25話
その日、ネットワークを通じてアスラからの声明が発表された。
「ヴァルナ帝国、リヴィア王国、シュライク王国、フェルノの数多の街。
それから聞こえているだろうか、西のアーシズ王国。
私はトライサード・アスラ。
ヴァルナの皇族の血筋であり、"聖帝"の娘でもある」
アスラは自らの素性を隠そうともしなかった。
「"聖帝"は死んだ。
私は"聖帝"の遺志を継ぎ、ヴァルナの帝都ルスタッドを奪還する。
その後、"聖帝"の教義に従い3つの王国も含め人類の粛清を行う。
現時点で烏丸ツバサ、"影法師の魔女"、"時計の魔女"、"瓦礫の魔女"、そして多くの"魔女"達が同志となっている。
共に行く者は我々の元に集え」
アスラのその声明は、多くの"魔女"や人間達を動かすことになる。
25話 連なる運命
アーシズ・アストレアは射撃場にいた。
「ああ、行くつもりだ」
アストレアは拳銃の弾倉を交換し、すぐにターゲットへ向けて引き金を引いた。
「わざわざ喧嘩を売ってきたんだ、叩き潰す他には無いだろう」
「しかし陛下、だからといって東の大砂漠を横断するのは危険すぎます。
かつてのシュライク王国からの遠征も、"魔女"の力があっても半数は渡りきれず遭難したと見られています」
後方にいる側近はアストレアの身を案じているが、アストレアはまるで意にも介さない。
「その後の調査で我々と無関係な戦闘の痕跡が見つかっている……それも"魚"や賊の手ではない、強引に叩き斬られた"鎧"の残骸だ。
行方不明になった姉上はあの大砂漠を渡った可能性がある……シュライク王国からの侵攻が終わった事から、姉上が横断に成功したと見ても良いだろう」
アストレアはまた弾倉を交換する。
「先の犯行声明のように"魔女"の力を借りれば情報のやり取りは辛うじて可能だ。
姉上がシュライク王国にいれば、今回ばかりは何らかの手段で連絡を寄越すだろうな」
アストレアはまた引き金を引き、弾丸は全てターゲットに命中した。
そこはシュライク王国の西、大砂漠を越えた先にあるアーシズ王国。
大砂漠は横断がほぼ不可能とされているため往来しようとする者はおらず、また通常の通信手段では連絡も取れず、結果として両国の国交は無い。
"鎧"は同一の機種が使用されているためかつて情報のやり取りがあった事は確かだが、その記録もろくに残されていない。
そんなアーシズ王国へと30年程前にシュライク王国が進攻し、アーシズ王国側も停戦を求め幾度となく無人機を用いて書簡を届けた。
その戦争はアーシズ王国の8歳の姫が家出した末にシュライク王国を掌握していた"魔女"を討伐した事で終結し、その後はまた両国は干渉していない。
30年ぶりのシュライク王国からの来訪者は突然やってきた。
王都の東の街門の外、砂漠のど真ん中に突き刺さった巨大な剣の上にアグニは座っていた。
街門側への手信号は通じたようだが、兵士達の慌ただしさから敵と見られている可能性が高い。
面倒な事になりそうだと思っていたところ、街門が開き1機の"鎧"が出てきた。
「"魔女"とお見受けする。
トライサード・アスラの配下の者か?」
「いや、シュライク王国からの書簡を持ってきただけですよ」
アグニは2通の封筒を見せる。
「アーシズ・エクスシアから、妹君と今の国王陛下への書簡です」
「ああ、それはどちらも私だ」
"鎧"のパイロット──アストレアはそう答えた。
「おや、国王陛下が真っ先に表に出た、と」
「姉からの連絡が来ると思っていたものでな。
感謝する」
アストレアはアグニの目の前で"鎧"を停め、背面のコックピットハッチを開いた。
「恐らく1通は本人の書状と証明する為のものでしょう。
もう1通が本題だと思います」
コックピットシートの上に立ったアストレアへとアグニが書状を渡す。
「姉上ならそうするだろうな……それを理解しているという事は、姉上の事をよくご存知とお見受けする」
アストレアは受け取った2通のうち国王宛てのものを開いた。
「……なるほど、関わるなと。
シュライク王国も他の国も、今回の事態はそちらで解決すると」
書状の内容に目を通し、アストレアは再びアグニへと視線を向けた。
「感謝する──」
しかしその場には1本の剣だけか残されており、アグニは既にそこにいなかった。
「"瓦礫の魔女"もあちら側か……あれは厄介だぞ」
アーシズ王国から帰還したアグニは敵の主戦力になる"魔女"を数えていた。
テーブルを挟んで向かい側にはカペラが座っている。
「あれの瓦礫を操る力、"鎧"の残骸も集められるんだっけ?」
「そうですね、概ね何でも」
「じゃあ私は避けた方がいいな……あいつの"鎧"とは相性が悪すぎる」
アグニの分析は的確だった。
アグニが能力で放つ剣は大雑把過ぎるため、瓦礫を寄せ集めた"鎧"をいくら攻撃してもまたその残骸も再利用されるだけだ。
それどころかアグニの剣も能力で奪われる可能性がある。
「後はあの場にいなかったけど"疫病の魔女"と"逆転の魔女"もリストに入れた方がいいな。
あいつらも"聖帝"派だった」
「ああ、その2人は死にましたよ」
カペラはそう告げた。
「"疫病の魔女"は私が首を落としました。
"逆転の魔女"は……死体を確認できただけで、誰がやったかはわかりません」
「何それ……"逆転の魔女"、あいつが一番強いって思ってたんだけど……」
「私もわかりませんよ……ただ、我々にも通用する呪いという説明がつかない力の持ち主がいなくなったのは幸いです」
カペラの言う通り、"逆転の魔女"はレベル7とされているのだがより強力な規格外の"魔女"にすら通用するという特異な術を使用していた。
本当は高度な催眠術を扱うペテン師だったのだが、それはカペラもアグニも知らない。
「そうだねぇ……力といえば、いくつか質問をさせてほしい」
「どうぞ」
アグニの問いにカペラは即答した。
「だいたい予想はできてますけど」
「貴女の力、『未来を見る』と言っていた。
時間干渉系の力は稀少、それも記録のあるものは全て現在に作用するものだ」
アグニはその疑問を口にする。
「明らかに強力な力、しかし常に使える訳では無いように見える」
「ご名答……私の力は基本的に暴発した時しか使えません」
「暴発している割に、能力への理解度が高い。
本当はもっと別の力が封印されていて、その一部が漏れ出ているような──」
「そうですよ、"予見の魔女"じゃなくて"死の魔女"です……本当は未来に干渉して望む形の死を与える力。
ただ、封印されてる訳じゃなくて1人の女を殺しきれずに力の殆どが常時垂れ流しなだけですね」
カペラはあっさりとその真実を口にした。
「貴女も世界を亡ぼすと預言された"4人の魔女"の1人ですよね、"剣の魔女"じゃなくて"戦争の魔女"。
でも"天使のラッパ"といい"炎と剣"といい"恐怖の大王"といい"太陽の暦"といい世界を亡ぼす預言は多すぎるんですよ……この世界はひとつしか無いんだから、亡ぶのは1回だけ。
信じるだけ無駄じゃあありませんか?」
「……考えが聞けて安心したよ。
無駄な戦いは必要無さそうだ」
アグニは安堵の表情を浮かべた。
「先に今ここでやることやらないといけないかと思ったよ」
「やらないで済みましたね」
カペラもまた、アグニとの戦闘を避けられて安心した様子だった。
ヴァルナ帝国では、帝都ルスタッドの宮殿のバルコニーにいる皇帝をリヒトが見つけた。
「探しましたよ」
「ああ、リヒトか……」
皇帝は振り返らない。
「お前はいいのか、ツバサに付いていかなくて」
「私はこの国の軍人になった訳ですからな」
リヒトは皇帝の隣に立ち、皇帝と同じように帝都の外の荒野を眺める。
「ツバサはただ戦う理由を求めてこの国にいた。
だが、まさか奴が戦いたいと願う程の相手が現れ、その相手と戦うためにこの国を離れるとはな……」
「アスラ殿のような1対多の乱戦は出来なくとも、1対1ならアスラ殿を上回る実力でしたからな……彼の本性を見る機会が今まで無かった事は否めません」
リヒトは冷静だ。
「私も伝え聞いただけですが、かつてのツバサ殿もやはり敗北した相手への執念には凄まじいものがあったようです」
そう口にするリヒトは、地球に残してきた母の言葉を思い出す。
リヒトの母もまた、小型ロボットの格闘競技会でツバサと幾度となく死闘を繰り返してきたライバルの1人だったと聞いている。
「ところで、陛下はツバサ殿とアスラ殿に甘すぎたのではありませんか?」
「そうだな……それはそうだ、間違い無い。
かつてアーシズ王国から追放された盗賊の私を拾ってくれたのは亡きユリア殿だ。
帝都を襲う"魚"を退けたとはいえ、私の経歴を隠し皇族に迎え入れて下さった。
その妹君……リリア殿の娘と考えると、どうしても強く物を言えなくてな……」
皇帝はリヒトの問いに答える。
「そういう意味ではお前にも感謝している。
私の経歴を誰よりもよく知っていながら黙っていてくれたのだからな」
「私も驚きましたよ、かつての頭領が皇帝になっていたのですから」
リヒトはかつてアーシズ王国の盗賊団で用心棒をしており、その時の首領が今のヴァルナ皇帝だった。
皇帝は帝都を救った功績から保護され、先代皇帝の娘と結ばれていた。
「それからツバサだが、奴は皇族に伝わる言い伝えがあってな……帝都周辺に幾度となく現れたという黒い"竜"が、現れる度に烏丸ツバサがこの世界に来たかと訊ねるというのだ」
「……私達の世界からこの世界に来る時、時間軸のずれが生じます。
私はツバサ殿があちらの世界から消える数日前に生まれましたが、この世界に来たのは私の方が先です。
その黒い"竜"もまた、私達の世界から来た者かもしれません」
「かもしれないな。
奴は現れる度に食事を求めて暴れ、その度に帝都に被害が出たと聞く。
もしツバサが奴を止められるとするならばと考えると、やはりツバサにもあまり厳しくは出来なかった」
「その結果がツバサ殿とアスラ殿の離反に繋がったかはわかりません。
ただ、この国を攻めると宣言した以上は……」
「ああ、そこは仕方があるまい」
リヒトも皇帝も、覚悟は決めていた。
シュライク王国の王宮には王国軍の要人が集められていた。
3人の将軍、未だ脚の骨折が完治していないアーシズ・エクスシア、そして──
「失礼します」
最後にその広間にやって来たのはサクラだった。
「おい、あれって」
「"不死身のサクラ"じゃないのか?」
「本当に子供なんだな」
衛兵達の囁き声を無視し、サクラは王の前に膝を付き頭を下げた。
「サクラ殿、来ていただき感謝する」
王は玉座から立ち、サクラに声をかけた。
サクラは立ち上がり、エクスシアの隣に並ぶ。
「それでは──」
「私も参加して宜しいだろうか」
王の言葉を遮ったその声は、その場に呼ばれていない筈の男の声だった。
「ガットか……」
王はかつて王位を放棄し行方を眩ましていた第1王子の名を口にする。
衛兵達がざわつく中、広間にシュライク・ガット第1王子が入ってきた。
ガットは王の前に立ち、王に背を向けるとサクラに向かって膝を付いた。
「サクラ殿、まずは先の非礼を詫びたい」
その言葉を聞いた瞬間、サクラは拳銃を抜いた。
「全員動くな!」
ガットが叫ぶ。
衛兵はサクラに銃を向けて止まる。
「衛兵は銃を下ろせ。
サクラ殿には私を処罰する権利がある」
そうガットに言われ、衛兵達は戸惑いながらも銃を下ろした。
「……それで、今ここで殺されに来たのですか?」
銃をガットに向けたままサクラは問う。
「まさか……貴女は私の使い道をご存知の筈ですから」
ガットのその答えを聞き、サクラは銃を下ろした。
「感謝する」
ガットは立ち上がり、今度は王に向かって膝を付いた。
「シュライク・ガット、サクラ殿より一時の許しを得、ただ今帰還致しました」
「そうか……色々とあったようだな」
王は深くは追求しなかった。
「それでは、諸君らにはヴァルナ帝国軍との合同任務をお願いしたい」
王のその言葉は、サクラも予想していた言葉だった。
世界は、動き始めている。
繰り返される戦いに向け、それぞれの決意を固める。




