外伝2
あの戦いが終わり、サクラは人や"魚"を連れて西の大砂漠へと旅立った。
残された者達は戦いの爪痕の残る世界の再建を始めていた。
外伝2 仮定
スティグマはかつて自身が建てた図書館にいた。
その動向は"干魃の魔女"が監視しているが、事実上の自由と言える状況だ。
しかしスティグマはその図書館から出る事は無く、記憶を失う以前の自らの記録と向き合っていた。
ある日、スティグマは"干魃の魔女"に声をかけた。
「"魔女"殿、俺は……かつてのスティグマ・シャルルエルは、本当に人と"魚"の共存を望んでいたのだろうか……」
「私が知る限りはそうでしたね」
"干魃の魔女"はそう答える。
「一時は人間と敵対しましたが、それも自らが悪として討たれる前提だったと後に聞きました」
「……もし、わかったらで良い。
"不死身のサクラ"といったかな……あの子と昔の俺が会っていたら、あのような戦いは起こさずに済んだだろうか」
スティグマのその問いに、"干魃の魔女"は考える。
「どうでしょうか……私はあの子の事はぜんぜん知りませんし……
ただ、こちらの国に来てもあまり抵抗が無さそうだったのは事実ですが……」
「やはりそうか」
スティグマは読んでいた日誌を閉じる。
「彼女は相手が人間であっても撃てるし、かといって"魚"でも戦わない選択ができる。
かつてのスティグマ・シャルルエルの理想にかなり近い気がする……少々過激だが」
「貴方が言うならそうではないでしょうか」
"干魃の魔女"は微笑んだ。
「もし貴方がそう思うのなら、彼女に皆が付いていったのも必然だったかもしれませんね」
その頃、サクラ達はひとつのオアシスに活動拠点を作り終えたところだった。
「いや、本当に助かりましたよ……」
サクラは建ち並ぶ仮設のテントを眺める。
「ここから数チームに別れれば探索も進む筈です。
皆様に任せれば私達はアーシズ王国との交渉に注力できます」
「そいつはどうも。
砂漠なら人より得意だからな、俺達"魚"は」
そう言ったのは"鰭無し"という、人と"魚"の中間のような姿をした"魚"だ。
"魚"の生き血で人間から肉体が変質しても理性を失わなかった者達をサクラは味方につけていた。
「しかし、な……本当ならこの光景を"聖帝"様に見せたかったな……」
"聖帝"とはかつて新興宗教を用いて勢力を拡大していた頃のスティグマの呼び名だ。
「俺達が人と一緒に生きていられる……"聖帝"様がかつて説いていた理想の世界だ」
そう言うのも無理は無い。
そこにはたくさんの人間と共に同じくらいの"鰭無し"がいるのだ。
「もし、仮にだ……いや、あんたを責める訳じゃなくて、仮の話だ。
もしあんたが"聖帝"様ともっと早く会えてたら、あんな戦いが無くてもこの光景を見れたのかな……」
「彼がどこまで教えてくれるかによりますね」
サクラの答えに迷いは無かった。
「彼がその理想と手口を口にしていれば、私はそれを利用する為にこの探索計画を教えていたでしょう」
サクラは東の空を振り返る。
「彼だって私を利用する為にどこかでそれを口にして協力を持ちかけてきた筈です。
ただ、お互いに腹の探り合いになって話がなかなか進まないのは確実ですね」
「……ありがとうな、"聖帝"様を否定しないでくれて」
その"鰭無し"は嬉しそうにそう口にした。
かつてはその"鰭無し"もまた記憶の多くを失って砂漠をさ迷っていた。
そんな彼をかつての"聖帝"は保護し、リヴィア王国へと連れていった。
その時、彼は"聖帝"の理念に対して疑問をぶつけていた。
「完全な共存は無理、か……その通りだよ」
"聖帝"はあっさりと自らの理想が不完全なものだと認めた。
「この世界に食料は少ない……何でも食べられる"魚"はともかく、人は"魚"を殺して捕食しなければならない。
そうでなくても"魚"は人を襲うし、"鰭無し"も理性を失えば危険な存在だ。
だけどね、人間だって人間を襲うし危険な存在だ……そこに人と"魚"の差はあまり無いんだよ」
スティグマは少し寂しそうに言う。
「人間同士でも不完全な共存しかできていない……でも、人を襲わない"鰭無し"だけでも同じところに立たせてあげたい。
これは僕のエゴだから、君は無理についてこなくてもいいよ」
その"鰭無し"はスティグマの言葉を思い出し、そして目の前のサクラに頭を下げた。
「俺達はこれからもあんたの力になろう」
「気持ちはありがたいですけど、奉り上げたりしないでくださいね……そんなにありがたい人間にはなりたくないので」
サクラは忠告する。
「それに、理想がどうであれ彼がした事は悪そのものです……そこを履き違えたら、私は貴方も敵と見なします」
「肝に命じるよ」
その"鰭無し"はサクラの忠告を素直に聞き入れた。
その夜、イリエニアの図書館の一室で"干魃の魔女"は窓から夜空を眺めていた。
「平和、だねぇ……」
そう、寂しげに呟いた。
"魔女"の能力は生まれつきある程度決まっている。
訓練による矯正や呪術による操作である程度は変える事も出来るが、その本質を変える事は出来ない。
中には人類に害なす"災厄"の力を持って生まれる"魔女"がおり、彼女達はレベル7以下の力でありながらそれ以上の危険性を持つ為に辺境に暮らしている。
物体を塩に変えてしまう"塩の魔女"や致死性の高い感染症を無制限に広める"疫病の魔女"、そして空気中からも物質内からも水分を奪う"干魃の魔女"がそうだ。
"干魃の魔女"が故郷を追い出されたのは10歳になった頃だった。
そんな彼女にとって同じように人里を追われてこの地に来た"鰭無し"達は大切な仲間達だ。
その仲間達が1人の少女を信じ、直接協力している者もいる。
「綺麗事だよね……」
思わず本音が口に出た。
それはサクラに対する言葉ではなく、サクラについていった仲間達への言葉だ。
彼らは自分達"鰭無し"の迫害はよく知っていても、"干魃の魔女"のような"災厄"の事情は知らない。
問題を解決しようという意思がある一方で、どうしてもその考えは知っている範囲にしか及ばない。
しかしサクラは、何一つとして解決しようという意思は無い。
彼女の場合、目的の為の手段がたまたま"鰭無し"達への救済に──かつての"聖帝"の本来の目的に都合が良いのだ。
"干魃の魔女"はサクラと共に行動していたアグニの事を思い出す。
サクラはアグニの危険性を理解したうえで受け入れていたのだろうか。
いや、理解していないだろう……そんな事を気にするタイプには思えない。
ただ、もしそうだとしたら──
「わかってるよ、そんな仮定……救いにもならないって」
"干魃の魔女"は余計な希望を振り払おうとする。
もしかしたら、かつての"聖帝"やここの"鰭無し"達のようにサクラも自分を受け入れてくれたのではないか。
彼女がいれば、自分はもっと自由に生きられるのではないか。
全ての考えを放棄し、"干魃の魔女"は椅子ごと身体を床に投げ出した。
そう、何もかも手遅れだ。
彼女は既にこの街という居場所を得て、この図書館の防湿という役割を得ている。
今更サクラに何かを期待する余地など、彼女にはもう残されていなかった。
ただ、それでも──"干魃の魔女"は願う。
これから先の世界が、もしも救われるというのならば──




