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IRON TALE  作者: 貫井べる
15/41

13話

それは30年前の事。


シュライク王国の西の果て、渡った者などいないと言われる大砂漠に面した街に2人の旅人が辿り着いた。

2人は見慣れない形式の"鎧"に乗っており、街の門番も通す事を渋った。

しかし2人は意にも介さず、ただ食料等の商取引を済ませると王都の方角と距離を確認して去ってしまった。




13話 流星の姫




「父上!」

広間に入ってきたのは第8王子のジッド──後にシュライク王国の国王となる王子だ。

「西の大砂漠への度重なる"調査団"の遠征……人員も資金も浪費し民に圧政を強い、その実態は国交の無いアーシズ王国への侵攻!

おまけにあちらはまだ8歳の娘を人質として差し出す事を条件に停戦を申し出たというではないか!」

ジッド王子は激昂しており、衛兵達に緊張が走る。

「民や、敵国の姫とはいえ子供まで巻き込んで、そこまでしてする戦争ですか!」

「なんだジッド、婚約者が20も年下では不満か?」

王はジッドを相手にする気も無さそうだ。

「不満ではありますが、今はその話ではない!

侵略戦争の是非を問うているのです!」

ジッドは丸腰で、しかも王との距離も十分に取っている。

それは彼なりの『武力を行使しない』という意思表示ではあったのだが、それでも衛兵達はジッドの気迫に圧倒されていた。



王との時間の無駄にしかならない問答を終え、ジッドは自分の執務室に戻った。

「王子、陛下にお話する前にいくつかご相談が」

窓の外に隠れていた役人が小声で話しかける。

「入れ、今は誰もいない」

ジッドが窓を開け、役人を招き入れた。

「まず一点、アーシズ王国からの密書が届きました。

エクスシア姫が失踪したそうです」

「……大問題だな。

今は父上の耳には入れるな」

ジッドは即座に判断する。

「姫を人質とし停戦を申し出ている今、姫の失踪を父上が知れば更なる攻撃の口実にするだろう。

大砂漠を渡るだけでも命懸けだというのに兵士の数を増やしては損害まで増えてしまう」

「そのように致します。

それからもうひとつ、関連するかもしれない事が……西部の街でアーシズ王国の金貨が使用されました」

「何?」

「街門での商取引で使用されたそうで、重量で判断し適正な価値で処理したとの事です。

しかしアーシズ王国からの一般の渡航者など今まで確認できておらず、街でも"不明な金貨"であるとして報告が入りました。

使用したのは若い男性と幼い子供の2人だった、と」

「幼い子供……しかし姫が大砂漠を渡って来るのだろうか」

「それが最後の報告ですが、大砂漠を横断中だった侵攻部隊がちょうどその街とアーシズ王国の直線ルート上だけ音信不通となっているようです」

「……大砂漠を渡ったのか」

ジッドは頭を抱えた。

「2人だけの旅となれば、よほどの実力者を連れているのだろう。

しかし通り道の大隊を倒す程か……信じたくはないな」

「アーシズ王国では有名な盗賊団が壊滅し殆どの構成員が逮捕されるか死亡が確認されたそうですが、雇われの護衛が1人だけ行方知れずとの事です。

盗賊団のアジトを襲撃したのは単騎の"鎧"らしく、正体もわかっていません」

「関連する事件かわからないが、関連してたまるものかとは思う。

侵攻部隊が攻撃を受けた事は隠しようが無いが、他は父上に話すな」

「承知致しました。

では、これにて失礼」

役人はまた窓から外に出ていった。



王宮の中央にある広間では国王が"魔女"と話をしていた。

「いやいや、せっかく"魔女"殿のおかげでアーシズ王国への侵攻が可能となったというのに……申し訳無い」

「いえ、ジッド殿のご意見も正論ですよ……

何しろ、派兵の理由も行き先も民は知りません。

あまりお気になさらず」

"魔女"と呼ばれた女性が答える。

「しかしあのような反発があっても侵攻しなければ、この国の資源はいずれ底を尽きます」

"魔女"は嘘を口にする。

資源に限りがある事は事実だが、戦争は意味がないどころか浪費にしかならない。

「今はあちら側から停戦を申し出てきています。

この機会に資源を要求し、"交易"として国民に成果を知らしめましょう」




エクスシア姫の失踪をジッド王子が知ってから3ヶ月が過ぎた。


その日、シュライク王国東部の採掘場を"千里眼の魔女"が訪れていた。

彼女は最近になってジッド王子に雇われた"魔女"で、"魔女"としてはレベル6に相当する。


街壁に囲まれた街の中にある直径100メートルの縦穴は、石材で固めた壁面に沿って螺旋状に階段が設置されている。

それは砂の地層が終わる地下数十メートルまで続き、その先の岩石の層は一回り小さい穴になっており外周の階段の脇に定期的に横穴が空いている。

そして地上からは穴の底へと運搬用のクレーンがのびていた。


「こりゃ、確かにキツそうだな」

"千里眼の魔女"は地上から穴を覗き込んだ。

「報告の通り、坑道の8割はもう安全に掘れる限界で残りも採掘量が少ない。

王子にもそう伝えておくよ」

そう告げ、"千里眼の魔女"はすぐに視察を終えてしまった。



王都から離れた砂丘の上、エクスシアは殺したばかりの"アサイラム"の背の上で望遠鏡越しに王都を覗いていた。

傍らには電極を"アサイラム"の身体に繋いだ携帯肉焼きプレートが置いてあり、その上で"アサイラム"の肉が焼けている。

"アサイラム"──"鎧"や"魚"を丸ごと噛み砕く強靭な顎と牙を持つ巨大な"魚"で、100メートル級も存在するこの世界で最大の捕食者だ。

異世界の巨大人食い魚信仰から名前を取ったとされるその"魚"が、今やたった1人の少女に捕食されていた。

「あー、なるほど理解した。

採掘場の地盤が魔法で緩んでる形跡がある、と」

エクスシアはひと切れの肉を口に放り込む。

「ミラナさんの見解は、それもあの"魔女"の仕業?」

「間違いなくそうですね」

通信相手のミラナ──"千里眼の魔女"はそう答える。

「"絶望の魔女"……フェルノ紛争地帯の領土争いに参加した記録が無い、完全な未知数の"魔女"。

私の見立てじゃレベル80はある」

「レベル8以上のバケモノは推定でも世界に数人程度だっけ?」

「ええ、レベル5を超えれば上々というのが"魔女"達の常識……

とはいっても、"魔女"としての力が私の10倍以上あってもそれが戦闘向け能力とは限らないし、その力をどれだけ使いこなせるかは別問題。

何より、物事を考える頭はひとつしか無いんですよ」

「ま、実際レベル6の"魔女"でこんな便利な道具を作れるんだもんね……まともにやり合わない方が安全なのは確かだ」

エクスシアが言う道具とは、彼女が今ちょうど使っている望遠鏡だ。

それは"千里眼の魔女"の力により、遥か彼方の王都を目視する事ができた。

「ところで、情報通り王宮前広場で出発式してるんだけど国王の隣にいる小さめの"鎧"が"魔女"だっけ?」

エクスシアがそう訊いたのは、高さが精々2.5メートルの"鎧"だ。

「コックピットブロックが無いけど、"魔女"はあんなんに乗るの?」

「私ら"魔女"の"鎧"は身体を変質させたものなんですよ。

コックピットが必要な搭乗者がそもそも存在しないんです」

「へぇ……じゃあ、アレぶっ壊せば"魔女"も死ぬのか」

ミラナの答えに対し、エクスシアの反応はあまりにも単純なものだった。

「エクスシア、やっぱりやるのか?」

砂丘の下、白い"鎧"の陰で休む男──リヒトが問う。

「王都に3人で攻め込むだなんてまともじゃない。

そういう無茶に付き合える機会、ここで逃すつもりは無いぞ」

「流石リヒト、やっぱり拾って正解だった」

エクスシアは満足そうに言うと、改めて"魔女"とその周囲の様子を確認した。




1週間後、次の遠征隊の出発式。

その真っ最中の事だった。


エンヴィーの投擲で王都の正面街門へと突っ込んだリヒトが完全解放前の街門を切断し閉鎖できなくしてしまった。


王宮前広場での出発式の場にも警報は届いていた。

「陛下!」

現場からの報告はすぐに届く。

「正面街門が突破され──」

最初の警報から最悪の結果が報告される異常事態に、王も隣の"魔女"も正面街門に気を取られる。

そしてその方角からこちらに文字通り飛んでくる"鎧"を見て呆気に取られる。

「アーシズ王国、"元"王女!アーシズ・エクスシアだ!」

エクスシアはその巨大な剣を"魔女"の"鎧"の胸ごと地面へと突き刺し、強引に減速し着地した。

「婚約の破棄、そして終戦を要求する!」

腰を抜かした王へと拳銃を向け、エクスシアは告げた。


"絶望の魔女"は今まさに"絶望"していた。

"鎧"は解除され、貫かれた胸から左肩へと広がる傷は自身の敗北と死という現実を嫌でも突き付けてくる。

しかし、何故意識があるのかはわからない──わからないが、自暴自棄になった彼女が最後の手段を取るのには右腕さえ動けば十分だった。

"魚"の血液を入れた小瓶──全てが失敗した時に全てを滅茶苦茶にする為に袖口に忍ばせていたそれの蓋を開けた。


突如、"魔女"の身体が泡のように膨れ上がった。

「ハハハ!これは良い冗談だ!」

"魔女"の笑い声と共に立ち上がった巨体は、その背の巨大な翼を広げる。

「"魚"の血肉で"竜"と成るなど、誰が予想するものか!」

"魔女"は──いや、"魔女"だった"竜"はその口から火の玉を吐き出し、その直撃を受けたエクスシアの"鎧"は爆発した。

「"禁忌"の力すら我が手にあり!

全てを失った筈が、それ以上の力を得るとはな!」

"竜"はその前足で捕らえた王をその口に放り込み、丸飲みにしてしまう。

「もはやシュライク王国もアーシズ王国も不要!

己が力のみで!フェルノの地を統べられる!」

「ああ、そうかよ」

炎の中、エクスシアの声。

「……この力を見てまだ口をきけるか」

「上っ等……!」

エクスシアの"鎧"は左腕を失い、中程で折れた剣を杖に立ち上がるような有り様だ。

「自由の代償なら、このくらいは無いとなぁ!」

「ならばここで滅べ!」

"竜"が再び火の玉を吐く。

しかしその火の玉は突如として飛び出してきた"鎧"が槍で凪ぎ払いかき消してしまった。

「お初にお目にかかる……第8王子、シュライク・ジッドと申す。

私では釣り合わぬ程の素晴らしき豪気……私もそこに乗ろう」

「ならば共に死ね!」

"竜"が飛び立とうとするが、その背後から飛んできたリヒトが左の翼を切断する。

「ったく、どいつもこいつも無茶ばかり……」

地面を滑りながら着地したリヒトはエクスシア達よりも後方で止まる。

「だが、こうでもないとな!」

「貴様ら──」

リヒトに気を取られた"竜"の背後から、その尾をエンヴィーが掴む。

「理性を失うとは苦しかろう」

エンヴィーは自身の倍以上はある"竜"の巨体を振り回し、王都の外目掛けて放り投げた。

「エクスシア、行けるか!」

「お前こそ疲れて無いか!」

エクスシアが剣を構え、そのコックピットブロックにエンヴィーが手をかけたかと思うと力一杯にぶん投げた。

片翼を失った"竜"は既に落下し始めていたが、最後の足掻きとばかりに口から火の玉を──吐けなかった。

それを予想していたジッド王子が既に槍を投げており、"竜"の右目に突き刺さる。

苦悶の叫びを上げる"竜"へ、エクスシアはその剣を叩き付けた。


その日、シュライク王国の王都の上空を一筋の流星が走った。


"竜"の首と身体は破壊された正面街門を通り抜けるように王都の外へと墜落し、砂漠へと転がった。

そしてエクスシアはより遠くの砂丘に突っ込み、派手に砂煙を上げながら次の砂丘で止まった。




"千里眼の魔女"の情報により"絶望の魔女"の悪事は暴かれ、何より王宮前で国王を食い殺した事により国民は一連の騒動を『国を乗っ取ろうとした"絶望の魔女"によるもの』と理解した。

しかし国民の圧倒的な支持で国王となったジッドにより事件は童話として伝えられ、"鰭無し"であるエンヴィーや"竜"の存在はそれまで通り架空のものとして扱われる事となった。


あれから30年。

療養中のエクスシアの元をジッド国王が訪ねた。

「エクスシア殿、この度はうちの息子が迷惑をかけたそうだな」

「余計な心配だよ」

エクスシアはそう返し、ジッド国王へと問いかけた。

「リヴィア王国とヴァルナ帝国の戦争の話をしに来たんだろ……エンヴィーとリヒトを信じてもいいか?」

「共に旅をした貴殿が信じるならば、私が口出しする事では無い」

ジッド国王はそう答える。

「こちらの国を巻き込んだ事はヴァルナの皇帝が責任を取ると申し出ている。

後は貴殿の仲間達次第だ」

「そうか……」

エクスシアはそれ以上、その話題を口にしなかった。

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