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IRON TALE  作者: 貫井べる
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21話

21話 覚醒の刻




ベラトリクス・エル・刹那はその街の北に広がる砂原に座っていた。



かつてベラトリクスが"魔女"として能力に目覚めたのは5歳の時だった。

時間に干渉する極めて稀少な能力は様々な人に目をつけられ、常に彼女を悪用しようとする者が近くにいた。

ベラトリクス自身もまたそのような環境に疲弊し、街の外の危険な砂漠へと逃げるようになっていた。


ある日、そんなベラトリクスに声をかける者がいた。

彼はベラトリクスへと告げた。

「誰も君を利用しようと思わないくらい、むしろ君に従うくらい、君が強くなればいい」

その言葉に従い、ベラトリクスは強くなる事を決めた。

やがてその剣技は能力に頼らずとも"魚"を倒せる程になり、"鎧"もほぼ不要となり両足と右腕を残すのみになった。

それでもまだ彼女を利用しようとする者は絶えなかったが、そういう者は力ずくでねじ伏せた。

どうしても困っている者には正当な対価で付き合う事にした。

もちろんそんな彼女を疎ましく思う者に狙われる事もあったが、遠距離からの攻撃だろうが防御不能な呪いだろうが一瞬の時を認識するベラトリクスにとってはあまりにも遅すぎた。

気付けば彼女は最強の"魔女"ではないかと噂されるようになり、あちこちの街の評議会が彼女に頭を下げるようになった。

もう誰も彼女を利用しようとせず、正当な対価での依頼のみで生きられるようになっていた。

そう、あの日"聖帝"が彼女に教えたように。


そんなある日、彼女の前に"影法師の魔女"が現れた。

"影法師の魔女"は"聖帝"の死を告げ、その遺志を継ぎ悲願の為に戦う事を宣言した。

セキの街を落とし、そのうえでフェルノの地に散らばる同志にヴァルナ帝国の帝都ルスタッド侵攻を呼びかける──それが彼女のプランだった。

そしてその間に集まってくる反抗勢力の始末を"影法師の魔女"は依頼してきた。

「無理にとは言いません。

私から貴女へ返せるものもありませんから」

"影法師の魔女"は正直に交渉してきた。

普通ならば断っただろうが、ベラトリクスは断れなかった。

「私はまだ"聖帝"様に恩を返せていない。

それが本当に"聖帝"様の遺志なら協力してあげるよ」



そして現在、ベラトリクスはセキの街の北の砂原に座っていた。

味方は10人、全員と顔を合わせて誰が味方かを確認している。

だからそれ以外の者を見たら始末するのだが──

「暇だ……」

ベラトリクスは退屈していた。

彼女が到着した時点で街の避難は概ね終わっており、北の街門を通過する者は誰もいなかった。

その後も特に来る者もおらず、ずっとこうして誰かが来るのを待っていた。

だからこそ、1台のトレーラーが近付いてくるのに気が付いた時はすぐに立ち上がり剣を抜いた。

そしてその荷台から射出された"鎧"が"魔女"のものではない事に気が付いた瞬間に落胆した。

「何だ、雑魚か──」

言いかけたその時、いきなり頭へ向かって飛んできた弾丸を剣で防いだ。

「いきなりかよ!」

ベラトリクスはすぐに剣を構え直す。

相手は初手から確実に殺しに──いや、銃口はこちらに向けたままだ。

回避か防御で致命傷にならない事を前提とした攻撃だ。

「……なるほどね」

ベラトリクスは剣を握る手を下ろす。

相手も2発目を撃たず、着地してすぐに立ち止まった。

それでも銃口は向けたままの相手へとベラトリクスは声をかける。

「悪いね、雑魚かと思って対応が遅れた」

「こちらこそ申し訳ありません……近くにいた皆様、貴女ほどお行儀の良い方はいなかったので」

面倒な相手だ。

他の始末屋からの襲撃を受けて返り討ちにしている事をわざわざ伝えてきている。

一撃目である程度こちらの実力を予想し、戦いを避けられるなら避けようとする──それだけの判断力はあるという事だ。

「それで、貴女も"影法師の魔女"に雇われた"魔女"で合っていますよね?」

相手は続ける。

確かに面倒な相手ではありそうだが、相手が悪かったとしか言えないだろう。

「そう、私も呼び出された始末屋の1人。

"時計の魔女"、ベラトリクス……ここらじゃちょっとは名の知れた"魔女"だよ」

「……申し訳ありませんね、こちらの世界に来て日が浅いもので。

そのお名前、覚えておきます」

相手はベラトリクスの名前を聞いても動揺しない。

本当に知らないのだろう。

「しかし、"時計の魔女"なのに針は1本なのですね……秒針しか必要無いという事でしょうか」

「おっと、知らないのにいきなりそれ言うか……もう一度、貴女の評価を見直すよ」

ベラトリクスの剣を握る手に思わず力が入る。

「本当に悪いね、貴女は無駄な戦いを避けたいみたいだけど……貴女だけは見逃してはいけないみたいだ」

「それは困りましたね」

相手は全く困った様子ではない。

やっと追い付いてきたトレーラーが少し後方に停まり、荷台から小型の無人機が1機だけ降りてきた。

「こちらはこのまま腹の探り合いを続けても良いのですが」

「先に撃っておいてよく──」

その瞬間、相手は先程同様にいきなり引き金を引いた。

ベラトリクスは僅かに頭を傾けて弾丸をかわし、右腕と両足に"鎧"を出現させる。

「危ないじゃないか」

そこから大きな跳躍で相手との距離を詰めたベラトリクスが剣を振るうが、相手は刀身の側面を手の甲で弾いて太刀筋を逸らせるとその手に持っていた弾薬を銃に直接装填する。

そして上体をのけ反らせながら頭上で引き金を引く。

撃ち下ろされた散弾を避けるように後方へ跳び、ベラトリクスはすぐに反撃──いや、散弾が砂煙を上げて一瞬だがベラトリクスに迷いが生じる。

その間に相手もまた後退していた。

「怖いですね……最初からずっと弾丸を視認している。

全て撃たれてから反応している」

「そこに気付く貴女も普通じゃないよ」

ベラトリクスは額の汗を拭った。

普通じゃないどころではない、明らかに異常な反応速度と観察眼だ。

自らの能力を過信した"魔女"達には無い強さだ。

「……この世界でまともに戦っていたらそんな強さにはならないよね。

戦う目的がこの世界で生きる為じゃない、もっと先を見てる」

ベラトリクスは右手で握る剣に左手を添え、腰を落とし低く構えた。

「参る」

その瞬間、ベラトリクスは先程の倍の速さで相手との距離を詰めた。

相手は回避と同時に空中で姿勢を変え振り返りながら着地するが、その時には既にベラトリクスは相手の目の前で剣を振り上げていた。

ベラトリクスが叩き付けた剣を相手は僅かに身を引いてかわすが、ベラトリクスは剣が水平になった瞬間に更に踏み込む。

突き出された剣は肩装甲を掠めたが、僅かな傷がつくだけでかわされた。

「こいつ──」

ベラトリクスは相手の手元で銃口が既にこちらを向いている事に気付く。

すぐに剣を引いて身を守るが、弾かれた散弾の一部が顔を掠めた。


今現在、ベラトリクス自身とその周囲を取り巻く時間は2倍の速度で流れている。

その状況をこの相手は一目で見抜き、回避と反撃を間に合わせてきたのだ。


着地するベラトリクスへ、既に銃口が向けられている。

ベラトリクスは更に自身の時間を加速させ、着弾より早く身をかわした。

しかしいつの間にか先程合流した無人機の姿が見えない。

空中で振り返ったベラトリクスは既に背後から放たれていた散弾に気付く。

その瞬間にベラトリクスは更に時間を加速させて銃撃を回避し、十分に距離を取ってから能力を解除した。

「何、本当に……」

肩で息をするベラトリクス。

時間の加速についてきたばかりではない。

的確にこちらの注意を引き、視界の外からの攻撃を狙ってきている。

しかしそれでもベラトリクスは僅か数秒の休憩だけですぐにまた自身の時間を加速させ、倒すべき相手に向かって駆け出した。

銃口は正確にベラトリクスに向けられたまま、その指が引き金を引く。

その瞬間にベラトリクスは横へ跳ぶが、向けられた銃口は正確にベラトリクスの動きを読み、弾丸は寸分違わずベラトリクスの着地する場所へと飛んでくる。

ベラトリクスは更に時間を加速させ、弾丸が届く前に着地しその一瞬の間に次に跳ぶ先を考える。

右には既に銃口が向いており、左には視線が向けられている。

そして上へ跳べばそこには無人機の銃口が向けられている。

残るは──ベラトリクスは前へ跳び、弾丸を剣で弾いて反らした。

しかしその瞬間に相手の右足が地を蹴り、ベラトリクスは誘い込まれた事を悟る。

立ち止まれば相手の次の銃撃が間に合うばかりかベラトリクスの剣は相手へ届かない。

ベラトリクスは一瞬迷っただけで、次の一歩もまた大きく前へ跳んだ。

水平に振り抜いたベラトリクスの剣は、振り上げられた左足に刀身の側面を弾かれて──いや、ベラトリクスは触れた瞬間に更に時間を加速して剣を引き、今度は意図的にその左足に剣を叩き付けた。

しかし刀身が鋼に食い込んだ瞬間、僅かな横への力だけで剣を止められてしまった。

「噛ませた……この速さをか!」

ベラトリクスは剣を防がれた反動で身体を回転させながら相手の"鎧"を飛び越え、その背後に着地した瞬間には跳びながら振り向き様に剣を振り抜き──その時には既に相手の左脇で銃口だけがこちらに向けられていた。

ベラトリクスは放たれた散弾を剣で弾くが、弾ききれなかった弾が脇腹に突き刺さる。

ベラトリクスはまた相手との距離を取り、能力を解除して傷口に左手を当てた。

「嫌だね……あれについてくるなんて」

ベラトリクスは傷口周辺の時間を逆転させ傷を消しながら相手の様子を見る。

相手はというと、相変わらずベラトリクスが距離を取った時は銃口を向けるだけで無理に撃とうとはしない。

ここから1歩でも前に出れば引き金を引く、そういった様子だ。

「……能力の出し惜しみで逆に消耗していますね」

相手は的確にベラトリクスの様子を口にする。

「それを理解していない筈が無い……

全力を出す事が余程の負担と見ました」

「相手の心配する余裕があるの?」

ベラトリクスは考えた。

これは明らかな罠だ。

相手は間違いなくベラトリクスの全力を誘っている。

それを悟らせ、全力を出す事を警戒させている。

しかし、人は静止した時の中では無力だ。

ベラトリクスが限り無く無限に近い速さで自らの時を動かせば、何人たりとも──

「ほら、」

気付けば相手はベラトリクスの目の前にいた。

「余裕無いの、貴女ですよね」

ベラトリクスは至近距離から放たれた散弾を今度は避け、自らの時間を加速させながら剣を振り抜く。

しかし相手はベラトリクスの右腕を蹴り、攻撃の威力を利用して距離を取った。

「そろそろ諦めてくれませんか」

相手はベラトリクスへと銃口を向けたまま着地する。

「お互いに相手を殺す事が出来ない状態です。

ここで終わりにしませんか?」

そう言われる事がベラトリクスには耐えられなかった。

己の強さだけが救いだった彼女にとって、勝てない事は決して許せなかった。

ベラトリクスは、己の時間を際限無く加速させた。


次の瞬間、ベラトリクスは相手の背後で剣を鞘に納めていた。

「ハァ……ハァ……」

もう動く余裕も無い。

だが、相手はまだ死んでいなかった。

「……何か、しましたよね」

相手は振り返らず、ただ静かに問う。

「貴女は私に攻撃する時、一度でも無防備な私を想像できましたか?」

その問いは、ベラトリクスにとって致命的な問いだった。

そうだ、ベラトリクスは静止した時の中ですら反撃や回避を考え、その剣は今そこにいる相手ではなくベラトリクスの頭の中の相手を捉えていた。

この短時間の攻防で相手の強さを覚えてしまったが為に、実際には動けない筈の相手ではなく自らの見た幻影と戦ってしまったのだ。

「安心してください……それは貴女が強くなければ出来ない事です」

ベラトリクスの焦りを見透かしたかのような相手の言葉。

それでベラトリクスは完全に戦意を失ってしまった。



サクラとユキが合流した時、お互いに同行者が増えている状態だった。

「貴女は……!」

「おっと、久し振りだね」

真っ先に反応したのはベラトリクス。

そして一瞬遅れてユキの同行者がベラトリクスだと気付いたのはカペラだった。

「カペラ、知り合い?」

「ん、カノープスも知ってるでしょ、"時計の魔女"。

昔ちょっと喧嘩した事があるんだけどさ、能力の相性が良すぎて可哀想な事しちゃってさ……」

カペラの話を聞いてカノープスは同情するような目を向ける。

カペラはというと、構わず話を続ける。

「ま、そうは言っても今はお互い敗北者ってところ?

私達はこの子が"影法師の魔女"に会いに行くまで同行するけど、そっちもそんな感じ?」

「そういう事なら構いませんよ……到着した後で何をしようが、道中の安全確保に協力してくださるなら」

サクラも同行者が増える事を認めた。



こうして5人となった一行は、国境で待つという"影法師の魔女"の元を目指す。

それぞれが、それぞれの思いを胸に──



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