愛国 六
「雨というものはわずらわしいものですが、こうして静かに酒を飲みながら雨音を聞き、窓から雨降る様を眺めるのもまた一興で、風情がありますね、甲芭之殿」
「左様。何か詩をひとつ、詠じたくなりますな、慶子義殿」
「雨に酒、身を濡らし、心も浸し、我も雫と、落ち弾けたり……」
「や、これは先手を打たれたわい。雨に濡れるがごとく、酒を思うままに痛飲したいなど、慶子義殿、臆病と謙遜なさるが、なかなかの気風のよさじゃ」
「いえいえ、ただののんべえでござる」
「さて、詩は先手を打たれたが……」
というとき、貴志とマリー、リオン、コヒョの口から、「ああッ!」とのっぴきならぬ声が漏れ。香澄の目つきも鋭くなる。
「なんの御冗談でござろうか」
と、慶子義は冷ややかに言い。甲芭之は冷や汗をもよおす。
「なんだなんだ」
と源龍と羅彩女も一同とともに通心紙に目をやれば、眠気も一片に吹き飛んだ。
なんと、甲芭之は素早い動きで懐から匕首を取り出したかと思えば、これまた素早い動きで慶子義の顔面目掛けて匕首を矢のごとく放ったのである。が、慶子義もまた、素早い動きを見せて、眼前に迫った匕首を右手の指二本で、しっかと挟み込んだのである。
「おい本当かよ、なんだよおもしれえもん見れたんじゃねえか」
源龍は不謹慎にもそんなことを言う。
だがマリーは顔面蒼白だ。繊細な彼女はこうした物騒なものが苦手だった。
「マリーは見ない方がいいかも」
「そうね……」
香澄に言われて、マリーは別の船室に移った。
「なるほど、詩にては遅れを取り申したが。これにおいては、先手を打たれましたか」
そう言いながら慶子義は匕首を己の懐に入れた。
「むむむ……」
思わず甲芭之は唸った。放った匕首をつかまれ、そのまま懐に入れられるなど。要は、暗殺に失敗したのである。
「して、いかがなさるか。王に全てをお話されるか」
「殺せ」
「いいや殺さぬ。甲芭之殿には、昔より世話になっておりますからな。やむをえませぬが、都へお帰りあり、王に全てをお話ください」
「そなた正気か」
「はい」
「都のみならず、東西と北の副都からも大軍を以って攻め込まれるぞ」
「その覚悟なくして、なんで一国の命運を背負えましょうや」
「その言葉に、偽りはないな」
「はい」
慶子義は怜悧に、じっと甲芭之を見据えている。その眼力に気圧されそうだった。
ところで……。
「この、慶子義って人が、南景の城主なんだね」
コヒョが自分の通心紙を見ながら言う。
「ということは……」




