Memory88
ルサールカの繰り出した『グリフォン』と死体人形の相手をしている来夏だったが、その体力は徐々に削られていってしまっていた。
死体人形は元々、組織がクロやユカリのような人工の魔法少女を造ろうとした際に、失敗して廃棄されることになった魔法少女擬きだ。微々たるものではあるが、魔法も使える。そんな敵が、無限とも言える程に地面から次々に現れてくるのだ。当然、それの対処に来夏は追われることになる。
いくら相手が弱くても、数が多ければそれだけ体力は消耗されるものだ。それに加えて、上空から援護射撃をする『グリフォン』の存在。
はっきり言って、戦況は芳しくない。
たとえそれらを振り切ったとしても、まだルサールカは万全の状態で来夏と相対することができるのだから。
「私としては、そろそろ貴女達のうち、誰か1人くらい欠けても問題ないと思っているの。放置しておいたら、すぐに実力をつけて組織を潰してきそうだもの」
そう言ってルサールカは、魔力で造られた、魔族をも殺せる『魔銃』の銃口を、『グリフォン』と死体人形の相手をしてへとへとになっている来夏に向ける。
「だから、さようなら、来夏」
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
茜の眼前では、2人の魔族による、凄まじい戦闘が繰り広げられていた。
1人は、吸血姫アストリッド。上空を優雅に飛び回りながら、多方向から様々な魔法を放ち続けている。その様子は、アストリッドのことを全く知らぬ者が見れば、天使とでも表現していただろう。それくらいに、彼女の姿は美しく、とても映えるものだった。
そんなアストリッドに対抗するのは、真白の保護者を請け負ってくれていた、双山魔衣。
彼女は、優雅に舞うアストリッドとは対照的に、必死の形相で地上を走り回りながら上空を自由に移動するアストリッドに狙いを定めながら魔法を放っていた。
互いに魔法を放つ手を緩めることはなく、茜としては、倒れている束達に流れ弾が飛ばないよう、飛んでくる魔法を迎撃するので精一杯な状況だ。
元々、茜が魔衣のことを呼んだのは、束達の治療をお願いするためだった。しかし、櫻がアストリッドに敗れてしまった今、自然とアストリッドの相手を魔衣がすることになってしまい、束達の治療を行うことが困難な状況になってしまっている。
来夏との連絡も繋がらず、現状、頼れる人物が誰もいない。
束の恋人である朝太などは、連絡が取れるには取れるが、彼には戦う力がない。アストリッドと魔衣が戦闘しているこの場では、駆けつけるのは困難だろう。
それに、魔衣だってアストリッドに勝てるかどうかはわからない。いや、きっと勝てはしないだろう。
現に今、魔衣の体には、アストリッドによって付けられたであろうと思われる傷が、軽傷ではあるが何件か見られる。対してアストリッドはその美しい姿を崩すことはなく、魔衣の攻撃を全くもってくらっていないだろうことが分かる。
このまま続ければ、いずれ魔衣も束達と同様にやられてしまうのは明白だ。
(それなら…………)
「私も、一緒に…!」
『待て、はやまるな』
魔衣の加勢をしようと、全身の魔力の巡りをはやめる茜だったが、体内にいるイフリートによって、それを止められる。
『奴の狙いはクロだ。最悪、クロを差し出すことができれば、束達の命は保証できる』
「そんなことできるわけ………!」
『どうせクロは組織に洗脳されている。アストリッドに差し出したところで、何ら大差はない。それに、このままだと全滅するだけだ』
確かに、イフリートの言い分は正しいだろう。このままここで全滅するくらいなら、クロを探し出してアストリッドの元へ連れて行って見逃してもらう方がいい。
「イフリートの、言う通りだわ………。でも、私はそれじゃ納得できない……。私が、嫌なの」
『茜…』
「イフリート、貴方は私から離れて、束達を守ってあげて。私は、アストリッドと戦いに行く」
だが、茜の感情が、それを許さない。
実力で負けても、心までもは負けたくないのだ。
だから、挑む。たとえ、勝てなかったとしても。無謀だったとしても。
ほんの少しでも、希望があるのなら。
「だって私は、魔法少女だから」
茜は拳を握り締め、覚悟を決める。その手は震えていた。
「その必要はないよ」
そんな茜に、語りかける人物が1人。
「……真白?」
その少女の後ろでは、黒沢雪という、とあるアパートの住民が、少女と姉妹であるクロを抱き抱えていた。
雪の腕の中にいるクロの意識は、ない。
「まさか………」
「うん。アストリッドに、クロのこと、差し出そうと思う」
そのまま真白は、雪と共に、アストリッドの方へ進んでいく。
そんな真白の様子を見て、アストリッドと魔衣は戦闘を中断する。
「待っ……」
茜が手を伸ばすも、その手先は真白の魔法によって凍らされており……。
「アストリッド。もういいでしょ。ちゃんと連れてきたから。クロのこと」
アストリッドの口角が、上がった。
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
ルサールカに銃口を向けられた来夏だったが、その弾丸が彼女を貫くことはなかった。
ルサールカが来夏のことを殺そうとしなかったわけではない。彼女は確かに、来夏のことを殺そうと思って『魔銃』を取り出した。では、なぜ弾丸は放たれなかったのか、それは……。
「あら、驚いたわ。まさかあそこから抜け出すなんて……」
「私の妹に…! 手を出すな!!!」
来夏の姉、去夏が、ルサールカの持つ『魔銃』を握り潰し、破壊したからだ。
彼女は、ルサールカの作り出した水槽の中で、呼吸のできない状況に置かれていた。長時間無呼吸で過ごした彼女からは、満足に戦える程の力は残っていなかったはずだった。
しかし、妹に銃口が向けられた瞬間、彼女の全身に溢れんばかりの力が流れ出し、ルサールカの作り出した水槽を内側から木っ端微塵にし、一瞬でルサールカと来夏の間に割って入り、来夏の体を銃弾が貫くことを阻止したのだ。
「今日は十分楽しめたし、帰らせてもらうわ」
そんな去夏の様子を見て、ルサールカは恐れをなしたのか、この場から去ろうとする。
が……。
「逃がさないぞ」
去夏の腕が、ルサールカの腕を掴んで離さない。
その力は凄まじく、ルサールカも抜け出そうにも抜け出せない。
「……離しなさい」
ドスの効いた声で去夏を威嚇するルサールカ。だが、去夏が怯む様子はない。絶対に引くつもりなどない。そう言わんばかりの力強さで、ルサールカの腕を掴み続けている。
「来夏、今だ!」
「言われなくてもやってやるよ!」
さらに、去夏の指示により、来夏まで動き出す。
一切身動きの取れないルサールカに対して、強力な一撃を叩き込むために。
流石のルサールカも、これには焦りを隠せない。全身から冷や汗を垂れ流しながら、何とか去夏の拘束を解こうと、身じろぐが、去夏の体はびくともしない。
「『グリフォン』!! こいつらを始末しなさい!!」
『グリフォン』に指示し、何とかこの状況を打開しようと叫ぶルサールカだったが、『グリフォン』はそんなルサールカを冷たい目で見つめている。
自分の主人を殺させた女に貸す手などない、とでも言うばかりに。
ルサールカは取り乱す。今まで、自身にピンチというものが訪れてこなかったためだ。
今まで遊び半分で生きてきたルサールカにとって、それは自身の余裕を崩すのに十分の理由だった。
そして、とうとう……。
ルサールカの右腕が、吹き飛ぶ。
それは、来夏の手によって、右腕を切断されてしまったから。
ではなく。
自分で自分の右腕を切ったためだ。
ルサールカの右腕は、去夏によって掴まれてしまっており、そのせいで逃走することが不可能になってしまっていた。だから切ったのだ。自分の腕を。
そんなルサールカの様子を見ても尚、動揺することなくすぐにまたルサールカを拘束しようと手を伸ばす去夏だったが、次の瞬間には、ルサールカの姿は完全にこの場から消え去っていた。




