20話
20年程前、ひとつの街が亡んだ。
"魔女"同士の争いは領土の奪い合いであり、時には街も攻撃の対象となる。
しかし実際に壊滅的な被害を受ける事はあまり無い。
それでも、大規模な侵略行為で街が亡ぶ事はごく稀に起きる事だった。
しかし、その街は誰にも攻め込まれていなかった。
戦った形跡は無く、ただ住民達がその命を落としていた。
カペラ・ヴィジオンはその街の生存者の1人だった。
20話 灰色の死
カノープスとカペラはセキの街の近くまで到着していた。
「これ、どう思う?」
「"魔女"の仕業じゃあないね……"鎧"の上から銃でやられてる」
2人は"魔女"の死体を見下ろしていた。
「こいつは"逆転の魔女"、レベル7の呪術師だったよな?」
「人違いじゃなければね……しかも精神干渉系の能力者、普通に勝てる相手じゃあない」
カノープスもカペラも冷静に状況を見極める。
「でも何か呪いの痕跡も感じられるね……死の呪い、それも本人が対象じゃなくて死の運命を呼び込むタイプの感じがする。
直接的に殺した奴はその運命に呼ばれたってところか」
「あー……心当たりある。
この先にいる"閉幕の魔女"とも因縁ある奴だ」
カペラの発言は根拠が乏しかったが、カノープスは確かにこの先にある脅威の正体に気付いた。
「私もあいつの能力が暴発する前の関係しか無いから生きてるけど、次また会って生きてるとは限らない」
「……カノープスが他人様の呪いで死ぬのは嫌だね。
私は平気でもここは諦めるか」
カペラはそこまで言い、ある事に気付いた。
「というか、カノープスって死の呪い効くの?
"閉幕の魔女"も無警戒だし、やっぱり効かないんだなーって思ってたんだけど」
「ん?あー……"閉幕の魔女"は呪いの対象が敵だから、私には効かないんだよ。
それ以外は運が良かっただけだろ……今だってこうして未然に回避できてる訳だし」
カノープスはそう言うと剣を抜き、放り投げた。
剣は回転しながら落下し、カノープスの目の前の空中で止まる。
「北の街門だな」
剣が指す方向を見てカノープスは口にした。
かつて"ヤドリギの魔女"が創設した"魔女の家"──表向きには孤児院だったその研究所にカノープスは保護された。
祖母はシュライク王国で討伐され、両親は砂漠で"魚"に襲われて死んだと聞いている。
院長の"影法師の魔女"はとても優しく、孤児達に様々な事を教えてくれた。
そして魔術や呪術の力に目覚めた"魔女"には力を上手く扱う訓練もしてくれた。
カノープスは物心がついた頃から"魔女"だった。
彼女の剣は必ず進むべき道を指し示し、正しく彼女を導いてきた。
しかし初めて会ったその日に"影法師の魔女"は言った。
「魔術はその本質を正しく知る事で真の力を引き出せます」
その言葉の通り、カノープスは自分の術を理解する事にした。
剣は指し示した方向へと飛び、そして次の方向を指し示すようになった。
しかしその指し示す方向はいつまで経っても制御できず、気付けば剣は自分以外の『戦う意思のある者』を皆殺しにするようになっていた。
後に知ったのだが、"魔女の家"は強力な死の呪いを持つ者を生み出そうとしていた。
カノープスもまた自らの力を"影法師の魔女"の呪術で歪められ、死の呪いに限りなく近い能力へと変質させられていた。
その日、カノープスは他の数人の"魔女"と共に街の近くに出没した"魚"を討伐しに行っていた。
件の"魚"はカノープス1人で片付き、1時間程で"魔女の家"へと帰った。
しかしその時には既に"魔女の家"は屋根が落ち、壁が崩れ、無数の死体が転がっている状態だった。
生き残った数名は街の評議会に保護され、それぞれの道へと進んでいった。
カノープスは放浪の"魔女"となり、街頭での賭博勝負で生きていく事になる。
ある時、カノープスへと1通の手紙が届いた。
それは"魔女の家"の壊滅についての調査報告書であり、生き残った"被害者"達へ送られたものだった。
そこには"終演の魔女"の呪いの暴発とその原理についての情報が、幾重にも呪術による封印が施された文面で書き記されていた。
そして、現在。
"閉幕の魔女"の目的はカノープスにはよくわかっていた。
"家族"を大事にしていた彼女にとって、その殆どを死に追いやった"終演の魔女"は最も憎い相手だ。
だが"終演の魔女"は関わった者が死んでしまうという能力の性質上、居場所どころか存在の情報すら見つける事ができない。
ならば彼女が嫌でも出てくる状況を作り、誘き寄せるしか無い。
"家族"と"魔女の家"を悪と断じ憎んでいた"終演の魔女"ならば、双子の姉である"閉幕の魔女"の悪事を見逃さないだろう。
そしてこれはカノープスも何となくそんな気がしていたという程度の事だったが、彼女もまた過去に関わった"終演の魔女"により死の運命に誘われてここまで来ていた。
ただ、カノープスは幸運にも"逆転の魔女"の死体を見付け、幸運にも死の呪いを探知できるカペラが同行していた。
北の街門は当然のように無人だった。
それを遠目に確認し、カノープスは砂丘の陰に隠れる。
「さっきの"逆転の魔女"以外にも"影法師の魔女"が始末屋を呼んでる筈だが……誰とも会わないな」
「さっきから聞こえてる音くらいだね……誰か戦ってるみたい」
カペラが言うのは街の外側からの音だ。
「遠ざかってるし、無理に追わなくていいよね」
「ああ、私の剣もまだ街門を指してる……」
カノープスは空中に浮かぶ剣に視線を向ける。
「場合によっては──」
「カノープス、トレーラーが1台出てくる、20秒後」
カペラの言葉に、カノープスは空中の剣を掴んだ。
そして、街門から出てきたトレーラーのその荷台の上に立つ"鎧"と目が合った。
「あ、カノープスさんとカペラさん」
その声はサクラだ。
「やっぱり来てたんですね」
「待て、お前、どうして街の中から──」
カノープスの頭の中で考えが廻る。
"終演の魔女"は関わらなければ済むだけだが、"閉幕の魔女"は彼女へ『敵意』や『悪意』や『害意』を向けた者の命を奪う。
それが効かなかったという事、そして"影法師の魔女"の居場所を探っていたアグニが不在という事は──
「そうか、お前も"影法師の魔女"の配下か」
「……え?」
カノープスが口にしたのは見当外れの言葉だった。
「だったら話は早い……ここでくたばれ。
『勝つも負けるも運次第、死ぬも生きるも神頼み』」
カノープスは手にしていた剣を上空に放り投げた。
回転しながら落下してくる剣へ、カノープスは問いを投げかける。
「"首斬童子"、生きるのは誰だ?」
その瞬間、剣は真っ直ぐにサクラへ──しかも"鎧"のコックピットに座るその首の方向へと飛び出した。
サクラはトレーラー後方へと飛び降りて一撃目をかわし、空中で上手く折り返しの剣を避ける。
そして避けた瞬間に剣を蹴り、その進行方向を変えた。
「えっ──」
自身の剣の速度に反応できないカノープスの目と鼻の先で剣に弾丸が当たり、カノープスの首を貫く筈だったその軌道が逸れた。
カノープスの背後の砂丘が吹き飛び、状況を理解しきれないままカノープスは地に膝をつく。
「何……今の……」
「とりあえず、落ち着いてください」
サクラはカノープスへと銃口を向ける。
「"影法師の魔女"……何者かはわかりませんが、その人のメッセージを聞いてアグニさんは飛んでいきました。
ここはお互いに情報を共有しませんか?」
「そうさせてもらいたいね」
カペラが割って入った。
「カノープスが攻撃した瞬間、カノープスの首が飛ぶ未来が見えた。
それが一瞬先には死なない未来に変わった。
昨日の賭博勝負だってそうだ、勝敗の結果は見えてもコインの表裏は見えなかった。
それに、だ」
砂の上に転がる剣を指差し、カペラは続ける。
「カノープスの力、あれは敵味方どころか自分自身さえ巻き込んだ無差別な力だ……1人を除き、戦う意思があると見なした者を皆殺しにする。
何もしていない私は対象外だけど、"鎧"に乗ってる貴女は対象になっている。
見なよ、あの剣……最後は貴女を差して止まってる。
本当に公平な運の勝敗なら貴女が負けていた、それを力ずくでねじ伏せたのが今の状態。
こっちには勝機の欠片も無い事を認めるよ」
そこまで言われ、サクラは銃を下ろした。
「あの人、そんな能力だったんですね……それで街があの状態に」
サクラはカノープスとカペラからある程度の説明を聞いた。
もちろん、つい先程会った"閉幕の魔女"の能力についてもだ。
「……じゃあ何で私、撃ったのに大丈夫なんでしょうか」
「えっ」「は?」
サクラの言葉に、カペラとカノープスは思わず声が出る。
「敵対する気が無いだけでどうにかなるものなのでしょうか……」
「……なるほど、そういう事」
カペラが先に状況を理解した。
「呪いってのは案外、ルールに従っていれば安全なもんだよ……人為的に強化したものは特にそう」
「そういうものなのですね……」
サクラは納得していない様子だが、自分が理解できない領域の話なので諦めたようだ。
「それで、街に誰もいなかった理由はわかりました。
もうひとつ、先程カノープスさんが口にした"影法師の魔女"ですが……」
「ああ、お前のツレも探してたよな」
カノープスがそう言った瞬間、カペラは気付いた。
アグニはカノープスに『育ての親の居場所を知りたい』と言っていた。
"影法師の魔女"が育ての親、つまりカノープスも"魔女の家"の出身だと。
しかしカペラは今までカノープスが話してこなかったその話題にはあえて触れなかった。
「街の中にいた人、私達が探してる情報はその"影法師の魔女"が持っている可能性があると話していました。
恐らくアグニさんは最初からそう思っていたからカノープスさんに居場所を尋ねたし、あのメッセージを聞いて飛んでいったんだと思います」
サクラはそう話す。
「カノープスさんも言っていた通りの危険性もたぶん知ってて、それだから私達を置いて行った……自分1人で片付ける為に」
「……"影法師の魔女"を知っているなら、普通は1人で喧嘩を売ろうとは思わないよ。
あの人、そんなに強いの?」
カノープスはアグニが"終演の魔女"について知っていたにも関わらず生きている事からかなり高位の"魔女"だとは思っていたが、それでもまだ"影法師の魔女"に敵うとは思っていない様子だ。
サクラも当然その様子に気付く。
「えっと……私が見たうちでいちばん大規模なのは、街壁を数百メートルくらい地盤ごと掘り返した攻撃ですね……」
「何それ、怖っ」
カノープスの口から率直な感想が飛び出した。
「まあ、それくらい出来てもどうにかできる相手とは限らないけどな……"影法師の魔女"は無制限に質量を喰う──」
「おっと、そこにいるのは我が"妹"ではないか」
突然の声に話が遮られた。
「悪いな、今なら見逃してやるからすぐに隣街に行け」
「……ポラリス、あんたか」
カノープスが見た先には1人の"魔女"が立っていた。
「ああ、私だ。
本当は見た相手は殺すよう依頼されているが、お前なら仲間も見逃してやろう」
「……そう、カノープスの"姉妹"なのですね」
カペラが剣を抜いた。
「ポラリス……"疫病の魔女"、ポラリス・クラウンでお間違いありませんね?」
「やめておきな、命は粗末にするもんじゃない。
見逃してやるって言っているんだ」
"魔女"──ポラリスはそう警告する。
「私の呪いは"感染"する。
防御できるもんじゃない」
「ええ、承知しています」
カペラは"鎧"も纏わず、ゆっくりと歩き出す。
「2人共、決してそこから動かないで」
カペラの剣が、その歩みに合わせて太陽の光を反射しながら揺れる。
「……やる気なんだね」
ポラリスはカペラを指差した。
「じゃ、死ね」
その瞬間、カペラの身体中の皮膚が一斉に泡立った。
「ああ、普通なら死にますね」
カペラはその状態で平然と歩き続ける。
「次はどんな疫病ですか?」
「お前──!」
ポラリスが睨み、カペラの口から血が溢れる。
しかし、それでもカペラは止まらない。
更にカペラの目からも血が噴き出すが、
「あら、目が見えないのは困りますね」
カペラはそう口にしただけで尚も歩みを止めない。
「何だ、お前……何で私の呪いが効かないんだよ……」
「効いてますよ、しっかりと」
カペラは左手で顔を拭う。
「ただ、私の呪いを"殺す"には貴女は弱すぎ──」
ポラリスは剣を抜き、カペラの首をはねた。
しかしカペラの左手が自らの頭を捕まえ、元あった首の上に戻した。
「ええ、確定した未来を変える力は貴女にはありません」
「何だよお前……何なんだよ……」
腰を抜かしたポラリスの額にカペラの剣が突き刺さる。
「せめて、安らかに……」
カペラが剣を鞘に納め、ポラリスの身体が砂の上にゆっくりと倒れた。
カペラ・ヴィジオン──"予見の魔女"。
その能力の一部は、実際にその目で見る事になる未来を予見する事。
それはつまり、その未来を実際に見るまでは死なないという事でもあった。




