02 話相手
登場人物紹介
シェアー・フォン・ノイブルク……主人公。亡きシンディ妃の実子であり、現国王とは血の繋がりが無い養女。
ファーディナンド殿下……第一王子。王妃と現国王の間に生まれた次期国王の最有力候補。
ユリエル卿……ファーディナンド殿下の側近の一人。
ダイムラー卿……ファーディナンド殿下の側近の一人で護衛騎士。
アマベル……主人公の侍女
ズザンナ……アレント公爵のご令嬢
「殿下もうその辺にしておいた方がよろしいですよ」
困っている私を見かねたのかファーディナンド殿下の後ろに控えていたユリエル卿が助け舟を出してくれた。
「なんだ、ユリエルも触りたかったのか?」
ファーディナンド殿下は私から視線を外すと、ユリエル卿に対してトンデモナイ発言をした。
「違います、殿下と一緒にしないでください。これ以上シェアー王女殿下に変な事をしますと殿下の印象が地に落ちてしまいますよ」
自分も一緒にされそうになったせいか、ユリエル卿は明らかに不機嫌そうな顔でファーディナンド殿下へ視線を送っている。
「そうか、それはこまるな」
私はその隙をついて急いで距離をとりソファーに座り直す、と勢いよく座り過ぎたのかソファーが深く沈み込み、ギシリ、と音を立てた。
そんな私をみてファーディナンド殿下は肩をすくめながら紅茶に口を付ける。
私は助かった、と思いながらユリエル卿に対して感謝の視線を向けたが、彼は特段なんでもないという視線を一瞬私に向けただけだった。
ファーディナンド殿下がこのような事をするのは、何時もの事なのかもしれない。
別に私を助ける為に言ったのではなく、ファーディナンド殿下への印象を悪くしないために言っただけかもしれない。
つまりはファーディナンド殿下の為と言うわけだ。
さすがはファーディナンド殿下の側近と言うところだろうか。
「ひとまずはここにシェアーの部屋を用意した。暫くはこの部屋で過ごしてくれ」
「分かりました」
「護衛は――そうだな。暫くはダイムラーを付けよう。良いな?」
突然の事のようで事前に打ち合わせでもあったのか、ダイムラー卿は顔色一つ替えずに頷く。
「ダイムラー卿をですか?彼はファーディナンド殿下の護衛の方がより重要な役目だと思います。私に護衛など必要ないかと」
護衛と監視役は紙一重の存在である。
付きまとわれるのはまっぴらごめんなのだ。
なのでやんわりとお断りしたのですが。
「それはダメだ。仮にも王族に護衛を付けないと言う事はあり得ないぞ。今までだって護衛はいただろう?」
「はぁ、一応そういう名目の方はおりましたが……。しかし私から命じてハルの護衛に回してました。それでも今までは何もありませんでしたし本当に大丈夫です」
そう力説してみましたが、それを聞いたファーディナンド殿下は呆れたような顔をしながら、私の意見など無視するように、
「ダイムラー、分かったな」
と、命ずるのでした。
そして無表情に頷くダイムラー卿。
私は最後の抵抗としてダイムラー卿に訴えかけます。
「ダ、ダイムラー卿だって私の護衛なんてよりファーディナンド殿下の護衛の方がより重要だと思いますよね?」
これはあくまでダメ元、無視されても仕方がない、そう思ってたのですが、予想に反してダイムラー卿は私に視線を移すと、
「私は殿下の命に従います」
と相変わらずの無表情を崩さないで仰ったのでした。
デスヨネ……。
「ではファーディナンド殿下の護衛について他の者と引継ぎがありますので今暫くお時間を頂きます」
「うむ、分かった」
「そして、引継ぎが終わり次第、シェアー王女殿下の護衛に付きます」
ダイムラー卿はそう仰ると再び私に視線を移し、「よろしいですね」と有無を言わせぬ口調で仰ると私の返事など待たずに部屋を出て行かれたのでした。
よろしいも何も無いわね。
と、思いましたが口に出すことは出来ません。
「さて、ではシェアー」
「は、はひ!」
ファーディナンド殿下に不意に話しかけられたので思わず咬んでしまいました。
「ん?……まぁ良い。歓待したいのは山々だがあいにくと私は予定が詰まっていてな」
「そうですか、ファーディナンド殿下がお忙しい身なのは分かっております。どうぞ私にはお構いなく」
「そうか、では私達は退出するがシェアーはゆっくりとくつろいでくれ」
そう言って出て行く殿下達、その後ろ姿を見送り、部屋から遠ざかる足音が完全に消えた瞬間、私は「はぁ~」と大きく息を吐くと共にソファーに深く沈み込み足を投げ出しました。
「……シェアー殿下、そのような恰好ははしたないですよ」
そう注意してくれたのは私が自身の離宮から連れてきた侍女のアマベルです。
「そうは言ってもずっと緊張していましたから。多少の息抜きは仕方ないと思わない?」
私はそう言って少し伸びをすると体勢を正しました。
「しかしダイムラー卿が私の護衛に付くのは意外でしたね」
「たしかファーディナンド殿下の腹心のお一人だとか」
「えぇ、殿下の懐刀の一人ね」
「……そのような方をシェアー殿下の護衛につける必要があるのでしょうか?正直過剰に思えます。ファーディナンド殿下なら配下の騎士が沢山いらっしゃるでしょうに」
「……そうね」
それは私も思っていた。
恐らくファーディナンド殿下には他に思惑があるのだろう。
その夜は過度に緊張したせいだろうか?
クタクタだった私は深い眠りについたのだった。
★★★★★
そして、そんな新しい生活が始まって、数日後。
私はある人物の訪問を受けていました。
訪問者は一目で分かる豪奢なドレスに身を包んだ美しい女性だ。
年齢は私と同じぐらいだろうか?
綺麗に撒かれた美しい髪にきりりとした蒼い眼。
貴族としては高位にいるであろう気品がオーラとなって感じられる。
記憶を辿るけど、思いだせない。
まぁ私が知っている貴族などごく少数なのだし、記憶に無くても当然なのかもしれない。
「私がシェアー・フォン・ノイブルクです」
王族のマナーとして私から先に声をかけた。
そしてそれを待っていたかのように相手も頭を下げながら口を開く。
「ズザンナ・フォン・アレントと申します。お初にお目にかかりまして光栄でございます。シェアー王女殿下」
アレント――アレント公爵家か。
格式としては王族には劣るが、歴代の王配を何度も出している名家である。
確か、噂レベルではあるけどファーディナンド殿下の婚約者候補がアレント公爵家の令嬢だと聞いたこともある気がする。
目の前の令嬢がそうなのだろうか?
そして、その方が私に一体どんな用件なのだろうか?
疑問は尽きないが、私はそれをおくびにも出さないようにしてズザンナに席を勧めると私も着席をした。
アマベルが運んでくれた紅茶に口を付けた後、本題に入る。
「それで、ズザンナ様は私にどのようなご用件でしょうか?」
「私の事はズザンナとお呼び下さい、シェアー王女殿下」
「わかりました、ズザンナ。では私の事もシェアーとお呼びください」
「いえ、それでは畏れ多いのでシェアー殿下と呼ばせていただきます。私はファーディナンド殿下より、シェアー殿下の話し相手になってほしいと言われてこちらに足を運びました」
予想外の発言に、一瞬言葉を失ってしまった。
うーん、話相手か。
今は正直なところ侍女のアマベルだけいればいいと思っているけど……。
アマベルの方が気心がしれているし、気を遣う必要がなくて本音で話しやすいのです。
とはいえ、ファーディナンド殿下のご厚意を無にするなんて選択肢、私にはなかった。
「そうですか。それではこれからはお互いに良い関係を築きたいものですね」
そう言って私はニッコリと微笑む。
勿論余所行き様の笑顔です。
「ありがとうございます。勿体ないお言葉です」
そういってズザンナは殊勝に頭を下げた。
「それでは殿下。早速ですが私に聞きたいことはございますか?」
「そうねぇ……」
わたしは、ダメもとで聞いてみる事にする。
「ファーディナンド殿下は、貴女からみてどのような方ですの?私は長らく自分の離宮に引きこもっておりましたから、あまり殿下の事をよく知らないのです」
それを聞いたズザンナは、
「ファーディナンド殿下は文武両道に優れた、とてもとても素晴らしい方です。だれよりも次期国王に相応しい方だと思っています」
そう言ってニコリと微笑みました。
……聞きたいのはそう言う事ではなっかったのだけれど。
まぁ仮にファーディナンド殿下に不満などあっても出会ったばかりの人物に王族の不満など言えるわけないですよね。
質問を変えるか。
「そうですか。次の質問ですが、明日からの日常で私が注意すべき点などあると思いますか?」
ちょっと抽象的な質問で、ズザンナが答えに困ってしまうかな?
って思ったのですが、そんな事はなかったようです。
「……そうですね、シェアー殿下は大聖堂での礼拝はお詳しいですか?」
「大聖堂ですか?いえ、よくわかりません。私は普段は離宮にあった小聖堂で礼拝をしてたものですから」
「やはりそうでしたか。大聖堂では一度もお見かけしたことが無かったのでそうでは無いかと思いました」
大聖堂では王族には専用のスペースが割り当てられていて、他の参加者からは一目で分かるようになっているそうだ。
そこに私を見かけたことが無かったので、大聖堂での礼拝は詳しくないと判断したらしい。
「大聖堂では毎日9時に礼拝が行われます。それをお忘れにならないようにしてください。もし何らかの理由でご本人が礼拝できない場合は代理を立てる決まりです」
そして、とズザンナは続ける。
「大聖堂では身分に関わらず定期的な奉仕活動が推奨されています。これは例え王族であってもです。ですがこちらも代理を立てる事が可能です」
それを聞いた私は心の中で眉をひそめました。
奉仕活動なんてした事ないんですが?
離宮にあった小聖堂にはそんな決りなんてなかったのだ。
私が知らなかっただけかもしれないけど。
「……そうですか。それで、奉仕活動とはどのような事をすれば宜しいのですか?」
「そうですね。正直シェアー殿下のような高位の方々がする奉仕活動は限られると思います。闘いで負傷した騎士達や親を失った孤児達への慰問、訪問。あとは教会が主導する活動、主に寄付金集めのですが、それに対する参加などでしょうか?やる事は主にスピーチなどですね」
なるほど、そんな事をするのね。
「ズザンナは最近どんな奉仕活動をしたの?」
「私ですか?あまり大きな声では言えませんが正直あまりしておりません……。いつも代理を立てています。正直な所、シェアー殿下も代理を立てられた方が良いと思います」
と、あっさり言われてしまいました。
「一度、病院へ慰問に行ったことがあるのですが、そこで酷い怪我をしてる人を見てしまって。びっくりして足がすくんでしまいました」
「そうなんですか。それは想像するに大変でしたね」
治安を預かる騎士などは怪我をする事も多いだろうし、中には大けがをされる人がいるのも想像出来る。
そんな半死半生の姿を見てしまったら、足がすくむのも無理はないと思えた。
「特に最近は騎士の派遣が増えているようで、それに伴い酷い怪我をする方も増えているようです」
「私も聞いたことがあります」
最近は魔物が多く出没してるいうというのがもっぱらの噂になってます。
魔物とは瘴気から生まれると言われている悪しき生き物だ。
人に害を無し、時には命も奪う。
そんな魔物は騎士達により定期的な間引きが行われている。
それによって都市に近い街道などは安全に通行出来るようになっています。
しかし、最近はその騎士達が派遣される頻度が上がってきている、そんな話を小耳に挟んだことがありました。
「それはもう酷い状態の方が多くて、もしシェアー殿下自らが慰問されるのであれば孤児院の方が良いのかもしれませんね」
「そうですか、ズザンナの意見は分かりました。でも治安の為に命がけで闘った結果、大けがをなさった方々ですもの。一度ぐらいは自ら訪れなくてはならないと考えております」
それを聞いたズザンナは少々罰の悪そうな顔をする。
「ご立派なお考えです。それに比べ私の浅慮な考えを恥じるばかりです」
そんな事を言って視線を落とすズザンナの手を私はそっと両手で包み込むと、
「いいえ、私も事前の情報なく訪れて不意にそのような方々と出くわしたら、ズザンナと同じように足がすくんでしまうと思います。事前に貴女が教えてくれたたらこそ、覚悟を持って慰問に行くことが出来るのです」
そう言ってニッコリと笑みを浮かべました。
私の突然の行動にズザンナは最初、何をされているか分からない様子だったけど、私が自身の両手を包み込んでいる事をようやく把握したようで彼女の顔に赤みが指しました。
これは私が侍女達にもよく使うテクニックの一つです。
言葉だけよりも手を添える事で、より親身に、真剣に耳を傾けている、そう思わす事ができるのですよね。
親密度を上げるのにはもってこいなのです。
「今はまだ足がすくんでしまうかもしれません。それでも共にいく者がいれば勇気が出る事もあります。まずは私一人で慰問へ行ってみるつもりですが、再度行く事になったときはズザンナ、ご一緒にいきませんか?」
ズザンナの手を包み込みながら私がそう言うと、彼女は顔を朱に染めながらそっと頷いたのでした。