6話
私の父親は異世界から来た。
私は異世界の"伝説"から名前をつけられた。
でも私が憧れたのは、そんな"物語"なんかじゃなくて──
6話 その少女、偽物に非ず
小さな街に1台のトレーラーが訪れた。
「済まない、特級機密任務で来た」
ガットは審査官に身分証を見せ、通行許可審査を短時間で済ませてしまった。
第1王子のしかも機密任務となれば通さない訳にはいかないのだ。
「毎度毎度、便利な言葉ですな」
"境界の魔女"はそう感心する。
「おかげで商取引しに来やすい訳ですけど」
「とはいえ、この街に"ヒーロー"クラスがいない事が確認できたからこそ使える手だ。
隣街のリーリエイドにいる"不死身のサクラ"が動かないうちに撤収しよう」
「そうですな、あの子はアーシズ卿の次にヤバいですから……」
ガットと"境界の魔女"の乗ったトレーラーは街の中へと入っていった。
その日、アグニは街中でガット達と出くわした。
「あー、なんか凄い面子だな……?」
「お前は──」
"境界の魔女"が何かを言いかけるが、アグニがそれを制止する。
「悪い、本当にただ偶然ここにいただけなんだが、せっかくだからそっちの兄ちゃんと情報交換させてくれないか?」
「……"魔女"殿、こちらの方はそのような交渉をする価値があるのか?」
ガットが小声で問う。
「価値はわからないです……でも、この街の人間全員が人質に取られたと思うべきですな」
"境界の魔女"はそう答える。
「ただ、生きて帰れる保証も──」
「そうか、ならば交渉に応じよう」
ガットの判断は早かった。
「ガット殿!?」
「私の身に何か起きたらこの"魔女"が私を回収する、それでいいか?」
ガットの提案にアグニは即答した。
「構わないですよ、何もしないし」
裏路地の小さな喫茶店でアグニとガットはテーブルを挟んだ。
「ガット殿……ミード殿から少し話は聞いています。
私はアグニ・ブレイズアーツ」
「……国外から来た整備士が何人もの"ヒーロー"のサポートをしてきたという話は聞いている。
それが君か」
「よくご存知で」
アグニはガットの身分を知ったうえであえて具体的には話さず、ガットもまたアグニに必要以上の質問をしない。
「さて、先日はアルガレイドからの難民を保護していただいた事を感謝します。
おかげで街の異常に気付く事ができました」
「そのおかげで弟に感付かれたようだな。
どこまで疑われている?」
「理解が早い……ミード殿が警戒する訳です」
アグニはガットが話を自分のペースに持っていこうとしている事に気付いたが、面倒なのでそのペースに乗った。
「ミード殿は貴方があの暴動の首謀者で人命救助は自作自演ではないかと疑っていた……いや、自作自演とまで直接は言及していなかったが疑っていたでしょう。
ただ、今はそれより大きな問題がありましてね……トライサード・アスラは貴方の仲間ですか?」
「いや、アスラ殿とは道中で会ったが……一方的な攻撃を受けた。
私が出た事でアルガレイドへ向かわない事を条件に見逃して貰えたが……
それだからアルガレイドの件も砂漠で難民を拾っただけだ」
「そうですか、じゃあ尚更わからないですね……」
アグニは少し考え、そして事実を口にした。
「アルガレイドは皆殺しでしたよ。
"鎧"と"魚"が散乱してて、唯一生きてたアスラ殿が王国軍を攻撃してきました」
「何?アスラ殿が?」
「ええ、あの"狩人"がどこの誰かはガット殿ならよくご存知の筈……これはまずいんじゃないのですか?」
「確かにな……下手をすれば大きな戦争になりかねない。だが──」
「ああ、そっちの話はいいんです、伝えられれば十分。
貴方達とアスラ殿が無関係って事なら私が知りたい事はもう無いし、教えたい事もぜんぶ話しました」
アグニは面倒な話になる前に話を無理矢理終わらせた。
「とりあえず、アスラ殿と戦う時はあの"魔女"の心配はしなくていいってわかればいいですよ。
それじゃ、うちの相方が貴方達を狙ってるんで次は戦場で会いましょう」
「……なるほどな、今の貴方は"不死身のサクラ"と組んでいる訳か。
すると、今彼女がリーリエイドに滞在しているという情報は誤情報……
いや、我々がこの辺りにいると知ったうえで油断させる為の偽情報かな?」
ガットの言葉に、席を立とうとしていたアグニが止まる。
「えっ……何それ」
「……まさかとは思うが、最初に言っていた偶然会っただけというのは本当なのか?」
「本当に偶然。
何なら貴方達の居場所も今は把握してなかったですし」
リーリエイドの街、その一角にある酒場は昼間から大騒ぎだった。
というのも、数日前から滞在している少女がこの国の"ヒーロー"の1人である"不死身のサクラ"だったからだ。
「はっはっはっ、もっと飯持ってこい!」
「子供に酒飲ますんじゃないよ!」
街の人々はその少女を歓迎する。
数日間ずっと食事の時間はその調子だ。
というのも、もし"ヒーロー"が街を気に入って常駐してくれれば王国軍よりも圧倒的に安心できるからだ。
しかし街の人々の歓迎ムードに反し、その少女はどこか申し訳なさそうに縮こまっていた。
「あー、やっちまったな……」
宿代わりに借りた格納庫で少女は何度目かわからない言葉を口にする。
「ここまで歓迎されるとは思わなかった……嘘だなんて今更言い出せないってあんなん……」
「しかしアーシズ、白状するにしても逃げるにしても早くしなければ余計にまずいぞ」
制御AIのリオニーズが提案する。
「"魚"が出た時にどさくさに紛れて逃げられないか?
この街は未討伐の"アサイラム"に度々襲撃されているし、隣街は近いし、うまくすれば単独で航れる可能性が高い」
「いや、"不死身のサクラ"の名前使っておいて敗走は無いって……」
少女は携帯デバイスを出して言う。
「まず"魚"とやり合った事も無いのに逃げ出せるかもわからないし……
ここ数日のあの歓迎会の代金ぜんぶ払って謝るしか無いんだよな……」
少女はそう口にするが、それを実行する勇気か出せずにいた。
街の外に"魚"が現れ、王国軍が迎撃に向かう。
「回り込め!」
「2機小破!離脱する!」
この日もまた軍は苦戦していた。
もしも防衛を突破され街壁まで攻略されてしまえば街中での戦闘になり大きな被害が出てしまう。
しかし今日は誰もが普段よりも強気だった。
「"不死身のサクラ"がいるんだ!時間を稼げ!」
そう口にする兵士達は、街にいる少女が別人とは知らない。
兵士達は来るはずの無い"ヒーロー"を信じ、次々と敗北し、死んでいく。
もはや"魚"は街壁の目前にまで迫っていた。
「絶対に逃がすな!
こいつさえ倒せば──」
そう、その兵士を"鎧"ごと噛み砕いたその"魚"はこの街の周囲を縄張りとし何度も襲撃してきた個体だ。
今日この場で、本当に"不死身のサクラ"がいるならば始末してしておきたい相手だ。
しかし、サクラは来ない。
そうだ、その街にいるのは偽者──
その時、街壁の上から飛び降りてきた"鎧"が"魚"の顔面を踏みつけた。
「おい、着地に失敗したらどうするつもりだったんだ!」
「知らねえよ!」
リオニーズの警告に少女は乱暴な返事をする。
彼女の"鎧"──一般的な量産機の"サーペント"は、砂丘の上に運良く着地していた。
「初陣が"アサイラム"とか、いくらなんでもハードル高いな……」
少女は左手でロングライフルの引き金を引き、"魚"の顔面に弾丸を撃ち込む。
「逃げるぞ、"魚"を街から離すんだ」
「正気か?」
少女はリオニーズの言葉に何も返さず、街から離れる方向に走り出す。
"魚"は完全に少女へと意識が向き、街とは反対へと駆け出した。
砂丘を走りながら、少女はリオニーズに謝った。
「悪いな、巻き込んで」
「ま、長い付き合いだ。
それにこうなったら今更どうにもならないからな」
「本当に悪いな……」
少女は繰返し謝り、そして問う。
「こういう時……"不死身のサクラ"ならどうするのかな……」
「さあな、俺はお前ほど彼女の事を知らないからな。
だが、お前が憧れた"ヒーロー"だ……お前が信じた通りの事をするんじゃないのか?」
「そうか……そうだよな」
少女は自分に言い聞かせるように呟き、その場で急停止した。
ちょうど砂丘の頂上付近で失速した"鎧"は向こう側の谷間へと飛び出さず斜面を滑り落ち、対する"魚"はそこまで走ってきた勢いのまま空中へと飛び出した。
少女は砂丘を滑り落ちながら、頭上を飛び越えていく"魚"の腹へライフルを向け引き金を引く。
"魚"は空中で動かなくなり、隣の砂丘へと突っ込んで動かなくなった。
「……は?」
「うまく当たったようだな」
混乱する少女へとリオニーズは告げる。
「それとアーシズ、信号弾が打ち上げられている。
誰か来ているようだぞ」
リオニーズの言う通り、空に向かって信号弾の黄色い煙が昇っていた。
少女とリオニーズを迎えに来たのは1台のトレーラーだった。
リーリエイドへと向かう行商団に同行していたところ、少女達の戦闘に気付いたのだという。
そして少女は単独で"魚"と戦っていたその不自然な状況について問い詰められた。
「……それで、"不死身のサクラ"だと偽っていた事を白状できず、かといってひとりで逃げ出す事もできず、結局あの"魚"を街から遠ざけてたら偶然撃ち殺したと」
トレーラーからの通信で聞こえてくる声はまだ幼さすら感じられる声だ。
「アグニさん、信じられますか?」
「まあ、"アサイラム"に単独で挑む理由なんてまず無いからな……それにリーリエイドに着けば答えもわかるだろ」
もうひとり、少女よりも年上に聞こえる声。
「で、どうする?」
「そうですね……これは困りました。
私の偽者を探しに来たら、早速見つけてしまうとは」
トレーラーからの会話で、少女はやっと事態を理解した。
「ひょっとして──」
「あ、じゃあこうしましょう。
賊を撹乱するために私の影武者を派遣していた、と」
トレーラーからの声のうち幼い方──サクラはそう提案する。
「貴女が"不死身のサクラ"を名乗ったおかげで、リーリエイドにいるという噂が広まっていたおかげで、私達は油断していた賊と接触できました。
本当は私の偽者を討伐しに来たのですけど、悪さをするつもりも無いみたいですから今回はこれで良いでしょう」
「……申し訳ない、貴女にまで嘘を吐かせたくない。
私に、自分自身で正直に謝らせてください」
「それは、今ここに私がいるから口にできた言葉ですか?」
少女の言葉に、サクラは冷たく言い放つ。
だが少女の意思はもう揺らがない。
「はい、その通りです。
貴女が来なければ決断できなかった……恥を承知で白状します。
それでも、私が犯した罪を貴女にまで背負わせる訳にはいきません」
「……わかりました。
私達はこのまま行商団と合流しますので、先に戻って話を済ませてください」
サクラのその言葉に、少女はその"鎧"の頭を下げた。
「ありがとうございます……本当に申し訳ない」
少女と別れた後、サクラとアグニは少女の事を話していた。
「本当に謝って許される程度の事しかしていないのでしょうか……お金は出すって言っていましたけど」
「でもほら、アーシズ・ブロッサムって名乗ってたじゃん。
それって確か……」
「なるほど、許して貰えますね。
わざわざ私の名を使ったって事は、本人は自覚していなさそうですけど」
シュライク王国の王都、その街壁の外の砂漠。
首を半分ほど叩き切られ絶命した"魚"の隣で1機の鎧が巨大な剣を地面に引きずるように握って立っていた。
その"鎧"は王国軍のごく一部にしか配備されていない"エグゼクター"だ。
「討伐は完了した」
アーシズ・エクスシアは王都へと連絡する。
「ご苦労だった」
「おや、将軍自らが通信に出られるとは珍しい」
通信相手の声に、エクスシアはそう返す。
「何か急ぎのご用件でも?」
「ほら、君の娘さん……ブロッサムって言ったっけ、家出した子。
西のリーリエイドで見つかったって」
「ああ、お知らせ頂きありがとうございます。
それで、わざわざ今伝えてくるようなご用件は?」
「……娘さん見つかったのに冷たくない?」
「あれは自分で自分の道を選んだ。
私が口出しする必要はありません」
「厳しいね……それで、問題なんだけど。
なんか街の人達が金銭の受け取りを拒否したいって連絡」
「はい?」
「何でも街の周辺にいた未討伐の"魚"を討伐したのに謝礼すら受け取らずに逆に宿泊中の費用をきっちり払うって言ってるらしくて……どうする?」
「街に伝えていただきたい。
私の名を理由に商取引に例外を作るな、と」
「はい、伝えますよ。
じゃ、話はここまでで」
将軍との通信が切れ、エクスシアはその巨大な剣を持ち上げると左肩に懸架する。
「……そうか、ブロッサムも"魚"と戦えるようになったか」
エクスシアは少し寂しそうに呟いた。




