Memory90
「ありゃりゃ、派手にやられちゃったね〜」
「腕は自分で切っただけよ。はぁ……しくじったわ。まだ完全に馴染んでないみたいだわ」
朝霧姉妹から逃げ切ったルサールカは、組織に帰り、ミリュー、否、ミリューの体に入っている別人の誰か、と会話していた。
ミリューは元々、ルサールカが造り出した人工の魔法少女であり、その体に3つまで魂を保持できるという特徴を持っていた。
そんな彼女がユカリの魂を保持していたおかげで、ユカリは再びこの世で生を受けることができたわけだ。
しかし、そんなミリューの体の主導権は現在、別人に握られてしまっている。組織に従う、従順な魂を、その身に保持させられてしまい、その魂に体を乗っ取られたためだ。一応、ミリューの体は魂を3つまで保持できるため、体が乗っ取られてもなお、元々のミリューの魂は体に保持されたままではあるのだが……。
「で、アストリッドの奴、暴れてるみたいだけど、放っておいていいの」
「構わないわ。私達からしても、アストリッドの動きに害はないもの。何なら、私はアストリッドのことを利用するつもりよ。それに………」
「それに?」
「あれの精神は、見た目の割にとっても幼いもの。大した脅威ではないわ。今だって、新しい力を手に入れて、調子に乗っているだろうけど、きっと失敗するわ、きっとね」
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
「はは…………これは一本取られた」
茜達が櫻達を連れていったのを確認し、俺達は本格的にアストリッドとの戦闘を開始していた。
相手は櫻達を複数相手にしながら倒したような怪物だ。俺達は最大限の警戒をしながらアストリッドとの戦闘を進めている。
アストリッドが遠隔で放つ血の刃は、全て俺の“ブラックホール”で吸い込み、これによって、アストリッドの遠距離攻撃を封じることに成功する。
最初こそアストリッドは血の刃を頻繁に使用していたが、血の刃を放っても俺の“ブラックホール”に吸収されること、それに、2年前、そのせいで負けたことを思い出してか、現在は全く血の刃を使う様子はない。
遠隔攻撃が使えないとなれば、自然と次に行うのは近接攻撃である。アストリッドは血の刃を封印した後、近距離で俺に向かってきたわけだが、戦闘が開始してから現在まで俺は無傷だ。
アストリッドの近接攻撃は、俺の体じゃとても受けとめることのできるものじゃない。俺の魔法で防御することだって不可能だろう。
しかし、この場にいるのは俺だけじゃない。
アストリッドが俺に攻撃を加えようとする度に、俺の前に光と氷の壁が現れ、俺の身を守る。
そう、真白の魔法だ。
真白は、光の壁と氷の壁を同時に扱うことによって、アストリッドの攻撃すら受け止めることのできる、強力な防御壁を生成することに成功したのだ。他の属性と比べ、“守り”に特化した『光』の属性と、他の属性よりも優れているとされる『氷』の属性の魔法の併用で作り出した壁だ。頑丈になるのは当然だ。
まあ、受け止めることができる、とはいったが、厳密にはそうではない。アストリッドの攻撃を受ければ、真白の作った壁は破壊されてしまう。ただ、強固な壁であるため、アストリッドの攻撃の勢いを完全に削ぐことができるのだ。それゆえ、クロやユカリはアストリッドの攻撃を喰らわずに済んでいる。
つまり、現在俺達はアストリッドの攻撃を完全に封じることに成功しているのだ。
アストリッドに攻撃を加えようとすると、この均衡が崩れてしまうため、現在防戦一方になってしまっているが、問題ない。
しばらくここで耐えれば、そのうち来夏がこちらにやってくることになっている。
来夏が加われば、ここから一気にアストリッドを攻めて彼女を討ち倒すことができるだろう。
それだけじゃない。
俺達の作戦は。
「いくら防御したって、魔力には限りがある。いつまでもつか、見ものだね」
アストリッドは冷や汗をかきながらそうこちらに話しかけてくる。
現状打開できない状況に、焦ってはいるのだろう。だが、勝利の算段が見えないわけではない。だからこうやって、自分を鼓舞するように俺に話しかけているのだろう。
「魔力に限りがあるのは、お互い同じだよ」
「私の魔力量は常人のそれとは違くてね。君たちの何倍もの量を持ち合わせているんだ。だからごめんね。私の勝利は揺るがない」
「お姉ちゃん、やっぱりこいつ、気づいてないね」
「みたいだね。上手くいってそう」
俺とユカリは、アストリッドの攻撃を交わしながら、言葉を交わす。
そう、ユカリの言った通り、アストリッドは気付いていない。
俺達が仕込んだ毒の存在に。
「あれー? アストリッド、なんか段々弱くなってる気がするなぁ〜。もしかしてバテちゃったのかな? あっ、そっか〜もう歳だから、体力がなくなってきてるのかな? みっともないね、お・ば・さ・ん♪」
「2年前はよくもやってくれたね。でも、戦ってみれば大したことないんだね、貴女って。最初の勢いはどこへ行ったんだろ? 吸血鬼の姫様だっていう割には、たかが小娘3人にこんなに翻弄されてるんだもん。ね、お姉ちゃん」
俺とユカリはそうやってアストリッドを煽る。
もちろん、アストリッドの冷静さを欠かせるという戦略的な意味として煽ったというのもあるが、ぶっちゃけ言うとほとんどが仕返しでこう言っているだけだ。
2年前、アストリッドには散々振り回されたからな。
「生意気だね……。イライラしてきたよ。でも、いいさ。お前達2人とも、すぐに私に噛み付かなくなる。ちゃんと理解らせてやろうじゃないか、私の恐ろしさを」
多少はアストリッドもキレているみたいだが、冷静さを欠くことはなかった。
まあ、こういった部分は、流石と言うべきか、だが。
「せっかくヒントあげたのに気付かなかったね」
「? 何の話を………」
俺の言葉に、アストリッドの頭の上に疑問符が浮かぶ。
やっぱり、気付いてないみたいだ。
「アストリッド、貴女はもっと、自分の体内に気を使うべきだった。気付かなかった? 貴女の力が、段々弱まってることに」
そんなアストリッドを哀れに思ったのか、外から魔法の壁を作って俺とユカリを援護してくれていたシロが、アストリッドにそう告げる。
「それはどういう……」
「貴女の体には、毒が仕込まれている。最初にクロとユカリが貴女につけた傷、あれは貴女に毒を仕込むためのもの」
「そんな馬鹿な………私は毒なんて……」
「貴女は興奮していて気付いてなかったみたいだけど、クロとユカリの大鎌には事前にユカリの魔法で作られた毒が塗り込まれていた。それに気付いていれば、私達の勝ち筋は薄かったかもね」
「っ……」
シロの言葉を聞いて、アストリッドは俺とユカリへの攻撃をやめ、その場で立ち止まる。
「はは……本当に、毒が……。でも、残念だったね。こんな毒くらい、私が体内の血液を操作すれば簡単に………」
「毒が全身に回ってるから、吸血姫だろうと何だろうと、解毒することは不可能だよ。そうなるように作ったもん」
「理解らせてやろうじゃないか、私達の恐ろしさを、なんてね」
アストリッドが、目に見えて狼狽えている。
「クロ、吸血鬼は、思ったよりも悪くない。別に私は、君達をいじめたいわけじゃないんだ。ただ、吸血鬼の素晴らしさを教えてあげようって、そう思っただけなんだ。だから、ほら、お試しでさぁ」
「うーん。一ヶ月無料お試しで、だったら考えるかなぁ」
「うんうん。一ヶ月無料にしよう。というか、元々金を取る気はないさ。よし、そうと決まれば……」
「本気で言ってると思う?」
「…私は本気だよ」
「でも残念。誰も吸血鬼になるつもりなんてないよ。少なくとも、お前なんかの下につくつもりはない。それに、残念だったね。もうお前に勝ち目はない」
「その通りだね………。お互い、これ以上やっても無駄だと思わないかな? 一時休戦としようじゃ……」
「後ろ」
今まで俺達がやっていたのは、誰も傷つかずに、アストリッドをこの場に留めること。
そう、朝霧来夏をこの場に呼んで、アストリッドを追い詰めるために。
「来夏……」
「よお、アストリッドさんよ。2年前はよくもやってくれたなぁ」
アストリッドの顔が、絶望に染まった。
某チェーンソーの漫画にハマって全然書いてませんでした。
執筆の悪魔に書けと言われたので、ちゃんと書くようにします。




