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IRON TALE  作者: 貫井べる
30/41

28話

戦場から少し離れた、岩石の転がる山岳地帯。

息絶えたエレノアを挟み、2人は向き合う。


西の地平近くまで沈んだ夕日がリヒトの白銀の"鎧"を赤く染める。

対するツバサの漆黒の"鎧"はまるで夜の闇のようだ。


そして2人は全く同時に地を蹴った。




28話 garnet




リヒトは一瞬でツバサとの距離を詰め太刀を振り抜いた。

しかしツバサはリヒトを飛び越えると空中で回転しながら引き金を引く。

リヒトは素早く横へ跳んで銃撃をかわし、自身も左手で腰の拳銃を抜くと引き金を引いた。

「珍しいな銃なんて」

ツバサは着地と同時に跳んでリヒトと距離を取ろうとする。

しかしリヒトはたった1歩の踏み込みでツバサに追い付いた。

リヒトの重く鋭い一太刀をツバサは左右の銃剣で真正面から受け止める。

その衝撃でツバサは弾き飛ばされた。


最高速で勝るツバサの"鎧"に対し、リヒトの"鎧"は馬力と瞬発力で勝る。

リヒトの"鎧"は胴体こそ帝国軍の仕様に変えているが、ベースとなった"エグゼクター"はアーシズ・エクスシアが"鎧"程の重量の巨大な剣を振り回しているあの"鎧"だ。

重量級の武器を扱うための腕力と脚力で軽装備の機体を動かした結果、瞬間的な加速力だけはツバサの"レイヴン"に勝る程に仕上がっていた。


弾き飛ばされたツバサはその勢いに乗ったまま後方へと跳び引き金を引く。

リヒトは飛んできた数発の弾丸を全て弾くが、無理に追おうとはせず立ち止まる。

これは最高速で劣るリヒトを誘い込む罠だ。

ツバサは着地と同時に反転し距離を詰めようとしてきたが、リヒトが止まった事に気付き踏み込みの途中で強引に急停止する。

「そこで止まるか」

「こちらの台詞だ」

2人は武器を構えたまま立ち止まり、数秒間睨み合った。

「……最初の1歩は貴殿が速い」

ツバサはゆっくりと口にする。

ペースを乱す気だ。

「こちらが先に仕掛ければ貴殿の反撃を食らうだろうな」

そう、これは罠だ。

罠を仕掛けている事を相手に伝えペースを乱す、幾重にも張り巡らされた言葉の罠だ。

「……しかしツバサ殿、私が先に仕掛けてもこの距離では貴殿が有利だ」

リヒトは考える。

これはツバサの十八番。

ならばあえて乗るしかない。

「これは困りましたな」

リヒトは太刀も拳銃も腰へと戻し、ゆっくりと歩き始めた。

ツバサはすぐに後方へと跳んだ。

リヒトのペースに乗るのは危険だと判断したのだ。

そのままツバサは引き金を引くが、リヒトは大きく前へ踏み込むと太刀を抜き銃弾を弾きながら着地する。

そこへ反転し距離を詰めてきたツバサが左右の銃剣を叩き付けた。

リヒトは1本の太刀でその一撃を防ぎ、逆にツバサを弾き返す。

しかしツバサはリヒトの力を上方へ受け流し、その威力で機体を回転させながら下方から斬り上げた。

リヒトは素早く後方へと跳ぶが、胴体装甲に2筋の傷がついた。

ツバサはすぐ近くに着地するとまだ空中のリヒトへと飛びかかる。

リヒトはツバサの攻撃を太刀で受けると腕を捻り両の銃剣を左右へと弾いた。

そのままがら空きになったツバサの胴体へとリヒトは斬り上げる。

しかしツバサはリヒトの腕を蹴って跳び、その間合いから離脱した。

「やはり強いですな」

リヒトは着地し、今度は自分から口を開いた。


ここまでの連戦で電力残量はかなり厳しいが、だからといって勝ちを急いではならない。

ツバサもエレノアとの戦いで消耗している筈だが、同じく勝ちを急いでいる様子は無い。


リヒトは太刀を低く構えた姿勢で動きを止めた。

対するツバサは迷わず後方へと跳んでから立ち止まる。

「貴殿程でも私の間合いは警戒なさるか」

リヒトはツバサの僅かな揺れを観察する。

そして、呼吸を読む。

「剣のみで第1師団長に上り詰めた者の太刀筋、警戒して何が悪いか」

ツバサはあくまでも冷静で、付け入る隙がまるで無い。

「今もそうやって、こちらの一瞬の隙を狙っている……本当に、嫌な戦いかただ」

ツバサはゆっくりと膝を曲げ、姿勢を低くした。

「これなら、どうする?」

「そうですな……」

リヒトは一瞬でツバサとの距離を半分まで詰めた。

ツバサはすかさず飛び出すが、リヒトは2歩目を踏み出さず太刀を振るう。

しかしツバサは迷わずリヒトを飛び越え、リヒトの太刀は空を切る。

ツバサは空中でライフルを撃ちながら着地し、弾丸を弾きながら突っ込んでくるリヒトから離れるように跳ぶ。

リヒトは急停止すると拳銃を抜き発砲した。

ツバサは弾丸を銃剣で防ぎ、銃撃が一瞬止む。

その瞬間にリヒトは大きく踏み込み、更に2歩目を踏み込みながら太刀を振り抜いた。

だがツバサはリヒトの太刀を蹴り上げ軌道を逸らし、更に振り上げた足をリヒトの頭部へ叩き付けた。

そのままツバサは飛び上がり、回転しながら至近距離でリヒトに弾丸を浴びせる。

リヒトは弾丸を全て太刀で弾くが、数秒間足が止まる。

ツバサは着地すると銃剣をリヒトの太刀へと叩き付けた。

リヒトはツバサの銃剣を弾くが、そこへツバサは反対の銃剣を叩き付ける。

リヒトの太刀が押され、そこへツバサは弾かれた方の銃剣を再び叩き付ける。

すぐにリヒトは後方へと跳びツバサの連撃から逃れた。

リヒトは着地すると太刀を低く構え腰を落とす。

ツバサはリヒトの意図に気付き距離を取ろうとしたが、間に合う距離ではなかった。

リヒトが大きく踏み込み、その太刀を真正面から受け止めたツバサが弾き飛ばされる。

最初に受けた時とは違う両腕での一太刀に、衝撃を受け流し切れなかった腕のフレームが歪んだ。

「腕部のみ位置補正モードへ」

ツバサは両手のライフルを腰の懸架位置へ戻そうとするが、腕の歪みで位置が合わない。

しかし手に内蔵されたセンサーにより肩と肘の角度が修正される。

ツバサは着地する頃には再びライフルを抜いていた。

「補正完了しました」

「よし、続けるぞ」

制御AIからの報告を聞きながらツバサはリヒトの突撃を跳んでかわす。

すれ違ったその瞬間、リヒトの左肩の装甲に切れ目が入った。

リヒトは構わず拳銃を抜き、ツバサは空中で姿勢を変え弾丸をかわす。

ツバサは着地と同時に横へ跳びながら引き金を引き、リヒトは立ち止まり太刀で弾丸を弾く。

着地し腰を落としたツバサは左右の弾倉を捨て、腰の予備弾倉にライフルを被せるように装填しながら跳んだ。

リヒトは拳銃を捨てた左手を右手に添え、低く構える。

そしてリヒトが踏み込み、太刀を振るった。

着地したツバサは振り返り銃口をリヒトに向けるか、引き金は引かなかった。

「……続けるか?」

リヒトの折れた太刀が地面に突き刺さった。

リヒトは最後の攻撃の瞬間に"鎧"が電力不足で脱力していたうえ、激しい剣戟で消耗していた刀身が折れてしまったのだ。


そんな時、すぐそばに倒れているエレノアの元に1人の少女がいる事に2人は気付いた。

「"魔女"か……悪いが、この戦いには手を出さないでくれないか」

リヒトはそう告げるが、その"鎧"は振り返る動作の途中でもふらついてしまう。

「邪魔はしませんよ……ただ、何となく来たらたまたま見かけただけですし。

でも、もう限界ですよね……お互い」

少女は──ブランはそう口にし、金属のパイプを口にくわえた。

「じゃあ、両方に平等に手を貸すのはどうですか?」

その瞬間、リヒトのコックピットのモニターにある電力残量の表示が100%にまで回復した。

「どこの誰かは知りませんけど、2人共充電だけしておきましたよ。

気に入らなきゃ敗けを認めればいいんじゃないですか?」

「お互い条件は同じか……どうする?」

ツバサはリヒトに銃口を向けたまま問う。

「とは言っても、自慢の太刀も折れては続けられないか」

「いや、太刀ならまだある」

リヒトはゆっくりと歩き、地面に突き刺さっていたエレノアの太刀を握った。

「……"魔女"殿、機会を与えて下さった事を感謝する」

刀身が赤熱し、その表面から炎が上がった。

「エレノア・ガーネット……力を借りる」

その灼ける太刀をリヒトは引き抜き、ゆっくりと構える。

「ツバサ殿、これは卑怯か?」

「上等だよ……それが戦いだ!」

ツバサは引き金を引きながら跳んだ。

リヒトが弾丸を防ぐその隙にツバサは左右の腕を高く振り上げる。

そしてツバサは左右の銃剣をリヒトに叩き付けた。

リヒトは素早く横へ跳びツバサの一撃をかわす。

エレノアの太刀の切れ味で防御をしてしまえばヴァルナ帝国製の銃剣など簡単に切断され、先端部を失っただけの銃剣を胴体に叩き付けられる事を防ぐ事はできない。

リヒトは太刀を両手で握ったまま着地し、高く構えた。

夕陽が沈んだ闇の中、刀身の炎は再びリヒトの"鎧"を赤く照らしている。

そんなリヒトへとツバサは銃剣を横から叩き付けるが、リヒトは今度は跳んでかわしながらツバサに斬りかかる。

攻撃の最中でもツバサは姿勢を変えその一撃をかわそうとしたが、胴体装甲の一部が薄く削り取られた。

ツバサの背後に着地したリヒトは振り返りながら太刀を振り抜き、ツバサはその手首を蹴り上げるように攻撃を受けて弾き飛ばされる。

空中で回転しながらもツバサは正確にリヒトへと弾丸を放つ。

リヒトは銃撃をかわすとツバサの着地の瞬間を狙って大きく踏み込みながら太刀を振るった。

ツバサは跳んでかわすが、爪先に切り傷ができた。


そうだ、この気迫だ。

ツバサはリヒトの戦いが変わった事を感じていた。

その鋭い太刀筋で全てを斬り殺してきたリヒトも、それを防ぎきってしまうツバサとの戦いにはつい先程までは慎重になっていた。

しかしツバサ相手でも普段通りの戦いができるだけの切れ味を手にした今、間違いなく全力で太刀を振るっていた。


気付けばツバサは笑っていた。

かつての強敵との戦いのように、地球に忘れてきた筈の笑い声を上げていた。


リヒトの太刀を、ツバサはその側面に左の銃剣を叩き付けて止める。

しかしリヒトは手首を捻って切っ先を回転させ、まるで絡め取るようにツバサの銃剣を中程で切断した。

その至近距離から更にリヒトは踏み込んでくるが、ツバサはライフルを握ったままの拳でリヒトの手首を打つ。

リヒトはその打撃の衝撃で回転し、回転の勢いで太刀を叩き付けてきた。

ツバサは後方へ跳ぶがかわしきれず、胴体に横一文字の深い傷をつけられる。

リヒトはその傷に左手を捩じ込み、ツバサの"鎧"を持ち上げた。

そのまま頭から岩の転がる地面へ叩き付けられそうになったツバサだったが、リヒトの左腕を切断し離脱する。

リヒトは構わず手首から先を失った左腕を引いて腰を落とし、大きく踏み込みながら拳の無い腕でツバサを殴り付けた。

太刀を振るうより速いその一撃はツバサも回避が間に合わず、真正面から受けた胴体装甲が凹む。

吹き飛ばされながらも着地と同時に後方に跳んだツバサは転がっていた岩にぶつかってしまった。

「しまった──」

ツバサはすぐに横へ跳ぼうとしたが、背後から殺気を感じた。

いや、気のせいだ──背後にもう1人、刃を構えた誰かがいる筈など無い。

しかし目の前に迫るリヒトの姿を見た時、その姿にかつての自分が重なった。


ああ、そうか。


ツバサは理解した。

リヒトの刃を鍛えたのは、リヒトの強さを支えたのは、かつて地球にいた頃の自分と残してきた仲間達──


ツバサの"鎧"が、背後の岩ごと両断された。

"鎧"の頭部とコックピットブロックの上側が宙に舞い、地に落ちた。

「……負けたよ、リヒト殿」

ツバサはそう口にした。

「コックピットブロックの外周をなぞるように斬り、パイロットは殺さない……そんな芸当、貴殿にしかできないだろう」

「……私も、本来ならば出来なかっただろう」

リヒトは太刀を下ろした。

その刀身から炎が消える。

「無傷のまま敗北するという屈辱……それが無ければ、生かしたまま勝つという選択は無かった。

そして相手が貴殿ではなければ、実行する勇気も無かった」

リヒトは太刀を鞘に納める。

エレノアの太刀は不思議とリヒトの鞘に自然に納まった。

「ツバサ殿、帰りましょう……処分を決めるのは私ではない」

リヒトにそう告げられ、ツバサは小さく笑った。

「そうだな……そうしよう」


星が照らす夜空の下、2人の戦いは終わりを告げた。


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