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異世界刑事

【異世界刑事番外編】1缶のビール

作者: project pain

−−とある日、居酒屋「しんじ」


「とりあえずビール、ジョッキで」


「烏龍茶」


居酒屋に入るなりおしぼりで手を拭きながら注文を頼む。和司はビール、弘也は烏龍茶。


「今日も烏龍茶か。頑なにビール拒否るよな」


「当たり前だ。あんなマズい物誰が飲むか」


「ふぅん」


俺は特にビールという物に疑問を抱いていた。皆何であんな苦い物を好んで飲むのか。ホップを入れようと言い出した発案者は一体何を考えているのかと襟首つかんで問いただしたくなる。


実は学生時代、アルコールが飲める年齢になった時に一度だけ飲んだ事がある。CMなんかでビールを美味そうに飲んでいるイメージがあったからか、最初は美味い物だと思っていた。しかし飲んですぐに吐いた。酔ったから吐いたのではない。あまりにマズいから吐いたのだ。何だあの苦さは。砂糖でもブチ込んでやろうかと思った位だ。


同じ炭酸飲料ならコーラの方がよっぽど美味い。あれこそ炭酸飲料の真骨頂、清涼感を感じるというのはこれの事だ。ビールを飲むなど自分にとって罰ゲームに等しい。飲める年齢になってすぐにビール=マズいというイメージが出来上がっていたので、いかなる席でも烏龍茶オンリー、ビール自体拒否していた。周りがビールを次々と注文していようがお構いなし、空気を読まずに烏龍茶を頼んでいた。酔っている人達と普通に会話もできるのだから特に問題はないと思っていた。




和司の方にジョッキが置かれた。こちらは大きめのグラスに烏龍茶。しかもストロー付き。邪魔なストローを抜いて2人で乾杯した。


「なぁカズ、ビールを飲むってどんな感覚なんだ?」


以前から疑問に思っていた事をぶつけてみると、和司は少し困った顔をした。自分でも意識して飲んでいた訳ではなかったらしく、しばらく考え込んでしまった。


「感覚って・・・そりゃ気分がハイになるっていうか、開放的になってどんな話でもできる様になるとか。嫌な事は忘れられるかな」


「う~ん」


ピンとこない。ビールがないとできない事でもないだろうに。


「苦い味は平気なのか?」


「それがいいんだよ」


「う~~ん」


やはりピンとこない。ビールを美味いと感じるその感覚が。




一方で日常生活を送っていると何かしらストレスは溜まる物で、例えば事件捜査の事だったり親から早く結婚しろとプレッシャーをかけられたり、電車から降りて改札まで目の前でスマホをいじりながらタラタラ歩く邪魔な奴とか。原因はいくらでもある。


そんな時のストレス発散の為にいつもVRゲームをやっていた。BEAT SABER。両手に色違いの光る剣を持ち、曲に合わせて前方から流れてくる色が付いたノーツを同じ色の剣で矢印の方向にリズムよく斬っていく所謂音ゲー。しかしストレスが溜まっている時ほど集中力に欠いてミスを連発する物で、1日、また1日と下手になっていった。VRゲームでストレスを発散させるという手段が逆にストレスになるという悪循環に陥る。最後にはどうせイライラするだけなのだから、とVRゴーグルを触らない日が続き、モヤモヤした日々が続く。何か別の方法でストレスを発散させる必要があった。


その時に頭によぎったのがビールを飲む、という事だった。何でよりによって自分の中でマズいの代表格、ビールの存在が頭をよぎったのかは自分でも分からない。毒を持って毒を制す、嫌な事には嫌な物で対抗するという事なのだろうか。自分はマゾかと思いもしたが、それだとビールを飲んでいる世界中の人全員がマゾという事になってしまう。いや、問題はそこじゃない。何でマズいと思い込んでいたビールが出てきたのか、という話だ。頭によぎったのは和司が言う「嫌な事を忘れる」事。結論としてこれに賭けたのだ。


思い立ったらすぐ行動。バッグを肩に下げて近くのコンビニに向かった。


コンビニにずらりと立ち並ぶアルコール飲料の数々。そこでTVCMでよく見かける物を選んだ。広告代理店の罠にまんまと乗せられたとしか言い様がない。情けない情弱っぷり。




家に戻ってさあ、いよいよご対面の時。覚悟を決めて缶の蓋を開ける。コンビニから買って帰ってきたばかりなので、いきなり泡が溢れてきた。それをすすってみる。あれ?と思った。なぜか今回は苦味を感じない。今度は一口飲んでみる。やはり学生時代に初めて飲んだ頃の苦味を感じない。メーカーが味を調整して飲みやすくしたのか、それとも自分の舌がバカになったか。少なくとも「マズい」という感覚はなかった。昔は一番小さい125ml缶でさえ最初の一口で捨てていたのに350ml缶が飲める。苦みに何の抵抗もなくグビグビと飲んでいる内に全身に何らかの感覚が染み渡る。身体が火照って全身を駆け巡る血液が脈を打つ様子をはっきりと意識できる様になっていた。要は「酔った」状態。ボーっとする訳でもなく意識がはっきりしている訳でもなく、バランスが程よく取れた状態のまま座ってしばらくその感覚に身を委ねた。


これが嫌な事を忘れるという事なのだろうか。頭の中に何も入っていない空っぽの状態。ドラゴンボールのOPでも言ってたな。頭空っぽの方が夢詰め込める。チャーラ・ヘッチャラ。


これが度数の高い日本酒や焼酎だったらバランスが一気に崩れてクラクラした事だろう。恐るべしビールの計算されたアルコール度数。ビールのアルコール度数程度でもストレスが発散できる事は分かったし、飲める量にある程度の限界はあるが、自分でもビールが飲める事は立証された。苦さが良いとは未だに思ってないが、特に気になる事もなくなった。これなら居酒屋で「空気を読まない」と思われずに皆と同じくビールを飲んでも大丈夫。大人の階段を登るというのはこの事か。




――数日後


「とりあえずビール」


「俺も」


突然注文が烏龍茶ではなくビールという事に和司は目を丸くした。


「珍しい。飲むのか?」


「少しなら飲める様になったよ」


「少しならってジョッキは無理だよな?」


「グラスで瓶ビールって頼めなかったっけ?」


「まぁ瓶でもいいけど」


テーブルに置かれたそそり立つ瓶ビール。先日飲んだ缶ビールより圧倒的に量が違うのは一目で分かる。1杯だけ飲んで残りは和司に押し付ければ、それで問題は解決する。2人で互いのグラスに注いで乾杯した。ただ、和司がハイになって饒舌になるのに対してこちらは完全に聞き手に回っている。様子がおかしいと思った相方はこちらの表情をじっと見つめた。


「ヒロ、もしかしてお前って飲むと静かになるタイプか?」


飲めば全員が全員ハイになる訳ではないらしい。1人で飲んだ時は意識していなかったが、他人からは寡黙になったと見えたらしい。こりゃ大人数で飲むと逆に一言も喋らない人間として周囲のテンションがダダ下がりになるな。ビールがない方が会話が弾むのは間違いない。




その後、事件捜査の際に所轄の道場で皆と寝る前に飲む缶ビールや酎ハイはもはや当たり前の様になり、次第にそれに慣れていった。

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