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剪定  作者: げのむ
1/14

剪定 第一話 病院

 1


 病室で目覚める、というのは、イヤなものだ。

 そんな経験は、どんな理由があっても、避けたい。

 でも、目覚めたら病室にいたのだから。これはもう、どうやっても、避けようがない。

 気が付くと、寝台にあおむけに寝た格好で。天井にあるボンヤリと点灯している、室内灯のあかりを見上げていた。

 最初に頭に浮かんだのは、ここはどこだろう、という疑問だった。

 意識が回復したばかりの、ボンヤリとした思考力と判断力でも把握できたのは。

 どうやら、いまは夜で……。自分がいるのは、病室で……。ベッドの上だ……。それくらいだった。

 あてずっぽうではない。そう考えた理由は。寝ているベッドを始め、自分のまわりに、病院の病室以外では見かけないものがあったからだ。

 自分が寝ている寝台だが。ベッドの頭や脚の高さを上げたり下げたりする、機械式の仕組みをそなえている。これは病院や介護施設にあるものだ。

 薄暗い室内にはほかにも。患者の私物をしまっておくための、カギがかかるひきだしと、収納できるテーブルがついた、床頭台しょうとうだいというベッドサイドテーブルがある。これもまた、医療施設や介護施設でしか見ない備品になる。

 そして、なによりもだ。ここが病室だ、とわかる理由は。部屋の天井に。ネット付きカーテンをめぐらせるためのレールが設置されているからだ。

 入院して病室に入り。就寝の時間がくると。患者が寝るベッドと床頭台を区切るように。天井から床まで届くカーテンで、ベッドのまわりを仕切るようになっている。

 これは、病室にいる患者一人一人のプライバシーを守るためであって。どの病院の病室にももうけられているものだ。

 ただ、いま自分がいる病室では。夜だというのに、そのカーテンが引かれていない。

 ベッドまわりを仕切るための蛇腹式のカーテンは、壁際までひっこめて、まとめてある。

 自分はどうやら、大部屋ではなくて、個室にいるらしい。

 自分がおかれている状況を、よく働かない思考力と判断力で、推測してみたが。そこまでが限界だった。

 どうやら睡眠を誘発する眠剤を飲んでいたらしい。これ以上は、意識をたもっていられない。まぶたをあけていられない。

 夢すらみないだろう。ベッドに沈んでいくような、避けようがない睡眠のなかへ、強制的にひきずりこまれていく。

 最後に頭をよぎったのは、いつまでもこんなことをしているわけにはいかない。早く××をしなくてはならない、という考えだった。

 でもその思考と感情は、翌朝にはきれいサッパリと消え失せてしまい。二度とよみがえらなかった。

 次の目覚めは。最初のよりも、マシだった。病室で目覚めるのは同じだが。ずっといいものだった。

 だれかが、ベッドに寝ていた自分のからだをひきおこして。胸に抱いた格好で。小声で、よびかけている。

 その声は、よくきいたようでもあり。はじめて耳にしたようでもあった。

 自分を抱きしめている、相手のからだの重みと。ふれあう感触と。体温と、匂いと。それから、鼓動を感じる。

 まぶたをあける。見えたのは、こちらを見下ろしている、ふたつの黒い大きな目と。笑みを浮かべた顔だった。

「……君は?」

 それ以上、なにかをたずねる前に。自分を抱きしめている相手は、抱きしめている相手にだけ伝わるように。小さな声で、こう言いきかせる。

「ねえ、☓☓さん。私がだれなのか、わかる? 私のことを覚えている?」

「君は、ええと、たしか……。もしかすると……」

「……そう。私が、わからないのね……」

 相手がなぜそんなことを問うのか、意味がわからずに。自分を抱きしめた格好で、見おろしている女性の笑顔を。自分は、ただ、きょとんとした顔で見かえす。


 見知らぬ女性に抱きしめられて目覚めて。ワケがわからないことを告げられて驚いていると。ちょうど、そこにあらわれたのが。病室に入ってきた、看護師の女性だった。

 看護師の女性は、きっと、この病室の担当なのだろう。

 入室中の患者が目覚めたのを知ると。大きく目を見張ってから。すぐに病室を出て、だれかを呼びに行く。

 次にやってきたのは、看護師といっしょに急ぎ足でやってきた、若い医師だった。

 若い医師は、まだ事情がのみこめずにいる男の診察を、手早くすませると。

 親しげな様子で、次のように、衝撃的な事実を告げる。

「病状が進行しているようですね。理由はわかりませんが。それは間違いないようだ」

「あの。どうしてぼくは、こんなところにいるんでしょうか? そして、あなたは、どなたですか?」

「いいですか。これから、あなたにとって。とても信じられない、ショックをうけることを、お伝えしなくてはなりません。

 医師として、なにごともハッキリしないうちは、発言をひかえるべきだ、とは思いますが。あなたのためにも、そうさせてもらいます。

 あなたは、若年性の健忘症に。あるいは、認知症にかかっています。

 ですから、私たちのことも。そちらにいる女性のことも。この病院に入院したことも、覚えていないのです」

 医師が病気について告げたときの男の反応は、目をまるくして驚いてから、それからふきだすことだった。

 我慢できずに、笑いだす。

「はははっ……。やめてくださいよっ。ここにいる皆で、ぼくをひっかけるつもりですね? ぼくは、あなたたちの、タチの悪い冗談につきあうつもりはありませんよ?

 先生とは、いま会ったばかりじゃないですか。なのに、どうしてそんなにハッキリと、そんな診断ができるんですか? そんなことを言えるんですか?

 それともまさか、ぼくはすでにもう先生の診断をうけていて。ぼくがそれを忘れていると。まさか、そんなことを言いだすんじゃないでしょうね?」

「残念ですが。あなたが、いま述べたとおりです。

 あなたは、私の診察をうけています。あなたは、職場で事故を起こし、ここに緊急入院をすることになったんです。そちらの女性は、あなたの職場の同僚の女性です。

 ああ。また自分をだまそうとしている。そういう疑いの目で見ていますね?

 それでは、こちらから質問させてもらいますが。あなたは自分が何者で。これまでどうしてきたのか。それを答えることができますか?」

「ええ。もちろん、できますとも。ちょっと、待ってくださいね。ぼくの名前は。ええと。あれ?」

 問われるままに、自分の氏名や年齢を。現住所や職業や。これまでの経歴を語ろうとした男は。だがそこで言葉につまると、困惑した表情になる。

 ごくあたり前の。思い出そうとすれば、すぐに思い出せる。すぐに手がとどくところにある。そういう記憶であるはずだった。

 なんともいえない、妙な感情がこみあげてくる。

 それは、なんというか。ほんのごく最近まで。たとえば、昨日の夜までは覚えていて。思い出せたものなのに。

 ところが、どういうわけか。それが、いまこの瞬間には、抜け落ちたように失われて、どこかに消えてしまい。

 まるで。書物の落丁したページのように。無くなってしまったせいで。思い出そうとしても、思い出せない。

 そんな感覚だった。

 思い出せない、とわかったとたんに。それを自覚したとたんに。どこからともなく、不安と恐怖がこみあげてくる。

 青ざめて、硬直した表情になってしまった男のことを、医師はジッと観察してから、あらためて次のように言いきかせる。

「あなたの名前は、戸波孝二、といいます。あなたは、製薬会社で。いまは新薬開発にかかわる、とても重要な仕事をしている、と私に話してくれました。

 若年性の認知症だと判明したのが、いまから☓か月前ですが。戸波さんは、自分の治療よりも新薬の開発の仕事を優先して、仕事を続けていたのです。

 そのせいで、無理がたたったんでしょう。職場で倒れて。意識不明の状態で、この病院ににかつぎこまれたんですよ」

「……なんですかその、とってつけたような説明は? 

 まさか、そんなわけがない。ぼくには、そんなことがあった、という記憶は、いっさいないんですよ? きっとなにかの間違いだ。そうですよね?」

 医師から、あなたは認知症だ、だからなにも思い出せないのだ、と告げられたその男は、自分の意見に同意してくれる相手を求めて。病室のなかを、ぐるりと見まわす。

 ところがその場にいる、黒髪の女性も、看護師の女性も、若い医師も、まるであわれむような表情で自分のことを見るだけで、なにも言わない。だれも自分に、その通りだ、と言ってくれない。同意をしてくれない。

「その質問に、答えてみせますよ!

 待ってください。すぐに思い出しますから……。すぐに答えますから……」

 その男は、追いつめられた表情で。自分が何者かを思い出して。それをその場にいる全員に伝えようとする。

 でも、どうしても、それができない。

 けっきょくは、苦しげな表情で、皆の視線を避けるように、自分の足もとを見ると、なにも思い出せない自身にむかって、問いかける。

「ぼくは……。何者なんだ……?」


 あなたは若年性の認知症です、と医師から宣告をされて。病気について、ひと通りの説明をうけた。

 それなのに、なにを言われたのか、さっぱり覚えていない。

 でも覚えていないのは、べつに病気のせいじゃない。

 認知症にかかっている、という事実を、当人が受け入れられないからだ。

 説明を終えた医師が立ち去ると。いれかわりに病室に入ってきたのは、廊下で医師と男の話が終わるのを待っていた、例の女性だった。

 その女性は、ベッドのそばに。両方の掌をからだの前でかさねた格好で立つと。

 ベッドの上に身を起こして。不安そうな表情でこちらを見ている、その男の様子をうかがう。

 女性は、遠慮がちに、次のようによびかける。

「あの。戸波、孝二、さん……。あなたのことは、これまで通りに、戸波さん、と呼んでもかまわないでしょうか……?

 私は、あなたがつとめている製薬会社で。あなたといっしょに、新薬開発の仕事をやってきた、森さやか、です……。

 どうか、私のことも。これまでどおりに、さやか、とよんでください。そうしてもらえれば、私は嬉しいです……」

 その男……。

 彼のことを。今後は、戸波、とよぶことにしよう。

 戸波は。ベッドのそばに立っている。彼には、まったく見知らぬその女性のことをながめる。あらためて、観察をする。

 その女性の姿格好だが。仕事熱心な女子社員、というのがピッタリな容姿だった。いまもそれにふさわしい衣装を身につけている。

 服装は。職場からそのままやってきた、と言わんばかりの、飾り気がない女性用のスーツの上着と、スカートで。それぞれを窮屈そうに身につけている。

 身長は一七〇センチくらいで。年齢は四十代、といったところだろうか。

 標準体形を保ってはいるが。年齢のせいもあって、からだのあちこちに肉がついて、腰や腹のあたりが太くなっている。

 黒髪はよく手入れをされているが。製薬会社の研究職という仕事の関係上、伸ばすわけにはいかないのだろう。肩には届かない長さをした黒髪を、頭のうしろでまとめて縛って、短いポニーテールにしている。

 ちなみに、さっきはかけていなかったのに。いまはなぜか、黒ぶちのフレームのメガネをかけている。そのせいで、最初とは印象がガラリとかわっている。

 目の前にいる、女性の印象は。なんというか。

 背丈はあるけれど、スラッとはしていない、女教師というか。時代遅れの教育ママというか。そういう表現が、ピッタリくる人物だった。

(四十代のポニーテールとか。どうなんだろうか、とか。戸波は、よけいなことをチラリと考える)

 自分のことを、さやかとよんでくれ、という目の前の女性に。戸波は、とまどいながら、こうかえす。

「あのぅ、森さん?」

「いえいえ。いつも通りに、さやか、でいいですよ?」

「ですがね。そうはいっても、私は、あなたのことを覚えていない。いや、そうじゃない。あなたのことを知らないんですよ。

 つまりは、あなたに関する記憶が無いんです。だからあなたのことは、森さんか。そうでなければ、さやかさん、とよばせてくれませんか?」

「そうですか……。そうですよね……。戸波さんの病気のことを理解せずに、勝手なことを言ってしまいました。すいませんでした……」

「それから、もうひとつ、お願いがあります。さやかさんに、どうしてもたしかめておきたいことがあるんですが……」

「はい。なんでしょうか?」

 深刻な事態だというのに、必要以上に親しげに接してくる、さやかとのやりとりに。戸波は、なんだか気恥ずかしくなってしまい。照れながら、次のように、さやかに問う。

「さやかさん。どうかぼくに。ぼくについて知っていることを、できるだけ多く、話してくれませんか? いったい、ぼくは。どんな人間だったのでしょうか?

 ああ、それから。いっしょに仕事をしていた、そうですが……。ぼくは、あなたに対して、冷酷じゃありませんでしたか? あなたに対して、非情じゃありませんでしたか? あなたに対しては、よい人間であって欲しいのですが……。どうでしょうか?」

「……」

 あるはずの自分の記憶がないのだから。恐怖と不安から、もっと取り乱しても、おかしくない。

 事情を知っている自分にすがりついてきて。なんとかしてくれ、どうにかしてくれ、と涙をながして訴えたり。わめき散らしても、おかしくない。

 それなのに、戸波は、そうはしなかった。ただ、ジッと耐えていた。

 心配そうな顔で自分を見ている、その男を前にして。さやかは、あらためて。この戸波という男について、確信を持つ。

 この男は、認知症がもたらす記憶障害の問題よりも。

 それ以上に。私によく思われたい。私に嫌われたくない。そういう気持ちのが強いようだ。

 やはり、この男は、変わらないのだ。それならば、この男と。これからも、うまくやっていけるはずだ。

 そこで、さやかは。できるかぎり最上の、親しげな笑みを浮かべると。

 これからどうすればいいのか、とベッドの上で思い悩んでいる戸波に。とても優しく、こう言ってきかせる。

「……心配しなくても、大丈夫ですよ。どうか、安心してください。戸波さんは、そんな人じゃありませんでした。

 あなたは、尊敬できる。リッパなかたでした。いっしょに仕事をしていて、そう思わされることは、しょっちゅうでした。

 でもそれだけじゃ、ないんです。戸波さんは、製薬の分野において、だれにもできないことを。ほかの人にはできないことを、やろうとしていたんです。それは。後世に残るよえな、スゴイことなんです。

 どうか、そんな顔をしないでください。私が言っていることは、すべて本当のことなんですからね?」

 そう言って。さやかは、戸波に、優しく笑いかける。


 さやかは笑顔で。戸波がこれまでやってきたことを、話してきかせた。

 戸波は、さやかの笑顔に安堵しながら、その話を拝聴させてもらった。

 ここで、さやかが語ったことを。ごく簡単に。内容をかいつまんで。できるかぎり手短に。紹介させてもらう。

 戸波は、☓☓という大手の製薬会社で、新薬の研究開発にかかわる仕事についていた。

 戸波が専門に手がけていたのは、認知症の治療薬の開発だった。

 認知症。つまりは、アルツハイマー病の治療薬は。開発するのが非常にむずかしい薬になる。

 じつは。現在までに、正式に認可されて。治療に使われている薬は。わずかに四種類しかない。

 この四種類しかない治療薬は。コリンエステラーゼ阻害薬、というものが主になる。

 これがどんなものか、というと。「神経伝達物質を分解する酵素の働きをおさえることによって。認知症に進行により衰えた、脳の神経細胞の活動を助ける」薬になる。

 サッパリわからないと思う。だから、おいおいと説明をすることにする。

 このコリンエステラーゼ阻害薬だが。正確には、治療薬ではない。

 その仕組みだが……。認知症の患者の脳内では。神経細胞間の活動をささえる、神経伝達物質の量が、なんらかの理由で減っている。

 それならば。足りない神経伝達物質の量を、薬の力で増やせば。患者の衰えてしまった記憶力や判断力をカバーできるのではないか?

 コリンエステラーゼ阻害薬は。こういう意図と目的でつくられた、症状を緩和する、補助的な効果の薬になるのだ。

 さやかは語る。

 さやかと戸波は、二人でチームを組んで。勤務している製薬会社で、認知症の治療薬の開発を続けてきた。

 二人は、上記した、認知症の治療薬の開発にたずさわっていたが。開発も実験段階に入った頃に、戸波の病気が発覚した。

 だが戸波は。ここで自分が抜けるわけにはいかない。自分が頑張らねば、求めている新薬は完成しない。そう主張して、無理に無理をかさねて、仕事を続けた。

 そして健闘もむなしく。ついに戸波は、製薬会社の開発室で倒れてしまい。この病院に緊急入院をした。

 さやかの話をまとめると、そういうことになる。

 

「……戸波さんは、ずっと、ムチャをかさねていたんです。……なんでそんなにムチャをするのか。頑張るのかと。以前に、私は、理由をたずねたことがあります。

 戸波さんは。もう猶予がないからだ。一刻も早く、この薬をつくりあげなければならないからだ。とそう私に答えました。

 認知症の患者数は、いま現在も減ることなく、どんどんと数を増やしています。

 政府が発表した予測通りなら。二〇三〇年には、患者数は七千四万人に達して。国民の四人に一人が認知症の患者になる、と試算されています。

 ところが、患者数は、年々と増加していくのに。労働人口は、年々と減り続けています。看護と介護のためについやされる労働力も。社会保障費用も。しだいに確保できなくなってきている。

 このままだと、認知症という病気のせいで。経済は圧迫されて。社会は停滞する。

 そんな未来にさせないためには。そのためには、なにかもっと有効で、現実的な効果がある、認知症の対策が必要になる。

 それが認知症という病気を治す、治療薬なんだ。

 自分がつくっている治療薬が、それになるんだ。

 だから。少しでも早く、認知症の治療薬を、完成させなければならない。それが自分の義務だ。

 戸波さんは、そう私に話してくれました。

 でもいまは、私は後悔しています。私が戸波さんをとめていれば。私が戸波さんにムチャをさせなければ。こんなことにはならなかったんじゃないか、と。そう思うからです。だからどうか、許してください……」

「そんな。やめてください! さやかさんが悔やむことも、謝る必要も、ありませんよ!

 だけど、意外だな。そんな、殊勝な心がけで。皆のために頑張っていた。〜優秀な人間だったんですか。このぼくは。

 なんだか、不思議な気分です。信じられない、ってのが正直な感想です。

 自分じゃない。べつの、だれかの話をきいているみたいだ。ぼく、って。本当に、そんな人間だったんですか?」

 戸波がそうやって、心に思った通りの、率直な感想を述べると。

 さやかは、ベッドにすわっている戸波のとなりにすわって。彼女の方から戸波の両手をとる。

 さやかは、驚いて目をまるくしている戸波に。真摯な表情で、言いきかせる。

「ええ。もちろん、ですとも。戸波さんが。ほかのだれでもない、ここにいる、あなたが。

 認知症の治療薬を完成させて。それによって、この国を救い、未来をもたらす、最も重要な役わりを引き受けていたのです。

 いまは事故のせいで、治療薬の開発は中断していますが。それでも私は、治療薬をつくることを、あきらめてはいません。

 私は、なにがあっても、治療薬をつくりあげます。ですから、戸波さんも。どうか、私に協力してもらえないでしょうか?」

「ええぇぇっ……! それは、いいですが。でも、どうやって……?」

 自分の両手を、ひしとつかんで離そうとしない。さやかの真剣で、必死な表情を前にして。

 自分が何者かもわからないでいる、その戸波という男は。ベッドの上で、ただ困惑するばかりだった。

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