16話
人はいずれ"魚"と成り、やがては"竜"へと至る。
しかし"竜"へと至れぬ"魚"達は水の無い大地を這い回るしか無い。
人は"魚"を地の果てへと追いやり、"魚"だらけになった地で"魚"達は繁栄する。
そう、そこは畜生の国。
人の身体を奪われ、人の尊厳を奪われ、それでも生きる事を願う。
16話 魚の物語
その日、スティグマはルスタッドを後にした。
彼はただ近隣の"魚"が人を襲わないよう説得し、街から遠ざけていただけだった。
しかし"魚"と会話する彼の事を人は理解できず、怖れた。
そうなるとわかっていたからこそ人に見られぬよう気を付けていたのだが、結局はこうなってしまった。
故郷からの追放──歩いて荒野を渡るというのは、もはや死刑と何の変わりも無い。
「スティグマ様!」
自身の名を呼ぶ声に、スティグマは立ち止まる。
「お待ちください!
私が父上を説得しますから──」
「リリア、護衛も無しに街を出てはいけないよ」
スティグマは振り返らない。
「"魚"達が君を襲わなくても、君は人にも狙われるかもしれない」
スティグマはすぐに歩き始める。
一瞬とはいえ立ち止まってしまった事を悔いるように、その拳を握り締めながら。
街からだいぶ離れたところで巨岩の陰に隠れていた"鎧"が飛び出してきた。
「ああ、そうだよね……」
スティグマはわかっていた。
追放してしまえば、荒野のどこでどう死のうが誰にもわからない。
始末するならば都合が良い。
しかしその"鎧"は別の巨岩の上から飛び降りてきた"魚"に踏み潰された。
"鎧"も抵抗しようとするが、そのコックピットを噛み砕かれほんの数秒でうごかなくなってしまった。
「……助けてくれたのか。
悪いね、街を追われた僕なんかの為に」
スティグマの言葉に"魚"は答えない。
ただスティグマが歩いてきた方を──帝都ルスタッドを見つめる。
いや、その1匹だけではなくいつの間にか無数の"魚"が集まりルスタッドの方を見ている。
「……待ってくれ、何を考えているんだ」
スティグマの言葉を無視するように、"魚"達が動き出した。
「やめろ!あの街だけはやめてくれ!」
スティグマの叫びは、無数の足音にかき消され──
日の出と共に"魚"の大群は帝都ルスタッドを襲撃した。
帝国軍は帝都を半壊させられつつも住民の殆どを守ったが、街壁を始めとし都市機能へと大きな打撃を受けた帝都はより強固な防衛戦力を求めるようになった。
"魚"と"鎧"の大群が、あの日のようにルスタッドを目指していた。
"聖帝"スティグマ・シャルルエルは"魚"の背に取り付けられた椅子に腰掛け、大群の先頭から少し遅れたところを進んでいた。
「"聖帝"様、国境を超えました」
「ん、ああ……そうだね、そのくらいか」
スティグマは側近の言葉にそう返す。
「……何か考え事の邪魔でしたか?」
「いや、いいよ……少し、昔の事を思い出していてね……」
スティグマは思う。
彼女はその後、どうなったのかと。
「リリア……」
小さく、その名を口にする。
これから攻め落とす街は、彼女と過ごした街だ。
だからこそ、過去を断ち切る為にも──
「……止まれ」
スティグマの指示で大群が動きを止める。
「帝国の使者かな?」
拡声器でスティグマが問うのは、荒野に立つ1機の"鎧"。
その"鎧"が答える。
「いや、刺客だ。
スティグマ・シャルルエルで間違いないな?」
「ああ、そうとも。
リヴィア王国第3騎士、スティグマ・シャルルエルだ」
「奇遇だな、私も3だ。
ヴァルナ帝国軍第3師団"ケルベロス"、トライサード・アスラだ」
"鎧"のパイロット──アスラは名乗りを上げる。
「へぇ、師団長が1人で……」
スティグマが指を鳴らすと1匹の"魚"が飛び出す。
しかしその"魚"がアスラに覆い被さったように見えた次の瞬間、血と肉片を撒き散らしながらアスラの後方へと飛んでいった。
「おや、思ったよりやるじゃないか。
部下も連れずに来るだけの事はあるね」
スティグマが再び指を鳴らすと、今度はいつの間にかアスラの左右に回り込んでいた2匹の"魚"が襲いかかる。
しかし2匹は絶命した状態で衝突し、その場に崩れ落ちた。
「お前、話を聞いてたか?」
アスラは左右の手に持った銃を下ろす。
短く拳の一部のようになったその銃には、先端に無数のスパイクが突き出ている。
「聞いてるよ」
「だったら答えろ、アルガレイドの暴動はお前の仕業か」
問いに答えたスティグマへ、アスラはすぐ次の質問をする。
「僕は何もしていないよ……ただ彼らが勝手にしただけだ」
「どちらにしてもお前の支配下か」
「それはそうだね」
アスラはスティグマの答えを聞き、更に質問を繰り返す。
「イースタッドもお前の支配下か」
「あそこも掌握済みだね」
「ヘイルミードは」
「だいぶ昔に」
「ストットリード」
「ついこの間まで滞在していた」
「エルレイク」
「みんな"魚"になったよ」
「クロッキード」
「従順な街だ……平和的に従ってくれた」
アスラが出す街の名は、全てスティグマも知っている街だ。
「理解できるかな?
君が挙げただけじゃない、僕の支配下にある街はまだ──」
「今のは、私が潰した街の一部だ」
アスラの言葉に、スティグマは沈黙した。
「……今、何て?」
数秒遅れたスティグマの言葉へと、アスラは返す。
「私が1人でお前の支配した街を潰して回った……まあ、一部だけどな。
もう一度名乗ってやるよ……ヴァルナ帝国軍第3師団"ケルベロス"、トライサード・アスラ。
師団長じゃない、私1人で一個師団扱いだ」
アスラがそう言った瞬間、スティグマが手を叩いた。
それを合図に大群が一斉に襲いかかる。
"魚"が、"鰭無し"が、"鎧"が、たった1機の"鎧"目掛け進撃する。
しかしアスラは銃弾を撒き散らし、銃と足裏のスパイクで鱗や装甲を抉り取り、迫り来る大群を残骸の山へと変えてしまう。
「……何なんだ、君は」
「知るかよ」
アスラはスティグマの乗っていた"魚"を文字どおり蹴散らし、空中に放り出されたスティグマへと引き金を引いた。
"魚"と"鎧"の残骸が散らばる平原の真ん中で、右腕を失ったスティグマは天を仰いでいた。
「……負けたよ」
スティグマは自分を見下ろす"鎧"へと告げる。
そんなスティグマへとアスラは声をかける。
「負けた割には嬉しそうだな」
「そうだね……この世の中の事はほとんど解明したつもりだった。
だから君という未知数の存在に出会えて、少しは希望が持てたからね……」
スティグマは力無く笑う。
「それに、死も怖くない……まだ誰も観測した事が無い領域、いくら仮説があっても自ら観測できる事の価値は揺らがない」
「それでも何か、心残りはあるんじゃないのか?」
アスラの問い。
「そうだね……君の名、トライサード」
スティグマは胸の内に秘めていた疑問を口にした。
「トライサード・リリアという女性……彼女は幸せに生きられたか知ってるかい」
「その、トライサード・リリアからの伝言だ」
アスラは屈み、間違いなくスティグマに聞こえるように告げた。
「お前が犯す罪を裁くのは、かつてのお前が愛した人間達が必死になって幸せに育てた……お前の娘だってよ」
「そうか……」
スティグマは目を閉じ、満足そうに微笑んだ。
そして眠るように、穏やかにその一生を終えた。




