムラー卿はなぜか嬉しそうに少し表情を崩したように思えました。

 でもそれは一瞬の事。

 スグに何時ものような硬い表情に戻ります。


「しかしご自分の婚約者をわざわざ私のような者のお話相手に選ばれるとは、ファーディナンド殿下のお心づかいには感謝の仕様もありません」


 それを聞いたダイムラー卿はまたホンの一瞬、表情が変わったように感じられました。


「……ズザンナ様がそう仰ったのですか?」


「いいえ違います。けれどそのようなお話を以前小耳に挟んだことがあったのです。実際ファーディナンド殿下が私の話し相手としてズザンナ様を頼られたようですし、以前聞いたご噂はやっぱり本当の事だったのかな、と感じました」


 表情は崩さないものの、ダイムラー卿がホンの小さな溜息を付いたと感じられました。


「そうですか。ご期待に添えずに申し訳ありませんが、私から申す事は何もありません」


 知らない……と言う事はないだろう。

 なにせダイムラー卿はファーディナンド殿下が頼る側近の一人。

 ファーディナンド殿下の事はとてもとても深く、プライベートの事まで知っていてもおかしくないですよね。

 でも秘密保持の為、自らの口では言う事は出来ないし、言うつもりもない、という所か。

 さすがはファーディナンド殿下ご自慢の側近、側近の鏡である。


「ズザンナ様がお帰りになられたのでしたら、私にご同行していただけませんか?」


「えぇ、問題ありません」


 どこに行くのか、それを問う前にダイムラー卿は一礼するとさっさと部屋から出て行ってしまった。

 えっ、ちょ、まって!

 私も慌てて部屋を出る。

 一瞬置いていかれるという考えが浮かんだものの、そんな事はなくダイムラー卿は部屋の前で待っていてくれました。

 そして何処かへ向かって歩み始める。

 無言で……。

 私もそれに併せて無言でついて行く。

 どこに行くんでしょうね?

 そして歩く事10分ほど、その場所にたどりつくとダイムラー卿は足を止めた。


「ここは……」


 私の言葉に続けるようにダイムラー卿は言った。


「大聖堂です」


 短くそれだけ言うと、ダイムラー卿は扉を開けた。

 ……ここが大聖堂。

 そこは白を基調とした広い部屋でした。

 天井には水晶で作られたと思しきシャンデリアが窓から差し込まれた光を美しく反射しています。

 そしてその窓には複雑なモザイク模様のステンドグラスが嵌め込まれており、そこから光が差し込む様子はまさに幻想的と言えるでしょう。

 足元をみると有名な異国原産と思われる毛足の長い真っ赤な赤色の絨毯がまっすぐ伸びて、それが白を基調とした部屋と何とも言えない調和を生み出している。

 奥には勿論、大きな神の像も飾られています。

 私が長年暮らした離宮に付属品のようにあった小神殿とは規模が違いすぎますね。

 そして思わず口から出掛かった『すっごくお金が掛かってそう』という言葉を寸での所で飲み込みました。


「シェアー殿下、今日の礼拝はまだ行っていないのでしょう?どうぞ祭壇へ」


 そういってダイムラー卿はいつものような厳しい視線を投げかけてきます。

 もしかしてダイムラー卿は敬虔な信者なのでしょうか?

 私が今日の礼拝を休んだからなんか怒っている?

 そう思ってしまうような口調です。

 ……まぁ、いつもそんな口調かもしれませんが。

 そんな考えはおくびにも出さずに、私は、


「はい……」


 と、小さく頷きおずおずと祭壇に向かいました。


「神々の御加護と導きがあらんことを願います」


 そう言って祭壇にお祈りをする。

 数日ぶりになるお祈りです。

 そうして一分近く頭を下げ、そろそろいいかなと思えるタイミングで頭を上げました。


「ダイムラー卿、神々に礼拝する機会を与えてくださって感謝致します」


 振り向きざまに目の合ったダイムラー卿にも、取り敢えずお礼を述べておく。


「神々への礼拝は我々の義務です。特にお礼を受けるいわれもありません」


 そう厳しいお顔を崩されないままおっしゃいました。

 私は貴方のような敬虔な信徒ではないのですよ。

 とはいえ礼拝を忌避しているとかそういうわけではありません。

 でもここ最近はいろんな出来事があったから、ついつい足が遠のいただけなのです。

 って、私のそんな言い訳じみた個人的な心情など、ダイムラー卿は知りもしないし、考慮するとも思えないのですが。


「そうですか……。それはそうと私が今日の礼拝を済ませてない事はどうしてお知りになったのですが?」


「ファーディナンド殿下のご意見です。毎朝9時の礼拝にもおらず、また別の時間に礼拝している気配も無いので大聖堂の場所を知らないのではないか、そう仰っていました」


 そう見方によっては睨んでいるかのような視線を飛ばしながら言う。


「シェアー殿下が場所を覚えるまで、私に毎日案内をせよ、とご命令を受けています」


 その発言に私は、『いえ、結構です』と反射的に言いかけましたが何とか言葉を飲み込みます。


「そうですか、ファーディナンド殿下にあらぬ心配をかけてしまいましたね。でもお陰でこれからは一人で行けますので案内は不要です」


 そうやんわりお断りした所で発せられた、次の発言はさらに衝撃的な物でした。


「シェアー殿下は私が四六時中見張っておいたほうが良いのかもしれない、そうも仰っておられました」


「はっ!?そんな邪魔なの要りません!」


 反射的に大きな声が出てしまって慌ててに口をふさぎましたが後の祭り、しっかりと聞かれてしまってダイムラー卿も表情がピクリと動きました。


「……ゴホン、失礼しました。以前にも申しましたがダイムラー卿はファーディナンド殿下の側近のお一人。私などの護衛より殿下の護衛の方がより重要な役目だと思います」


 そう言って私は必死に力説するも、


「私はファーディナンド殿下の命に従うのみです」


 と、相変わらずの無表情を崩さず、それでいて呆れるような口調で仰ったのでした。

 ……ソウデスカ、ソウデスヨネ。

 私は小さな溜息を付くと、重い足取りで自室に戻ろうとしましたが、


「待ってください」


 そう不意に呼び止められました。


「なんでしょうか?まだ何かお話が?」


 まだなにかあるのか、これ以上どんな嫌な話を聞かされるのだろうと自分でも若干、険の入った口調で問いかけます。


「こちらをお受け取りください」


 そう言って何かを懐から丁寧に取り出す。

 その手にあったのは真っ赤な、そうまるで鳩の血のように赤い石が嵌め込まれたアクセサリーでした。


「まぁ、これは何ですか?」


「ファーディナンド殿下よりのお預かり品です。これを肌身離さず持っていろ、との事です」


 ファーディナンド殿下からの贈り物ですか。

 では受け取りを拒否するわけにもいきませんね。


「殿下からですか。とてもとても素敵なアクセサリーですね」


「これはアーティファクトと言われる貴重な物だそうです。生き物みたく語り掛け身に付けている持ち主を助けるという謂れがあるとか――」


 説明してくれるダイムラー卿の言葉を聞き流しながら、私はそのアクセサリーに目を奪われていました。

 これはルビーかしら?

 ……とっても素敵!

 本当に語り掛けてきそう。

 私は本の気まぐれで、目を閉じ、耳をすませました。

 本当にアクセサリーが語り掛けてくる、そう思ったわけではありません。

 でもその時はそうした方が良いと感じたのです。

 すると本当に何かが聴こえた気がしました。


『……お願い、高く掲げて……光を……』


 その声に誘われるようにして、私は受け取ったアクセサリーをおもむろに高く掲げ光にかざしてみる。

 すると光が様々に色に反射し、七色の光がプリズムのような色と良く分からない幾何学模様を足元に落とした。

 とてもとても綺麗で幻想的な色模様です。

 そして次の瞬間!

 足元の幾何学模様が不思議な光で満ち始めました。


「えっ!?」


 その不思議な、それでいて柔らかさを感じさせる光は次第に眩しさを増し、その光の洪水で私にはもう当たりを見回す事すら出来なくなる。

 そして足元から何かが飛び出してくると、私に向かって勢いよくぶつかったのでした。


「「きゃ、痛っ!」」


 お互いにそんな声を出しながら、私はソレを目にします。

 その声の主は―――。

 何という事でしょう!

 目の前に現れ、私と同時に悲鳴を上げたのはリスのような蒼い獣だったのです。


『痛いじゃないの!もぅ、アタクシにぶつかっておいて謝罪の一つも言えないわけ?』


 出てくるなりそんな言葉を捲し立てるソレは外見はリスに似ているものの、決してリスではありません。

 蒼い色をしたリスなど聞いた事もないし、それ以上に目の前のソレにはリスにはない決定的な違いがありました。

 額の中央に真っ赤な宝石のようなものがついているのです。

 そう、それは先程ダイムラー卿から受け取った宝石のような――。


『もぅ、出てきてそうそうアータのような非常識な娘に出くわすなんて、アタクシってば悲しくなっちゃうわ』


 私は目の前に起きた出来事にしばらく惚けたようになってしまいました。

 その間にもやんのかんのと捲し立てるソレの姿に、やっとの事で正気を取り直すとソレから目を逸らし、ダイムラー卿へと視線をやります。

 しかしダイムラー卿は私以上に驚いているようでした。

 いつものような仏頂面はどこへやら。

 目はかっと見開き、半開きになった口は言葉を発しようとしますがなかなか声になってない様子。

 この様子だと今の状況はダイムラー卿にとっても予想外の展開に思えます。


『――アータに今のアタクシの気持ちが伝わるかしら?デカブツが二人もいて謝罪の言葉一つ聞けないだなんて。アタクシの気持ちは今日の天気みたく灰色のドン底よ』


「……今日は、とてもとても良く晴れた天気ですよ?」


 そんな突込みが自然と口から出て、やっとの事で私は口を開く事が出来ました。

 ってデカブツって私も含まれてるの?


『あら?そうなの?嫌だわアタクシったら、ちょっと間違えちゃったみたい。……それよりもまずは謝罪よ、しゃ、ざ、い。ぶつかったらまず謝罪するのが礼儀ではなくって?』


 突然ぶつかってきたのはそっちじゃない!

 という言葉が喉元まで出掛かりますが必死に飲み込みました。


「……申し訳ありません、え、えーと?」


『あら、アタクシの事をご存知にないの?しょうがありませんわね。無知なアータ達におしえてあげるわ。アタクシの事はカーバンクルと呼んでちょうだい』


 と、カーバンクルと名乗った獣は上から目線で話す。


「無知で申し訳ありません、でした。カーバンクルさん?ってカーバンクルってあの霊獣の?」


『カーバンクル』、その名を聞いた私は、ドヤ顔で佇む蒼い獣を驚きに満ちた目でじっとみつめ続けるのでした。

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