外伝4
この世界には"地球"と呼ばれる異世界から物が"落ちて"くる。
それは一方通行でありこの世界から"地球"に行く事はできず、しかもその時により場所や時間が大幅にズレるため意図的な交流は不可能だった。
しかし300年程昔にいた"境界の魔女"は場所や時間のズレも無く自在に往来できたと言われている。
当然この世界でも"地球"でもその原理を解明しようとしていたのだが、"境界の魔女"の失踪により失敗に終わったとされる。
ある日、その街のすぐ近くに"地球"から誰かが"落ちて"きた。
「あー、この私が"歪み"に落ちるとか……最悪」
その女性は──"境界の魔女"は面倒臭そうにそう口にした。
外伝4 After 300
「なるほど、"地球"で"歪み"に飲まれてこの時代に来てしまった、と……」
その街の役人は"境界の魔女"の言葉を記録する。
「それは災難でしたね……時間を遡る"禁術"は開発されていますが、300年となると莫大なエネルギーが必要ですし……」
「ま、いいんじゃないですか?
どうせこんな事にならなくてもいつかは死んでいた訳ですし、私がいなくなっても世界は回っていた訳ですから」
"境界の魔女"は元の時代に帰る気など無かった。
「それに、もし帰ったら私が消えたという過去が変わってしまう……それが世界にどう影響するか、仮説のひとつも無いまま試すのは危険すぎますな」
「それで良いのでしたら……」
役人は言葉に困るが、"境界の魔女"は構わず話を続けた。
「それで、ここはどこですか?」
「ああ、そうですね……ここは中継都市ハル。
貴女のいた南方文化圏と当時は互いの存在すら知らなかった北方文化圏を繋ぐネットワーク中継を担う街です。
ヴァルナ帝国の北、現代の技術なら3日で到達できる位置にあります」
「へぇ……北に文明があるのを見つけたところまでは聞いていましたけど、今は交流もしてるんですな……」
「はい、英雄"サクラ"の一団がこの地に大規模な拠点を作った事で可能になりました」
「ああ、それでか……」
"境界の魔女"は窓の外を見下ろす。
「どうりで……あー、人間以外って今は何て言うんですか?」
「ああ、"魚人"ですね。
昔は"鰭無し"と呼んだと聞いています。
この街のような砂漠の真ん中にある中継都市は人口の1割程度が"魚人"です」
役人も窓の外に視線を向け、"境界の魔女"が見ている街並みを見下ろす。
そこには当然のように人と"魚"の中間のような巨体が往来していた。
「北方文化圏には野生の"魚"がいないので彼らもごく少数ですが、南方文化圏はリヴィア以外の国でも"魚人"が街に出入りできています。
昔は迫害されていたと聞きますが……」
「ああ、理性を無くして暴れると甚大な被害が出ますからな……今はその辺りどうなっていますか?」
「そこは今も同じです。
ただ、危険なら排除する点は人も"魚人"も変わらないので」
それを聞いて"境界の魔女"は苦笑いした。
「あの子らが作った街らしいですな」
その日、空から一筋の光が降り、砂漠の真ん中で巨大な爆発が起きた。
「ハルの街の諸君、聞こえているかな?」
ネットワークを通じてその音声は街中に広まった。
「我々は"アレスの剣"……ご存知、南方文化圏との断絶を望む団体だ。
本日、我々は衛星砲によるハルの破壊を行う。
つい先ほど西の砂漠に砲撃した通り、一撃で街が壊滅する威力だ。
とはいえ、民間人の命にまでは興味は無い……今から30分後の砲撃までに退去してほしい」
ハルの街は大混乱に陥った。
しかし"境界の魔女"は全く慌てる様子を見せなかった。
「こりゃ、嫌な時に来てしまいましたな……彼ら、政府とかとは無関係な団体ですか?」
「はい、北方の街も政府は南方との交流を受け入れていますが、"魚人"を忌避する者が集まり武装していまして……」
役人はエレベーターのボタンを押す。
「避難しましょう、奴らは本気です」
「そいつは、ちょっと受け入れられませんな……」
"境界の魔女"は立ち上がると携帯デバイスを取り出した。
「まもなく砲撃する……退避は済んだだろうな?」
"アレスの剣"の代表らしい者の声はハルの街の終わりの時を数え始める。
「10秒前……5、4、3、2、1──」
空から一筋の光が街に向かって降り、空中で消えた。
「……は?」
「やあやあ、どうも始めまして。
タイミングがわかってたもんだから、3秒くらい空間を断絶させてもらいましたよ」
ネットワーク上に"境界の魔女"の声が割り込んだ。
「お前、何を──というよりどうやって通信を──」
「ああ、回線に割り込むのも私の能力なら簡単でした」
混乱する"アレスの剣"側へと"境界の魔女"はただ事実を述べる。
「で、どうします?」
「もう1発だ!もう1発撃ってやる!」
「そうですよね……でも、先程の砲撃で衛星砲とやらの位置は見つけました」
"境界の魔女"はそう言うが、"アレスの剣"は強気だ。
「場所がわかったところで空の上に何ができる!」
「おや、心外ですね……私に距離は関係ありませんよ」
"境界の魔女"がそう言った瞬間、空で小さな光が瞬いた。
「大変です!」
"アレスの剣"側から誰かが叫ぶ声が聞こえる。
「衛星砲、通信途絶しました!」
「何だと!」
「『近く』と『遠く』の境界を弄れば、私の力は届きます。
耐久強度の境界を弄れば、物質は自壊します。
簡単な話ですな」
"境界の魔女"は自分のした事を説明する。
「ああ、名乗っていませんでしたね。
私は"境界の魔女"……事故で300年の時を超え、つい半日前にこの時代に来ました。
ここは私の知り合いが造った街……壊すというなら、その喧嘩に付き合ってやります」
「そんなデタラメ──」
そこで"アレスの剣"側の音声は途絶えた。
"境界の魔女"は相手の居場所を特定し、通信機器を破壊したのだった。
「……ま、こんな感じですわ」
"境界の魔女"は役人の携帯デバイスに何かのデータを送る。
「通信データから逆探知した彼らのアジトです。
私は北の事は何も知らないので、後は任せますよ」
「すみません……貴女は無関係なのに……」
「いや、関係ありますよ……さっきも言った通り、ここは私の知り合いが造った街ですからな」
"境界の魔女"は少し寂しそうに笑った。
翌朝、"境界の魔女"は街の南にあるターミナルに来ていた。
「いや、昨日は本当にご迷惑をおかけしました」
「いいんですよ、悪いのは彼らですし」
"境界の魔女"は昨日と同じ役人と話していた。
「本当、貴女は巻き込まれただけなのに……
そういえば、あの位置情報のおかげで彼らは全員捕まったと連絡がありました」
役人は頭を下げる。
「本当に何から何までお世話になりました」
「だからいいんですって、そういうのは」
"境界の魔女"は南に視線を向け、話題を逸らした。
「……この世界もまだ平和じゃないみたいだけど、それでも続いてる。
私は一回シュライク王国に帰って、彼女達の作った世界をこの目で確かめます。
フェルノの"魔女"達の争い、西のアーシズ王国との関係、それ以外も……ここでも話は聞けますが、直接見て聞いて今後を考えます」
"境界の魔女"の見る先、真っ直ぐに砂漠の上を走る道は地平へと続いている。
そして彼女と同じように、巨大なトレーラーが南を向いていた。
「では、これにて失礼します」
「良い旅路を」
役人が再び頭を下げるのを振り返り、"境界の魔女"はそのトレーラーの荷台に乗り込んだ。




