26話
その日、ブランを1人の"魔女"が訪ねた。
「や、この間はどうも」
「それはこちらの言葉ですよ、"雷鳴の魔女"さん。
先日は助かりました」
彼女の名はポルックス・エンドロール。
"終演の魔女"の異名を持ち、制御のできない『自分1人だけが惨めに生き残る』という呪いのせいで関わった者全てに死の運命を呼び寄せるという厄介な"魔女"だ。
しかし規格外の"魔女"であるブランには通用しないため、先日からずっとブランは平穏に暮らしている。
「それにしても、"剣の魔女"さんから聞いた時は驚きました……本当にこんな場所に人が住んでいるとは」
そこは砂漠のど真ん中にある小さなオアシスで、ブランは小型のトレーラーを家として使っていた。
「ん、ああ……師匠に場所聞いたんだ。
何で来れたのかと思った」
ブランの言う師匠、"剣の魔女"──アグニはポルックスが連絡先を知っている唯一の相手であり、彼女もまたポルックスの呪いが通用しない。
「本当に、先日はありがとうございました。
あれは私が倒さねばならない相手だったのに」
「ああ、"閉幕の魔女"ね……あれだって、貴女が呼び寄せた運命が私を引き寄せたんじゃないの?」
礼を言われてもブランは素直に受け止めない。
「私が殺した、でもそこには死を呼ぶ"魔女"がいた。
それってつまり私は呼ばれただけで、半分は呼んだ側のおかげじゃないの?」
「同感だね」
突然、誰かが話に割って入った。
見るとオアシスの木の陰にアスラがいた。
「お前は──」
臨戦態勢に入ったブランをポルックスが制止した。
「盗み聞きですか?」
「悪いね、先客がいるとは思わなくてな……今度の戦いについて頼みがあって来た」
アスラのその言葉に、ブランは声を荒げる。
「協力してもらおうって?」
「ああ、協力……協力といえば協力のお願いになるな。
何の力も無い人間達が"魚"達と共に、"魔女"を率いた"聖帝"の娘に勝利する……その邪魔をしないでほしい」
その言葉はブランの全く予想していないものだった。
「あんたくらいなら知ってるだろ、一部の"魚"は"魚"の血肉を生で口にした人間の成れの果てだ。
そいつらが無差別に迫害されてる現状、せめて人として生きられる奴くらいは共存していいんじゃないのか?」
「あー、わかった。
つまり共通の敵との戦いでそのきっかけを作ろうって?
それで、お前は必要悪として滅ぼされるつもりか?」
「ああ、そのつもりだ。
だから、強すぎるあんたは目立たないようにしてほしい。
頼んだよ……」
アスラは一方的にお願いし、立ち去る。
「……凄い人ですね」
アスラの背中を見ながらポルックスは思わず口にする。
「私に関わってすぐに死なない人は、私が呼び寄せるよりも強い運命に死を約束されています。
彼女は自身が死ぬための戦いに挑むつもりでいる」
26話 廻る風──上
シュライク王国とヴァルナ帝国の連合軍は帝国領の南東、フェルノ紛争地帯との国境付近にいた。
そして砂漠と国境を挟んで南にアスラが集めた軍団が鎮座している。
「概ね予想通りの陣形ですね」
望遠カメラでサクラが敵陣の様子を見ていた。
「トライサード・アスラはかなり離れた場所にいます。
1対多の混戦では師団級との評価なので予定通り1人だけで戦線を突破して無力化しますが、あの峡谷にいる辺り誘ってきていますね」
サクラは状況を説明する。
「それから烏丸ツバサ、前線付近にいますが大きな砂丘の上から戦場を見下ろす配置です。
リヒト殿の読み通り、本格的な攻撃には参加せず狙った獲物が現れるのを待つものと思われます。
こちらは1対1ではトライサード・アスラに勝るため、単独での接触は厳禁とします。
"瓦礫の魔女"は後方、大量の瓦礫を準備していますがまだ"鎧"は纏っていません。
戦場に"鎧"の残骸が増えた頃に動くという予想の通りかと。
その他の主力は視認できません」
「しかし、予想以上に集まったな……」
ガットが思わずそう口にする。
というのも、"魔女"の"鎧"よりも人が乗る"鎧"の方が多いくらいだったのだ。
「この間の"聖帝"の侵攻、わざと呼びかけなかった街でもあったのでは?」
「そうだろうな……まず、これだけの"魔女"が誰1人として参加していなかった事も不自然だ」
リヒトはガットの見立てに同意する。
「果たしてこれは予備戦力か、こちらが本番か……」
「どっちにしても、前回の侵攻を食い止めた奴があちら側にいるって事は楽には終わらないだろ?」
エクスシアはまだ脚にギプスをしているが、自身の"鎧"に乗っている。
「こいつは混戦になるな……識別コードの発信を忘れるな」
「……あ、トライサード・アスラがこちらを見ました。
私を視認している角度です」
サクラは冷静だ。
「私が見ている事を確認されました。
やはり私を誘っていますし、誘っている事をわざと気付かせています」
「ま、その誘いに乗るかその他大勢を全滅させるかのどちらを選ぶかだな」
ヴァルナ帝国軍の第4師団長であるブレンは"鎧"に乗っていない。
彼は大規模な指揮を得意としており、"旗印"としての師団長であるリヒトとはまるで違う。
「君は子供だ……本当はそんな責任は負わなくていい立場だ」
「そうは言っても、私の動きひとつで敵は動きを変えてきます」
サクラはブレンの優しさに礼を言った。
「お気遣い感謝します」
昼を過ぎた頃、敵が前進を始めた。
「前進を確認」
「狙撃隊、構え」
その指示で砂丘の上の"鎧"がロングライフルを構える。
「前進しているのは有人の"鎧"のみ、"魔女"の"鎧"は見当たりません」
「射程に入り次第の迎撃を許可する」
「……待ってください、"鎧"の間に生身の"魔女"がいます」
それに気付いたのはサクラだった。
「狙撃隊、一旦退避を──」
その瞬間、狙撃隊の展開していた砂丘のひとつが吹き飛ばされた。
砂丘の上にいた"鎧"が宙に舞い、そのまま落下する。
「狙撃隊、散開しつつ迎撃!」
指示が飛び、他の砂丘の上にいた狙撃隊が一斉に動き出す。
そんな中、サクラがかなり高い角度で引き金を引いた。
弾丸は放物線を描き、たった今吹き飛んだ砂丘へと剣を向けていた"魔女"の頭を吹き飛ばした。
「攻撃してきた"魔女"を無力化しました」
無感情にそう事実を口にするサクラ。
「敵は今の混乱に乗じて侵攻速度を上げています」
「迎撃だ!」
狙撃隊は崩れた陣形から銃撃を開始するが、敵の中に弾丸を受けても無傷で侵攻してくる"鎧"が混ざっている。
「"影人形"だ!」
「狙撃隊、後退!」
狙撃隊が射撃を中断し、後方へと下がる。
「各攻撃隊、敵前衛を突破し主力へ攻撃!」
その合図で4つの集団が動いた。
その集団は縦に連なり、左右に広がった敵前衛のど真ん中に突っ込む。
「道を開けろ!」
先陣を切るのはガットとリヒトで、剣と槍の達人2人の進撃を寄せ集めの雑兵が止められる筈も無かった。
しかも2人は斬った相手に手応えが無いと見るや否や"影人形"と判断し、その瞬間には再生できなくなるまで細切れにしてしまう。
2人は瞬く間に敵前衛を突破し、後から続いていた兵は左右に展開し背後を守る陣形を取る。
「やるじゃないか!」
そこには1人の"魔女"らしき女が立っていた。
「だが、私を突破できるかな!」
その"魔女"の身体が膨らみ、巨大な"魚"の姿になった。
ガットとリヒトは構わずその前肢を斬り付けるが、鱗が固すぎて傷はついても両断はできない。
「ハハハ!
この"甲殻の魔女"サマを貫ける訳が──」
その顔面に真正面からエクスシアが巨大な剣を叩き付け、頭殻ごと頭を叩き割った。
「何か言ったか?」
"魔女"は人間の姿に戻り、頭が真っ二つに割れた姿でその場に崩れ落ちた。
「よし、このまま──」
「いけませんよ、これ以上は」
その言葉が聞こえると同時に、世界が暗くなるような感覚がその場にいた全員を襲った。
「いきなり主戦力級を複数投入するとは思いませんでしたよ」
黒い髪に白い服の"魔女"が地面から浮き上がってきた。
「私は"影法師の魔女"。
貴殿方が倒すべきと定めた"魔女"の1人で──」
その瞬間、"影法師の魔女"の身体が無数の弾丸に貫かれた。
「私が割り振られた目標です。
皆様は散開して進んでください」
そう言ったのはユキだ。
「頼んだぞ」
ガット達は左右に別れ、後方に控える"魔女"達へと向かっていった。
「……お1人で戦うつもりですか?」
銃撃が効かない幻影だったかのように無傷の"影法師の魔女"が問う。
「貴女も1人ですし、丁度良いかと」
ユキは臆する様子も無く、小さな4機の無人機と共にその場に佇む。
「それに、邪魔な味方がいない方が都合が良いのはお互い様ですよね?」
「私はそうは思いませんけどね」
「嘘、ですね」
ユキは"影法師の魔女"の言葉を否定した。
「貴女の研究資料……"影法師の魔女"の名義のもの、いくつか拝見しました。
貴女は味方に何かを任せる時も距離を取り、自身が行動する時も必ず1人です」
「参りましたね……自覚は無かったのですが、思い当たる節があります」
"影法師の魔女"はユキの言葉を認めた。
「それで、この読み合いはいつまで続けますか?」
「さあ?戦わずに貴女を無力化できるならいつまででも続けますが」
そうは言いつつもユキは銃に弾丸を込めている。
「……」
「……」
無言。
そして先に沈黙を破ったのは"影法師の魔女"だった。
ユキの"鎧"が足元の影に沈み始め、1ミリも沈まないうちにユキは銃を真下に向け引き金を引いていた。
数発の銃声と共に散弾が影を貫き、ユキの影は動きを止める。
"影法師の魔女"はユキが足元に気を取られた隙を狙って周囲の影という影から無数の黒い腕を伸ばしユキを襲うが、特に気を取られた訳でもなかったユキは即座に無人機の銃撃でその腕を迎撃する。
更に"影法師の魔女"は"影人形"の"魚"を数匹出現させるが、それはユキを攻撃しようとするより早く散弾を浴びせられてしまった。
「遅い……戦いに慣れていませんね」
ユキは銃に弾を込めながら問う。
「これでおしまいですか?」
「いえ、まだまだ序の口……貴女の弾が尽きるまで続ければ良いだけです」
"影法師の魔女"はそう言いはするものの、それしか勝ち筋が見えない事に焦りを感じていた。
もし仮に──
「補給なら考えていますよ」
ユキは"影法師の魔女"の考えを見透かすようにその言葉を口にした。
「私の全てを賭けても、永久に近い貴女に挑むには短すぎますから……出来る準備はしてあります」
「それほどの覚悟があるとは──」
"影法師の魔女"はユキの周囲の影という影を巨大な渦にし、一気に飲み込もうとした。
しかし、
「だから、遅い」
ユキは既に"影法師の魔女"の目の前にいて、引き金を引いていた。
"影法師の魔女"の姿が散り散りになり、近くの別の影の中から浮き上がってくる。
「まあ、対策しているとはいえ戦わない方が楽なのは事実です。
貴女が動かないうちは無理に戦いませんよ」
ユキは既に"影法師の魔女"へ銃口を向けていた。
「ただ、もし貴女が逃げ出したら……その時は全力で探し続けます」
「なるほど、私を無力化できれば勝つ必要は無い……こうして話していても、逃げ続けても、貴女の目的は達成される、と」
"影法師の魔女"がそう口にした瞬間、周囲の砂の隙間から大量の影が噴き上がった。
「ふざけるな!」
影の濁流は一瞬のうちにユキを飲み込む。
「何の力も無い人間が!
"魔女"に敵うと思うな!」
「思いますよ」
影を振り払うように散弾を撒き散らし、ユキがその姿を現す。
無数の"魚"の"影人形"が一斉にユキに飛びかかり、無数の"鎧"の"影人形"が銃撃するが、ユキはそれをかわし"影法師の魔女"との距離を詰める。
更にユキの目の前に巨大な"竜"の"影人形"が出現するが、ユキと無人機の一斉射撃を受け一瞬で塵のように散ってしまう。
「調子に乗るな!」
散った筈の"影人形"の影が上空に集まり降り注ぐが、それさえもユキは回避しながら"影法師の魔女"へと引き金を引く。
"影法師の魔女"は影の中から盾を取り出し散弾を防いだ。
「随分、いい顔になりましたね」
ユキは銃に弾丸を込めながら更に銃撃を繰り返す。
スラッグ弾に盾を弾かれ露になった"影法師の魔女"の顔には怒りの表情が浮かんでいた。




