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IRON TALE  作者: 貫井べる
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4話

2年前、アルガレイドの街にアスラのトレーラーが訪れていた。

「これはこれはアスラ殿、お久し振りにございます」

街門の審査官もいつも大きな利益をもたらすアスラには低姿勢だ。

「それで、本日はどのようなご用件で」

「"魚"の血が……えーと、いくらだったか忘れたけど持ってきた。

それから拾い物の異世界人が1人、拾って1日経ってるしその前もたぶん"魚"は食べてない」

アスラの説明はかなり雑だったが、そもそも話し始めた時には既に街門は開き始めていた。

もはや街に彼女を入れる理由などどうでも良いといったところだろうか。

「異世界人、ねぇ……いえ、アスラ殿がそう仰るなら問題は無いと思いますが」

「まあ、街の外で拾った奴は普通は疑うよな。

それに異世界には"魚"って聞くと生で食べたがる文化もあるって聞くし。

ま、どちらにしても最終的な判断は議会に任せるしか無いか。

それじゃ、通過の許可ありがとうな」

アスラは門が開ききるとトレーラーを街の中へと進めた。



"火"が無いこの世界で"魚"の血は貴重なエネルギー源だ。

その液体は莫大な電力を内包している。

何度も充電して使えるうえ、タンクの中身を帯電した血と入れ換える事で素早い補給も可能となっている。

だが、その血についてこの世界にはとある話が信じられていた。


"魚"の生き血を飲むと"魚"になる。


確かな記録は無く、それでも言い伝えられ多くの人が怖れている。

そのせいで街の外で拾われる異世界人どころか街を追われた難民ですら"魚"を食べていない証拠が無いと街に入れて貰えない事は少なくない。


サクラは運良くアスラという理解者に拾われ、人の街に保護された。




4話 その出合い、始まりに過ぎず




サクラは街門から役人の操縦する"鎧"で行政区域を目指していた。

その"鎧"は胴体前面と頭部を外され、コックピットブロックを前後に2人乗れるよう拡張されたものだ。

それは街壁の内側すぐの市街地を人が歩くような速度でゆっくりと進んでいった。


「まあ、理由はわからないんですけどこの世界にはそっちの世界からよく人や物が落ちてくるんですよ。

時間軸はバラバラなうえにこっちからそっちへ行く事はできないんですけどね」

役人は専門家でないなりにではあるがサクラへ説明する。

「それからこの世界には"火"ってものが無いと思ってください。

電熱が代わりになるのでその辺りは専門家が説明します。

あと、"魚"って聞くと生で食べたがる文化の出身だったら申し訳無いんですけど"魚"は生で食べないでくださいね」

「はい……」

サクラはただ返事をするだけだ。

「……これ、答えたくなかったら答えなくていいんですけど、そっちの世界の生活は幸せでしたか?」

役人の問いに、サクラは押し黙る。

「じゃあ、帰れないこの状況でも生きる事に専念できますね。

最近はまた王都で書物の解析ができる異世界人の募集がありましたし、生活にも困らないでしょう」

役人はそう話すが、内心では不安だった。

異世界の暮らしは豊かだという事は知っている。

それなのにこのような子供が帰りたがらないうえに話しもしたくないというと、よほどの事情が──


「あっ……」

サクラが何かを見つけたようだ。

そこは商店が建ち並ぶ区域で、白い石でできた四角い建物には様々なポスターが貼られている。

「"ボーダーユニオン"、こっちの世界にもあるのですね……」

「ああ、"ゲーム"そのものは遊べないですけど関連書籍や本体はよく落ちてきますよ」

役人はサクラが反応したと思われるポスターを見つける。

『最強の狙撃手"ブロッサム"が消えて10年──その"伝説"を辿る』

「"映画"の宣伝ポスターですね、こちらでは見れませんが。

時間軸のズレがあるのでサクラさんのいた頃のものかはわかりませんけどね」

役人はサクラの反応から、この話題なら興味があるのだろうと判断した。

「あの"ゲーム"、僕が今乗ってるような"鎧"の設計思想にも影響あったらしいんですよ。

この両手のレバーと足元のペダルで操縦するシステムなんてそのままだって聞きますし」

「確かに、見覚えがあります」

「"ゲーム"は遊べないけど異世界人は希望すれば王都で操縦体験もできるらしいですよ」

「操縦できるのですか」

「まあ、"鎧"が必要な時っていったらだいたい"魚"と戦う時だから危ないんですけど」

「戦ってもいいんですか」

「あんまりオススメはできないですけどね……何しろ"魚"との戦いは人がすぐ死ぬし」

予想以上の食いつきに、役人は逆に困ってしまう。

実はそれほど詳しくないのだ。

「まあ、詳しいお話は王都に移動してから──」

「ツェープラさん!こんにちは!」

突然声をかけられ、役人は正直助かったと思った。

「アリシアちゃん、どうしたんだい?」

「街門が開いたようでしたので気になって……でも"聖帝"様ではないのですね」

声の主はサクラと同じくらいの年に見える少女。

ゆっくり進む"鎧"の横に早足についてきている。

「ああ、"聖帝"様はそんなすぐには戻らないよ。

僕はまだ議会まで行かないといけないから、また今度ね」

「はい、では失礼致します。

旅のお方も、"聖帝"様の加護がありますように」

少女は立ち止まり、胸に手を当ててお辞儀をした。


少女から離れるのを待ち、サクラは役人に訊いた。

「"聖帝"様……こちらの世界の宗教か何かですか?」

「ええ、僕は詳しくないのですがあちこちの街を回って布教しているようで……」

役人は曖昧にしか答えられない。

「ただ彼が来るときは交易が盛んに行われるから、行商人としてはどの街でも歓迎されているみたいです」

「あー……つまり結局お金……」

「そうは言っても交易が出来ないと生活できませんから」

役人は苦笑いする。

「特に"魚"と戦う為の"鎧"や銃弾は消耗品ですから──」

「警告!東の防衛ラインが突破されました!」

突然、警報が街に響いた。

「直ちにシェルターに避難してください!」

「……サクラさん、スピードを出しますよ」

役人はそう言い、レバーを握る手に力を──


気が付いた時、サクラは道端に投げ出されていた。

道のまん中には、首を失った役人の身体が転がっている。

「街壁を飛び越えたぞ!」

「市街地に被害が出ている!」

悲鳴が響く中、軍人達が叫ぶ。

「どうにかして街壁側に押し戻せ!」

「……という事だ、客人」

突然、機械的な音声がサクラの背後から語りかけてきた。

振り返ると先程まで乗っていた"鎧"が、右腕こそ失っているものの無人で屈みこんだところだった。

「あのクラスの"魚"が相手ではまともに戦う事も難しい。

私がまだ動ける今のうちに行政区域まで逃げる事を推奨する」

「……はい、わかりました」

サクラはその"鎧"の操縦席に乗り込む。

それを待ち、"鎧"は立ち上がった。

「装甲が無い以上、安全性を優先したルートを選ばせていただく。

……申し遅れたな。私、ヴェスパインと申す」

「そっか、そうなんだ……」

サクラは小さく呟き、操縦レバーを握った。

"鎧"もサクラの様子がおかしい事に気付く。

「……客人?」

「やっぱり、そうするしかないのですね」



「第2小隊、3機大破!

止められません!」

「目標、市街地を逃走中!」

軍人達が叫ぶ中、その巨大な"魚"は街を走っていた。

走りながら"魚"は道の突き当たりの家へと突っ込み、破壊し、瓦礫ごとその中にいた住民を飲み込む。

「シェルターに避難しろと言った筈だ……!」

軍人の誰かが思わず口にする。

肉を捕食した"魚"は瞬く間に傷を再生させ、尚も走り続ける。

「まずい!再生能力持ちだ!」

「進行ルートは!?」

「蛇行しつつ侵入ポイントの方向へと戻り始めています!」

「よし、このまま──」

"魚"を追いながら指揮を執っていた"鎧"が、急に進行方向を変えた"魚"に踏み潰された。

「こちら第5小隊!

小隊長がやられた!」

「指揮は現場で引き継げ!

アスラ殿がそちらに向かう、それまで持たせろ!」

本部からの連絡もあまりあてにならない中、"魚"は更に"鎧"を噛み砕きコックピットブロックごと捕食する。

そんな暴走を続ける巨体を、近くの家の屋根から飛び出してきた"鎧"が蹴り飛ばした。

「アスラ殿──じゃない!?!?」

「客人、着地できなかったらどうするつもりだったんだ?」

「その時は落ちて死んでましたね」

軍人達の混乱と裏腹に、サクラは恐ろしく落ち着いていた。

「ヴェスパイン……貴方の名前を私は信頼しています。

だからもう少し付き合ってください」

「……嫌だが、操縦者の意思を優先する事が原則だ」

サクラは"魚"が起き上がるのを確認すると一気に街壁の方へと"鎧"を走らせた。

「街壁に登る最短ルートを走ってください」

落ちていたライフルを拾い、サクラは後方を確認する。

予想通り、派手に吹き飛ばされた事で"魚"は目標をサクラと決めて追いかけてくる。

「この先のスロープで街壁に登れる」

「そのまま外に飛び出しますよ」

サクラと"鎧"と"魚"は道から真っ直ぐ街壁の上に向かってのびるスロープを駆け上がり、そのまま街壁の外へと飛び出した。

いや、飛び出す瞬間にサクラは"鎧"の腕を街壁の縁に引っ掻けてほぼ真下へと落下していた。

落下しながら、サクラはライフルを構える。

空中に飛び出して方向を変えられない"魚"は、その腹に何発もの弾丸を受けて砂丘に激突した。

しかしその"魚"はまだ生きており、痙攣しながらも立ち上がって──

その時、サクラ達や"魚"がそうしたように街壁の上からひとつの影が飛び出してきた。

「時間稼ぎ、感謝する」

アスラとその"鎧"は両手の銃から弾丸をばら蒔き、そのうち数発が"魚"の目に直撃した。

視界を奪われのたうつ"魚"へ向けられたアスラの足は、スパイクの突き出た旋回補助ユニットを回転させる。

そして"魚"の背にアスラが着地した瞬間、鱗と血肉が抉られて削りカスが撒き散らされる。

アスラはその足元の傷口へと銃口を捩じ込むようにし、引き金を引いた。

それまで暴れまわっていた巨大な"魚"は、それでやっと息絶えた。




あれから2年。

サクラは滞在していた街の行政区域に呼び出された。

「どうぞこちらへ……我々は外で待つよう言われております」

その案内に従い、サクラとアグニは小さな部屋に入った。

そこは極秘の連絡にのみ使われる部屋であり、サクラも存在しか知らなかった場所だ。

案内した役人が部屋を出て扉を閉めると、部屋の奥にあったモニターにひとりの男性が映し出された。

「サクラ殿、アグニ殿……この街に"ヒーロー"と関係者は2人だけと聞いている。

よく来てくれた、感謝するよ」

「それで、軍にも政府にも言えない用件って何ですか?

それも第2王子が直々に」

「相変わらず、アグニ殿は察しが良すぎる……

サクラ殿はお初にお目にかかる。

シュライク王国第2王子、シュライク・ミードと申す」

その男性はそう名乗ると、すぐに本題に入った。

「さて、今朝だがその街の近くにあるアルガレイドの街からの難民が王都に保護された。

街で暴動が起きたそうで、それについては軍を動かす事になっている。

だが不審な点が2つある……その調査を依頼したい」

男性は──ミードはサクラの顔色が変わった事に気付いたようだったが、そのまま話を続けた。

「まずひとつ、その難民が保護されなければ政府も軍も暴動が起きた事にすら気付けなかった。

外部へ緊急の連絡すら出来なかったとなると、情報を遮断できる立場の者まで暴動に参加したという事になる。

そして何より、それが可能なら他の街でも同じ事が起きていないという保証が無いという事にもなる」

「つまり、ただの暴動にしちゃ計画的すぎるって言いたいのですか?

裏に誰かがいるとでも?」

「アグニ殿の言う通りだ……私はこの暴動がただの暴動ではないと思っている。

そしてもうひとつの不審な点……保護された難民は『ガット王子の難民キャンプに助けられた』と主張している」

ミードが口にしたその名はサクラも知っている。

シュライク・ガット──王位継承権を放棄すると一方的に宣言し行方を眩ませた第1王子だ。

「私営の難民キャンプを作り活動していると聞いたことは無いが、あの兄ならばやりかねないとは思っている。

しかし特定の賊を追っているという君たちが今この街にいて、その近くに大きな集団がいる……偶然とは言い切れない」

「まさか第2王子は実の兄が国家転覆を狙って暴動を起こしているとでも?」

「その可能性も否定できないが、今は確証が無いし何も言えない。

だが、もしそれが事実だとしたら……もし兄がそこにいたとしたら、だ。

サクラ殿、その時は私の名を使っていい。

全軍に撤退の命令を出してほしい」



シュライク・ガット──シュライク王国の第1王子である彼は、巨大な"魚"を単独で倒す実力を持っていた。

それはつまり、軍の小隊のひとつやふたつならば単独で壊滅させられる事を意味していた。

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