外伝3
かつてその地に名前はまだ無かった。
ただ、巨岩の転がる荒野だけが広がっていた。
外伝3 黒竜伝説
既に人の身体を保てずにいたカエデがこの世界で生きた人間を見たのはそれが初めてだった。
「みんな逃げろ!」
「待て、攻撃はしない!」
カエデはそう叫ぶが、人々は岩の陰に隠れてしまった。
「私も元は人間だ!
白峰カエデという名だ!」
四肢を地につき、カエデはそう主張する。
すると1人の女性がゆっくりと岩陰から出てきた。
「白峰カエデ……あの、"リトルヒーローズカップ"世界チャンピオンの白峰カエデか?」
女性が口にしたのはカエデが参加していた小型ロボット競技会の名だ。
「そうだ、その白峰カエデだ。
転がってた死体の肉を食べてこうなった……だが記憶はあるし、会話する程度の理性はある」
そうカエデは説明する。
「やっと人間に会えたんだ……情報が欲しい」
「悪いね、情報なんて無いよ……私達は地球にいた時代もバラバラ、人数も少ない。
日陰と水場を探しながら生きる事しか出来ないよ」
「そうか……すまなかった、聞いてしまって」
女性の答えにカエデは落胆したが、それでも自分の知っている事は話した。
「水場なら、向こうにある。
集団で定住できる程度には大きい」
カエデは首を右に向ける。
「うまく生き延びてくれ」
「教えてくれて感謝するよ。
ああ、そうだな……まだこちらは名乗っていなかった」
女性はカエデに近付いた。
「私の名は榛名……榛名ミミミだ」
最後は小さな声で口にした辺り、自分の名前を気にしているのだろう。
それを察し、カエデはその名を口にしなかった。
「榛名、さらばだ」
カエデはその場を去った。
カエデが再びその地を訪れた時、そこには街壁に囲まれた街があった。
「カエデ殿、お話は伺っております」
カエデが見張りに名を伝えて暫くしてから出てきたその男性は、人の背丈より大きなカエデに少々怯えつつもその目の前まで歩いてきた。
「私、このヴァルナの街の長であるトライサードと申します。
街の創設者"ハルナ"がお世話になったそうで……」
カエデは街の名と男性の名の由来にすぐに気付いた。
「なるほど、トライサードね……」
「おや、何かご存知ですか?
この名の由来、"ハルナ"と関わりがあるとしか伝わっておらず……」
「いや、私もそれ以上は知らないな。
ところで、烏丸ツバサって男の情報を知らないか?」
カエデは話題を逸らした。
「いえ、何も……異世界人の情報は全て記録がありますが、この街では聞いたことが無い名前です」
「そうか……それが聞ければ十分だ。
またいつかここに来る」
カエデは再びその地を去った。
次にカエデがその地を訪れた時、その周囲にはいくつもの街ができていた。
そしてカエデが記憶していた場所には一際大きな街があった。
「私が皇帝だ」
その男性はそう口にした。
「カエデ殿、お話は先代より聞いておる。
4代前……まだこのヴァルナが国と呼べなかった頃に来てくださったそうで」
「そんなに昔か……思ってたより時間が経つのは早いな」
カエデは男性が皇帝と自称した事が気になった。
「ところで皇帝陛下、貴方の名は?」
「トライサード・キールだ」
「名の由来はご存知か?」
「はて、気にしたことも無かった……」
その言葉でカエデは理解した。
この男にはもう榛名の意思は受け継がれていない。
「……明日、また来る」
カエデは告げた。
「戦う準備をしておけ……私は明日、この街を攻撃する」
「……は?」
「伝えたぞ」
カエデは言葉を詰まらせた皇帝を無視し、その日はその場を去った。
ヴァルナ帝国の帝都、ルスタッド。
百年程度おきに黒い"竜"が襲撃するようになり、数百年が過ぎた。
烏丸ツバサはその"鎧"の頭部をはねられ、武器を捨てた。
「完敗だよ……また追い付けなかった」
「それでも、この世界に来てから一番楽しめたよ」
カエデは傷だらけの身体で腰を下ろす。
「さて、それより……」
そのままカエデは視線を街門に向けた。
そこには"鎧"に乗った皇帝がいる。
「今の戦いを見ても、まだやる気か?」
「貴殿が今まで通り、この街に危害を加えるならな」
皇帝はカエデの言葉に臆する様子は無い。
「……先程、リヒトはお前を陛下と呼んでいた。
皇帝が前線に立つというのか?」
「ああ、私は成り行きでこの街を救った"英雄"だ……政治よりも荒事が得意だ」
退く気配の無い皇帝に、カエデは更に問う。
「お前は、この国の名……それと皇族の名をどう思う?」
「誇りだ」
皇帝は即答した。
「この国の名も、トライサードの名も、亡き妻から受け継いだ私の誇りだ」
「そうか……なら、やめた」
カエデは腰を上げ、背を向けた。
「昔、気に入らない皇帝がいた……だがお前は違う。
次に来たときに気に入らなかったら、その時はまた攻撃すると後世に伝えておけ」
そしてカエデは荒野へと歩き出し──
その時、街壁の上からグレーの"鎧"が飛び出してきた。
そしてその"鎧"はライフルを構え──
奇襲に気付いたカエデは振り返りながら飛び退き、弾丸はカエデが避けた先に飛んできた。
カエデが弾丸を爪で弾き、相手の"鎧"は左手でライフルをコッキングし右手で拳銃を抜きながら着地すると同時に突進してくる。
カエデは前肢の爪でその胴体を狙うが、相手は蹴り足で器用にカエデの爪を受け流すと至近距離でライフルを撃った。
一瞬早く頭を下げ弾丸をかわしたカエデへと相手は拳銃を撃ってくる。
カエデは弾丸をかわしながら後方へと跳び、着地と同時に身構えた。
相手はというと、武器を捨てた。
「いや、やはり見込み通り……このまま続けても勝てる気がしません」
「どの口で言ってるんだよ」
カエデは警戒したままだ。
「大変失礼しました、少し好奇心を抑えきれなくて」
その相手は──サクラはそう口にする。
「私はサクラと申します。
貴方にお願いがあってここに来ました」
「お前、まさかカエデも誘うのか?」
口を挟んだのはツバサだ。
サクラはツバサを振り返らずに答える。
「はい、そうです。
未開の地の探索……私の目的の為に協力して欲しいと考えています」
「随分な命知らずみたいだな……」
カエデはサクラの指先に集中する。
「もし、断ったら?」
「その時は無理にでも従わせます……これまでもそうしてきました」
サクラは丸腰にも関わらず強気だ。
「勝てる気がしないんじゃなかったのか?」
「私の見込みが間違えているかもしれませんから」
そう語るサクラにカエデは惹かれる。
ただの無謀な子供ではない、考えに考え抜いた末に僅かな勝算に賭ける勝負師のような相手だ。
「ヴァルナの皇帝陛下、この街のすぐ目の前でこのような事をする非礼を詫びますよ」
サクラはそう口にするが、それは皇帝ではなくカエデに向けた言葉だ。
この国とは無関係な人間であると、カエデに主張している。
「おい、私が断る前提かよ」
カエデはサクラが武器を拾うのを待つ。
「だったら、やってみろ──」
その時、サクラは後方へと跳びながら地面の銃を蹴り上げた。
カエデは一瞬反応が遅れたもののすぐに飛びかかろうとするが、サクラは銃を手に取りながら跳んだ先にいたツバサの"鎧"を後ろ向きに蹴り飛ばし、その上に着地した。
「いや、助かりましたよ」
サクラはカエデに拳銃を向け、踏みつけたツバサにはライフルを突き付ける。
頭部を破壊され視界も無く武器も捨てているツバサには抵抗する手段が無い。
「烏丸ツバサを無力化してくださってありがとうございます……どうやって脅そうか困っていたのですよ」
「お前──」
「はい、何とでも言ってください」
立ち止まったカエデへ、サクラは問う。
「選んでください……2人で私に協力するか、大切な人を目の前で見殺しにするか」
カエデに選択肢は残されていなかった。




