14話
昔、"鰭無し"達に居場所は無かった。
"魚"の血肉を生で口にして肉体が変質した彼らを人は"魚"の同類とみなし迫害した。
事実、理性を失った"鰭無し"程その肉体は逞しく、"魚"以上の脅威となった。
しかし一方で理性のある"鰭無し"はその殆どが並みの"魚"にも劣る身体能力しか持ち合わせておらず、野生の世界では生きていけなかった。
そうして強い個体ばかりが生き延びた結果として『"鰭無し"は強い個体が多い』という認識に繋がり、それが更なる迫害を招く事となった。
人間からは迫害され、"魚"からは捕食される。
この世界に行き場など無い。
ある時、強い"魚"が多く棲息し人が暮らせない荒野の最果てにあった地で"魚"達が駆逐された。
エンヴィー・リヴィアタン。
宮本タケゾウ。
スティグマ・シャルルエル。
ゴルド・イオン。
人と"鰭無し"の入り交じった4人の"騎士"を中心に、その地にリヴィア王国とその首都イリエニアが築かれる事になった。
四方を山と海に囲まれたその街は"魚"達の侵入から弱い"鰭無し"達を守る事に成功した。
今から20年程前の事である。
14話 元凶
単独で斜面を下りきったリヒトはゆっくりと歩き、王都イリエニアの前に立ちはだかるエンヴィーの方へと向かっていった。
リヒトの白い"鎧"よりもエンヴィーの肉体は一回り大きく、また太く逞しい腕には後方で見守るリヒトの部下達も不安を感じていた。
事実、リヒトの部下達は知らない事だがエンヴィーは"鎧"を片腕で放り投げる程の豪腕の持ち主だ。
それでもリヒトは静かに歩み寄る。
そんなリヒトへ、エンヴィーが先に声を上げた。
「リヴィア王国、国王のエンヴィー・リヴィアタンだ!
ここから先には民間人と負傷者しかいない!
目の前の王の首が最後だ!」
その声が届き、リヒトの部下達がざわつく。
王都が一切の防衛を放棄しているばかりか、国王が表に立っているというのだ。
しかし、
「全軍、待機を続けろ!」
リヒトの指示に、彼らは一斉に押し黙る。
そして指示を出したリヒトはというと、エンヴィーの目の前で立ち止まった。
"鎧"の上半身の前半分が開き、リヒトが生身で地上に降りる。
再びリヒトの部下達がざわつくが、それでも命令を守り待機を続ける。
その様子を振り返りもせずリヒトは残り数メートルを歩いた。
「元気そうで何よりだ、エンヴィー」
「お前は老けたな、リヒト」
エンヴィーはその場に腰を下ろし、リヒトはその目と鼻の先まで近付いてやっと立ち止まった。
「"鎧"に乗ってたら会話の記録が取られるからな、私にも都合が悪い……何しろ攻撃命令で来たのだからな」
リヒトも腰を下ろし、そして訊いた。
「さて、今回の戦争の首謀者は誰だ?」
「"国民"だ」
エンヴィーは答える。
「ああ、言い方を変えよう……"国民"にそれを望ませたのは誰だ」
リヒトは更に追及する。
「お前の事だ、それを許す程の相手の事は私にも教えたくはないだろう……だから今の答えを出した。
そうなると建国の4騎士が怪しくなってくる……いや、それくらいしか考えられない。
しかもそのうち1人はこちらの帝都の出身で、今は各地での宗教活動で信者を増やしてる事も確認できている。
第3騎士、スティグマ・シルルエル……そいつなんだろう?」
「……そこまでお見通しか」
エンヴィーはもはや隠し通せないと悟ったようだ。
「この国はあの男に恩がある。
あの男は言葉を巧みに操り、民に希望を与えた。
人と変わらぬ外見は人との商取引を可能とし、多くの知識や技術をこの国にもたらした。
だからこの国の民は、あの男の悲願の為に戦う事を選んでしまった」
「その悲願ってのは──」
「故郷である帝都ルスタッドへの帰還、そしてその邪魔をする者の排除」
エンヴィーはリヒトの考えている通りの言葉を口にした。
その昔、ヴァルナ帝国の帝都ルスタッド内で1人の女が"鰭無し"になった。
どうして帝都内で生の"魚"を口にしてしまったのかは未だにわかっていない。
ただ彼女は理性を失って暴れてしまい、早々に討伐されてしまった。
その死体の解体処理中、お腹の中から人間の赤子が発見される。
学術的に貴重なケースであった事、また貴族の1人が『奇跡の子』と呼び引き取る事を申し出た事から赤子は生き延びる事となる。
それから20年が経ち、彼は立派な青年となっていた。
ある日、1人の衛兵がたまたま目撃してしまった。
青年が街の外で"魚"と話をしていたのだ。
噂は瞬く間に帝都中に広まる。
ある者は『"魚"が人を襲わないよう説得してくれる』と語った。
ある者は『"魚"と一緒に人を襲う事を考えている』と語った。
その事態に皇帝が下した判断は、青年の追放だった。
青年が帝都を去ったその次の朝、帝都を無数の"魚"が襲った。
帝都は防衛を突破され半壊し、街は人と"魚"の死体がそこら中に転がっていたという。
「25年前のあの日、スティグマはたまたま会った"魚"に告げたそうだ……『故郷を追われた』と。
その結果、翌日には"魚"達はルスタッドを襲った」
エンヴィーはかつてスティグマ本人から聞いた話をリヒトへと伝える。
「スティグマは"魚"達を人から遠ざけ殺されないようにしていた。
それに恩を感じていた"魚"達の暴走だろうとスティグマは言っていた。
それを今度は自らの意思で行おうと……自らの意思で、自らの故郷を攻撃させようというのだ」
「止めさせようとはしたんだな?」
リヒトの問いにエンヴィーは力無く頷く。
「ああ、したさ……だが私が気付いた時にはもう"国民"達の意思は固まっていた。
だから私は王としての"役割"に従う事を選んだ……共に国を造った友としてな」
「なるほどな……お前なりにできる事はした訳だ。
だが、奴がシュライク王国で信者や"鰭無し"を増やしていた事は知らない筈だ」
その言葉にエンヴィーの顔色が変わる。
「何だと……ジッド殿の国にまで手を出していたのか?」
「おまけに今はエクスシアもあの国にいる……知っていたら止めていたか?」
「わからない……いや、止められなかったと思う。
スティグマの事だ、私に知られてもいいように準備していたに違いない」
「……今更責めても仕方がない。
この戦争はお前の首では止まらない事さえわかれば良い……外の騎士達の首も必要以上に取る意味を失った」
リヒトは立ち上がり、"鎧"に向かって叫んだ。
「ジリオス!全軍に撤退を命じるぞ!」
「やっぱりそうなるのかよ……」
制御AIのジリオスもそれを予想していたようだった。
「リヴィア王国、王都イリエニア及び国王自身には戦う意思は無し!
第3騎士スティグマ・シャルルエルの討伐によりリヴィア王国軍の戦意が削がれるまでの防衛が最優先と判断する!」
リヒトの言葉は即座に部下達へと伝えられた。
一方、シュライク王国内では既にスティグマの──"聖帝"の信者達が動き始めていた。
ある街は信者の兵士達が"鎧"を持ち出そうとし、信者ではない兵士達と衝突していた。
掌握が完了している街は兵士達の出兵を住民達が見送った。
既に一般の住民の多くが"鰭無し"と化している街は"鎧"と"鰭無し"の大軍が街を去った。
それだけではない。
砂漠の"魚"達も全てではないがその大軍に加わっていく。
その全てがヴァルナ帝国軍の背後からルスタッドを襲撃しようと東へと向かっていった。
ヴァルナ帝国の東部にいるリヴィア王国軍にもその様子は伝わっていた。
「そうか!予定通りスティグマが動き出したか!」
ゴルドは相変わらず大声で話す。
「ならばこちらはソニードとスラウが落ちた分、きっちり働かねばな」
小柄なズールも気合いを入れ、普通の"鰭無し"には無い事が多い長い尾で砂を掬う。
「この街はどこまで荒らす?」
ズールは眼前の街を見据える。
街壁の上には兵士や"鎧"が見え、既に迎撃の準備ができている様子だ。
「ここも救援が必要なくらいで終わらせる!」
ゴルドは巨大な右の拳を握る。
「街壁の護衛の処理は任せるぞ!」
「OK、やってやる」
ズールは尾を振り回して砂を射出した。
飛び出した砂が空中で拡散し、更に地上の砂を巻き上げて煙幕のように視界を塞ぐ。
そして兵士達が砂煙の中へと気を取られた瞬間、ズールは高速で砂の中を潜行し街壁の基礎に激突した。
足下からの衝撃に兵士や"鎧"がバランスを崩したその数秒でゴルドが街壁までの距離を詰めた。
そして今度は何の衝撃も無く、ゴルドの拳が街壁の一部を文字通り消し飛ばした。
そこには破片も何も残らず、残された街壁の断面も職人が仕上げたかのように滑らかに削り取られていた。
1機の"鎧"が即座に剣を握りゴルドへと襲いかかるが、ゴルドが軽く右腕で払い除けると剣も上半身も消失してしまう。
「このまま通り抜けるぞ!
死にたく無い奴は下がってろ!」
ゴルドは叫び、そのまま直進した。
その固く握られた拳に触れた建物は一瞬で消失し、彼の進む道がどんどん出来ていく。
その道をゴルドは突き進み、更に建物を消して道を作り続ける。
そして──
「しまった!」
巨大な落とし穴に転落してしまった。
そのままゴルドはすり鉢状の穴の中心へと転がり落ちていく。
「いやいや、この数日で何度も同じ手を使ってたら対策もしますよ」
兵士の1人が、街壁の消えた空間を通り抜けてきたばかりのズールへと告げた。
「この街は半分放棄しました……貴方達を分断する為に」
「そうかよ」
ズールはすぐ地中に潜り、砂を揺らして辺り一帯を底無し沼のようにしてしまった。
「王国騎士を相手に、人間が敵うのか!?」
建物も、"鎧"も、兵士も、石畳も、何もかもが砂に沈んでいく。
「第8騎士、ズール・フール!
お前達を砂へと還す者の名だ!」
「ワイヤーを張れ!飲まれるな!」
"鎧"達が背中のユニットから街壁へとワイヤーを射出し、砂に沈まないよう自らを引っ張り上げる。
しかしその足下から砂が吹き上がり、摩擦でワイヤーを削っていく。
「こんな手まで──」
「甘いんだよ、人間ごときが!」
ズールは1機の"鎧"の背後から尾だけを地上に出し、その先端でコックピットを貫いた。
その瞬間に街壁の上から銃弾が降り注ぐが、ただ砂が舞い上がるだけでズールには当たらない。
ズールは砂の中を高速で泳ぎながら、次々に"鎧"のコックピットを貫いていく。
1機、また1機と、"鎧"が為す術も無く沈黙していく。
そして街壁の下にいるまだ動ける最後の"鎧"の足下の砂が──
その時、街壁の上から飛び降りた"鎧"が砂の中へと銃剣を突き刺した。
着地の衝撃で砂が飛び散り、深く抉れる。
その大穴の真ん中にいた"鎧"は、漆黒の装甲の胸に白いラインの入った"レイヴン"──意識不明だった筈の烏丸ツバサの"鎧"だ。
そしてその足下には半分砂に埋もれたズールが倒れていた。
「全軍に2件、緊急連絡だ」
全ての"鎧"に通信が入る。
「まずは烏丸ツバサ第2師団長が病院から姿を消した」
「それなら、今ちょうど目の前に……」
誰かが通信に答える。
「居場所がわかれば良し。
もうひとつは、イリエニアの攻略は不要だと国王と交渉した神楽坂リヒト第1師団長が判断した。
第3騎士の討伐及び国王軍の侵攻停止までの防衛を優先する事とする」
「聞こえてたか、"魚"よぉ」
ツバサはズールに声をかける。
ズールはというと、まだ意識はあるようだが銃剣に胴体を貫かれ砂を血に染めている。
「こっちはお前達の王と話をつけて、必要最低限で戦いを終わらせる事にした。
お互い、これ以上ここでやり合う意味は無いだろ?」
「ズール!お前──」
「ああ、ちょうど良かった」
穴から這い出してきたゴルドへとツバサは声をかける。
「こいつはまだ生きてる。
お前に出来るなら、こいつを連れて国に帰れ」
ツバサはライフルから銃剣を外した。
「抜くなよ、余計な出血が増える。
それから、エレノア・ガーネットに伝えろ……烏丸ツバサを生かした礼だ、と」
「……そこまで言われたら断る理由も無いな」
ゴルドは穴の底へ降り、大きな手のひらでズールを掬い上げた。
「俺はこいつを連れて帰る……だが、まだ終わりとは思うなよ」
ゴルドは穴の外へと跳び上がり、そのまま東へと走り去っていった。




