第五章 その夢、見続けるか、見終えるか 一
「もう帰れ。代官をしておる兄上の志明殿を頼るがよかろう」
そう言うと、元煥は立ち上がって。一同に礼をし、庵を出て行ってしまった。
寺のある慶群は、都の漢星から派遣された貴志の兄である志明が代官として治めていた。
ちなみに、志明は真面目に働き、官民からの評判はよかった。
「仕方ねえ、行くぞ」
源龍は立ち上がり、貴志の腕をつかんで立たせた。他の面々も立ち上がり、庵を出て、寺の建つ山を下りる。
源龍は直情的なところがあるが、こんな時にこそそれが助けになった。
貴志も、いつまでもメソメソしていても仕方がないのはわかっていたから、源龍に引っ張られながらも、ようやく自分の足で歩いて、兄がいるであろう慶群の庁舎を目指した。
マリーは貴志の様子を心配し、そばに寄り添う。そのまたそばに、リオンとコヒョ。
羅彩女は源龍と並んで歩き。その少し後ろに、とぼとぼと貴志。
香澄はいつの間にか先頭に立ち、澄んだ青空を眺めながら、歩を進める。
山の道は、寺に参詣にゆく人々や、その帰りの人々がそれなりにいるはずなのだが。なぜか、一同以外に人の姿はなかった。
「あれ」
と、リオンか、コヒョが声を発する。
にわかに霧がたちこめてきた。
と思ったら、一同は草原にある大樹の陰にいた。
「オレは『寄らば大樹の陰』なんて卑屈なことは嫌いなんだがよ」
苦笑交じりに源龍は大樹の広がる枝葉を見上げて言う。
「いつの間にそんなことわざ覚えたのよ」
「……。そういやあ、そうだな」
「貴志の近くにいて、色々勉強出来たってことじゃないの。感謝しなよ」
「なんだよ、なんでそんな話になるんだ」
「こうやってお小言挟まないと、あんた勘違いして、それこそ鬼になるかもしんないからね」
「なるかよ」
などと羅彩女と源龍はこの事態の急変にも関わらずのわがまま問答をしている。
香澄は微笑ましいものをおぼえた。
一同は霧を経て、世界樹の草原に呼び寄せられたのだった。
「ご苦労であった」
という声が聞こえたような気がした。
マリーの目から、堰を切ったように涙が溢れ出る。
「オロンはあんなことになって……」
「世界樹よ!」
貴志は咄嗟に跪いて、問う。
「僕は、どうしたらいいのでしょうか」
だが、世界樹は黙して語らず。
(こりゃ相当だな)
必死の思いで言葉を求める貴志の様子に、源龍と羅彩女は何とも言えない気分だった。
マリーはそんな貴志のそばに寄り添い、優しく肩に触れる。滅びを避けられなかったということが、心優しい貴志の心にこたえているのは、痛いほどわかった。




