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IRON TALE  作者: 貫井べる
36/41

33話

サクラは憂鬱だった。


父親はいつも仕事で留守にしている。

母親はというと、自宅に知らない男性を呼び込んではサクラを追い出している。

父親が仕事を終えて帰宅する前、夕食の時間頃までにサクラが帰宅すると母親から暴力を受ける。

男性の方はそんなサクラに多少は同情しているのか、夜まで遊べるお金をくれる。

しかしサクラに行く場所はほとんど無く、近所のゲームセンターに夕方になって追い出されるまで入り浸るようになっていた。


その日も時間になり、ゲームセンターを後にしていた。

帰りたくないが、帰らねばならない。

サクラは憂鬱だった。

しかしそんなサクラの姿が唐突に──本当に何の前触れも無く、消えた。

サクラの存在は、地球上から消え去った。




33話 桜の物語




ヴァルナ帝国の帝都ルスタッド、その街壁近くのカフェ。

テラス席に腰かけているサクラへとユキが声をかけた。

「私が地球にいた時、机の引き出しの裏側に数枚のカードが隠してあるのを見つけました。

全てゲーム"ボーダーユニオン"のセーブデータ記録カード……あれ、データ書き込み回数に上限があって定期的に新しいカードにしないといけないのですね。

そこにはプレイヤー名が書いてありましたよ、"ブロッサム"って」

ユキが口にした名は、かつてゲーム内で世界一のプレイヤーだった者の名だ。

「それで、気になって両親の過去を調べてみたのですよ……どちらかが"ブロッサム"だったんじゃないかって。

そうしたら昔の新聞記事を見つけました。

小学生の女の子が行方不明になって、捜査をしているうちに母親の虐待や不倫が発覚した事件。

そこに父の名がありました……無罪でしたけど、家庭を蔑ろにしたと散々言われたようです」

ユキはパチンと、口元で両手を合わせる。

「それがちょうどあの"ブロッサム"が消えた時期と一致するじゃありませんか。

私がそれを知った頃にはこちらの世界の事もある程度は公になっていて、度重なる行方不明事件も『異世界に"落ちた"のではないか』と言われていました。

調査隊の公募も普通にしていて、実力さえあれば子供でも講習を受けられました。

以前の事もあったので父も娘の"お願い"は聞いてくれましたよ……とはいえ、こんな子供が本試験に合格するとは思っていなかったでしょうけど」

ユキは口元に笑みを浮かべている。

「だから私は、貴女と戦う為に"こちら"に来ました。

狙撃手"ブロッサム"……いえ、富士見野サクラ」

ユキは──富士見野ユキは、サクラと瓜二つの顔でそのふたつの名を口にした。

「……それで、今もその願いは同じですか」

サクラはやっと口を開いた。

その手にはいつの間にか"ボーダーユニオン"のカードを持っており、そこには確かに"ブロッサム"と名前が書かれていた。

「見ず知らずだった姉と戦いたいと、それだけですか」

「いえ、今は違います」

ユキは続ける。

「烏丸ツバサに力の差を見せつけられてから思うのです。

今は貴女でなくてもいい……ただ、誰よりも強くなりたい。

貴女の戦いを見て、この世界で戦って、考えが変わりました」

「……いいでしょう、戦いましょう」

サクラは立ち上がり、そして問う。

「準備は必要ですか?」

周囲の人はふたりの異様な雰囲気を察したのか、既に距離を取っている。

「私は問題ありません。

私はシュライク王国にいますので、2日後までに連絡してください」

答えたユキへと、サクラは瓜二つの笑みを向けた。

「じゃあ、今すぐ──」

その時、近くの建物の屋根の上から1機の"鎧"が飛び降り、ユキがいた場所に着地した。

「……逃げられた」

悲鳴が挙がる中、サクラは少し楽しそうにそう呟いた。



ユキは街壁の外に待機させていた"鎧"のコックピットに現れた。

「あのガキ、本当にやりやがった!」

「だから言ったじゃないですか、2日の猶予を提案すればすぐに乗ってくるって」

ユキは自身を逃がした"境界の魔女"と通信する。

"境界の魔女"の能力で踏み潰される前に姿を消していたのだ。

「そもそもあれは私と戦うつもりでいました。

街壁近くで待っていたって事は、私が奇襲を見越して"鎧"を隠してる事も予想していますよ」

ユキは"鎧"を起動し、一気に走り出す。

「アヴァランチ、街壁上に警戒──」

"鎧"の制御AIへとそう言いかけた時、サクラの"鎧"が最高速で街壁の上から飛び出してきた。

「みつけた」

サクラは既にロングライフルの銃口を正確にユキへと向けている。

対するユキは反応が遅れるが、一歩だけでサクラが撃った弾丸をかわすと同時に銃口をサクラへ向ける。

そのままユキはサクラを撃とうとするが、サクラの次の弾丸が既にユキの銃口を狙って放たれていた。

「速い」

「早い」

2人は同時にそう口にする。

ユキは銃撃をかわしながら巨岩の陰に隠れた。

「やはり読みが早すぎる……」

対するサクラはユキの動きを予想し自身も巨岩の合間を縫って進む。

「相変わらず、見てからの動きが速いですね」

サクラは巨岩のひとつを登り、その上から飛び出すと巨岩の合間に銃口を向けた。

ちょうど銃口の向いていた先からユキが飛び出し、サクラの弾丸を見もせずにかわすと別の岩の陰へと隠れた。

「……この辺りは岩が多すぎますね」

サクラは地形を確認する。

「岩の少ない地帯を避けて砂丘のある砂漠まで抜けるコース……わかりやすすぎる」

岩陰で弾倉を交換しながらサクラは笑った。

「誘っていますね」

サクラは再び岩陰から飛び出すと銃を構えたままユキが隠れた方へと走り出した。

ユキも岩の合間を走りながら銃撃しようとしたが、サクラは的確なタイミングで岩陰に隠れ狙いを定めさせない。

「やはり乗ってきましたね」

腰から弾丸を抜き銃に直接装填しながらユキはサクラの様子を振り返る。

「スパージ、デリュージ、ランページ、ミラージ

各機、交戦を避け距離を取りつつネットワーク接続可能距離を維持」

そう4機の無人機に指示を出し、ユキはサクラに銃を向けた。

サクラはやはり岩陰に隠れてしまう。

「相変わらずタイミングを読むのが上手すぎますね」

ユキもまた岩陰に隠れた瞬間、その岩が突然崩れた。

岩を貫通してきた弾丸は大きく逸れたが、砕け散った残骸がユキに降りかかり視界を隠す。

しかしその状態からもユキはタイミングを合わせて次の弾丸をかわした。

「ああ、やっぱり無人機で見てますね」

サクラはユキの回避行動をよく観察しており、あっさりと無人機の事を見抜く。

そして予想した位置を記録する。

「攻撃してくれれば正確な位置がわかるのですが」

「本当、嫌な相手ですね」

ユキはサクラがペースを崩そうとしてきている事には気付いていた。

そのままユキはサクラから逃げるように移動を続け、目的の岩にサクラが接近した瞬間に引き金を引いた。

細工をされた散弾は発射されてもすぐには散らず、その岩の上端に僅かに触れてやっと発射用のケースが剥がれた。

岩に接触した影響で弾道がぶれ、飛び出した散弾は下向きに軌道を変えてちょうど岩陰に隠れたサクラに降り注いだ。

サクラはとっさに右腕で頭部をかばい、カメラアイの損傷だけは防ぐ。

「やるじゃないですか」

サクラは既に引き金を引いていた。

高く撃ち上げられた弾丸は岩を避けるように上空からユキ目掛けて落下し、かわしきれなかったユキの左肩を掠めて傷をつける。

「読まれていましたか」

ユキは岩の散らばる地帯を抜け、開けた場所に出た。

足場も細かい砂が多くなったのを確認し、ユキは派手に砂煙を巻き上げた。

「面倒臭い事を」

サクラは迷わずその砂煙の中に突っ込む。

そしてサクラとユキは至近距離で撃ち合いながら砂煙を突き破って飛び出した。

ユキは散弾銃を構え、サクラは拳銃を構え、互いに互いの銃身を弾き照準を剃らしながら引き金を引く。

先に下がったサクラが拳銃の弾倉を捨て、ユキは素早く至近距離用の散弾を2発装填する。

そのままユキは引き金を引こうとしたが、サクラが左手のロングライフルから放った弾丸を避ける為に姿勢を崩した。

サクラは右手の拳銃を腰の弾倉に被せるように装填しながら左手だけでロングライフルのコッキングレバーを引き、更にユキの照準から逃れるように急減速する。

ユキの放った散弾はサクラを外したが、ユキはすぐに次の散弾を放つ。

サクラは下がりながら右腕で頭部をかばい、散弾で傷付けられながらも致命的なダメージは防いだ。

「やっぱり……」

ユキは確信する。

サクラは先程ユキが装填した弾種を目視し把握している。

ユキは再び砂煙を巻き上げ、その中で弾丸を装填し──

「あ、見られてると思いました?」

サクラの声。

「装填する時の音、弾種で違いますよ」

ユキの考えを見透かすようなサクラの言葉。

それでもユキは遠く離れたサクラへと銃口を向ける。

大口径のスラッグ弾を回避したサクラは次に来る散弾の有効射程に入らない距離を維持しようと下がる。

対するユキはサクラの方へ前進しながらスラッグ弾を装填し引き金を引いた。

しかしサクラは急に前進に転じ、弾丸を回避してユキに急接近する。

そのままサクラはユキの次の散弾をも至近距離でかわし、ユキの胴体を蹴り飛ばした。

大きく姿勢を崩したユキに向かってサクラは引き金を引こうとしたが、その瞬間、

「アグニさん!」

サクラの"鎧"が、消えた。

「隔離空間に転送した」

"境界の魔女"からの通信だ。

「死ぬまでやる事は無いだろ。

これで終わりに──」

その時、少し離れた場所に巨大な剣が降り注いだ。

「あー……邪魔が入りましたね」

サクラは砂丘が吹き飛んだ砂原の上に立っていた。

「空間を隔離してから私をそこに放り込むまで2秒もあれば、その座標を送信するくらいできますよ。

隔離空間の破りかたもわかっていますし、無駄な事はしないでください」

「……という事らしいです」

ユキも"境界の魔女"へそう告げ、そしてサクラに問う。

「今のはどう扱いますか?」

「戦闘続行で」

サクラは言い終わらないうちから引き金を引いた。

ユキは手の甲で弾丸の軌道を逸らし、真正面からサクラに接近する。

そのユキを見てサクラは砂丘の陰に隠れた。

そのままサクラは高い角度での射撃で砂丘越しに遠くのユキへと弾丸を降らせる。

「射程の差がありすぎる……ミラージ!」

ユキは持っていた散弾銃をバックパック側面に懸架し、無人機が射出した銃身の長い散弾銃を受け取る。

その銃を構えたユキはストックを肩にしっかり押し当ててコッキングする。

ユキの行動に気付き様子を見たサクラは即座に隣の砂丘の陰へと移動する。

間一髪のところでユキの放った弾丸が砂丘を飛び越えて砂地を抉った。

「対策くらいしますよね」

サクラはユキの様子を伺いながら砂丘の間を移動する。

対するユキもサクラを追いながら次の射撃の準備をする。

「ああ、なるほど」

サクラは反転しユキとの距離を詰めに向かった。

これはお互いに近距離戦を誘っている状態だ。

ユキもサクラが乗ってきた事に気付き手にしていた銃を捨ててバックパックに懸架していた銃を再び手にする。

サクラも拳銃をユキに向け、2人は同時に引き金を引いた。

2人は互いの照準から逃れながら接近し──

その時、ユキは通りすぎた砂丘の陰に隠れていた"鎧"が動き出した事に気付いた。

「無人機……!」

ユキは銃を脇に抱えるように背後に向け、その"鎧"の膝を撃ち抜く。

そして更に銃を正面に向け、サクラ目掛けて引き金を引いた。

スラッグ弾はサクラの右腕を吹き飛ばし、更に胴体装甲を貫通し──

「違う!」

ユキは振り返り、無人機だと思っていた"鎧"にスラッグ弾と散弾を撃ち込んだ。

被弾の衝撃で装甲が歪み、コックピットブロック側面の装甲が剥がれる。

そして露になったコックピットは、無人だった。

「まさか──」

ユキは再び振り返るが、距離を詰めきったサクラに蹴り倒された。

サクラはユキの胴体を踏みつけたまま引き金を引く。

弾丸はコックピットブロックを貫通し、砂煙が上がった。

しかしコックピット上部のハッチから脱出していたユキは拳銃を抜き、サクラの"鎧"の胴体に空いた穴からサクラの左腕を撃ち抜いた。

「よく、逃れましたね」

サクラの左手が操縦レバーから離れる。

「……」

ユキはサクラを睨んだまま拳銃を下ろさない。

「痛い……」

サクラの怪我は左腕だけではなく、"鎧"の胴体を撃ち抜かれた時に右腕も負傷していた。

「そう、痛い……まだ、死んでない!」

サクラは踏みつけていたユキの"鎧"を突き飛ばす。

ユキも砂の上を転がるが、すぐに立ち上がった。

「私だって、まだ生きてる!」

ユキは踏みつけようと飛びかかってきたサクラを避けた。

「アヴァランチ!」

ユキの呼び掛けに、彼女の"鎧"が引き金を引く。

サクラの"鎧"は両脚を破壊されてやっと止まった。

「……まだ、やれますか」

「流石に、もう駄目ですね……」

サクラはやっと負けを認める。

「負けました……まだ生きてるのに、戦えません……」

「それは良かったです」

ユキはやっと拳銃を下ろした。




2人の少女の決着を見ていた者は誰もいない。

それは、2人だけの秘密──



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