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01 融通の利かない護衛騎士

 登場人物紹介

 シェアー・フォン・ノイブルク……主人公。亡きシンディ妃の実子であり、現国王とは血の繋がりが無い養女

 シンディ妃……主人公の母。現国王の愛人で現在は故人。

 ファーディナンド殿下……第一王子。王妃と現国王の間に生まれた次期国王の最有力候補。

 ハル……第二王子。シンディ妃と現国王の間に生まれた主人公の実弟。

 ユリエル卿……ファーディナンド殿下の側近の一人。

 ダイムラー卿……ファーディナンド殿下の側近の一人。






 初めて会ったのは私が何歳の時だったか。

 確かまだ10歳になる前の事だった。

 私は目の前の麗しい女性の蒼い眼にみつめられながら口を開いた。


「はい、分かりました。全力で、とはお約束出来ませんが、出来る範囲でお力になりましょう」


 当時はなぜそんな事を約束してしまったのか、自分の事ながら全く分からなかった。

 しかし今から思えば、初めて出会ったその時から、幼い私は魅了されてしまったのかもしれない。

 美しい女性、心からそう思った。

 そんなホンの子供の言葉に、目の前の女性――新しく、父の愛人となったシンディ妃は優しく微笑む。


「ありがとう。ではお願いいたします。シェアーと仲良くしてやってくださいませ」


 その名前を呼ばれた彼女は、


「よ、よろしくおねがいします」


 と、私に拙い挨拶をすると、サッとシンディ妃の後ろに隠れてしまった。


「まぁ、シェアーったら……ファーディナンド殿下、申し訳ありません」


「……父の養女と言う事は、私にとっても妹ですからね。許してあげますよ」


「そう言って頂けると感謝のしようもありません」


 そう言ってシンディ妃は頭を下げた。

 その間も、後ろの幼子はシンディ妃のドレスの裏に隠れたままだ。

 でもその幼子に出会ったのはそれが最後、それ以来その子は公の場所へと姿を現す事はなかった。

 その幼子が美しく成長し、目の前現れた。

 そして奇妙なお願いをしたのだ。


「シェアーの用件は分かった。だが、即答は出来かねるかな。返答はあとでも良いかな?」


「えぇ、ですが早めにお願いいたします」


 そう言い残し、部屋から退出するシェアーを見送ったのだった。


★★★★★


 翌日、ファーディナンド殿下からユリエル卿を通して返事が来た。

 答えは「了承」、つまりは私を婚約者とする提案を受ける、と言う事だ。

 正直な所、上手く行く可能性はそんなに高く無いと思っていたので、その答えに私はホッと一息をついた。

 そして早速、弟のハルにも伝える。

 ハルも最初は私と同じようにホッとした様子だったが、何かに思い当たったのか暫くすると急に悲しそうに顔を歪めた。


「姉上……するとこの離宮から出て行ってしまわれるのですか?」


「そうね、恐らくそうなるでしょうね」


 すると急にハルは私に抱き着いてきて――シクシクと泣き始めた。


「もぅ、ハルは泣き虫さんね」


「だって、だって、姉上――!」


 そう言って泣き続けるハルを私はそっと抱擁し、耳元にそっと囁いてあげた。


「私もここを離れる事になるのは寂しいわ。でもそれは一時の事。きっとまたここへ――ハルの元へ帰ってきますからね」


「あぁ、姉上!」


 そう言ってハルは顔を上げ私の顔を覗き込んだ。


「……ご無理をなさっている事は分かります。だってお顔が真っ白ですから。それに――」


 そう言ってハルは私の手を優しく握ってくれた。


「手が震えていらっしゃいます」


 弱音をみせまいと気丈に振舞っていたつもりだったけど、どうやら隠し通すのは無理だったようだ。

 自らの手が震えているのも気が付いてなかった。

 でもハルが暖かい手で握ってくれた事で本当の意味で身体が落ち着いたようで、暫くすると手の震えは止まってくれた。

 情けないなぁ、守るべきハルに却って心配を掛けるなんて。

 こんな様子の私を見て、ハルはどう思っているのだろうか。

 そんな事判り切っている。

 ハルの事だ、ますます心を痛めてしまうに違いない。

 それを思うと、自身の情けなさに何とも言えない気分になる。

 だけど今は、これ以上ハルに心配を掛けさせないように、形だけでも気丈に振舞わなければならない。


「……少し緊張してしまったかも知れないわね。でももう大丈夫。ほら、ハルの暖かい手のお陰で震えも止まったわ。もう震えていないでしょう?」


「はい……」


「さぁ、忙しくなるわよ。ファーディナンド殿下の元に行く準備を整えないとね」


 そう言って私はニコリと微笑むと、密着していたハルの身体をそっと離した。

 そして全ての準備を終わらせるとベッドに潜り込む。

 だけど疲れているはずの身体だったのに、その日は熟睡する事はなかった。


★★★★★


 そして、翌日。

 私はファーディナンド殿下の待つベルビュー宮殿に向かった。

 そして、いまスグではないが将来的な話として、私の王族としての立場は返上する事を考えていた。

 ほとぼりが覚めたら私を王族から開放して、ある程度の財産を持たせた上で開放してくれるらしい。

 私としては願ったり叶ったりだ。

 元々私は王家の血は継いでおらず、今の立場は不相応だと考えていたのだから。

 この話をハルにした所、反対されるかもと思っていたのにそれが良いと頷いてくれた。


「王族じゃ無くなっても、僕の姉上に変わりは無いのでしょう?」


 そういってニッコリと笑ってみせたのだ。

 意外だ。

 てっきり反対されると思ってたのに。

 そうしてこう付け加えた。


「元々姉上は王族らしく無かったですからね。表面上は取り繕えても遠からずボロが出てしまいそうです」


 そんな事ありません!

 といいたい所だけれど、自分でもそう思うので声に出すことは無かった。



 ファーディナンド殿下の待つベルビュー宮殿は、私達が住まうノイブルク王国の郊外に有るとてもとても広い宮殿だ。

 私が住んでいた宮殿からは馬車で2時間程度かかるだろうか?

 そんな私が今日まで住んでいた宮殿の前には、ファーディナンド殿下から派遣された立派な馬車が止まっていて、同時に周囲には複数の護衛の騎士がこれまた見栄えのする馬に騎乗し、周囲を油断なく伺っていた。

 私が近づくと、今まで馬車の中にいた一人の騎士が降りて来る。

 背が高く威圧的な雰囲気を漂わせた騎士である。

 おそらくはこの中ではリーダー格に当たるのだろう。

 彼は良く整えられた髪を風に漂わせながら、私に王族としての礼をとった。

 そんな彼に私は声を掛ける。


「私は、シェアー・フォン・ノイブルクと申します。本日は宜しくお願いします」


「お初にお目にかかります、シェアー王女殿下」


 目の前の騎士は良く通る声で言葉を返してくれる。


「私の名前はジクストゥス・フォン・ダイムラー。本日の護衛を勤めさせて参ります」


 ダイムラーと言う事はファーディナンド殿下の側近の一人か。


「貴方がダイムラー卿ですか。その名前は聞き及んでおります」


 私がそう言うと、ダイムラー卿は不敵な笑みを浮かべた。


「シェアー王女殿下にも私の名前が知られているとは光栄です」


「無論存じていますよ。ファーディナンド殿下が心を許す側近のお一人でしょう?」


 彼の父はダイムラー伯爵で有り、王国騎士団の一角を有するダイムラー騎士団の団長でもある。

 ファーディナンド殿下はその嫡子を側近とする事で、軍事力という権力の一端を確保してるのだ。


「では馬車へどうぞ。我が主、ファーディナンド殿下の元へお連れ致します」


 そう言ってダイムラー卿は、先に馬車へと乗り込み、手を差し出すて私へ馬車に乗るように誘った。

 私は彼の大きな手を取ると、馬車へと乗り込む。

 そして最後に私が連れて行く侍女と乗り込むと、静かに扉が閉められゆっくりと馬車が動き出した。

 私はそんな揺れる馬車の中、無言で窓の外をじっとみつめたまま時は流れていく。

 これから私にどんな事が起こるのだろうか。

 分かっている事は、今までの生活から激変してしまうだろうという事だけだ。

 そんな事を思いながらも隣の侍女にチラリと視線をやると、彼女は気まずそうな様子だった。

 さて、移動中の馬車で私は考える。

 勿論これからの事だ。

 思い付きと行動力で何とかここまでは上手くいったと思うけど、これからの事を考えると頭が痛い。

 というかどうしよう?

 これからの事は何もプランが無い、と言うのが正直なところだった。

 不安は勿論沢山ある、だけどその解消の為にどうしたら良いかは思い浮かばない。

 久し振りに直接お会いしたファーディナンド殿下は、私の記憶とは大きく違っていた、

 と言っても、以前お会いした時はお互いホンの子供だったのだが。

 でもその記憶の中のファーディナンド殿下は育ちの良さを醸し出しながらもあまり頼りがいのない線の細い貴公子、という雰囲気だったはずだ。

 でも久々にお会いしたファーディナンド殿下は違った。

 私よりも頭一つ分ぐらい背が高く、貴公子然とした振る舞いはそのままにそれなりに身体も鍛えている風に見える。

 勿論、容姿もとてもとても美形だ。

 王子という立場を抜きにしても、甘い言葉を掛ければ多くの女性がぼーっとなってしまうだろう。

 結局の所、それだけ印象が変わるほどの時間が経過したと言う事だ。

 まぁ思い返せば私の好みと合っていない、わけではない。

 まぁ、私も一人の女性ですから、美形が目の保養になるのが正直な所。

 これで性格が私と一致いていれば、本当に好きになってしまうかもしれないけど。

 実際はそんな事はないだろうな、と思う。

 私は一旦、そこで思考を中断した。

 そんな事はいくら考えても仕方のない事、そう思い直したからだ。

 それにこれ以上無言が続けば、一緒に乗り込んでいる侍女にずっと気まずい思いをさせるかもしれない。

 そう思った私は目の前にいるダイムラー卿に話しかける事にした。


「ダイムラー卿、貴方の主はどんな方ですの?」


「私の主はファーディナンド殿下です。貴女もご存知のはずでは?」


 ダイムラー卿は表情をいっさい動かさず、口元だけを動かしてそう言った。


「そんな事は分かっています。そのファーディナンド殿下はどのような方ですか?と言うのを聞いているのです」


「どのような方と言われましても。我が国の後継者として相応しい方、それ以外の言葉はありません」


 相変わらず、そんな答えにもなっていない事を顔の表情を崩さずに答える。

 ……あー、ダメねこれは。

 これ以上会話を続けても、マトモな受け答えが返ってくるとは思えない返答だった。

 護衛騎士という立場とは言え、軽い雑談程度を求めた私が間違っていたようだ。

 そう悟った私はこれ以上会話を続ける事を辞めた。

 それからは馬車の中は沈黙が続く。

 私は何時間にも感じられたそんな気まずい沈黙を窓の外を流れる景色を眺めながら耐えるのだった。


★★★★★


 そんな無限にも思えるような時間もやっと終わりを告げる。

 目的の場所に付いたらしく馬車が停車すると扉が空いた。

 先に降りたのはダイムラー卿、そして私の侍女が続く。

 そして最後に私が降りる時、ダイムラー卿が手を差し出してきた。


「ありがとう」


 私はそう声を掛けつつ、笑顔を作ると差し出した手に指先を添えた。

 そんな私の声を受けても、ダイムラー卿は表情を崩すことなく手を引いて私を馬車からおろしてくれた。

 そして目の前の建物を見上げる。

 ベルビュー宮殿の立派で豪奢な佇まいは見るものを圧倒させる威厳があった。

 この建物に比べたら、私が今まで住んでいた離宮などは庶民の暮らすアパートメントのようだと思った。

 かつての王族が、当時の王室主席建築家に予算を潤沢に与え作らせたと聞くその建物は、当時としても荘厳さや崇高美を備えた建築として評判だったらしい。

 一体建築費に幾ら掛かったのだろうか。

 そんな、考えても仕方がないことが頭をよぎる。


「ご案内致します」


 そう声を掛けられて、私は余計な考えを頭から振り払った。

 そして振り返りもせずスタスタと歩いていくダイムラー卿の後を付いて行く。

 美しい廊下を歩き、とある部屋の前でダイムラー卿の足が止まった。


「こちらへご入室ください」


 そうして案内された部屋に踏み入れると、統一された家具とステンドグラスで彩られた空間が目に飛び込んでくる。

 そしてそこには第一王子ファーディナンド殿下がいたのでした。


「シェアー、よく来たな」


 ファーディナンド殿下は砕けた口調でそう声を掛けてきた。


「この度は私の申し出を受けて頂き、大変恐縮でございます、ファーディナンド殿下」


 そう言いながら私は深々と頭を下げる。


 ファーディナンド殿下は頷くと、私に座るように即したのでソファーへ腰をかけた。

 するとなぜか正面では無く隣に座ったファーディナンド殿下は、暫く無言で私の顔をじっとみつめていたかと思うと突然、


「お前は本当に美しいな」


 と思っても見ない言葉が隣に座ったファーディナンド殿下の口から飛び出してきた。


「と、突然なんですか?」


 そんな会話の最中でも私の顔をマジマジとみつめてくる。

 そして手を伸ばしてきたと思ったら、その手が私の顔に触れる。

 他人にそんな事をされるのは初めて――でもないか、正確には弟であるハル以外にだけど。

 私の心臓は激しく高鳴った。

 顔も恥ずかしさのあまり赤くなっていたと思う。

 するとファーディナンド殿下の表情、正確には瞳に愉悦の色が混じる。

 ……明らかに私の反応をみて面白がっていますね、これは。

 私は心を落ち着かせると、


「ファーディナンド殿下、いきなり失礼ではありませんか?」


 そう言いながら両手で優しくファーディナンド殿下の手を包むと顔から遠ざける。


「ふむ、私としてはもっと触っていたかったのだがな。とはいえ、いきなりだったのは確かだ。悪かった」


 そう言いながら含み笑いを漏らすファーディナンド殿下。

 ……あぁ、私、やっぱりトンデモない申し出をしてしまったのでは無いだろうか。

 そんな後悔の念を抱きながら、テーブルに置かれた紅茶を口に含み、気持ちを落ち着かせるのでした。

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