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11 複雑な乙女心

 そしてその日の事。

 ついにお披露目の日がやってきてしまいました。

 そのため、朝起きた時から憂鬱です。


「殿下、今日はお顔が優れないようですね」


 憂鬱さが顔にも出ていたのか、アマベルからそんな指摘が入りました。


「はぁ、ついにこの日が来てしまったわ……」


「お披露目の事ですか?似たような事ならもうすでに王都で行っているではありませんか」


「それはソレ、これはコレなのよ」


「さいでございますか。でもそれはあくまで気分の問題なのでしょう?体調などには影響がないと思います。肌にも張りがありますし」


 私を着替えさせながら、アマベルは私の腰のあたりをプニっと掴む。


「きゃ!……もぅ、いきなり何をするのよ!」


「ほら、これで何時もの殿下にお戻りになったようですね」


 そういってアマベルは何がおかしいのか嬉しそうに笑いながらもテキパキと私の準備を整えてくれます。

 そして準備がすっかり終わるとアマベルはウンウンと頷く。


「よし!殿下、とてもとてもお綺麗ですよ」


「ありがとうアマベル、お世辞でも嬉しいわ」


「お世辞なんかじゃありません。例えるなら社交界に現れた青いカーネーションの妖精のようです」


 そう言いながらキャッキャと喜ぶアマベルです。

 青いカーネーションの妖精か……。

 たしか青いカーネーションの花言葉は『永遠の幸福』だったわよね。

 そんなものが本当に有るのかは甚だ疑問ですが、アマベル嬉しそうな顔をみると何も言えなくなってしまった。

 とはいえ、折角頑張って準備を整えてくれたアマベルには悪いけど衣装に着られているような気がしないでもないのは事実なのでした。

 そんな事を思いながらもスッカリ準備が整った私は、ソファーに座りアマベルが入れてくれたお茶を飲みながら迎えを待っています。

 と、そこへ「トントン」とドアをノックする音が聴こえました。

 お迎えが来たようですね。


「殿下、ダイムラー卿がいらっしゃいました」


「お通ししてください」


 私の返事と共にダイムラー卿が入ってきます。


「シェアー殿下、お迎えに上がりました」


「わかりました」


 お互いに軽く挨拶をすませ、待合室へと移動する。

 そして待合室で待つこと数分、その方がやってきます。


「やぁシェアー、待たせたかな」


「いいえ、私もつい先ほど来たところです、ファーディナンド殿下」


 ファーディナンド殿下の衣装も光沢のある見事な青色で、襟などの要所要所に金の刺繍が施され、なんとも言えない調和を生み出していました。


「ファーディナンド殿下、そのお召し物は……」


「あぁ、シェアーが青いドレスを選んだと聞いてな。それに併せてみたんだ」


 そう言いつつ顔を私の耳元に寄せる。


「シェアー、とてもとても似合っているね。綺麗で見惚れてしまいそうだ」


 その言葉を聞いて、私の心臓が一瞬ドキンと跳ね上がったように感じました。

 出来るだけ顔には出さないように努力しても、顔が徐々に火照ってくるのがわかる。

 そんな私の気持ちが分かっているのか、半ば苦笑しながらファーディナンド殿下は私に手を差し伸べてきた。


「ファーディナンド殿下のお召し物もとてもとてもお似合いですよ」


 私は誤魔化すようにそう言うと差し出された手をそっと重ねました。

 すると普段からそういう事に慣れているのか、ファーディナンド殿下は私を引き寄せると腰を抱えます。


「動きが硬いな。緊張しているのか?」


 とっさに「そんな事ありません」と言いそうになりながらファーディナンド殿下の顔をみると何やらニヤニヤしています。

 あー、これは半端に誤魔化してもダメそうですね。

 素直に正直に言いましょう。


「はい、ファーディナンド殿下。その、実はとてもとても緊張しています」


「今回はシェアーが主役だ。こんな事で緊張してるようじゃ困るな」


 ソウデスネ。

 そんな事は百も承知なのですが、頭で分かっていても気持ちはどうしようもありません。


「会場に入れば、来訪者の視線が数多くシェアーに注がれる事になる。緊張のあまり転ばない様にな。私がフォローするとしても限度がある」


 その台詞で数多くの視線が自身に集まる事を想像し、より身体が頑なになってしまう。

 そう言って不敵な笑みを崩さないファーディナンド殿下の顔を見て、私は分かってしまった。

 ファーディナンド殿下はそんな私の様子をみて楽しんでいるのだと。

 これはわざと私を緊張させるために言ってるのだ。

 なんていぢわるな方なのでしょう!

 その瞬間、身体から緊張の糸が解けるのを感じました。


「ん?急に肩の力が抜けたようだな」


「えぇ、今はファーディナンド殿下が隣にいらっしゃいますから、それが支えになり勇気を頂きました」


「そうか、それは良かった」


 言葉とは裏腹に、残念そうな顔をするファーディナンド殿下である。


「ファーディナンド・フォン・ノイブルク殿下、シェアー・フォン・ノイブルク殿下、両殿下のご入場です」


 名前を呼ばれ身体を寄せあったまま会場に入る私達。

 先程のあった緊張の糸は解けましたが、それとは関係なく会場に入ると多くの方々の視線が降り注ぎます。

 それを表面上は笑顔で受け流し足を進めました。

 程なく、司会の方が何事かを言い始め、それを合図にするように音楽が奏でられた。

 私はファーディナンド殿下にエスコートされながら会場の中央へと移動する。

 そして向かい合うとお互いにお辞儀をして手を取り合う。

 その時、ファーディナンド殿下は私の耳元に顔を近づけて囁いたのです。


「以前は踏んでも構わないと言ったが出来るだけ私の足を踏まないで欲しいな」


「――ッ」


 これは私を緊張させる為の囁きです。

 本当にファーディナンド殿下はいぢわるな方ですね。

 静かな怒りを感じながらもそれに対し、私は負けじと言い返しました。


「あらファーディナンド殿下。私の事をフォローして頂けるんじゃなかったのですか?」


「勿論フォローはする。だが私の足は鋼鉄で出来てるいるわけでは無いのでね。踏まれれば痛いさ」


「ならば今しばらく口をつぐんで頂けませんか?気がそがれて足を踏んでしまうかもしれませんよ?」


「おっと、それは失礼した」


 それからはお互い一言も口を開きませんでした。

 ダンスの曲はワルツです。

 一応私も王族の端くれとしてダンスの教育は受けています。

 しかしながら長年私は自身の離宮に引きこもっていた為、ダンスの経験が豊富とはお世辞にも言えませんでした。

 でもファーディナンド殿下は違います。

 口ではいろいろ言いながらも私を完璧にリードしてくれました。

 ともすれば不安定になりがちな私の身体を、体勢が崩れないようにしっかりと支えつつ優雅に踊っている。

 私は先程までファーディナンド殿下に感じていた怒りをスッカリ忘れ、心の中で感心します。

 そうして最初の曲は問題無く終わりました。

 そして終わった瞬間、「どうだ?」という視線を私に送る。

 その勝ち誇ったような顔を見ると、先程まで消えていた静かな怒りがまた湧いてくるように感じました。

 気持ちを表に出さないように最後のお辞儀をすると周りから歓声が上がったのでした。


★★★★★


 ダンスが終わり沢山の喝采を全身に浴びながら、私達は連れ立って用意された席へと戻りました。


「お見事なものです」


「これぞ王族と言う気品溢れるダンスでしたな」


「本当に、美男美女同士のダンスがこれほど映えるなんて」


 そんな声があたりから次々と上がります。

 その声に気恥ずかしさを感じながらも私はドリンクで喉の渇きを潤す。

 そして一息ついた所でファーディナンド殿下から声がかかった。


「シェアー、疲れているところ悪いと思うが君を紹介しなくてはならない。一緒についてきて欲しい」


「わかりました」


 正直な所、まだ座って休んでいたかったのだけれど仕方がありません。

 私は頷くと立ち上がりファーディナンド殿下へと続いて歩き始めました。

 周りを良く見回すと私達を伺っている人達が何人もいる。

 もしかしてあの人たち一人一人に紹介されるのだろうか。

 だとすると一人あたり数分だとしてもとてもとても時間がかかってしまいます。

 嫌な事を想像して、私は心の中で大きな溜息をつきました。

 そんな私の心の中を読み取ったのか、苦笑しながらファーディナンド殿下が説明してくれた。


「安心しろ。直接紹介するのは精々十人ほどだ。シェアーが想像しているより時間はかからないと思うぞ」


「……そうでしたか。そのお言葉を聞いて安心しました」


「ただ紹介をする相手は領内での特に有力者ばかりだ。疲れていても顔には出さないで貰いたいな」


「御心配には及びません。内面を隠すのは、慣れているつもりです」


 私がそう言ったとたん、なぜかファーディナンド殿下は声を上げて笑ったのでした。


「……なぜ笑うのですか?」


「嫌、すまない。シェアーがあまりに可笑しな事を言うのでね」


「何が可笑しかったのでしょうか?」


「シェアーは自分の事をよくわかっていない様だ。表情がわかりやすすぎる」


 えっ!?


「その事はシェアーも分かっていると思っていたのに、寄りにもよって『内面を隠すのは慣れている』などと言ったものだから可笑しくなってな」


 そうだったんだ……。

 冗談でもなんでもなく上手く内面を隠せていると思っていたのに……。

 私は思わぬファーディナンド殿下の指摘にショックを受けました。

 でもそれで納得がいった。

 今日を思い返してみても、私の気持ちを見透かしたような言動をファーディナンド殿下は繰り返していました。

 ファーディナンド殿下には私が思っている事など手に取るように分かっていたのでしょう。

 私の心の内を全て分かっていながらからかうような言動をしていたのです。

 そしてその言動を受けて、私がみせる反応を面白おかしく見物していたのでしょう。

 その後の私は気恥ずかしさのあまり、どんな受け答えをしたのか記憶が曖昧になったまま時は進んだのでした。


★★★★★


 そんな事がありながらもお披露目会は無事?に終わりを告げました。

 何人もの知らない方へ紹介に連れ回された気がするのだけれど、あまり覚えていないのです。

 これではファーディナンド殿下がわざわざ紹介してくれた意味が無かったのかもしれません。

 しかし、忘れると言う事は元々大した事ではない、という言葉を聞いたことも有りますし、取り敢えずは気にしない事に決めました。

 そして今は落ち着いた気持ちでアマベルがいれてくれたお茶を頂いています。


「やっぱり心が平穏なのが一番ね」


「殿下、どうかされたのですか?」


 私はお茶が注がれたカップの香りを楽しみながら呟くとアマベルがそんな質問をしてきました。


「お披露目会が終わって、心に平穏が戻ったって言ったのよ」


「あぁ、そう言う事ですか。でも殿下には良い経験になったんじゃないですか?」


「良い経験?」


 どういう意味だろう?

 私が首をかしげると、アマベルは言葉を続けた。


「殿下は長い間、ご自身の離宮に引きこもっておられましたからね。私は前々から殿下にはもっと社交界に出られるべきだと思っておりました」


「でも、社交界なんて疲れるだけじゃない」


 身体の疲れだけじゃなく、心も疲れるのでもう行きたくないというのが正直な所です。

 私がそう漏らすとアマベルは首を振って否定します。


「そういう所ですよ、殿下。社交界は人と人とを繋げる大切な場所です。人との出会いがその後の人生の大きな飛躍になることも沢山あるんですから」


「そんなものかしら……」


「そんなものなんです。それに殿下は思ったことがスグに顔に出てしまう癖があります。今までのような慣れ親しんだ者だけとお付き合いしているなら兎も角、社交の場ではご自分の不利になることが良くお分かりになったでしょう」


「えっ!?アマベルも私の事をそう思っていたの?」


「私だけではありませんよ。ハル殿下も『姉上はわかりやすすぎる』と良く申されておりました」


 なんという事でしょう……。

 ずっとそんな風に思われていたなんて、思いもよりませんでした。

 この言葉でいままで平穏を保っていた心が沈み始めました。

 そんな私をみて言い過ぎたと思ったのかアマベルはあわてたように言いました。


「でもハル殿下はこうも仰られていましたよ。『姉上のコロコロかわる表情がとてもとても愛らしい』って。フフフ、私もそう思います」


 アマベルはなにが可笑しいのか、そう言って朗らかに笑い出す。


「何よソレ……コロコロって、まるで猫かなにかみたいじゃない。そんな事言われてもあまり嬉しくないわね」


 そう言いながら私は溜息を吐くと、再び心の平穏を取り戻すためにお茶のお替りを要求したのでした。

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