8話
餓えた大地は万物を喰らい、いずれ砂へと還す。
灼熱の太陽と灼熱の砂丘が全てを焦がし、その大地に食料となるものは殆ど残らない。
人はおろか"魚"達ですらまともに生きる事は困難で、互いが互いを食い潰す事で生き永らえている。
そう、そこは餓鬼の国。
街壁に守られなければ、"鎧"を纏わなければ、人は生きていけない。
8話 鎧の物語
砂漠の真ん中を1台のトレーラーが駆け抜けていた。
「おい、本当にあそこが予想の場所なのか!?何も無いぞ!?」
アグニの問いに、既にトレーラーから降りて先行しているサクラが答えた。
「はい、『何も無い』と見えているなら恐らく正解です」
サクラは計器のエラーを無視して直進する。
「私には『何もない』事すら理解できません」
「じゃあ何でここに来たんだよ!?」
「この辺りには放棄された街があった筈……それなのに誰も辿り着けないし、誰もそれを疑問に感じない。
もし相手の"魔女"の能力で『隠しているという事実』も認識できなくなっているのだとしても、上位のアグニさんには恐らく効きません。
そのアグニさんの言葉には計器のエラーを無視できる私なら従えます」
「そんな不確かな理由で来たのかよ……」
「ええ、これは賭けでした……でも見つけました。
だから、最後に物理的な隔離魔法をぶち抜いてください」
「そういう事ならやってみるか」
アグニは運転席の窓から半身を乗り出し、サクラには見えないという何も無い砂漠の真ん中へと手を向ける。
その瞬間、トレーラーの前方の空間から何かが高速で射出され、虚空で消えたかと思うと遥か彼方の砂丘を吹き飛ばした。
「確かにあるな……街ひとつ覆えるくらいの隔離空間」
アグニは今度は手を上げる。
「だったらあのクソ"魔女"を消耗させる。
街壁狙いならぶち抜いても被害は少ないだろ」
トレーラーの遥か上空から横一列に何かが連続で射出され、街壁があるであろう位置で砂煙が上がった。
「地中に大質量を逃がすなんて出来ない。
これだけ叩き込めば限界だろうな」
アグニの言葉の通り、砂煙の向こうに街が見えるようになった。
「じゃあ、行ってこい」
「ありがとうございます」
アグニはトレーラーを停め、サクラは単身で街へと突入していった。
崩壊した街壁と掘り返された地盤を乗り越えたサクラを出迎えた"鎧"は、徹底的にカスタムし尽くされた"ヴァイパー"だった。
その手に握る長槍には王家の紋章の描かれた旗がくくりつけられている。
「やはりいましたか、シュライク・ガット第1王子」
「"不死身のサクラ"……何故ここにいる?」
サクラもガットも互いの"鎧"を見て相手が誰かを見抜く。
「王都の警備に呼ばれなかったのか?」
「呼ばれましたよ……だからミード王子に言いました。
敵は集まった雑兵を狙って攻めてくる。
ただし第1王子はこの戦いを『王家の権力争い』にしないために出てこないし、空いた穴を埋めるために他の戦力は全て投入してくると」
サクラの言葉にガットは笑うことしかできなかった。
「ハハハ、そこまでお見通しか。
それで、場所はどうしてわかった?」
「"鎧"に使われる鋼板はメッシュを積層して固めた軽くて頑強なものです。
多数の"鎧"を保有するからにはその特殊な鋼板の確保には大きな設備と人員の居住区域のある街が必要です。
なので皆様の襲撃ルートから大まかに候補となる地域をいくつか絞った後、その中で鋼板の製造が可能な規模の街の痕跡が消えた場所を探し、そちらの"魔女"殿の認識阻害魔法が効かないこちらの"魔女"に隔離空間を見つけて貰いました」
「本当に、噂通りだ……いや、噂以上かな?
どちらにしても、下手な大人より交渉の価値はあるな」
ガットは槍を垂直に持ったまま、サクラへと問う。
「こちらの話を聞いてもらえるか?」
「はい、そのつもりで来ました。
内容によっては撤退も考慮します」
サクラも武器を持たずに答える。
「ミード王子からは話を聞く価値があると伺っております」
「そうか……ならばまずは問おう。
貴殿は異世界から来た訳だが、運良くアスラ殿に拾われたと聞く。
しかし、アスラ殿のように拾った人間の安全性を保障できる者に出会えなかった者はどうなると思う?」
「……その行き先が、ここだと」
サクラは結論から答えた。
「『"魚"を生で食べた者は"魚"になる』という迷信……あまりにも根強く信じられています。
異世界からの来訪者も、"魚"の襲撃で砂漠をさ迷う事になった者も、"魚"を食べていないと保障できなければ街にも入れません。
ここはそういう人達の行き着く先なのですね」
「正解だ……だが、この話には続きがある。
君が来た世界からも異世界人の保護とこの世界の調査の為に組織的に人員が来ている。
そして異世界への戻りかたを研究しながら生きるために食料と資材を集めている。
サクラ殿、貴殿もこちらに協力していただけないか──」
その瞬間、サクラが拳銃を抜いた。
「事情はわかりました……しかし、協力するつもりはありません。
私がこの世界に来てすぐ、王都を目指していた時……街の移動中に貴殿方に襲われ、同行者の半数を目の前で殺されました。
貴殿方は暴力で訴えた、私が敵対する理由はそれで十分です」
「そうか、残念だ」
ガットはサクラの指先を注視しながら槍を握る手に力を入れる。
「ペネトレイト、リミッターを解除しろ。
最初から全力だ」
ガットの言葉に応えるように、"鎧"のセンサーアイから赤い光が漏れだす。
「サクラ殿、戦うならば手加減はしない……それでも──」
先に撃ったのはサクラだった。
ガットは銃弾をかわし、一気にサクラとの距離を詰める。
サクラはガットが突き出した槍を拳銃で弾いて逸らすが、ガットは槍にくくりつけられた旗で器用に拳銃を巻き取る。
その拳銃から手を離したサクラはライフルを抜きながら槍の中程を蹴り上げ、ガットの懐に潜り込んだ。
「何!?」
拳銃を失ったまま近接戦を選ぶサクラにガットは動揺する。
サクラは右手でライフルの銃口付近を持って懐で構え、引き金を引いた。
ガットは大きく身を反らしたが避けきれず、胴体前面の装甲板が吹き飛ばされる。
そこからガットは上体を起こしながら数歩下がってバランスを取り、更に後方に跳んでサクラから離れた。
「ミード王子は貴殿を高く評価していました」
サクラはガットが十分に距離を取るのを待つ。
「それに貴殿の地位を使えば暴力に訴えなくても良かったのでは?」
ガットはサクラが問いかけてきた事と離れるのを待った事から、サクラもまた近距離戦は不本意なのだと判断する。
離れ過ぎてしまえばガットの攻撃は届かず、近付けばガットの間合いの更に内側の隙を狙われる──嫌な相手だ。
「……この"旅団"は私が合流する以前から存在し、既に現状の王国で抱えきれる規模ではなかった」
ガットは急停止すると横へ跳び、サクラの銃撃を避ける。
「父もそれを知ったうえで殲滅を決定している。
私にはこうするしか──」
「だったら──」
サクラはライフルを構え、ガット目掛けて突っ込んだ。
「だったら、てめぇが王になれ!」
その叫びにガットは気圧された。
先程のサクラの攻撃もあり、必要以上に近付かれまいと後退し始める。
後退しながらもガットは槍を振るうが、サクラはその刀身の根本を右手で払って攻撃の軌道を逸らす。
「ミード王子は、お前の弟は、お前が帰ってくるのを待ってるんだぞ!」
サクラはガットの"鎧"の脚を蹴ってよろめかせ、更に腹を蹴って突き飛ばした。
そこからサクラはライフルをガットへ向け引き金を引く。
「お前が捨てた地位を今でも守ってるんだぞ!」
ガットもサクラの銃撃をかわしながら後退し続け、見張り台へと続くスロープを登り始める。
しかし完全には回避しきれず、装甲板を剥がされていく。
「それでもお前は、こんな事を続けるのか!」
「続けなければ、誰が彼らを守る!」
ガットは急停止して槍を突き出し、突進してきたサクラの"鎧"の頭部を狙う。
「私がやらなければ、誰が──」
「そんなもん、王になればいくらでも変えられるだろ!」
サクラはガットの左腕を下側から右手で掴んで動きを封じ、ライフルの銃口を装甲の剥がれた胴体へ押し付けた。
そのまま2機の"鎧"は見張り台から空中へと飛び出す。
「今は無理でも、いつか変えてみせろ!
なあ、シュライク・ガット!」
サクラの叫びをかき消すように、銃声が響いた。
サクラが目を覚ましたのは病室だった。
「目を覚ましたか?」
その声にサクラは飛び起き、隣のベッドを見る。
「師匠!?」
「ああ、久しぶりだな」
サクラに話しかけていたのはアーシズ・エクスシア。
彼女もまたベッドに横になっていた。
「ガット王子がお前を連れてきた。
相手にならないほどボコボコにした挙げ句、絶対に殺せるところをわざと生かしたんだってな?
おかげであのカタブツ王子が表に出てきやがった」
「それで、師匠……そのお怪我は……?」
サクラが問うのも無理は無い。
エクスシアは脚をギプスで固定し吊るされた状態だったのだ。
「ん?ああ、ガット王子にやられた。
せっかくの長槍をわざわざ短く持って懐に飛び込んできてな……誰かがお手本でも見せたんじゃないのか?」
「見せましたね」
サクラは正直に答えた。
「それで、だ。
王子は私営の難民キャンプの存在を明かしたうえでせっかく捕まえた王都襲撃犯の1人を連れて行った。
曰く『優秀な護衛が必要』だそうでな」
「嘘ですね」
「間違いないな」
2人の意見が一致する。
「それで、表向きには難民キャンプという事にしたのでしたら商取引もできるようになるのですよね?」
「ああ、難民って事は周囲の街に警戒されるだろうが行商人経由なら取引も出来るだろう。
だが、それで生活できなくなったらまた略奪を始めるだろうな……」
「ガット王子が表に出た以上、その私営の難民キャンプが王都襲撃の主犯という情報は握り潰されますね。
おまけに相手側の武力水準も思い知らされた」
「口にしてはいないが完全な脅しだ。
『これからお行儀良くしますけどその気になればまた武力を行使しますよ』というな。
だが暫くは大人しくなるという事なら、だ」
エクスシアはサクラに話すか迷っていた事を口にした。
「情報統制をしている最中だから多言は無用で頼む。
襲撃中に"魚"の襲撃があった……"鰭無し"と呼ばれる強力な"魚"で、軍人や"ヒーロー"も一部しか存在を知らない。
お前のところの整備士は確か詳しく知っていた筈だが、お前には話していないと思う。
それから、ヴァルナ帝国からの書状によれば帝国と揉めているリヴィア王国が多数の街を制圧していたらしい。
これについては通信での言及は厳禁と国王からも通達が出た」
「リヴィア王国って確か……」
「ああ、この国の御伽話に出てくる"魚の国"だ。
厳密にはさっき言った"鰭無し"のうち理性がある奴らの国だが……国交が無いからそれ以上は何もわからない。
だから私個人から依頼したいのだが、リヴィア王国の様子を見てきてくれないか?」
エクスシアはそう提案してきた。
「幸い、お前は高いところから転落したショックで気絶していた程度だって話だ。
お前のところの整備士と"鎧"が王都まで来たら早速頼みたい」
「……ガット王子が決断をしたなら、信じてみましょう。
わかりました、リヴィア王国の様子を見てきます」
サクラはそう答えた。面倒臭そうに。
"旅団"の本拠地から離れた拠点のひとつで、ユキは旅立つ準備をしていた。
「本当にひとりで大丈夫か?」
「ダメだったらそれまでの人間だったという事で」
仲間の問いにそう返し、ユキはトレーラーのメインコンピュータの設定を確認していく。
「人が"魚"になるという話は恐らく本当だった……ならば"魚"の専門家がいる国まで行って詳しい話を聞くべきです。
しかし今の"旅団"は難民キャンプとして取り繕う事が最優先……人員は借りられません」
ユキの決断は固く、心配していた仲間もその言葉に呆れた様子だ。
「そこまで言うなら止めないけどさ……せめて生きて帰ってこいよ?」
「それから、ミイラ取りがミイラにならないようにですね」
ユキはトレーラーの確認を終え、運転席から降りると荷台の"鎧"を見上げた。
「アヴァランチ……暫く無理に付き合ってもらうよ」




