優先席
毎朝、佐藤は同じ電車に乗り、会社へ通勤していた。彼の通勤路には、特に興味深いこともなく、いつも通りの人々といつも通りの風景が広がっていた。だが、ある日を境に、彼の通勤時間が少しずつ変わっていくことになった。
その日も佐藤はいつも通り電車に乗り込み、車内の優先席が空いているのを見つけた。少し疲れていたので、佐藤はその席に腰を下ろした。スマートフォンを取り出し、ニュースを読んでいると、不意に視線を感じた。顔を上げると、目の前に立っている女性が佐藤をじっと見つめていた。
若そうな女性ではあったが生気がなく、顔も青ざめていたため佐藤はその女性に席を譲ることにした。女性は何も言わずにゆっくりと座り、目を閉じた様子だった。
翌日も同じ時間に電車に乗ると、再び同じ女性が優先席に座っていた。佐藤は不思議に思ったが、特に気にせず他の席に座った。しかし、毎日のようにその女性は同じ時間に同じ場所に座っていることに気づいた。
ある日、佐藤は同僚にその話をした。同僚は少し驚いた様子でこう言った。「それ、なんかおかしくないか。僕もその電車に乗ってるけど、そんな女性見たことない。」
不安を感じた佐藤は、次の日も意識的に優先席の女性に注意を払った。確かに女性はそこにいた。いつものように無言で座っている。佐藤はその女性の顔をよく観察してみたが、どこか見覚えがあるような気がしてならなかった。
そして、ある日曜日、佐藤は駅の近くにある図書館で古い新聞記事を調べることにした。何か手がかりがあるかもしれないと思ったのだ。調べていくうちに、彼女は十年前にその電車で事故にあったという記事を見つけた。その記事には、優先席に座っていた女性が事故に巻き込まれ、命を落としたという内容が書かれていた。
佐藤はその記事の写真を見て、血の気が引いた。そこに写っていたのは、まさしく毎朝彼が見ていた女性だった。
その晩、佐藤は悪夢にうなされた。翌朝、彼はいつも通り電車に乗るのを避けた。しかし、仕事に行かなければならないため、翌日には再び電車に乗る決意をした。
再び電車に乗った佐藤は、やはり優先席に座っている女性を見つけた。今度は勇気を出して女性に話しかけてみた。「あなたは、十年前の事故で亡くなった方ですよね?」
女性はゆっくりと顔を上げ、静かに言った。「そうよ。でも、まだここにいるの。話しかけてくるのはあなたがはじめてだわ」
「なぜずっとここに座ってるんですか」佐藤は恐る恐る聞いた。
「私は、ここで最後の時を過ごしたの。そのとき近くにおじいさんがいるのも気づいていたのよ。けどね、仕事で疲れていたし席を譲らなかったの。挙句この果てよ。だからね…」
最後の言葉に佐藤は震えた。
「席を譲らない人間は一人残らず呪ってるの。ちゃんと注意してあげないといけないもの」