風雲が呼ぶのは 三
マリーは悲しさと怒りと虚しさをないまぜにした面持ちでオロンを見て。次いで下を見れば。
地上で鬼どもが歓声を上げているのが見えた。
「マリーさん!」
貴志はたまらず絶叫した。他の三人も何か叫んだが、何をどう叫んだかまでは意識できなかった。
貴志のもう片方の手が動いて懐の筆の天下を取り出せば、何か動きを見せる。
宙に、ついているはずのない墨が浮かび。それが色づきながら何かの形になってゆく。
「鳥?」
源龍と羅彩女は、貴志が小説を書いていることを思い出した。それに関係あるものだった。
「出でよ、鋼鉄姑娘!」
香澄は墨に魂を込めるかのように叫べば。宙に浮く墨は、鳥とそれに乗る人の形をした。さらに、その鳥は鵰だったが。翼を広げれば、大人の男の三人分の背はあろうかというほどの大きさだった。さらに、それに乗るのは、ひとりの少女だったが。
その容姿は香澄と瓜二つだった。青い衣を身にまとい。腰に剣を佩き、咄嗟に抜けば、青い珠が七つ北斗七星の配列で剣身に埋め込まれていた、七星剣だ。
少女は、香澄の印象を青く変えたといった感じであった。
「頼んだよ、穆蘭!」
「任せてお兄さま!」
少女は穆蘭と呼ばれて、威勢よく貴志に返事をし。
鵰は鋭い鳴き声を響かせれば、翼をはためかせて空高く舞い上がり。背中に乗る少女は、無言で落ちゆくマリーを見据えていたが。さらに落下するもの。
オロンだった。
突然現れた鵰と少女に驚き、次に咄嗟に襲い掛かったのだ。
「やあッ!」
穆蘭は跳躍し、青い珠の七星剣の切っ先をオロンに向ける。その間に鵰は落ちゆくマリーを背中で受け止め、素早く穆蘭のもとまで戻る。
穆蘭とオロンはつかの間の空中戦をし、それぞれ離れて。穆蘭は鵰の背に戻った。
鵰は急上昇し、船まで行けば。穆蘭はマリーの手首を握って、ふたり素早く船に飛び移り。
穆蘭は剣を構え。マリーはリオンとコヒョのもとまで駆け寄る。
幸いいくらか回復したようで、リオンとコヒョは上半身を起こして、大丈夫だよと言い。マリーは安堵した。
コヒョは子供の姿に戻っていた。
「おめえの小説の生意気娘か。やるじゃねえか」
源龍が珍しく人を褒める。穆蘭は貴志の書いた武侠小説『鋼鉄姑娘』の主人公の少女剣客だったが。色々ある中で実体化し、障魔との戦いに加わったのだった。
そしてまた今、実体化して、危機を救った。
「穆蘭、ありがとう……」
貴志も安堵し、素直に感謝を口にする。羅彩女と香澄もよかったと笑顔でうなずく。




