17話
フェルノ紛争地帯──大陸南部に広がる広大なその地は、"魔女"達による領土争いの場だった。
かつてフェルノの地を統一した"剣の魔女"のように、その地の統一という栄光を"魔女"達は求めていた。
そしてその日も1人の"魔女"が領土の拡大の為に力を振りかざしていた。
「"瓦礫の魔女"が出たぞ!」
「総員、迎撃準備!」
中立地帯の西の果て、サヤの街。
その街で衛兵達が一斉に出撃する。
人が乗る電動式の"鎧"はシュライク王国やヴァルナ帝国の型式が入り交じり、更に半分近くを占める"魔女"が変化する一回り小さな魔動式の"鎧"はそれぞれ見た目が違うためまるで統一性が無い。
対するのは、機械や石材の瓦礫を操り巨人のような"鎧"に仕立て上げた1人の"魔女"だ。
「こんな時に悪いですね、通行許可を」
ベラトリクス1人しかいなかった街門に1人の少女が訪れた。
「あー、タイミング悪いね……ちょっと待って手順確認するから」
携帯デバイスを開き内容を確認するベラトリクス。
「まず身分証は……そこの端末でスキャンして」
「お姉さん、ひょっとして新人さん?」
少女は既に荷物を置いて携帯デバイスの画面に身分証を表示させている。
「悪いね、最近あの"魔女"のせいで役人が逃げ出したみたいで……昨日雇われたばかりなんだよ」
「そりゃ仕方がないですね……あれ、レベル7の"瓦礫の魔女"だもん」
少女はベラトリクスを責めるどころかどちらかというと同情しているようだ。
「しかもめちゃくちゃ血の気が多いからさ……というか、ちょっとヤバくない?」
少女が言う通り、街壁の外の砂漠では衛兵達が巨大な瓦礫の腕に振り回され弾き飛ばされている。
「あー、確かにな……悪い、ちょっとだけ時間貰うよ」
ベラトリクスが腰の剣に手をかけるが、少女がそれを止める。
「いや、時間はいりませんよ」
少女が左手で巨大な"鎧"を指差した瞬間、一筋の閃光が"鎧"を貫いたかと思うとその巨体を構成していた瓦礫が跡形もなく消し飛んだ。
「運が良かったかな、相性が良くなかったら死んでたぞ」
そう告げた少女はもう"瓦礫の魔女"への興味を失ったようだった。
「何だ今の……"禁忌"の力か?」
「お、初見で見抜いたのお姉さんが初めてですよ」
少女はポケットから薬草を取り出すと細く丸めて金属のパイプに入れる。
「ベラトリクス・エル・刹那……"時計の魔女"。
噂通り、光の速さも目視できるのですか?」
「待って、どうして名前を──」
「名札」
「あっ……」
少女に言われ、ベラトリクスは左胸の名札の存在を思い出す。
「最強の"魔女"は誰かって話題で必ず名前が出る、時間操作能力者……そりゃレベル7の"魔女"がいても逃げませんよね」
少女の手のパイプから煙が出始め、そのパイプの端をくわえて少女は問う。
「で、手続きの続きは」
「そうだ、悪いね凄いもん見て忘れてた。
名前は──」
「ブラン・浅草ですよ」
「はい、本人確認は以上。
街に入っていいよ」
ベラトリクスの慣れない通行許可手続きを終え、少女は──ブランはサヤの街へと入っていった。
「……待って、あの子、徒歩じゃなかった?」
ベラトリクスがその不自然な点に気付いたのは数時間後だった。
17話 争乱の地
「はい、挑戦者さんの負け!
使った銀貨はこの箱に入れてね!」
中立都市のひとつ、東のツカの街。
街角でカノープスは今日も通行人相手に賭博をしていた。
「次の挑戦者さんを募集するよ!
私と2人でコインを投げて、同じ面が出たら勝ち!
勝ったらこの箱の銀貨が半分貰える!
でも負けたら使った銀貨は貰うよ!」
「はい、あの人です」
1人の男が役人の"魔女"を連れてきた。
「今朝からずっと勝っていて……魔術でイカサマしてるんじゃないかと」
「それはけしからんねぇ……確認してみようか」
役人が見ている前で、旅人らしい3人組のうち眼鏡をかけた少女がカノープスとの賭博に挑戦する。
少女とカノープスは同時にコインを投げ、ほぼ同時に手の甲にコインを受け止める。
「……負けてるな」
「負けてますね……」
男と役人が見ている前で、カノープスは勝負に負けてしまった。
その夜、カノープスは食堂のカウンター席で潰れていた。
「隣、失礼するよ」
「カペラか……久しぶりだな……」
「久しぶりだよ本当に……それなのに愛しのカノープス様は薬草キメるほど荒れちゃって
そんなに昼間の負けが気に入らなかったんだね」
隣の席に座った"魔女"は店員に渡されたメニューを見もせずに水を注文する。
「見てたのかよ……だったら表裏くらい事前に教えてくれよ……」
カノープスが言うが、カペラは首を横に振る。
「いや、私の予見能力でも表裏は見えなかったよ……ただ、あの子が勝つ結果しか見えなかった。
勝負してる時も実際に見てたけどさ、あの子ずっと落ちてくるカノープスのコイン見てたし一瞬だけコイン受け止めるタイミングずらしてたよ。
カノープスが表裏選んで受け止めてもそれに合わせてきただろうね」
「マジか……私の強運も役に立たないか……」
カノープスはカペラの席に置かれた水を一気に飲み干す。
「儲け半分持っていかれた事より、負けた事の方が辛い……」
「私は普段見れない様子のカノープスが見れて幸せだよ」
カペラはメニューに目を通しながらカノープスの食べかけの薬草の球根をひとつまみ口にする。
「……店員さん、これ本当に未成年でも合法な薬草?
あ、大丈夫ならいいです」
カペラは店員に確認し、自分は別の品を注文した。
同じ頃、すぐ近くの宿の食堂にサクラ達はいた。
「情報収集するなら一旦はセキの街に行った方がいいな……中立地帯の中央の街だ」
アグニは今日はお酒を注文していない。
おまけに赤い髪を黒く染めており、別人のように感じる。
「今日は一旦休んで、明日には移動しよう」
「で、中立地帯は"魔女"同士の戦いに巻き込まれないとの事ですけど"魚"は相変わらずいるという認識でいいですか?」
ユキは相変わらず戦闘発生の可能性を気にする。
「いるんじゃないですか?
ただ、西に来るにつれて強い個体が減っていますけど」
サクラはあまり気にしていないようだ。
「ちょうど良いタイミングで同行者が見つかれば良いのですが」
「一般的な人間なら数日に1回まとめて団体で、戦闘能力のある"魔女"ならもっと頻繁に単独で渡航してる感じだからな……団体様を見つけられないと探すの大変なんだよな、"魔女"は自由すぎて」
アグニは先程から携帯デバイスを操作している。
「一応、役所に同行者募集の申請はしておいた」
「その辺りは詳しいのですね。
"干魃の魔女"からも"魔女"って呼ばれていましたし──」
「セキ生まれだしな」
探りを入れようとするユキに、アグニは何も隠さずに告げた。
翌朝、カノープスとカペラは西の街門に来ていた。
「ああ、ちょうど今日の同行者募集が出てますよ。
トレーラー2台有り、護衛付きです」
「じゃあそれで」
役人から案内された内容にOKを出し、2人は待合室のベンチに腰かけた。
「あー……待ってなんか嫌なもん見えた」
カペラがそう言う時は、彼女の予見能力が暴発した時だ。
「……カノープス、影を操る白い"魔女"に心当たりある?」
「よく知ってるよ……カペラ、数日間は私から離れるな。
私の近くなら、たぶん殺されないから……」
「あ、めちゃくちゃよく知ってるんだ」
「知ってるも何も、育ての親だからな……」
カノープスは詳しい話をしないが、カペラも事の深刻さは理解したようだ。
「ま、愛しのカノープス様にくっつける口実として考えておくよ」
「今回はそれで構わない……あの人と──」
「すみません、同行希望の皆様が到着しました」
役人からの呼び声。
そして3人の旅人が待合室に入ってきて──
「あっ」
3人とカノープス達は同時に声をあげた。
というのも、やって来た3人──サクラ達は、昨日カノープスの賭博に勝っていたからだ。
「いやー、遠路はるばるよくもまあ……」
トレーラーを運転するアグニの横にカノープスとカペラは同乗していた。
「シュライク王国っていうと、うちのばあ様が迷惑かけた国だな……話で聞いた事しか無かったよ。
ま、そんな遠くからわざわざ来たんだしあの子らは休ませてあげなよ。
"魚"が出たらこの"賭博の魔女"様が始末するからさ」
「そりゃ、あんた程の大物なら安心だな」
アグニのその言葉にカノープスは違和感を感じる。
「なあカペラ、私そんなに有名だったか?」
「さあ……」
「無名で助かったよ……"姉妹"での序列は3番目だっけ?」
アグニのその言葉は、カペラには理解できないもののカノープスに対しては決定的なものだった。
「いや、本当にあんた程の大物が平和に生き延びてて良かったよ……有名になった"姉妹"は消されただろ?
あんな死人だらけの案件、生き残り1人見れただけでも安心できるね」
「……関係者か?」
「いや、あの件の事後処理を任された程度だよ。
ただ研究資料は一通り目を通した……カノープス・ネクストシート、あんたの能力もよく知っている」
アグニは前方だけを見ている。
「人探しをしている。
あんたの育ての親に訊きたい事があるんだ」
「……居場所は私も知っておきたいくらいだよ、いつどこで何をするかわかったもんじゃないからな。
それに、仮に知っていたとしても教えないよ……他人様の命を無駄にはしたくない」
カノープスのその答えに、アグニは残念そうに返す。
「"賭博の魔女"っていう割にはリスク管理の意識が強いんだな」
「勝てないとわかっていたら"賭け"にはならないからな」
カノープスは明らかにアグニを警戒している。
「勝てないっていうと、貴女もだよ。
私を"姉妹"で3番目と認識──」
「その嬢ちゃんに聞かせる話じゃないだろ?」
アグニはカノープスの言葉を遮る。
「悪いね、ちょっとこの話はできないんだ」
「あ、お気になさらず。
私は部外者みたいですし」
カペラは気にせず窓の外を見ていた。
「複雑な家庭事情には興味無いので。
それより、数分後に"魚"が来ます」
カペラは右前方を指差す。
「私は"予見の魔女"、カペラ・ヴィジオン。
私の能力が見せる光景は、近い未来に実際に見る事になる結果の一部です」
彼女が指差す方角には、まだ何もいない。
「カノープス、"鎧"出す?」
「頼んだ」
カノープスが即答し、カペラは今度はアグニに問う。
「ドア開けて大丈夫ですか?大丈夫ですよね?」
答えも聞かずにカペラはトレーラーから飛び出し、着地する頃には2m程の"鎧"を纏っていた。
その肩にカノープスが乗るのを確認し、カペラは地上を滑るように低空飛行してトレーラーから離れる。
「アグニさん、2人が先行しましたが……」
「武器は持つなよ。
戦う意思があると判断されたら巻き添えを食らう能力だ」
ユキからの連絡にアグニは答える。
その遥か前方でカペラの"鎧"はカノープスを荒野に降ろし、自分だけ後退していた。
荒野に降ろされたカノープスは腰の剣を抜く。
それは"魔女"の多くが持つ形式の片刃の直刀で、比較的長い方だろうか。
彼女の見据える先からは巨大な"魚"が向かってくる。
「『勝つも負けるも運次第、死ぬも生きるも神頼み』」
カノープスは手にしていた剣を上空に放り投げた。
回転しながら落下してくる剣へ、カノープスは問いを投げかける。
「"首斬童子"、生きるのは誰だ?」
その瞬間、空中の剣の動きが止まった。
そしてその刃が向いている方へ──眼前の"魚"の方へと飛び出した。
剣はそのまま"魚"の頭上で直角に軌道を変えると同時に回転し、"魚"の首をはねる。
ほんの一瞬の殺戮を終え、剣はカノープスの手元へと戻ってきた。
「よし、今日も私は強運!」
満足げに口にし、カノープスは剣を鞘に納めた。
カノープス・ネクストシート──"賭博の魔女"は、呪術により人為的に強力な魔術師を作り出す事を目的とした"魔女の家"の被害者であり生き残り。
その能力は範囲内の対象の中からひとつを残しその他全ての首を狩るという無差別かつリスクの高いものだが、 レベル7の強力な魔術で飛び回る剣は確実に敵の息の根を止める。
そして何より、カノープスは魔術も呪術も一切関係無くただ単純に理不尽な程の強運により自身の力をノーリスクで行使する事ができた。
"剣の魔女"は『つるぎのまじょ』です。
『けんのまじょ』ではありません。




