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幻想小説 流幻夢  作者: 赤城康彦
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風雲が呼ぶのは 十

 それのみならず、語り継がれた物語すらも忘却の彼方へと追いやった。

「滅ぼされて、忘れ去られて……」

 貴志は絶句するばかり。誰も何も言えなかった。

「まこと、障魔の働きとは恐ろしいものじゃ」

「仏の教えでは、なんと?」

 絶句する貴志の代わりに、香澄が問う。

「障魔とは恐ろしいものじゃ。悪心を抱く者が巨象をけしかけ、それに踏み潰されることもあるなどの教えもある」

「避けられぬ試練もある、ということですか」

「そうじゃ」

「なんだそりゃ。仏の教えも役に立たねえな」

 源龍がすかさず突っ込む。性格ゆえか遠慮がない。しかしそれは元煥の好むところであった。

「正直じゃの。だがその方が問われる身としては応えやすい」

 と、目は真剣そのもので、元煥笑みて曰く。

「心を大切にし、心まで負けてはならぬ。おぬし、危機が迫った時に『いやだ死にたくない』と泣くのか?」

「冗談じゃねえ。ってゆうか、それだけか?」

「それじゃ、それだけのことよ。じゃが、それが意外に難しい。わしとて自信がない」

「爺さんでもか」

「左様。仏の教えは、生涯修行じゃ。得られぬ悟りを、来世も求め続ける」

「っていうかよ、もっとありがてえお言葉で答えるのかと思ったぜ」

「ふふ。それを求めてしまうのが人の心の弱さよ。答えなど、とうに出ておるというのに、気付かぬふり見ぬふりをして、無明に捕らわれる」

「無明?」

「気の迷いよ」

 源龍の問いに、香澄が代わって答える。

 それから、源龍は黙り込んでしまった。

 他の面々も、言葉もなく黙するのみ。それまでの疲労もあった。

 貴志などはもう、魂までが抜けたような有様だった。が、絞り出すように、

「何も出来なかった」

 と、つぶやいたうえで、ひとつ思うことがあった。

(風雲が忘却を呼んだ……)

 風雲とは、そういうことだ。その言葉が戯曲に使われれば心たぎるものもあるであろう。しかし、実際に風雲吹き荒べば、哀れなる者たちはもろく、忘れ去られてゆく。

 胸が締め付けられる思いであった。

「ご法主、この哀れな貴志に、何かお言葉をいただけませんか」

 とも言った。懇願と言ってもよかった。元煥は厳しい眼差しを向ける。

「無理じゃな。ただ慰めを求める心には、何を言っても無駄じゃ」

「おっしゃる通りでございます。それでも、何かしらのお言葉を欲するのです」

「それは己で見つけるものじゃ。今は、何を言っても無駄じゃ。やがては忘れる」

 元煥は容赦がなかった。香澄はこれを期待の裏返しと思った。人柄もよく学問もよくおさめる貴志だからこそ、言うのだと。

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