2話
この世界は砂に覆われている。
資源は乏しく、それを人と巨大な"魚"とが奪い合っている。
いや、絶対強者である"魚"から人はどうにか資源をかすめ取っているという方が近いだろうか。
人は鋼の"鎧"を纏い、街壁で守られ、どうにかして"魚"から生き延びているのが実状だ。
そしてあらゆる知恵は、異世界からもたらされる書物や異世界人によって広まってきた。
だが、そうした異世界からの"落とし物"はいつどこに現れるかわならない。
もしそれが人里から離れた砂丘の真ん中に現れたとしたら、1日もせず"魚"の口の中へと消えてしまうだろう。
そこは広大な砂丘の真ん中。
名も無き巨大な"旅団"から離れた2台のトレーラーが、そのうち1台に乗る"魔女"の運転で何かを探していた。
後続の1台は荷台に"鎧"を積載する準備をしているのみで、"魔女"の乗る前方のトレーラーには"鎧"とその操縦士だけが乗っている。
トレーラー2台で3人、うち2人がトレーラーの運転──明らかに護衛の人数が少ない。
「"境界の魔女"殿、こちらの世界から"異世界"へ行けるのも"異世界"から時間軸のズレ無しに"ゲート"を開けるのも貴女だけなのは知っている……
知っているし、協力にも感謝しているが──」
「まあ、毎回連れて来る連中が砂漠に放り出されるんじゃ文句も言いたくなりますな」
"境界の魔女"と呼ばれたそのまだ若く見える女性は無線越しにそう答える。
「もう30年はこうしてるけどねぇ、まだ落下地点の座標を特定するのがやっとなんですわ」
「……他の者がいないこの場で問わせていただきたい。
やはりこれ以上は無理そうか」
「ガット殿、私の分野は"異世界"の科学知識でも全くの未知の分野なんですわ。
無理か可能かすらわからない……だからその質問には答えられませんな」
"魔女"はただ目的の場所へとトレーラーを走らせ続ける。
「今回もまた"旅団"へ真っ直ぐ転移できたのは3人……私も嫌な仕事ですわ。
残り18人のうち10人は"鎧"の残骸しか無くて、6人は"食べ残し"で死亡を確認、1人は戦闘の痕跡のみで未発見……」
「見つかっていないのは部隊のエースと、今回の部隊に同行してきた上級特別遊撃兵……
その1人がどちらだとしても並みの"魚"が相手ならば生きているだろうが、積載の食料で生きられるうちに合流できるだろうか」
「ま、無理ですな」
"魔女"はさらっと無情な感想を述べる。
「ところでガット殿、"魚"の死骸が転がっているみたいですが」
「私からも見える。
60メートル級の"バラクーダ"だ……頭が酷い有り様だな」
2人が話題に挙げたのは、砂丘の谷間に転がり落ちた巨大な死骸。
既に"掃除屋"と呼ばれる小型の"魚"が集まっているが、その数は少なく死骸にはあまり食い荒らされた様子も無い。
まだ鱗を剥がしその内側の食べやすい部位を食べ始めたばかりのようだ。
「頭、アレは散弾ですかね。
至近距離から死ぬまで執拗にぶち込み続けたと見ますが」
「同感だ……それにまだ新しい。
誰かが近くにいるかもしれない」
「敵だったらどうします?
最低でもガット殿と同クラスと見ますが」
「もし戦闘になったら逃げていただきたい。
足止めすらできなかったら1人だけでも構わない……まだ貴女は必要──」
その時、遠くの砂丘の向こう側で砂煙が上がった。
「あの規模……大型の"アサイラム"か」
「ガット殿、逃げますか?」
「いや、行こう」
数発の破裂音が響いたのを聞き、ガットはそこに誰かがいると確信していた。
「ペネトレイト、行けるか」
「いつでも」
それまで沈黙していた制御AIが答える。
「"魔女"殿は術でトレーラーを外界から遮断しつつ逃走準備を」
「了解、ガット殿も帰ってきてくださいよ」
トレーラーの荷台後方のハッチが開き、ガットの乗る"鎧"が飛び降りる。
"サーペント"の上位機種"ヴァイパー"を徹底的にカスタムした機体だ。
武装は腰に拳銃と、それと機体の全高の倍はある長槍──柄には何か紋章の描かれた旗がくくりつけられている。
「"転移"しますよ」
「助かる」
ガットの"鎧"が光に包まれ、先ほど砂煙が上がった場所のすぐ近くの砂丘の上に現れる。
見下ろす先には100メートルはあろう巨大な"魚"と、その頭部に執拗な銃撃を浴びせる"鎧"──それは"異世界"の技術で作られこちらの世界では"旅団"のみが製造する"マーゲイ"だ。
「"旅団"のシュライク・ガットだ!
助太刀に参った!」
ガットは砂丘から飛び降り、そのまま"魚"の首へとその槍を深々と突き刺した。
そして巨体の向こう側へと落下しながら、"魚"の首の神経を抉り取るように槍を引き抜く。
「届いたか……?」
着地と同時に振り返りながら"魚"との距離を取るガットだが、"魚"は既にその場で痙攣するだけだった。
「お見事です、ガット殿」
それまでその"魚"と戦っていた"マーゲイ"の操縦士が銃を下ろした。
「おかげで命拾いしました」
「いや、貴方が生き延びていたからこそ間に合ったのだ。
そこは自らを誇りに思っていただきたい」
ガットも槍を垂直に持つ。
柄の旗は"魚"の血を弾くのか、深々とその体内へと捩じ込まれたというのにほとんど汚れていない。
「"境界の魔女"と共に来た"地球"の軍人で間違いないか?」
「はい、上級特別遊撃兵……富士見野ユキと申します」
その操縦士は、まだ幼さの感じられる少女の声でそう答えた。
第2話 その少女、敗北を知らず
サクラはトレーラーの荷台で携帯デバイスのデータに目を通していた。
「そろそろ予想したポイントですね」
「ああ、そうだな」
サクラの問いに答えたのは、トレーラーを運転していたアグニだ。
「だけど静かだ」
「静かすぎるくらいですね」
サクラは携帯デバイスの画面を文字データの羅列からトレーラー外のカメラに切り替えた。
「静かすぎ……特に進行方向に対して左前方」
サクラがそう言う方角へとアグニは視線を向けるが、彼女にはサクラの言う違和感がわからない。
「そうか?私には全く──」
アグニの言葉も待たず、サクラは"鎧"に乗りトレーラーの荷台から飛び出す。
そして虚空へ向かって弾丸を放った。
"旅団"の襲撃隊は突然の先制攻撃にざわついた。
ターゲットは街から街へ移動する数台のトレーラーの、その物資の強奪。
情報では2人の"ヒーロー"が護衛との事で、お互いの間に"境界の魔女"の魔術で"境界"を作り出し一切の情報を遮断した状態で接近する手筈だ。
それが何故か気付かれたのだ。
「"魔女"様の術で弾丸は届かない……しかし……」
襲撃隊の隊長は、空中で消えてから背後の砂丘に着弾した弾丸を振り返る。
「位置は完全に把握されたな」
サクラは弾丸の様子を目視し、操縦レバー上のトラックボールを親指で器用に操作しデータを入力する。
「ここからここまで、弾丸が消えました」
「マジかよ……そういう事か」
アグニはその情報で状況を把握した。
「あの術はレベル42の魔術師、"境界の魔女"だ。
世界に数人しかいないレベル8以上の"魔女"の中でも一番厄介な能力だぞ」
「どちらにしても位置さえ把握できれば回避ルートを取るだけで十分です。
それに、あちらから干渉してくるとすればその瞬間はこちらからも干渉できますよね?
まだ攻撃が無いのですから、このまま射程差を見せつけて牽制します」
サクラはあくまでも強気の姿勢だ。
トレーラーの一団が右へと進路を逸らす。
"旅団"側もその意図には当然気付いている。
「隊長、追いますか?」
「ここは一旦──」
「私が囮になります」
話を遮ったのはユキだ。
「"魔女"様に連絡を。
私だけを外界へ出し、皆様は"転移"して一気に攻撃してください」
「囮を出してきますね、それも一番強い人を」
サクラは敵の動きを予想する。
「挟撃狙いです。
ガンマ殿はトレーラーを右側へと回して備えていただけますか」
「相手は"魔女"と連携しています。
いつどこから現れるかわかりません」
サクラとアグニは同行している"ヒーロー"のバズ・ガンマへと連絡を取る。
そしてサクラの予想通り、1機の"鎧"が突如として姿を現した。
迷う事無く自分へと向けられた銃口に、ユキは先を読まれた事を理解した。
「理解が早くて助かる」
ユキは即座に回避行動を取る。
照準から逃れるように機体を左に逸らしながらも接近してくる相手に、サクラはその真意が何か考えた。
「動揺が無い……行動を読まれた方が好都合?
気が散った方が有利だとしたら──」
「そういう事か!」
ガンマはトレーラーから飛び出し、上空から降ってきた敵のうち1機の胴体に深々と短剣を突き刺した。
「馬鹿な……」
「周りを警戒してる時に一番無防備になる場所、上だろ?」
ガンマはその1機を投げ捨て、背後から突き出された銃剣をかわす。
「護衛を潰せば楽勝と思っただろ?
だったら潰してみろよ、賊共が」
ガンマは背後から襲ってきていた相手にも首元から短剣を突き刺し、早くも2人目を沈黙させた。
サクラは向かってくる敵を狙って引き金を引くが、相手は確実にサクラの射撃のタイミングを読み照準から逃れる。
「速くはないですけど、タイミングは確実に読んできますね」
ユキは弾丸を回避しながら接近を続ける。
「読まれてる事はわかっている筈……わざと読ませているのか」
「そろそろ気付いた頃でしょうか」
「最初から接近戦狙いか」
射程に入った瞬間、ユキは引き金を引いた。
放たれた弾丸は発射用のケースを空中に置き去りにし、その中に入っていた重く空気抵抗の少ない数発の針状の弾が拡散し始める。
サクラは散弾を予想していたのか、拳銃を抜きながら大きく回避行動を取っていた。
ユキはサクラが狙い通り射撃姿勢を崩すのを確認したが、普通の拳銃の射程外で拳銃を抜いた事を警戒して大きく進路を右へと逸らす。
サクラはユキへと拳銃を向けながら、ストックを肩に押し付け左手だけでコッキングレバーを引く。
「ハッタリか!」
ユキは一瞬のうちに判断し、一気に前進速度を上げる。
しかしサクラは拳銃の引き金を引き、普通なら届かない筈の弾丸がユキの"鎧"の左肩を掠めた。
「1発当てられた」
「2発避けられた」
当てられた事を意識するユキと、避けられた事を意識するサクラ。
サクラは左手だけでライフルを足元へ向け、引き金を引く。
着弾の衝撃で砂煙が上がり、サクラの姿が隠れる。
ユキはサクラが左右どちらに動くのかと、一瞬だが判断を迷った。
その一瞬を狙い、サクラは真正面から砂煙を突き破って来た。
ライフルを向けられ、ユキは前進しながら跳び銃弾をかわす。
そしてユキが再び引き金を引こうとした瞬間、トレーラーの1台が横転した。
突然トレーラーが横転し、更に襲撃隊の"鎧"が数台吹き飛ばされた。
「何だ──」
襲撃隊の隊長がコックピットを撃ち抜かれる。
「これは一体──」
ガンマもまたコックピットへの直撃を受けてしまった。
突然の出来事だったが、"旅団"の本部にいた"境界の魔女"はあくまでも冷静だった。
その事態を察知し、"旅団"の襲撃隊全員とその"鎧"を即座に"回収"してしまった。
突然の第三者からの攻撃に続き、襲撃隊が一瞬のうちに消えてしまった。
サクラは迷わずライフルのコッキングレバーを引き、虚空へ向かって引き金を引いた。
「アグニさん、怪我人の救助を」
サクラはライフルを背中のマウントへと固定し、拳銃も腰のホルスターへと戻す。
「多分、大丈夫です。
当たりましたから」
サクラのその言葉の通り、それ以上の攻撃は無かった。
この世界に海は無いと言われている。
しかし実際には海に辿り着ける場所に人間の生活圏がほとんど無いというのが実状だ。
海に近付くほど巨大な"魚"は増え、狂暴さを増し、よほどの事が無ければ街を造る事も出来ない。
海に面した街、イリエニア──リヴィア王国の首都で、エレノアはその王国騎士の帰還を出迎えた。
「こっぴどくやられましたね」
「全くだよ」
答えたのは、奇妙な姿をした"魚"だ。
"魚"としては小型な体躯に人のような手足が生え、尾も鰭も存在していない。
「王国の第4騎士であるこのグレン様がカウンタースナイプの一発でこのザマだ」
グレンと名乗ったその"魚"は右目が潰れている。
「エレノア、王に伝えろ。
俺は第4騎士の座から降りる……利き目が潰れた狙撃手は一般兵程度にしか使えないからな」
「第4は空座にしておきますか」
「気遣い感謝する……だが、再生治療とリハビリを済ませて自力で戻る。
自力で戻れないようならその座はふさわしくない」
グレンはエレノアの横をすれ違い、そのまま歩き続けた。




