1話
「南方の砂丘に"魚"を確認!」
管制官の声が響く。
「推定40メートルの"バラクーダ"です!」
「アイアンフォート隊、迎撃に向かいました!」
灼熱の日射しが照らす真っ白な大地と真っ青な空の間、そこに巨大な生物がいた。
その世界で"魚"と呼ばれるそれは異世界の魚という生物に似ていた為にそう呼ばれているらしいが、実際には異世界のそれと異なり途方もなく巨大な身体と細長い四肢で地上を這いずり回る。
資源の乏しいこの世界で"魚"は頻繁に人の暮らす街を襲う天敵であると同時に貴重な資源でもあった。
「アイアンフォート・グレイス、これより迎撃指揮を執る!」
3メートル程の2本脚のロボットが50機程、足の車輪で砂に覆われた大地を駆ける。
その先頭を走る重装甲の1機の号令と同時に、後続の機体が一斉に散開した。
この世界において"魚"は絶対者だ。
人が鋼の"鎧"を纏おうと、強力な武器を振るおうと、"魚"の侵攻を止めるには不十分だ。
「3機大破!」
"魚"は"鎧"を踏み潰し、弾き飛ばし、侵攻を続ける。
「鱗が硬い!銃弾が貫通していない!」
「何としても止めるんだ!」
重装甲の"鎧"──隊長機が大型のガトリングガンを撃つ。
その弾丸が硬い鱗を貫通し、"魚"の目が確かに隊長機に向けられた。
「全機、挟撃せよ!」
隊長のアイアンフォート・グレイスは自分に向かってくる"魚"を真正面から迎撃するつもりだ。
その弾丸が"魚"の鱗を穿ち、剥がし、巨体に傷をつけていく。
その傷口を狙って部下達が弾丸を撃ち込むが、"魚"は隊長機への突進を止めない。
隊長機はギリギリで"魚"の突進をかわしきれず、"魚"の脚に左腕を抉り取られた。
その瞬間、街壁の上から放たれた弾丸が"魚"の目を貫き、その巨体を沈黙させた。
そう、人はまともに戦っては"魚"には敵わない。
それでも一部の手練れの戦士は"魚"と互角に戦ってしまう。
この世界では、彼らを"ヒーロー"と呼んでいた。
「アイアンフォート隊の皆様、迎撃ありがとうございました。
おかげで間に合わせる事ができました」
そう、少女の声。
「……相変わらず、恐ろしくよく当たるな。
加勢、感謝する」
隊長はそう、街壁の上に立つごく一般的な量産機へと敬礼する。
「"不死身のサクラ"……本物かよ……」
「動いてる"魚"の急所に一撃で当てやがった……」
アイアンフォート隊の隊員達がざわつく。
噂には聞いていたとはいえ、本人の戦いを目の当たりにしたのは初めてという隊員が殆どのようだ。
「異世界人には"セカンドステージ"が多いと聞いたが、あんな事までできるのかよ……」
彼らの声はサクラまでは届かないだろう。
しかしサクラは自分が何を言われているか予想はついていた。
1話 その姿、ヒーローに非ず
「相変わらず、よくこんなんであの精度を出せるもんだ」
サクラのパートナーであるアグニ・ブレイズアーツは先の戦闘でのデータに目を通していた。
「制御AIとのシンクロ率は8%。
操縦はぜんぶマニュアル。
やり手の異世界人と聞いて"セカンドステージ"のパイロットに期待して組んだのに、実際は別方向のオバケみたいなもんじゃあね……」
「そんな事言われたって、機械の気持ちなんてわかりませんよ」
サクラは不貞腐れたような声で返す。
今その部屋にいるのは2人。
スマートフォンのような携帯デバイスを手に椅子に腰かけている若い女性がアグニ。
椅子の座面に上体を投げ出して天井を仰いでいる少女がサクラだ。
「アイアンフォート隊の皆様も絶対その話してましたよ。
異世界人だからどうせ"セカンドステージ"だって」
「まあ異世界出身の"ヒーロー"が過去に"セカンドステージ"だらけだったからねぇ……
でもこっちの世界の奴でも平均シンクロ率が70%なのに8%は低すぎ」
愚痴をこぼすサクラへとアグニはそう告げる。
"魚"との戦いに用いられる"鎧"とは、搭乗型のロボットだ──ただしこの世界でロボットという言葉は異世界の書籍に記載されている言葉として区別されている。
その操縦には制御AIが使われており、制御AIと操縦者の脳波とのシンクロ率が高いほど操縦がスムーズに行える。
そして機械である制御AIとのシンクロ率を生身の身体で100%まで上げられる者は"セカンドステージ"と呼ばれる。
一方でシンクロ率が低い場合に操縦の補助が出来るよう、左右の操縦レバーと両足のペダル、それに正面モニターのタッチパネルによるマニュアル操縦が一応は可能となっている。
「そりゃマニュアル操縦であれだけできたらAIもいらないよな」
「や、データ管理とか通信とか助かってますから」
眼鏡越しに石材の天井を眺めながらサクラは言う。
「役割分担ですよ」
「極端すぎるんよ」
アグニはやっと携帯デバイスから目を離し、サクラの方を振り返った。
「で、まだこの街で情報集める?」
「あと3日、それで隣街へ行きましょう。
何かわかっても、何もわからなくても」
サクラも上体を起こしアグニへと向き合う。
「この街に駐在しているのは、今はアイアンフォート隊とランドバルク隊。
どちらの隊長も実力者ですが、今は新兵が多いため応援を要請するのは酷です。
一方、あちらの街に駐在しているエンフォーサー隊は今現在は新兵はいません」
「それじゃ、その判断に従うとしようか」
アグニは近くのテーブルからボトルを取り、サクラへと手渡した。
「連中をさっさと見つけないとな」
「いえ、叩き潰さなきゃですよ」
受け取ったボトルを灯りにかざしながらサクラは言う。
透明なガラスのボトルの中の半透明の青いドリンクが、灯りを透かして煌めく。
「盗賊団にしては大規模で統率の取れた不明勢力……予想ならもうじきこの辺りで被害報告が出る筈です」
「おっ、サクラちゃん昨日はありがとうね!」
街に出たサクラへ、住民達が声をかける。
この世界の"ヒーロー"とはそういうものだ。
それは鎧屋の店主も同じだった。
「サクラ殿、昨日は"魚"の討伐ご苦労様でした。
アイアンフォート隊の皆様も数名の負傷で済んだそうで」
まだ子供であるサクラに対して、店主は目上の人のように接する。
「さて、このような辺境の街の鎧屋にどのようなご用件で」
「こちらのリストのパーツを購入したくて」
サクラは携帯デバイスを店主に見せる。
店主はすぐ自分のデバイスをサクラのデバイスへ向け、そのリストのデータを受け取った。
「……"サーペント"のパーツしかありませんね」
「はい、"サーペント"はこの世界で一番多く流通している"鎧"ですから。
どの街にも必ず在庫がありますし、品質も安定しています」
「せめてカスタム機の"ヴァイパー"を……いえ、サクラ殿の言葉を信じましょう」
店主はそう答え、在庫のデータを確認する。
「今夜にも宿泊先の格納庫へ届けましょう」
一方その頃、届け先に指定された格納庫ではアグニが機体の整備を始めていた。
「ヴェスパイン、起きてる?」
「起きてるよ」
アグニの問いに機体の制御AIが機械音声で答え、そして問う。
「サクラの操縦について、だろう?」
「ああ、その話」
アグニは機体の右肩を揺すってガタつきを確認しながら話す。
「一応は予備パーツが少ない分の買い足しは頼んだけどさ、全然磨耗してなくて交換の必要性が無さそうなんだよね。
そんなに負担減らせるもんなの?」
「……アグニ、我々3人が組んでもうすぐ1年になるが、その問いは何度目になる?」
「たぶん52回目」
問いに対する問いにさらっと答え、アグニは続ける。
「その前も何人かの"ヒーロー"と組んだけどさ、ここまで仕事が無い相手はいなかったんだよ
そりゃ何度でも気にするって」
機体の右側の作業台から降り、アグニは機体の左側へと回る。
「お前も元々は軍属のAIだろ?」
「ああ、だから──」
「あの……サクラお姉さんはいますか?」
格納庫の入口から子供の声がした。
アグニが振り返ると、そこには数人の子供がいる。
「悪いね、サクラは買い物に出てるんだ。
戻ってくるまで街壁の外の話でもする?」
アグニの言葉を聞き、子供達はすぐに駆け寄ってきた。
「"魚"と人が一緒に暮らす国があるって本当?」
「何でもできる"魔女"って本当にいるの?」
「"海"ってこの世界にもあるの?」
「"魚"の大群に勝てる"ヒーロー"がいるって聞いたのですが……」
子供達はそれぞれが訊きたい事を口にする。
「運がいいな、姉ちゃんはサクラより遠くの事も知ってるぞ。
まずは"魔女"の事から──」
「相変わらず忙しいな、"魔女"様は」
ヴェスパインは子供達に聞こえないよう小さく呟いた。
「北方の砂丘に"魚"を確認!」
管制官の声が響く。
「最大で推定15メートルの"カットラス"……数は推定で30前後です!」
「ランドバルク隊、迎撃に向かいました!
アイアンフォート隊にも要請を出しています!」
「北地区に避難指示!すぐに!」
管制室を報告と指示が飛び交う。
「街門を閉鎖しろ!
全砲台、発砲を許可!」
「絶対に街壁を越えさせるな!」
先行したランドバルク隊は隊長のランドバルク・ヴァイスを中心に左右へと展開した。
"カットラス"の鱗は薄いため一般兵の標準装備であるサブマシンガンでも貫通する事が出来るが、動きが止まるほど出血するまで弾丸を当て続けられるかは別問題だ。
"カットラス"もまた距離を取り素早い動きで狙いを逸らさせ、そのうち1匹が一瞬の素早い跳躍で一気に一般兵の"鎧"との距離を詰める。
「うわぁ!」
その早さに反応できない"鎧"の腕が、鋭い鰭の生えた長い尾で切断される。
そして振り上げられた尾がそのまま胴体へと叩き付けられるその時、隊長がそちらへ向けた大口径の機関砲がその"カットラス"の身体をバラバラにしてしまった。
「すぐに撤退し、破損部位を交換して──」
「隊長!」
部下を守るために隙のできた隊長へと別の"カットラス"が飛びかかる。
しかしその身体は彼等の後方から飛び出してきた"鎧"のひと蹴りで吹き飛ばされた。
「よそ見してるんじゃねえよ!」
その"鎧"の主──"ヒーロー"のバズ・ガンマは蹴り飛ばした"カットラス"の上に着地し、短剣をその頭に突き刺した。
「間に合ったか!」
続いてアイアンフォート隊が到着し、戦線に加わる。
「1匹も通すな!」
しかしその言葉も空しく、数匹の"カットラス"が防衛の合間をすり抜けてその背後へ回り込み街へと向かった。
「まずい、誰か──」
気を取られた兵が隙を突いて接近してきた相手に反応できずコックピットを両断される。
そしてその1匹もまた街を目指し走って行く。
「これだから新兵は……!」
遅れてやってきたサクラは"カットラス"達の真正面に立ち、狙撃用のロングライフルを構える。
1匹、2匹、3匹、サクラは照準から逃れようとする"カットラス"に弾丸を命中させる。
「数が多い!」
サクラは右手で拳銃を抜き、接近しきった"カットラス"の攻撃を避けながら数発の弾丸を命中させ、左手と左肩でロングライフルのコッキングレバーを引き、そして大きく体勢を崩したまま左手だけで狙いを定めてまた1匹を撃ち抜く。
「5機大破!」
「また突破されたぞ!」
その声が飛び交う中、その戦場に砂丘の影から1機の"鎧"が突っ込んできた。
"魚"の身体がねじ切られ、撒き散らされた。
「よお、邪魔するぞ」
その声をサクラは知っていた。
その"鎧"の噂を兵士達は聞いていた。
両手に持った2丁の銃は先端にスパイクが突き出し、その四肢は防御用の装甲が殆ど無いにも関わらず太く頑強なフレームで構成されている。
「アスラさん……」
サクラがその名を口にする。
それはこの国でも有名な"狩人"だ。
アスラは全くスピードを緩めず、2匹目の"カットラス"の腹に銃口を押し当て、手首を捻り、そのスパイクをおろし金のように使い"カットラス"の身体をねじ切ってしまった。
「何だあれは……」
誰かが絶句する。
「どうして"魚"が一方的に負けているんだ……」
アスラは足の裏の旋回補助用ユニットを回転させ、蹴り足で"カットラス"の頭を潰す。
「これで最後か?」
瞬く間に20匹以上は残っていた"カットラス"の残骸が撒き散らされ、砂丘には風の音だけが残った。
「たまたま通りかかっただけだ。
充電だけしたらすぐに去る」
アスラただ一方的にそう告げる。
屍の広がる中心に立つその姿は、とても"ヒーロー"には見えなかった。




