9話
ヴァルナ帝国の帝都、ルスタッド。
護衛の者すら入ることを許されない会議室にアスラが到着した。
「よお、久しぶりだなクソジジイ」
その言葉に1人の男が食ってかかった。
「貴様、陛下に何て口を──」
「おい」
その男へとアスラは視線を向ける。
「お前、皇族に向かって何て口だ?」
「……申し訳ございません、口が過ぎました」
「ハハハ、悪い悪い、お前が正解だ。
そういうクソ真面目なお前じゃなきゃ第1師団のトップは務まらねえよな……私やツバサには無理だ」
「聞こえてるぞクソ女」
遅れて部屋に入ってきたツバサは当然のように暴言を吐く。
「おい、もう帰ってきたのか?」
「陛下、第2師団長の烏丸ツバサ、シュライク王国より帰還致しました」
ツバサはアスラの言葉を無視してその会議室にいる老人に手短に報告した。
「全員揃ったようですので、さっさと始めていただけますか」
「そうだな、始めるか」
その老人──皇帝はやっと口を開いた。
ただしツバサの発言を咎めはせず、すぐに集まった者達の名を呼び始めた。
「第1師団"ガーディアンズ"師団長、神楽坂リヒト」
「はい、こちらに」
先程アスラに食って掛かった男が答える。
「第2師団"レイヴンズ"師団長、烏丸ツバサ」
「はい、こちらに」
ツバサも同じく返事をする。
「第3師団"ケルベロス"、トライサード・アスラ」
「はい、こちらに」
アスラも儀礼的な返事はきちんと返す。
「第4師団"ハンターズ"師団長、アルスター・ブレン」
「はい、こちらに」
先程までのやり取りを無視し続けていた男が口を開く。
「以上4名、まずは出席を感謝する。
そして早速だが、リヴィア王国の進軍について話をする」
皇帝は4人の携帯デバイスに地図を表示させた。
「王国は9人の王国騎士のうち4人が国境を越えている。
第4師団にはその掃討を頼みたい」
「畏まりました」
「第2師団は王国に残った4人の騎士を分散させ、第1師団はその隙を突いて王都を押さえて欲しい」
「はい」
「承知しました」
「それから、最後の騎士……"聖帝"がシュライク王国で配下を増やしている。
8人の騎士とは反対側のそちらをアスラに頼みたい」
「確認、いいか?」
アスラは皇帝に問う。
「今まで確認した事無かったけどよ、あのクソ野郎は私が殺しても構わないんだよな?」
「お前にはそれを決める権利がある……いや、お前にしかその権利は無い」
皇帝はアスラにはっきりとした答えを返さなかった。
9話 衝突
ヴァルナ帝国にアスラ達が集まる数日前の事だ。
リヴィア王国の王都、イリエニア。
王宮の広間に、人のような四肢と"魚"の頭を持つ"鰭無し"達が集まっていた。
「よお、爺さんまだ生きてたか!」
「ゴルド、相変わらず鍛え上げた肉体だな」
巨大な右腕を持つ巨大な"鰭無し"に人間の老人が答える。
誉められた"鰭無し"の上機嫌な笑い声が広間に響いた。
「ハハハ!"魚"の身体はいいぞ!
鍛えれば人間よりずっと強くなれる!
爺さんも強いんだからよ、人間のままじゃ勿体無いよな!」
「そうは言っても、タケゾウ殿は僕の血すら受け付けない"完全耐性者"だとわかってるだろう?」
口を挟んだのはスティグマ──シュライク王国で"聖帝"と呼ばれ怪しい宗教を広めていた男だ。
「それに、君より強いの……"完全適合者"のグレンはともかく、タケゾウ殿もエレノアも人間だ。
必ずしも"魚"の肉体が強さに直結するとは限らない」
「ハハハ!それもそうだったな!」
スティグマに意見を否定されてもゴルドは素直に認める。
「それに、そういうお前も"半魚人"っていう割に肉体は人間そのものだったよな!」
「僕よりは君の方がずっと強いだろう?」
「単体ならな!
だがお前の強さは"群れ"の強さだ!
それと比べないと意味は無いだろ!」
大きな声で話し続けていたゴルドだが、ある"鰭無し"が広間に到着した事にはすぐに気付いた。
「おっと、陛下が来たみたいだな」
ゴルドは右の拳を床に突いた。
「王国騎士9名、揃っているな」
広間に入ってきた"鰭無し"は身長4メートル程度で、ゴルドの半分程しか無い。
「第1騎士、エレノア・ガーネット」
「はい、確かに」
身長2メートルを超える痩身の女性が、鞘に納めた身長程もある太刀を背負って立っている。
「第2騎士、宮本タケゾウ」
「はい」
エレノアの隣で、彼女と比べるとかなり小さなタケゾウが答える。
「第3騎士、スティグマ・シャルルエル」
「はい、いますよ」
スティグマはタケゾウよりは背が高いが、隣のゴルドに踏み潰されそうだ。
「第4騎士だが……四条グレンは怪我を理由に辞退を申し出た。
また空席とする事も拒否したため、以降を繰り上げとする」
「陛下、俺は認めませんぜ?」
そう言ったのはゴルドだ。
「実力以外での昇格は不服か?
ならば今すぐ病室のグレンと戦ってくるか?」
「……それは出来ないな」
「ならば第4騎士、ゴルド・イオン」
「……はい」
まだ不服そうではあるものの、ゴルドはその地位を受け入れた。
「第5騎士、ソニード・ストレイン」
「はい」
痩身で小柄な"鰭無し"が答える。
「第6騎士、スラウ・アイゼン」
「はい」
答えたのはゴルドを上回る巨体の"鰭無し"だ。
「第7騎士、リターナ・オルトレイト」
「はい、確かに」
それは痩身でしっかりと直立した"鰭無し"で、背中には太刀を背負っている。
「第8騎士、ズール・フール」
「はい、おります」
尾のある"鰭無し"が答える。
「そして第9騎士だが──」
集まっていた他の"鰭無し"達がざわつく。
「スティグマより、彼の強力な血への"完全適合者"を推薦された。
リリレイン・アリシア、前へ」
「はい」
身長3メートル程度の"鰭無し"が──かつてアルガレイドで暮らしていた少女が、ズールの隣に立った。
「汝を新たな第9騎士に任命する」
「承知致しました」
アリシアが答えたところで任命されなかった"鰭無し"達から拍手と歓声とブーイングが飛び交った。
「不満のある者がいる事は承知している」
国王は広間を見渡す。
「諸君らの実力は認めているし、彼女が何の実績も無い事も確かだ。
しかし"完全適合者"の強さはグレンが証明しているし、彼女がハズレだったならばまたすぐに空席となる。
その空席を狙う者に朗報だ……いよいよ本格的にルスタッドへ侵攻する」
"鰭無し"達から今度は満場一致の歓声が上がった。
"魚"と呼ばれる、異世界の水棲生物に長い手足が生えたような巨大生物がこの世界に存在する。
そしてその"魚"の血肉を生で摂取した人間は"魚"になる。
"鰭無し"と呼ばれるその"魚"は野生で繁殖した"魚"よりも小柄だが強力な個体が多く、人の記憶と理性を失っている者ほど強い力を獲る。
だが、リヴィア王国の9人の騎士達は理性を持ちながら実力のみで選ばれていた。
ヴァルナ帝国、東の国境付近。
その小さな街に辿り着いた行商人達の車列の中にサクラ達はいた。
「嬢ちゃん達、東に行くのかい?」
街門の審査官が問う。
「君たちみたいに行商人の護衛としてついてきてた子が同行者を探してるんだけど、ここより東って国境か王国かだからさ……もし良かったら話だけでも聞いてみない?」
「いいですね」
相変わらずサクラの判断は早い。
「滞在先を教えてください」
滞在先の宿の1階にあるカフェでユキは地図に目を通していた。
そんなユキにサクラが声をかける。
「東への同行者を探している人ですか?」
「はい、そうですけど──」
ユキは顔を上げ、サクラの顔を見た。
「お前、どうしてここに──」
「ああ、シュライク王国から来た人ですか」
ユキの反応でサクラは察する。
「しかも悪人の反応。
おまけに私と戦う理由があると見ました」
「……まあ、目的が一致するなら戦う必要が無いどころか心強いですね。
いきなり失礼しました」
ユキは落ち着き、そして問う。
「それで、どうして探している相手が私だと思ったのですか?」
「子供が1人で地図と睨み合ってたので、1人で動けるくらいには腕に自信があるのかと思って」
サクラはそう答え、今度は逆にユキへと問う。
「貴女はどうして東に行くのですか?」
「……声には出さないでください」
ユキは携帯デバイスに文字を入力し、その画面を見せた。
『"魚"になった人を元に戻す方々を探しに行く』
サクラはそれを読み、今度は自分の携帯デバイスに文字を入力して見せる。
『私より詳しそうですね』
『私も知り合いの声がする"魚"に名を呼ばれただけです。
ろくな知識はありません』
ユキは正直にサクラへと伝える。
「ああ、それなら……」
サクラはドリンクを乗せたトレイを運んできたアグニを振り返る。
「アグニさん、この人ですけど……この件で東に行くらしいです」
「ん、宜しく頼むわ。
それで用件は──」
アグニはユキの携帯デバイスを見て面倒臭そうな顔を見せた。
「……まいったな、こいつは面倒だぞ」
『何かご存知ですか?』
ユキは携帯デバイスの文字で問うが、アグニは気にせずに話す。
「いや、私はろくに知らないが心当たりだけはあって……
昔、何人かの"魔女"と共同研究してるって奴から声かけられた声あったんだけど、研究内容に含まれてたんだよな。
名前は忘れたけど、王国の第3騎士って言ってた」
『当時その地位だった者の所在を確認するとしたら、やはりイリエニアまで行くしか無さそうですね』
「私達もそこまで行くし、ちょうど良いんじゃないの?」
アグニはサクラとユキにドリンクを渡し、自分のドリンクに口をつける。
「アグニさん、ひょっとしてもうお酒ですか」
サクラに咎められるがアグニは無視する。
「私はアグニ。
で、こいつがサクラ。
嬢ちゃんの名前は?」
「私は──」
ユキが名乗ろうとした時、街に警報が鳴り響いた。
その街の防衛ラインはあっという間に突破された。
スラウ・アイゼンはその分厚い鱗で銃撃をものともせずに直進し、両の拳で強引に街門を突き破った。
そしてソニード・ストレインは当然のように弾丸を避け、素手で"鎧"を引き裂いていく。
スラウは街門を破ったまま建物を破壊しながら直進を続け、集まってくる"鎧"はソニードが飛び回って仕留める。
「ハハハ!この程度かよ!」
ソニードは"鎧"を次々と撃破しながら、遠くに帝国製ではない"鎧"を見つける。
「……嫌な予感がする。
スラウ、一旦任せる」
「わかった」
ソニードがその"鎧"──全くのノーカスタムの"サーペント"へ向かうのをスラウは了承し、尚も建物と"鎧"を破壊しながら進んでいく。
そんなスラウの進む先に、やはり帝国製ではない"鎧"──散弾銃を手にした"マーゲイ"が姿を表した。
ソニードの高速の突撃は、"サーペント"の右手で肘を弾かれて軌道を逸らされた。
スラウの巨大な拳の一撃は、"マーゲイ"に踏み台にされ跳躍に利用された。
サクラは突っ込んできた小柄な"鰭無し"の突撃を軽くかわし、すれ違い様にその頭部へロングライフルの大口径の弾丸を直撃させた。
ユキは"鰭無し"の拳を踏み台に跳躍し、その眼球を3発のスラッグ弾で貫通させると至近距離から更に何発も散弾を撃ち込んだ。
短時間のうちに街に甚大な被害をもたらした2匹の"鰭無し"は、全く同時に絶命した。
ソニードは脳髄をぶちまけながら遠くの建物に激突して身体がひしゃげ、スラウは左目から血を噴き出しながら崩れ落ちた。
「聞いていた通り、並みの"魚"より強いですね」
サクラはソニードが激突した壁を振り返る。
「自分の速度で激突してアレですからね……」
その壁は大きく崩れ、辺りに瓦礫と血と肉片が撒き散らされている。
「それで、貴女が私と戦う理由がある事はわかりました」
サクラは今度はユキに視線を向けた。
「その"鎧"にその銃……戦った事がありましたね」
「……そうですね」
ユキはサクラに話を合わせる。
戦う理由は他にもあるが、今はその時ではない。
「私はユキ。
確かに貴女と戦う理由がありますが、今は共通の目的があります。
貴女が構わないというなら、ここから先しばらく同行させていただきたい」
「断る理由はありません」
サクラの答えは変わらなかった。
「行きましょう、東へ」




