19話
"影法師の魔女"は携帯デバイスを通じてネットワーク上にメッセージを残した。
「私は"影法師の魔女"。
亡き"聖帝"様の遺志を継ぐ事をここに誓います。
"聖帝"様は必ず甦ります……その日までに聖地の奪還を行わせていただきます。
1日、国境で待ちます……私に賛同する者は共に参りましょう」
「ふざけたメッセージだな」
アグニは小さく呟いた。
「悪い、2人共……できるだけ戦闘は避けて、生き延びろ」
アグニは走行中のトレーラーの運転席から飛び降り、砂丘を転がりながら着地する。
その手には、いつの間にか巨大な剣が握られている。
アグニがその剣を放り投げるように振るうと、剣は柄を握ったままのアグニ自身ごと空の彼方へと飛んでいってしまった。
19話 地上の雷
2台のトレーラーは無人操縦でセキの街を目指していた。
サクラもユキも、荷台の"鎧"のコックピットに座っていた。
「ユキちゃん、聞こえる?」
突然の通信。
その声の主は"境界の魔女"──シュライク王国にいるユキの仲間だ。
「何日か前にアグニ殿から頼まれてた無人機が準備できたからそっちに転送するよ。
この距離だから1機だけで勘弁ね」
「はい、ありがとうございます」
ユキが返事をすると、トレーラー内の空きスペースに1機の無人機が現れた。
それは高さ1メートル程度で、銃に4本の脚が生えたような簡素なものだ。
「アグニ殿の資料は読んだよね。
戦闘用というよりは制御系のサポート用の意味合いが強いから、無茶はさせないよう──」
「待って、前方に何かいます」
ユキはすぐに"鎧"を起動し、足場を荷台上部へとせり上がらせた。
「サクラさん、あれは……」
「"魔女"の"鎧"ですね」
ユキと同じくトレーラーの上でサクラは答える。
「すみません!セキの街はこの先で合ってますか!」
サクラが拡声器で呼び掛けると、その"魔女"が答えた。
「悪いけど、"影法師の魔女"の命令だ!
ここに来た奴には死んでもらう!
食らえ!『敵味方認識逆転ビーム』!」
"魔女"の"鎧"の両手から放たれた怪しい光がサクラとユキに直撃した。
次の瞬間、"魔女"はその"鎧"の胸を2発の弾丸に貫かれていた。
「……あ、今のすごい」
サクラは我に返った。
「今、ユキさんを敵だと思った状態で『使えなさそうな味方を片付けて強い敵側に寝返ろう』って気持ちになってました」
「同じく……今の"魔女"、そう考えると厄介ですね」
2台のトレーラーは"鎧"が消えて生身で倒れる"魔女"の両脇を通り抜ける。
「この先もこんな調子だと、一発で全滅もあり得ますね」
「かといって1人で動くのもリスクはありますが……」
そう話している間にも、巨大な砂丘の間に小さく街が見えてきた。
「……街門が開いたまま、それに先程の"魔女"の言葉。
嫌な予感しかしませんね」
サクラが先にその異変に気付いた。
「どうします?」
「一旦別れて北の街門で合流、とか?」
「そうしますか」
ユキの提案にサクラは賛同した。
東の街門は既に無人だった。
それを確認し、ユキは街の外から北の街門を目指す。
一方でサクラは街の中へと入っていった。
「……ヴェスパイン、どう思います?」
サクラは"鎧"の制御AIに問う。
「生体反応は正面にひとつ……」
「トレーラーが通れる大きな道は限られている。
会えたら話を聞けばいいんじゃないのか?」
ヴェスパインはそう答える。
「ただ、話が通じれは良いが……」
カストルは中央広場に入ってきたトレーラーに呆気に取られてしまった。
ありとあらゆる『敵意』や『害意』や『悪意』といった感情に反応するほぼ無敵ともいえる死の呪いの中に平然と立ち入って来たのだ。
「すみません、すこし訊きたい事があるのですけどいいですか?」
トレーラーの荷台の上の"鎧"から声がする。
「あ、ああ……」
カストルは異様としか思えない相手からの問いにそう答えてしまった。
サクラは"鎧"から降り、カストルの前で立ち止まった。
「本当にすみません、他に話せる人がいないみたいだったので」
「そうだな……誰もいない筈だ」
カストルは目の前の少女に戸惑う。
この異常事態でもごく自然に日常の会話をするように話しかけてきたからだ。
「あ、やっぱりこの街はもうダメなんですね。
情報が欲しくて来たんですけど……残念です」
サクラは全くペースを崩さない。
「……あ、でもせっかくなので訊いてもいいですか。
私、以前に"魚"になった人を人間に戻す研究をしていた"魔女"を探してるんです」
サクラの言葉に、カストルは確信した。
この相手はこの異常事態であっても完全にカストルに敵意が無い。
「"ヤドリギの魔女"という方ですけど、何かご存知ですか?」
サクラはカストルの様子を伺っている。
「……その研究については知らないが、"魔女"に限っては"魚"から人に戻る方法がある」
カストルは正直に話し始めた。
目の前の少女は下手にやり過ごせそうではないと判断したのだ。
「私はやり方を教わっただけだが、それは魔術と呪術を組み合わせた高度な術が必要になる……ごく一部の"魔女"にしかできない方法だ。
それから、お前が探してる"魔女"……私も名前だけはよく知っているが、20年くらい前に姿を消したと聞いている。
もし可能性があるとしたら、魔術と呪術の両方に精通した"魔女"に訊くべきだな」
「なるほど、ありがとうございます。
ちなみにそういう"魔女"に心当たりはありますか?」
「……話ができると期待するなよ?
"影法師の魔女"、今は北の国境に向かっている筈の"魔女"だ」
「……」
サクラはカストルの目を見上げる。
「はい、本当にありがとうございました。
私はその人に会いに行きます」
サクラは頭を下げ、カストルに背を向ける。
そこまで来てカストルはサクラにその問いを投げ掛けた。
「……この街の状態を見て、私が怪しいと思わないのか?」
サクラが立ち止まる。
「こんな状態で、私が無害とでも思って──」
破裂音が無人の街に響いた。
「──え?」
カストルは撃ち抜かれた肩に手を当てる。
「うるせえよ」
サクラは拳銃をカストルの額に向けていた。
「"魔女"同士の争いなんか興味無い。
やるなら勝手に"魔女"だけでやってろ」
サクラは拳銃を持った手を下ろし、再びカストルに背を向けた。
サクラが去った広場に、カストルは1人残されていた。
いや、もう1人──カストルの背後で拍手をしている者がいた。
「えらいもん見させて貰ったよ……完全な無関心、『敵意』も『害意』も無いまま引き金を引けるとかとんでもない奴だったな」
「全くだよ……そんな奴がいるとは思わなかった」
カストルは背後の声に答える。
「で、お前はわざわざあいつがいなくなるまで出てくるの待ってた訳か」
「そりゃあね、私の呪いに巻き込む人は1人でも少ない方がいいからさ」
カストルの背後で、瓜二つの声は続ける。
「私とお前はお互いの呪いが効かないから平気だけどさ、他の人間は私の呪いで死なないとは限らないだろ?」
カストルと瓜二つの顔で、言葉を続ける。
「なあ、カストル・エンドロール……私を待っていたんだろう?」
声の主、"終演の魔女"は剣を抜く。
「ああ、お前と決着をつけたかった……ポルックス・エンドロール」
カストルもまた剣を抜いた。
そして2人は全く同時に"鎧"を纏い、全く同時に剣を振り抜いた。
"終演の魔女"──ポルックスは、街の評議会が呼んだ"魔女"だった。
とは言うものの『関わった者に死の運命を呼び込む』という呪いを持つためにその存在は秘匿されており、彼女も呼び出しの魔法を検知した時点で街が壊滅状態だとは理解していた。
剣と剣がぶつかり合い、火花が散る。
「お前の呪いは『自分1人だけが惨めに生き残る』ものだ!
私には効かなくても自分は必ず生き残るとか思ってるんだろ!」
カストルは力ずくで"終演の魔女"──ポルックスを弾き飛ばす。
「その運命を捩じ伏せる為だけに私は生きてきた!
"家族"の敵を──」
カストルの振り上げた剣が光を纏う。
「殺す為に!」
瓦礫の山に着地したポルックスへと、カストルは瞬時に距離を詰める。
しかしポルックスはカストルが叩き付けてきた剣を受け止めた。
「そうだな……私もお前みたいに私の呪いから生き残った連中を始末する為に生きてきたんだ。
そう言えば多少は評価を改めるか?」
不安定な瓦礫の上でもポルックスはカストルの剣を押し返す。
「"魔女の家"は存在してはいけなかった。
お前も例外ではない」
「……ああ、認めてやるよ。
評価を改める」
カストルはポルックスの剣を弾き、その反動を利用して距離を取る。
「今のを防ぐなら、それ相応の力だと認めてやる」
「そいつは光栄だな」
今度はポルックスが踏み込み、カストルをその防御ごと一太刀で吹き飛ばした。
「今のを受け切れないなら、こっちは逆に評価を下げるべきか?」
「……そうだな、"鎧"の練度はお前が上だ」
カストルは"鎧"を解除し、剣を腰の鞘に納めた。
「まさか"聖帝"様から授かった力まで必要になるとはな」
カストルの姿が歪み、膨らみ、翼を広げる。
「……"竜"か。厄介だな」
ポルックスはカストルが化けた黒い"竜"を見上げた。
「でも、やるしかないよな」
ポルックスは剣を構え、黒い"竜"目掛けて飛び上がる。
しかし黒い"竜"が口から吐き出した火の玉がポルックスに直撃し、爆発がその"鎧"を地面へと叩きつけた。
「"禁忌"の力まで持つか」
ポルックスはすぐに起き上がり、また剣を構える。
「で、それで本当に私を殺せるのか?」
ポルックスは叩き付けられた尾をかわしながら斬りつけるが、その硬質の鱗には傷ひとつつかない。
石畳の道が砕け破片が飛び散る中、黒い"竜"は一歩を踏み出す。
「"魔女"がどれほどの力を得たとしても、"聖帝"様の力を上回るなどあり得ない!」
"竜"は再び火の玉を吐き、直撃をかわしたポルックスを爆発が吹き飛ばす。
「お前に私が殺せるものか!ポルックス・エンドロール!」
着地したポルックス目掛け無数の火の玉が降り注ぎ、その"鎧"が爆発に飲み込まれた。
「……これならまだ死んじゃいないだろ?」
「当然だろ……クソがよ……」
ポルックスは片膝をつきながらもまだそこにいた。
しかし"鎧"は焼け焦げ、所々に亀裂が見られる。
「それで、そんなんで私の死ねない呪いを破れると思ってるのか?」
「そうは言ってもなぁ」
黒い"竜"はポルックスを踏みつけた。
「お前は不死身じゃあ無い、死ぬような状況が来ないだけだ。
それが今、脱出不能の状態で死を待つだけになった」
"竜"はポルックスへと少しずつ体重をかける。
「私と、何よりお前の呪いのせいで誰も助けに来れない。
遠距離から目立つ私だけを狙おうにも、街の周りには"影法師の魔女"の協力者が控えている。
もうお前の死は避けられないんだよ」
その時、
「ずいぶん好き勝手してくれたね」
誰かの声にポルックスも黒い"竜"も動きを止めた。
死の呪いを持つ2人がいるこの空間で生きていられる者がいる筈が無いからこそ、その異様な事態に気を取られた。
しかし確かにそこに1人の少女がいた。
それは白いフードつきの上着を着た、白い髪の少女。
右の瞳は赤く、左目は閉じている。
「私の友達……明るい子でさ、将来は歌手になりたいって言ってた。
南の中央通り沿いの肉屋、気前のいいご主人がよくおまけしてくれたよ」
少女は2人に歩み寄る。
「それからそこの角の薬草屋、異世界原産の"ハッカ"の質が良かったんだよね。
あと私を育ててくれたお屋敷の人達」
少女は立ち止まり、短い金属のパイプを取り出した。
「みんな死んでた。
"閉幕の魔女"はどっちだ?」
「私だよ」
黒い"竜"が答え、ポルックスの上から足をどける。
「そうか……お前か。
できれば地獄すら生ぬるいくらいの苦しみを与えてやりたいが──」
少女はパイプに薬草を詰め、それが終わると左手で黒い"竜"を指差した。
その瞬間、閃光と轟音が広場を飲み込み、一瞬のうちに黒い"竜"の姿が消えた。
「そんな手加減、今の私にはできないね」
少女は──ブランはパイプを口にくわえて煙を吸う。
攻撃の衝撃でフードが捲れ、長い髪がゆっくりと落ちる。
そして開かれた左目は、不自然なほど真っ黒な瞳だった。
ブラン・浅草、"雷鳴の魔女"。
電気を操る能力を持つ彼女は、"魔女"としてのレベルがどれほど高いのか誰にもわからない程の強力な"魔女"であった。




