27話
烏丸ツバサは一際大きな砂丘の上から戦場を見下ろしていた。
「……そろそろだな」
そう呟き、ツバサはその場から動き始めた。
27話 敗れた羽
エレノア・ガーネットは"魔女"達を背後から急襲した。
「後ろだ!」
叫んだ"魔女"はその"鎧"ごと首をはねられる。
"魔女"達は"鎧"を纏い剣を手にするが、エレノアの剣を止める事はできず剣も"鎧"も両断されてしまう。
「そいつに近付くな!」
その声と共に、右腕と両足だけに"鎧"を纏った"魔女"がものすごい勢いで駆けてきた。
その"魔女"──ベラトリクスはエレノアに斬りかかるが、エレノアは身を守ろうともせず逆にベラトリクスを斬りつけた。
両者の剣が交錯した瞬間、ベラトリクスは剣を引くと同時に屈んでエレノアの剣をかわした。
低い姿勢からベラトリクスはエレノアの顎を狙って突くが、その一撃も剣を凪ぎ払うようなエレノアの太刀筋に触れた瞬間には剣を引いてしまう。
「エレノア・ガーネットだな?」
ベラトリクスは後方へ跳んで距離を取り、刀身の傷を時間を逆行させ『無かった事』にする。
剣が交錯した瞬間には引いていたため傷がついた程度だったが、引いていなかったら一方的にベラトリクスの剣が叩き斬られる程の切れ味だった。
しかもエレノアは、5倍の速さで動くベラトリクスに対し2回の攻撃を正確に同じ場所に当ててきていた。
「確かに……リヴィア王国第1騎士、エレノア・ガーネットです」
エレノアは静かに答え、熱を纏い赤く染まる太刀を低く構える。
「2度も私の太刀筋を見切った……見事です」
「それは光栄だね」
ベラトリクスは自身を取り巻く時間を10倍の早さへと加速させ、一瞬でエレノアとの間合いを詰めた。
そのままベラトリクスはエレノアの首を狙い水平に凪ぐ。
エレノアはベラトリクスの剣ごと叩き斬るように下から真上へ斬り上げる。
ベラトリクスは剣を引きながら右へ跳んでエレノアの一撃をかわし、エレノアの胴を下から斜めに斬り上げる。
エレノアは振り上げていた太刀をベラトリクスの剣へ叩きつける。
ベラトリクスは剣を引くが僅かに遅れ刀身に傷がつく。
しかしベラトリクスは刀身の傷の時間を逆行させながらエレノアの右手首へと剣を振りおろす。
エレノアは僅かに腕を引いただけでベラトリクスの狙っていた場所に刀身の位置を合わせる。
ベラトリクスは手首を捻ってエレノアの太刀をかわすとその頭に真上から剣を叩き付けようとする。
しかしエレノアは構わず1歩踏み出す。
ベラトリクスは後方へ跳んでエレノアの突きをかわすが、その瞬間にエレノアは太刀を捻りベラトリクスの剣を斬りつける。
ベラトリクスは素早く剣を引きすぐに刀身の傷を消し、着地と同時に横へ跳ぶ。
「あああああ!!!」
気付けばベラトリクスは叫んでいた。
エレノアの剣はまともに受けてはいけないうえ、彼女自身もベラトリクスの速さに対応し最低限の動作で反撃してくる。
ベラトリクスは何度も斬り付けるが、何度も反撃を避けるために攻撃を中断させられてしまう。
それでもベラトリクスは攻撃を続け、遂にエレノアの左肩に鋒が届いた。
「捕まえた」
エレノアの左手が、ベラトリクスの右手を掴んだ。
「やっば──」
ベラトリクスが罠に気付いた瞬間にはもう、エレノアの太刀はベラトリクスの首に触れていた。
そのままエレノアの太刀が振り抜かれるが、ベラトリクスはエレノアの手を振りほどき何とか後方へ跳んだ。
「……危ない、意識はある」
ベラトリクスは着地し、確かに切断された筈の首に触れる。
絶命する前に時間を逆行させる魔術を自身の首にかけ、斬られた瞬間には斬られる前の状態に戻るようにしていたのだ。
「……おかしな術ですね」
エレノアはまた太刀を低く構える。
「ならば、死ぬまで何度でも殺し続けましょう」
その言葉でベラトリクスは理解した。
今目の前にいる女は、どんな理不尽も力ずくで覆してきた本物の化け物だと。
しかし、
「そこまでだ」
ベラトリクスの背後で声がした。
「そいつは俺の獲物だ」
そう言ったのはツバサだった。
「烏丸ツバサか……」
ベラトリクスはすぐに声の主が誰か気付く。
「お前ならこいつに勝てるっていうのか?」
「いや、わからないな」
ツバサは即答する。
「俺はそいつに負けている。
そいつは強いからな」
「だったら──」
「だからこそ、お前をここで消耗させたくない」
ベラトリクスの言葉をツバサは遮った。
「お前も同じだろ?
勝ちたい相手がこの戦場にいるんだろ?」
「……わかった、ここは任せる」
そう答えたベラトリクスの横を通り、ツバサはエレノアの目の前に立った。
「悪いな、話に付き合わせて」
「いいえ、私も好きですから」
エレノアは太刀を構えたまま答える。
「烏丸ツバサ……私と戦うために国を裏切ったそうですね。
肩の荷が下りて、随分と身軽になったように見えます」
「そりゃ、戦ってみないとわからないんじゃないか?」
ツバサの言葉にエレノアは微笑んだ。
「いえ、わかりますよ……一挙一動、軽やかになっています。
旗印としての責任の重さに囚われていた以前の貴方とはまるで違います」
「そんなもんかな……」
ツバサは左右の銃を抜いた。
漆黒の銃剣は日の光すら反射せず、赤熱したエレノアの太刀とは対照的だ。
「戦いの歴史が生み出した人類の至宝、烏丸ツバサ。
貴方と再び戦える事を光栄に思います」
「それは勝ってから言うもんだろ!」
ツバサは横へ跳びながら引き金を引いた。
エレノアは弾丸をかわしその間を縫うように真正面からツバサとの距離を詰める。
ツバサは着地と同時に逆方向へ跳ぶが、エレノアはツバサを見失わず自身も地を蹴って進行方向を修正する。
そのまま空中のツバサへ斬り付けるエレノアだったが、ツバサは無理な姿勢からでもエレノアの太刀の側面を蹴り上げて軌道を反らすと着地と同時に後方へ跳んだ。
「ほら、軽い」
エレノアはツバサの目の前にぴったりとついていき、今度は逆に斬り付けてきたツバサの手首を膝で打って止める。
ツバサは防御された衝撃で腕にダメージを受けないようわざと弾き飛ばされ、空中で腰に下げていた円筒形のものを落とした。
先の戦いでも使用された炸裂筒──エレノアがそう判断して距離を取ろうとした瞬間、円筒は一方だけから蒸気を噴き出してエレノア目掛け一気に飛び出してきた。
エレノアはその全てを回避するが、中途半端に大きく遅く数の多い対象に集中力を削がれてしまいツバサの姿を見失う。
しかしツバサは相手を探そうとする心理の死角を突くかのように真正面からエレノアに斬りかかった。
エレノアは間一髪で身を屈め、空を切ったツバサはエレノアの背後に着地した。
「……相手が貴方でなければ、真正面という可能性にもう一瞬は気づきませんでしたよ」
「それは相手を評価しすぎじゃないか?」
互いに背中を向けたまま、ツバサとエレノアは言葉を交わす。
そして数秒の沈黙の後、2人同時に振り返り様に剣を振り抜く。
エレノアの太刀をツバサは跳んでかわし、ツバサの銃剣をエレノアは屈んでかわす。
ツバサはその空中の姿勢から反対の銃剣をエレノア目掛け叩き付けるが、エレノアはツバサの腕を左手で押し込むようにして弾かれ距離を取る。
更にエレノアは着地と同時に太刀を高く構え、空中のツバサへと真っ直ぐに突き出した。
ツバサは身を捩りその鋒が胴体装甲にギリギリ触れるか触れないかというところで着地し、後方へ跳んで引き金を引く。
エレノアはまたも弾丸の間を縫うようにツバサとの距離を詰めるが、そのエレノア目掛けツバサは銃から落とした空弾倉を蹴り飛ばした。
エレノアは思わずそれに反応し太刀で弾くが、ほんの一瞬の僅かな隙にツバサはエレノアとの距離を詰めた。
しかしエレノアの姿が消え──いや、ツバサですら消えたと錯覚する程の無駄のない動きでエレノアは銃剣を構えたツバサの脇をすり抜け背後を取る。
ツバサはエレノアを見失っても動揺せず、突撃の勢いのまま更に前方に跳んだ。
エレノアの渾身の一太刀が地面に叩き付けられたが、砂も小石も舞い上がらない。
「今のは完全に死角を取ったつもりでしたが」
地面すれすれで太刀を止めたままの姿勢でエレノアはツバサを見上げた。
「完璧すぎて迷わず逃げられたよ」
ツバサは振り返りながら一息つく。
「やっぱりあの"魔女"と協力するべきだったかな」
「そんな確実な勝利なんて満足できないでしょう?」
まるで炎が立ち上るように、ゆらりと立ち上がるエレノア。
そのままエレノアは低い跳躍で地上を滑るようにツバサとの距離を詰めた。
ツバサは足元の砂を蹴り砂煙を巻き上げエレノアの視界を塞ぐ。
しかしエレノアは立ち止まりもせずに太刀を振り抜き、風圧で砂煙を凪ぎ払った。
視界を塞いだ隙を狙って後方に跳んでいたツバサは、自身を隠す筈だったものを失ってしまった。
空中で追い付いたエレノアは下から斬り上げ、ツバサは太刀の側面を弾いて軌道を逸らす。
そのまま着地すらしないうちにエレノアは太刀を振り下ろすが、ツバサはエレノアの腕を蹴った勢いで先に着地すると素早く後方へと跳んだ。
ツバサは次の着地の瞬間に足元の石を銃剣で跳ね上げ、空中で銃撃し粉砕する。
それは先程の砂煙より小規模だが的確にエレノアの視界を塞ぐ。
エレノアは左手で空中の破片を振り払い、見失ったツバサがいるであろう上空に視線を向けた。
ツバサは確かにエレノアを飛び越えようとしていたが、その銃口が既に向けられている。
至近距離の銃撃を避ける為にエレノアは横へ跳んだが、空中のツバサはエレノアの進む先へと狙いを変え引き金を引く。
弾丸はエレノアの着地する足元を抉り、僅かに悪くなった足場でエレノアは僅かにバランスを崩す。
しかしそのほんの僅かな隙にツバサはエレノアの右足へと弾丸を命中させた。
「お見事」
軸足を撃たれ更にバランスを崩したエレノアは迫り来るツバサへと太刀を振るったが、ツバサは右の銃剣でエレノアの太刀筋を逸らし、左の銃剣でエレノアの胴を斜め下から切り裂いた。
リヒトがツバサを見つけたのは、ちょうどエレノアが斬られた時だった。
エレノアの太刀が手を離れ、地に突き刺さる。
「ああ、リヒト殿か」
ツバサはライフルを握ったままの手を下ろす。
エレノアは膝をつき、そして倒れる。
「今、終わった。
これ以上はここで戦う理由は無い」
「勝ったのですね……」
リヒトは太刀を納めたままエレノアへと歩み寄り、屈んで声をかけた。
「エレノア殿……」
「リヒト殿か……やはり烏丸ツバサは人類の至宝と呼ぶべきだった……」
エレノアはもはや自身の死を受け入れている様子だった。
「私は満足だよ……ただ、ひとつだけ頼みがある……
私は昔の記憶を失ったが、ひとつだけ……かつて見ず知らずの"魔女"に預けた娘がいるのを覚えている……
"魔女"がその場でつけてくれた名前……ブランという名前は……覚えて……い……」
そこまで話を聞いた瞬間、リヒトはかつてアグニから聞いた話を思い出した。
「エレノア殿……まさか、貴女の本当の名は……」
確信は無かった。
しかし、エレノアはそれ以上何も言えなかった。
「待て……死ぬな、エレノア・ガーネット!
貴女の本当の名は──!」
リヒトが叫ぶが、エレノアはゆっくり目を閉じた。
エレノア・ガーネットは──リヒトが探していた浅草アカネは、最後まで自身の事を思い出す事なくその一生を終えた。
「……ここで戦う理由は無くなったと思っていた」
静かに聞いていたツバサが口を開いた。
「だが、その様子……貴殿が望むなら付き合わねばならないな」
「ツバサ殿……私は、敵討ちを望まない」
リヒトはゆっくりと視線を上げる。
「私は貴殿がいなくなった後の世界で育った。
誰もが貴殿の帰りを待っていた……敵討ちなどという理由で貴殿を殺すべきではない」
「そういえば、貴殿の事を詳しく聞いた事は無かったな。
貴殿は、神楽坂リカの息子か?」
ツバサが口にしたのは、かつて地球にいた頃のライバルの1人の名だ。
「そうだ……神楽坂リヒト、母は神楽坂リカ。
貴殿の話はよく聞かされている。
だからこそ、敵討ちとしてではなく……私自身の意思で、貴殿との決闘を望む」
リヒトの目には怒りや悲しみは無かった。
ただ、敵対勢力として対峙したこの瞬間を逃すつもりは無かった。
「……殺さずに勝てるとでも?」
ツバサが問うが、リヒトの答えに迷いは無かった。
「それが私の望みだ」
もはや2人にそれ以上の言葉は不要だった。




