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IRON TALE  作者: 貫井べる
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外伝1

その日、都内にあるそのビルに男達が押し入った。

彼らは様々な武器を手にしており、明らかに一般の人間ではなかった。

しかし彼らの踏み込んだビルの中は、既に死体が転がっている状態だった。

「おい、これは……」

「ああ、まだやられたばかりだ」

男達は状況を確認しながら、目的の事務所の既に蹴破られたと思われる扉を潜った。

そして彼らが見たのは、血の海の真ん中で刀を拭いている背丈が2メートルはある少女の姿だった。

「お、お嬢……」

「何だ、お前達も来たのか。

悪いな、手柄取っちまって」

その少女は──浅草アカネは、つまらなさそうにそう口にした。




外伝1 柘榴石の願い




アカネは父親の前にいた。

「周辺はもう片付けた。

もういいだろ、縁を切っても」

アカネはそう告げる。

「私は普通の人間になる……そうさせてくれ」

「……お前の本気はよくわかった。

もう断るつもりは無い」

アカネの父は泣きそうになるのを堪えているようだ。

一人娘が望んだ幸せの為には自身が足枷になると理解しているはいえ、溺愛していた娘との別れが辛くない筈もない。

「組の者にはお前の周辺には手を出さないよう徹底する……お前を怒らせたら勝ち目は無いからな」

最後の一言は余計だったが、アカネにはもうわかっている。

「……親父、感謝してるよ」

アカネは最後にそう口にし、父親に背を向けた。




神楽坂リヒトはその日も道場に顔を出した。

「お、来たかリヒト」

そう声をかけてきたのはその道場を取りまとめる野伏先生だ。

「ちょうど良かった、今日来た新人がいるんだが……

まあ、お前がTV出るようになってからお前目当ての入門者は多いけど、ちょっとそういう訳にはいかなくてな……」

「経験者さん、だったんですね。

先生が勝てないような」

リヒトは野伏が濁した言葉の意図を理解する。

「あちらの方ですね」

リヒトは遠目に様子を見ている長身の少女に視線を向けた。

「初めまして、神楽坂リヒトです」

「はい、初めまして!

私は浅草アカネと申します!」

少女は──アカネは緊張気味に答える。

「リヒトさんの剣捌きを見てこちらに来ました!」

「それはどうも……」

リヒトはアカネが左手に持った木刀を見る。

それは道場にあるものより長く、アカネの身長からして私物なのだろう。

しかしアカネは実力者だという話だったのに、それはつい先日購入したかのように真新しい。

「……手合わせを希望でしょうか」

「はい!宜しければお願い──」

アカネが言い終わらないうちにリヒトは荷物を放り投げ、その中から自身の木刀を引き抜き一気に駆け出した。

完全な不意討ちだったが、アカネは木刀を右手に持ち変えてリヒトの一撃を受け止める。

「これは確かに、先生じゃ手に負えないな」

「そいつはどうも……!」

アカネは力任せにリヒトを突き放し、姿勢を崩したリヒトに向けて木刀を水平に振り抜く。

リヒトはその一撃をかわし、アカネと距離を取った。

「……防具無しでは受けたくないですね」

「あ、すみません……力みすぎました」

アカネは木刀を握る右手の小指と薬指を緩める。

「いや、やっぱり独学だと変な癖がついていけませんね」

「……」

リヒトはアカネの口の動きを見る。

明らかに何かを誤魔化している。

「……すみませんね、いきなり試すような真似をして」

リヒトは木刀を下ろし、頭を下げた。




2年後、アカネは自宅から姿を消した。




砂に覆われた世界をアカネはさ迷っていた。

「参ったよな……よりによってこんなタイミングで……」

その左手に先程産まれたばかりの赤子を抱いたアカネは、砂丘が作る日陰を歩き続ける。

「えーと、確かこっちの世界に"落ちた"時は……」

そんなアカネに砂丘の上から5メートル程の"魚"が襲いかかるが、アカネはその襲撃をかわすと同時に刀を抜く。

「まあ、コイツも一緒で助かったけどさ」

"魚"の首が落ち、アカネは刀身の血を払うと鞘に納めた。

「殺しは久しぶりだな……もう二度としないつもりだったけど……」

そう呟き、アカネは自問する。


かつてアカネは殺す為の手段として刀を振るっていた。

しかしそれは戦った相手との別れを伴い、戦いを求めるアカネには退屈でしかなかった。

そんなある日、アカネはTVで同年代のリヒトを知り、人を殺さない剣術ならば何度でも戦えると気付いた。

反社会的な勢力を束ねていた父親と絶縁し、表の社会で剣術を学んだこの2年は果たして期待していたほど充実していただろうか。

アカネを満足させられる相手は確かに数人はいたが、その他大勢の相手をする日々はかつての生活と同じく退屈だった。

だが、この世界は──


その時、砂丘を乗り越えて先程よりも遥かに大きな"魚"が姿を現した。

アカネは素早く身をかわし、脚の間をすり抜けるように砂の上へ転がる。

「ああ、そうだよな……」

アカネは当たり前の事を思い出す。

自分が、そして何より産まれたばかりの娘が、生き残る事が出来なければ戦いを楽しむどころではない。

アカネはすぐに立ち上がり、刀を抜く。

「そうだな……まずは人を探さないとな」

アカネは"魚"の尾を切断し、更に脚を2本叩き斬る。

「それまで、生き残らないとな」

そして"魚"の首が切り落とされた。

「さて、と……」

アカネは砂丘を登り、周囲を見渡した。

「まだ何も見えないな……さて、どうするか」

日陰に戻り、アカネは眠っている娘に視線を向ける。

自分が生きなければ、我が子を生かす事はできない。

「……"魚"、か」

アカネは自分が殺した2匹の"魚"を見る。


"魚"の地肉を生で口にすると"魚"になるとは聞いたことがある。

人間の身体を捨てて"魚"になればこの砂漠を渡りきる事もできるだろう。

しかし理性や記憶を失うリスクが極めて高いとも聞いている。


アカネは再び娘を見る。

この子を生かす事ができるとしたら、他に手段は無いだろう。

アカネは腹を括った。




当時17歳のアグニは行商団のトレーラーに乗り砂漠を移動していた。

「あ、人がいますね……"落ちて"きた異世界人みたいです」

見張りが砂漠をさ迷うアカネを見つけた。

「誰か、"安全確認"行けますか?」

ここで言う"安全確認"とは"魚"を口にしていないかの聞き取りだ。

「"魔女"殿、お願いできますか?」

「ん、ちょっと乗車賃まけてもらうよ」

アグニがそう答えるとトレーラーは減速し、停止するのを待ってアグニは下車した。


「ちょっといい?」

アグニはアカネに声をかけた。

「ああ、ちょうど良かった……」

アカネはやっとすぐ近くにいるアグニに気付いたようだ。

その時点でアグニはアカネがもう手遅れだと理解できた。

「すみません、この子を預かってもらえませんか……私はもうダメなので、どうか……」

アカネはアグニに左腕に抱いた娘を差し出す。

アグニは黙ってその赤子を受け取った。

「私は昨日、"魚"を食べました……この子を生かす為に。

既に色々な事が思い出せなくなっています」

アカネは更に1冊の手帳をアグニに渡す。

「私はもうダメです……でも、この子はどうか生かしてもらえませんか……」

「どこの誰だか知らないけど、確かに願いは受け取った」

アグニはそう答え、アカネの右手を握った。

「その覚悟、無駄にはしないよ」

そうは言うものの、アグニは不安だった。

1日経ってまだ赤子が生きているという事は、母乳を与えている事は間違い無い。

目の前の女性はまだ人間の姿だが、この赤子に"魚"の血の影響が無いとは限らない。

しかし、それでもこの砂漠で生き残り人と会う為に自らを犠牲にするその覚悟をアグニは嫌いになれなかった。

「本当なら、ここで貴女も"処分"しなきゃだけど……」

アグニはアカネに背を向けた。

「これは私の願いだ……日の昇る方角へ向かい、そこで生き残れ」

「ありがとう……ありがとうございます……」

アカネが砂の上に膝をつく音を背に、アグニは行商団のトレーラーへと戻った。


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