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剪定  作者: げのむ
9/14

剪定 第九話 所内の探索

猛暑が続いておりますが、いかがおすごしでしょうか。

読み直しましたが。修正が足りませんね……。

 9


 戸波孝二は、研究施設の廊下を、ふらふらと歩いている。

 服装は、上は部屋着のボタンシャツ。下は部屋着のズボン。サンダル履き。顔を見れば、髪の毛はボサボサで乱れている。剃り残した無精ヒゲが目立つ。

 彼の、その様子は。白衣に制服という格好で。キビキビと忙しそうに行き来をしている施設の職員たちのなかでは。まるで異物のように目立つ。

 どう見ても戸波の姿は。外部から無断で施設内に入り込んだ、怪しい闖入者、にしか見えない。

 ところが。そのはずなのに。戸波が廊下を歩いていると。出会う職員たちは皆、むこうから頭をさげて、笑顔で戸波に挨拶をしてくる。

「戸波さん。退院をなさっていたんですね。お元気そうで、なによりです」

「退院、おめでとうございます! 私が提出した経過報告の書類は、森副主任のところに送ってあります! 時間があれば、目を通しておいてください!」

 前回に施設を訪れた際と同じだ。そんなふうに、職員たちは戸波のことを気づかい。復帰をよろこんで。仕事に関する意見を述べたり。質問をしてくる。

 戸波は。最初は、おっかなびっくり。職員たちの呼びかけに、笑顔と、曖昧な生返事でかえしていたが。そうするうちに。この状況を利用して。施設の内部を調べてみよう、と。そう考えるようになる。

 戸波は、通りかかった女性職員にむかって、セキばらいをする。

 足をとめて、こちらを見ている女性職員に。戸波は、もったいぶった態度で、次のように指示をする。

「そこの君。そう君だよ。君の名前を思い出せなくて、すまないが……。

 ねえ君。君はこの施設で。ここ最近で、もっともめざましい成果をあげた研究はいったいなんだ、と思うね? それをぼくに教えてもらえないかな?」

「えっ。あのっ。な、なんでしょうか? 戸波さん、なにをおっしゃっているんですか?」

 呼びとめられた女性職員は、書類の束と、業務用に使うタブレットを、胸にかかえた格好で。緊張にこわばった、驚いた顔で、戸波を見る。

 女性職員は、戸惑っていたが。それでも命令なのでしかたなく。おずおずと。次のようにかえす。

「そうですね……。ここでは、開発中の試薬を、マウスに投与して。マウスの脳に生じる変化を調べていますが……。薬により変化した個体をみつけだして。そうではない個体と、すみやかに選別できるようになった、研究とテストでしょうか?

 変化した個体は。外見上は、ほかの個体と。どこも差異がない。レントゲンやエコーの検査をしても、脳のどこが変化したのか、それがわからない。

 だから、頭部をひらいて、脳組織のサンプルを回収して。そのサンプルに、各種の精密検査を試みないとならない。でもそうやって、いろいろな検査を試みても。けっきょくは、脳に生じた変化を見逃してしまうことのが多い。

 それほどまでに、薬による脳の変を特定することはむずかしいわけです

 実験動物のすべての脳サンプルをとって調べるのは、時間も手間がかかりますから。こういうわけで。変化が生じた個体だけを、選別する方法が求められていたわけです」

「薬によって、脳が変化する? それはいったい、どういうことだね? 

 あ、いや。そうだね。その通りだ。ここでは、そういうことを研究しているんだったね。そうだった。そうだった……」

 戸波は、女性職員が言うことに、相槌をうって、同意してみせる。

「なるほど。それじゃあ、どういう方法を使って。脳が変化した個体を、判別できるようにしたんだい?」

「脳が変化した個体は、ほかのマウスとは異なる行動をとるんですよ。より複雑で、社会化された行動をとるようになる、というべきなんでしょうか」

「へええ。まさか。そんなことがねぇ。それで、その行動って、いったいどんなものなのかね?」

 ろくに考えもせずに、戸波が質問をすると。女性職員は、この人はなぜそんなことをきくのだろう、と怪訝そうに戸波のことを見る。

 女性職員は、少し考えてから、こうかえす。

「わかりました。それがわかる場所に案内した方がいいでしょう。実際にお見せします。どうぞ、こちらに」


 先刻と同様に。気密式の扉を。まずは一枚目。続いて二枚目、と通り抜けて。その先へと、二人は進む。

 案内されたそこは、研究所内にいくつもある、個別の研究のために用意された、場所のひとつだった。

 入ってすぐにわかったのは、さやかに連れられて施設の奥で見たあのケージが、ここにも運び込まれていることだ。

 見れば。ケージ内にいたネズミたちは外にだされて。白衣を着た研究員たちの手で、大きな金属製の台にずらりとならべられて。そこに固定されている。

 ネズミたちは、からだをうつむけに固定された状態で。頭部をメスで切られて。頭蓋骨の一部をはずされて。開頭したそこから脳細胞のサンプルを、研究員たちの精密で正確な手さばきで採取されているところだった。

 採取された脳細胞は。ほかの研究員たちの手で。こちらもまた精密で正確な手さばきで保存されると。ここから検査室へと運ばれていく。こうした一連の作業が、ここでは続けられている。

 ネズミたちにはあらかじめ、強力な鎮静剤や鎮痛剤をあたえられているのだろう。

 どのネズミも、騒いだり暴れたり、声をあげたりしない。黒い眼を前にむけたまま、されるがままになっている。

 研究員たちは、だれもが細心の注意を払い。指定された条件に従い、サンプルの採取作業を行っている。

 そのせいだろう。不気味でも恐ろしくもなく。工場で、精密機械を組み立てるスタッフの流れ作業を見ている気分になってくる。

 ここは、女性職員が言っていた。脳に変化が生じて選別された実験動物の個体から、脳の神経細胞のサンプルをとるための、区画らしい。

 女性職員は、ここで行われている作業について、専門的な解説を始めようとする。

 戸波は、それをさえぎって、次のように要求する。

「それよりもだね。ここにいるネズミたちの、脳に変化が生じた、と。どうしてわかったんだね?

 外から見ただけでは、そうでないほかのネズミとは、区別をつけられない、と言っていたじゃないか? こいつらは、あのせまいオリのなかで、なにか特別な行動をとったのかね?」

 戸波の質問に。女性職員は。なぜか、さっきよりも、怪訝そうな顔で。彼を見返してから。戸波に、こう答える。

「ええ。そうです。ここにいる、この個体たちは、特別な行動をとったんです。

 ケージ内には、複数の個体がいっしょに生活しています。ですから、食事や水をあたえる際に。ほかの個体よりも優位にたって。食事や水を多くとる個体が必ずいるはずだ。そこで、ケージの天井部分にとりつけた小型のカメラで。ケージ内にいる各個の優劣の順位を撮影して。その動画を調べるようにする。

(注意するべきなのは、投薬を開始後に、ケージ内の優劣の順序がいれかわる場合だ。そういうことが起きたら、投薬開始後に優位になった個体を、必ず特定するようにする。これは必ずやってもらいたい)

 そしてその、優位に立つ個体を特定できたら。その個体だけをケージ内から選別して、この☓☓室に集めて。そこで脳の細胞を採取する。サンプルをとるようにする、って。

 戸波さん。あなたがそう私たちに指示をしたんですよ? まさか、ご自分が言ったことを忘れてしまったんですか?」 

 女性職員から、そう抗議をされて。戸波は、とっさにどうかえしたらいいのかわからずに、うろたえる。

 だがそこで、記憶を失う前の戸波孝二なら、こんなときにひるんだり。ましてや、いいわけするはずがない、と思い直す。

 そこで戸波は、膝がふるえだしそうなのを我慢して。無理をして胸をはって。女性職員をまっすぐに見ると。強気の態度で、相手に言いきかせる。

「疑っているのかもしれないが。ぼくは、間違いなく、戸波孝二だ。

 それで、君が、あのたくさんのなかからみつけだした個体の脳には、いったいどんな変化が生じていたんだね?」

「……」

 女性職員は再度、疑わしそうな目つきと表情で、戸波を見てから。しかたがない、といった態度で、こうかえす。

「じつはこのテストですが、まだ続きがあるんですよ。

 脳に変化が生じたネズミは、ケージ内でもっとも食事と水をとっていた個体だ、と考えられていましたが。じつはそうではなかったんです。

 この事実は。私が、撮影された動画をくわしく調べて、つきとめました。じつは、私たちがさがしていた、脳に変化が生じた個体は、それとは別にいたんです」

「どういうことだね? ぼくが指示した、選別する方法は間違っていた。ということかね?」

「つまりですね。ネズミたちは、私たちが、どういう基準で。大勢いるうちから、仲間の一人を選びだして。そいつを連れていくのか。それに気付いたんですよ。

 そこで仲間たちのうちで。優劣の順番でいえば順位の低い個体に。たくさん食わせたり飲ませたりして。そいつを、解剖されてサンプルをとられる犠牲者として、私たちに選ばせるようにしたんです。

 驚くべきは、ひとつのケージで始まったこの行為が、ほかのケージでも行われるようになったことです。なにか情報の交換をしたわけでもないのに。ネズミたちは、仲間のうちのひとつのグループがとった行動が成功したのを見て取ると。ほかのケージのネズミたちもその真似を始めて。それがネズミたち全体の行動になっていったんです。

 ただし、その事実に気付いたのは。私だけでした。ぼう大な量になる動画を、私が何度も見て分析したから、わかったんです。私でなければ。ネズミたちが、なぜ仲間の一匹に、すすんでエサをとらせたり、水を飲ませるようにしたのか。その理由には気付かなかったでしょう。

 この驚くべき発見は、私の功績であって。私の評価をあげる成果でもあります。あなたも、ご存知ですよね?」

「いや。その……。いまきかされたばかりで、戸惑っているんだがね……」

 得意げな顔で、そう語る女性職員とは対照的に。

 戸波は、とても信じられない、という所在無い顔で。いまきかされた話を、何度も胸中で反芻する。

 どうやら、この研究施設に勤務する研究者の一人だったらしい。目の前にいるメガネの女性を前に。戸波はあらためて、こう問いかける。 

「それじゃ。その薬の効果で、ネズミたちはかしこくなった、と。そういうことなのかね?」

「さあ? 試薬の影響でネズミたちの脳が変化したのは間違いありません。でも賢くなったのかどうかは、わかりません。

 マウスの迷路学習のようなテストはありますが。動物の個体ごとの知能の水準を調べる正確な方法は、まだありませんからね。仮説をたてることはできますが、あくまでもそれは……」

「ネズミがそんなふうに、仲間同士で、複雑な情報交換をしたり。社会的な行動をとるなんて、とても信じられないな。いったい、コイツラの脳に、なにが起きたんだ?」

 戸波は、そうやって。いつものくせで自問自答をするが。そこでようやく。

 目の前にいる女性研究者が、あきらかに自分を疑っているとわかる顔で、こちらの様子をジッと見ているのに気づく。

「私には、どうしても納得ができないのですが? 失礼ですが、あなたは戸波孝二さんですよね? よく似た別人じゃないですよね? もしも別人ならば、私は関係者だと信じて。施設の情報を外部の人に漏洩したことになります。

 もしもそうなら。私は警備員に、あなたを拘束してもらわないとならない。いいえ。いっそのこと。もう呼んでもかまわないですか?」

「……」

 優秀な研究者だった戸波孝二のつもりでふるまってみたが。どうやらダメだったらしい。

 女性職員の、すでにもう警備員を呼ぶつもりでいる、とわかる顔と態度を前に。戸波はピンチに立たされる。

 戸波を前に。メガネの女性職員は、さらに勢い込んで訴える。

「……いいですか。あなたには、いまから私についてきてもらいます。警備員室で、あなたの素性をハッキリさせましょう。逃げてもダメです。さあ、警備員室に行きましょう……!」

「えっ。あっ。その……。ええと。ちょっと、待ってくれないか。じつはね……」

 そのままだったら、間違いなく、騒動になっていたろう。

 ちょうどそこに。いくら待っても帰ってこない、戸波考二にしびれを切らした森さやかがやってくると。

 女性職員におざなりな説明をしたことで。その場はなんとかおさめることができた。

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