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IRON TALE  作者: 貫井べる
17/41

15話

シュライク・ガットは隠れ家にしていた廃墟の街に辿り着いた"魚"を見つけた。

その小型の"魚"は"運び屋"と呼ばれており、強い帰巣本能を利用し長距離の運搬作業に使われていた。

「手紙か……ユキ殿が連れて行った"運び屋"だな」

ガットは"運び屋"を捕まえるとその胴体に結び付けられた荷物を外す。

"運び屋"は邪魔な物を外してもらって満足したのか、すぐにガットから離れて巣穴へと走り去っていった。

ガットは荷物の包みを開き、中に入っていた手紙に目を通した。

「……サクラ殿と合流したか」

ガットはついこの間の戦いを思い出す。

サクラはガットの話を聞きはしたが、自分の意見を曲げなかった。

圧倒的な強さではあったが、あそこまで我が儘だと仲間に引き入れる事は難しい。

そうなるとユキが譲歩したか利害が一致したかのどちらかだろう。

そして──

「……"魔女"殿、ユキ殿が手がかりを掴んだかもしれない」

ガットはすぐに"境界の魔女"へ連絡する。

「スティグマ・シャルルエルの共同研究者をご存知か?」

「そいつはまた、クソ面倒な名前がでてきたねぇ……」

通信先で"境界の魔女"は嫌そうに答えた。




15話 真実




砂丘の上で巨大な"バラクーダ"が死んでいた。

その頭には穴が空いており、一撃で急所を撃ち抜かれている事は一目瞭然だ。

「すごいな……本当にあの距離から一撃で当てたのか……」

「こいつ倒せたら王国騎士候補になれるレベルっていうのに……」

先に到着した"鰭無し"達がそう話すところに1台のトレーラーが到着する。

「はい、じゃあその"魚"を積んでください」

その"バラクーダ"を先程撃ち殺したサクラがそう言う。

トレーラーは無人運転になっており、サクラは"鎧"で並走して来ていた。


イリエニアではアグニが街の外に巨大なアンテナを建てていた。

「凄いな……これで本当に通信できるようになるのか?」

「一応、来る前にシュライク王国側にもアンテナ建ててだいたいこっちに向けてあります。

あとはこっちの電波を少しでも拾ったら正確な向きに勝手に調整されるようにしましたから、そこまで届く電波を飛ばせるエネルギーさえあれば」

アグニは質問してきたエンヴィーにそう答える。

「ただ、この街の周りは"魚"がいませんからね……」

「すまないな……昔、徹底的に追い払ってしまった。

山を越えれば多いのだが、強い個体が多すぎる。

今は同行できた者達も戦いが得意ではない……あの2人で1匹でも捕まえられれば良いのだが」

「ああ、あれはどっちも1人でいくらでも狩れますよ。

皆さんは積載作業さえしてくれれば大丈夫です」

アグニはそう答えながら山岳地帯の間に広がる平地に双眼鏡を向ける。

「どっちか帰ってきたな……やっぱり別れて狩りに行ったか……」


サクラがイリエニアに戻った時、既にユキが回収してきた"魚"の死骸から血液を抜く作業が始まっていた。

「ちょうど良かった、傷が少ない」

サクラが持ち帰った死骸を見てアグニは安心したように言う。

というのも、ユキが持ち帰ってきたそれは頭部が大きく抉れており、エネルギーを回収するのに必要な血液が大量に流出している状態だったのだ。

「『相手が悪かったけど一応回収できたから持ってきた』だってさ。

すぐに2匹目を探しに行った」

「まあ、使える血が残ってるだけマシですね……」

サクラが言うのも無理は無い。

ユキが持ち帰った死骸はサクラが狩った"バラクーダ"さえも捕食する巨大な"アサイラム"だったのだ。

「相手を選ばず手っ取り早く出会った相手を回収してきたってところでしょうか……」

「そう言ってた。

ここに来るまでも思ってたけどさ、血の気の多さはあっちが上だよな」

「そこはあまり比べられたくないですね……」

サクラはそう言いながらも既に次の"魚"を狩りに行く事を考えていたが、そんなサクラへと声をかける者がいた。

「なるほど、お前か……」

そう声をかけてきた"鰭無し"はサクラにも見覚えがあった。

既に2度も望遠カメラ越しに見ている相手──グレンだ。

右目はつい先日サクラから一方的な狙撃を受けた傷の治療中で眼帯をしている。

そんな彼の事をエンヴィーが紹介した。

「サクラ殿、こちらはグレン……うちの元第4騎士だ。

そして貴殿方のいた世界の"ボーダーユニオン"で世界1位になった狙撃手だ」

「元2位だ!1位は認めていないって言ってるだろ!」

エンヴィーは国王相手だろうが食って掛かるように話す。

「1位の奴が消えちまって、結局あいつにだけは最後まで勝てていない。

それにこっちの世界でも2回も負けた……その3人のうち1人がお前だよ」

「あ、そうなんですね……」

サクラはグレンが言う『3人のうち1人』が間違いだとは言わない。

そしてグレンが地球のゲーム"ボーダーユニオン"で世界2位だった頃の事も、それ以前は彼が世界1位だった事も知っているとは話さない。

そんなサクラへとグレンは話を続ける。

「ま、過去は過去だ。

今はお前に負けた奴の1人……ただどんな相手か見に来ただけだ。

悪いな、作業の邪魔して」

そう言ってグレンは立ち去って行った。

「……エンヴィー殿、彼のような記憶も理性も残っている者はあとどのくらいいますか?」

グレンの背を見送りながらサクラは問う。

「私が知っている範囲ではグレンとアリシアだけだ……稀少すぎて発生条件もわかっていない」

エンヴィーはサクラの問いにはっきりとした答えを返せない。

「ただ、あのような"完全適合者"であるグレンをスティグマは『最後の希望』と呼んだ……

君たちの目的に関係があるかはわからないが、何かしらの研究は行っていたようだ」




翌日、アグニはアンテナの通信テストを行った。

「シュライク王国のネットワークにアクセス成功……音声通信は──」

「できてるよ」

誰かの声が聞こえた。

「"千里眼の魔女"殿……覗き見していたみたいなタイミングの良さですね」

「覗き見してたからね」

"千里眼の魔女"──シュライク王国の王室直属の"魔女"は堂々と答える。

「国王がエンヴィー殿と話をしたいとの事だ」

「エンヴィー殿もそのつもりみたいですけど、その前に専門家を挟んでもう少し調整させてもらいます」

「宜しく頼むよ」

"千里眼の魔女"との話を終え、アグニは別の"魔女"の連絡先へとアクセスした。

「あ、師匠ですか?

今ちょっと電波拾いにくい場所なんですけど」

その"魔女"はすぐに通信に答えた。




アグニが通信関係のテストをしている間、サクラとユキはイリエニアの中心部にある図書館にいた。

そこにはユキがどう探そうかと考えていたスティグマの研究資料があった──ただし、膨大な量だが。

2人はその膨大な研究資料に目を通し、よくわからない難しい文章だらけの冊子の中から関係のありそうなタイトルのものをひたすらチェックしていた。

「いやいや、共同研究者以外が研究資料を読みに来るなんて初めてだよ。

他の書籍は貸し出しもよくあるんだけどねぇ」

司書の"魔女"はとても嬉しそうだ。

彼女もまた資料探しに協力してくれている。

「それに、あの"魔女"も優れた研究者と見た。

是非とも共同研究者に加わって欲しいものだ」

「そいつは昔、断っていましてね」

アグニが遅れて到着した。

「とりあえず、シュライク王国との通信は繋がった。

"干魃の魔女"殿も協力ありがとうございます」

「いやいや、本の防湿だけで退屈してたところにちょうどいい刺激になりましたよ」

"干魃の魔女"と呼ばれたその"魔女"の言葉に嘘は無い。

「それで、これが内容は確認してないけど間違いなく人と"魚"の関係性についての資料。

こっちがお嬢さん達が確認した関係ありそうな資料」

"魔女"は冊子の山を指す。

「それからこれ、共同研究者のリストと貸し出しリストと寄贈者リスト。

持ち出し厳禁だから大事に扱ってくださいよ」

「ありがとうございます」

アグニは"干魃の魔女"が差し出した3冊のファイルを受け取ると、分厚い2冊を近くの机に置いてまずは薄い研究者リストを開いた。

「"魔女"には3種類いる……世界の理に干渉し操る魔術師、概念に干渉し操る呪術師、そしてその両方ができる者。

"干魃の魔女"殿、貴女のような両方に精通した"魔女"はレベル8以上と同じく稀少な筈です」

「確かに、そうですね……共同研究者にも2人しかいません」

「"魚"を人に変える事はやろうと思えば魔術師でもできます……しかしそれは食い千切られた腕に新しい腕を生やすようなもの。

"魚"になる時に失われた理性や記憶が戻らないばかりか、元通りの肉体にも戻れない。

となると恐らく呪術の分野も必要になってくる……数人に任せている可能性もあるけど、1人でできる"魔女"を見つけているなら任せている可能性があります」

アグニは1人の"魔女"の情報を開く。

「"ヤドリギの魔女"、そいつが2人目ですよ」

「レベル2……それで選ばれているという事はよほどでしょうね」

"干魃の魔女"もアグニもそのページの情報に目を通す。

「おっと、こいつはなかなか……」

「ヤバい経歴の持ち主だな……」

2人はそこに書いてあった言葉を口にはしないが、その意味を理解していた。

『"魔女の家"創設者』



それから2日が過ぎた。

"ヤドリギの魔女"は図書館へと一切の寄贈を行っておらず、スティグマ自身の研究資料からその痕跡を探し続けるしかなかった。


「あ、ありました」

サクラが読んでいたのは研究資料ではなく日誌だった。

「7年前、グレンさんについての話があります。

『彼という例外を研究していけば"ヤドリギの魔女"の研究も進むかもしれない』だそうです」

「"完全適合者"についての研究資料ならここに確か……ありました」

ユキがチェックしていた資料の山から1冊の資料を取り出した。



その夜、"干魃の魔女"は1人で図書館にいた。

「……こんな時間に何の用ですか?」

"干魃の魔女"は座ったまま、振り返りもせずに尋ねる。

「荒事は好みじゃないから、穏便に済ませてくださいよ?」

「いやいや、そうは言ってもお互い攻撃特化の"魔女"同士……私より瞬発力のある貴女と戦う気はありませんよ」

そう答えたのはアグニだ。

「じゃあ何で人目を避けて会いに来た?」

「貴女がわざわざ子供のいないところで確認しようとした事と同じだと思うんですがねぇ……」

警戒する"干魃の魔女"の隣にアグニは座る。

「私も過去にスティグマ殿から誘われた事があって、その時に見てるんですよ……純粋に世界の秘密を解明しようとしていた、希望に満ちた目を。

そんな彼が故郷を攻撃している……日誌や研究資料にその理由が書いてある可能性があるのでは?」

「……私もそう思って、先にその辺りの資料を避けておこうと考えていましたよ。

まあ、貴女もその可能性に気付いているなら隠す必要は無さそうですね」

"干魃の魔女"はアグニに1冊の資料を渡した。

「お察しとは思いますけど、私が今夜ここにいるのは貴女達が探す『"魚"を人に戻す方法』にその理由があると考えています」

「……つまり、まだその辺りの記述は見つかっていないんですね」

アグニは受け取った資料を開く。

「貴女は私と違って長くスティグマ殿を見てきました……だからお聞きしたい。

彼の布教する教義にも目を通しましたが人と"魚"の共存を望んでいるように感じました。

ひょっとして、彼は本当は人を愛していたのではないですか?」

「……グレン殿がこの国に来て暫くするまでは、"聖帝"様は確かに人を愛していました」

"干魃の魔女"は寂しそうに口にする。

「はっきりといつからとは言えませんが、確かに今の"聖帝"様は人を『いずれ"魚"になる存在』と見ています。

我々のような"魔女"やタケゾウ殿はあくまでも個人として見ていますが、多くの人間に対してはそうです」

「たぶんスティグマ殿は人だった"魚"を人に戻せる事を証明して"魚"への恐怖を取り除きたかったんじゃないですかね。

それが不可能という結論が出て諦めてしまったのではないかと……」

「……まあ、そう考えますよね」

"干魃の魔女"はアグニの仮説を否定しない。

「そうであるとは断言できなくても、現時点ではそう考えるしかありません」

「そうですか……」

アグニは資料を閉じ、席を立った。

「2人には上手く説明します。

それと、詳細がわからないなら"ヤドリギの魔女"を探す方があの2人には向いていますから」

「そうしてくれると助かりますよ……あの子達がどんな地獄を潜り抜けてきたとしても、この問題にはまだ触れない方がいい」

"干魃の魔女"はアグニが閉じた資料を脇に避ける。

「"聖帝"様は確かに人を愛していた、か……」

ただ寂しそうに、"干魃の魔女"は呟いた。

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