Memory84
「真白さん………どういうつもりですか?」
束は、敵であるはずのアストリッドと共に自分の目の前に現れた真白に対して、そう疑問をこぼす。
「クロのこと、組織に任せるよりも、アストリッドに任せた方がいいって思ったから。だから、こうしてる」
「っ! アストリッドも組織も同じです! どっちに居ようと、クロさんの自由は保証されないんですよ」
束は真白に反論しつつ、ステッキを構える。
真白だけならまだしも、向こうにはアストリッドがいる。勝てるわけがない。そんなことは分かってる。だが……。
アストリッドの元にクロを引き渡す。その選択を、容認したくはない。
友人であるクロを、取引の道具かのように扱いたくはない。何より、友人である真白に、そんなことをさせたくはなかった。
「邪魔するなら…………」
「待って、アストリッド。クロは私がちゃんと連れてくる。約束したでしょ。貴方が魔法少女達の足止めをしている間に、私がクロをここに連れて来るって」
「分かっているよ。殺しはしない」
「……ありがとう」
言って、真白はクロのところへ向かう。束は真白のことを追いたかったが、目の前にいるアストリッドがそうさせてくれるはずもなかった。
「さて………。どう料理してあげようか………」
アストリッドは、自身の漆黒の翼を大きく展開し、魔力を解き放つ。
束を絶望させるために。絶対に、勝てないんだとわからせるために。
「やるしかないみたいですね…」
束は、ステッキを用いて、アストリッドに向けて魔法を放つ。
勿論、一度や二度、魔法を当てた程度でアストリッドが倒れるなどとは、束自身も考えていない。
だからこそ、何度も魔法を放ち続ける。反撃を許さないよう、常に攻撃の手は緩めずに、また、同じ場所にとどまらずに、移動しながら攻撃を加えることで、仮にアストリッドから反撃が来たとしても、命中することがないように保険もかけておく。
束の攻撃は止まない。
だが、束の攻撃には、“質”が伴っていなかった。
攻撃を絶えさせないことに重きを置いていたせいで、一つ一つの魔法の威力が下がってしまっていたのだ。
塵も積もれば山となる、とはいうが、今の束の攻撃で、アストリッドに与えられたダメージは0に等しい。
どう考えても、束にアストリッドを倒すことができないのは明白だった。
「相手をするのも面倒だし、さっさと行動不能にさせておくか」
アストリッドは吐き捨てるように、つまらなさそうにそう呟く。
「愚かだよね。本当に。取引っていうのはさ、対等の立場同士でやるものなのに」
アストリッドは、自身の人差し指を束に向け、不適な笑みを浮かべまがら、そう話す。
「どうして私が格下の言うことを聞いてやる必要があるのか、ね」
瞬間、束に目掛けて真っ直ぐに、アストリッドの血液によって作られた、血の弾丸が放たれる。
「あ……」
束は、その攻撃に、反応することはできなかった。
彼女は、死を悟る。
あの攻撃からは、明確な殺意が感じられた。アストリッドは、真白との約束を守るつもりなど、最初からなかったのだ。そして、どうやら束のことも、眷属にするつもりは毛頭ないらしい。
束は、目を瞑る。意味はないのに。
だが、束に死が訪れることはなかった。
「クソが……世話焼かせやがって………」
「ホーク、さん……?」
横から飛んできた鷹型の魔族、ホークの手によって助けられたからだ。お姫様抱っこという形で。
束は少々恥ずかしくなりながらも、安堵する。
そして、束に向けて血の弾丸を放ったアストリッドの方はというと……。
「せっかく見逃してあげたのに、自ら命を落としに来るなんて、君はもう少し賢い子だと思ってたんだけどね」
「私は馬鹿っすよ。それに、あんたは生かしておけないっす。同じ魔族でも平気で手駒にして、用が済んだら始末する。そんなやり方をする奴、野放しにしておくわけにはいかないっす!!」
メイド服の魔族、クロコと、戦闘している最中だった。
「俺とクロコで時間を稼ぐ。その間に百山櫻ってのに連絡入れとけ。そしたら、いくらあのアストリッドでも、ただじゃ済まねェ」
「分かりました!」
束はすぐにスマホを取り出し、櫻の方へ電話をかける。
いくらあのアストリッドでも、ホークとクロコの2人を相手にしながら、櫻の相手をするのは難しいだろう。
まだ、全ての問題が解決したわけじゃない。だが、アストリッドの脅威に怯えることは、もうこれでないんだと思うと、気が楽だ。
ホークとクロコは、互いに連携しながら、アストリッドの足止めを続ける。
アストリッドは、櫻に電話をかけようとしている束に注目しつつも、ホークとクロコの猛攻によって、彼女に攻撃を加えることができないでいる。
「邪魔だなぁ…‥。やっぱりあの時始末しておくべきだったね」
「あんたは詰めが甘いっす。2年前も、無様だったって聞いたっすよ。たかが1人の魔法少女に、完全敗北したんだとか」
クロコはそうやって、アストリッドを挑発する。
冷静さを削げば、それだけアストリッドの攻撃の精度も下がるためだ。それに、束への注目も多少は削ぐことができる。
「オイオイオイ!! どうしたァ!? これが吸血姫の実力かァ!? たかが魔族2匹の相手もまともにできないんじァ、王として示しがつかないよなァ!?」
ホークとクロコは、束が櫻に連絡さえ入れてくれれば、ほぼ勝ちなのだ。実際、櫻の実力は、セカンドフォームを含めれば、アストリッド以上のものだ。
「櫻さん、今、アストリッドに襲われています。奴の狙いはクロさんです。応援、頼みます!」
そして今、束が連絡を入れた。櫻の名前を口に出した途端、今まで余裕そうな表情をしていたアストリッドの顔も、心なしか焦っているように思える。
(よかった………これで……)
「頼まれたもん、持ってきたぜ、アストリッドさんよぉ」
だが、戦況は大きく変わる。
ゴブリンという、1人の魔族が持ってきた、たった一つの道具によって。
ゴブリンは、手に持った注射器を、アストリッドに向かって投げる。
アストリッドはそれを受け取り、自身の右腕に刺す。
「まさか……怪人強化剤…!」
怪人強化剤。
使用することで、一時的に自身のforcelevelを劇的に向上させるというものだ。
しかし、束には、今までの怪人強化剤とは、どこか違うように思えて仕方がなかった。
今までの怪人強化剤は、使用しても容姿に変化はなかった。
だが、今回自身の腕に注射を刺したアストリッドの姿は、以前とは異なっていた。
美しい金色の髪の毛先は、虹色のグラデーションがかかっており、吸血鬼の象徴たる翼も、以前のような漆黒に加え、黄金の模様がところどころに入っている。瞳の色は、一色で表現するのは失礼であると感じるほどに、様々な色が綺麗に混在しており、その風貌はどこか神々しさすら感じられた。
束自身、怪人強化剤を使う場面を見たことはない。だから、自分の中の杞憂の可能性も捨てきれない。だが、それにしては、明らかに異常すぎる光景だった。
「怪人強化剤、ねぇ。そんな下賤な奴らが使う道具を、私が使うと思うのかな? これは、そんな試作品とは全く違うものだよ。魔族進化剤。それが、この道具の名だよ」
魔族進化剤。
怪人強化剤の完成形で、魔族のために作られた、究極のアイテム。
怪人強化剤とは違い、その効果は、永続。
アストリッドはゴブリンに、この魔族進化剤を入手するように指示していたのだ。
「さて、どいつからでもかかってこい。全員真っ赤に染め上げてあげるから」
アストリッドは笑う。
大幅に底上げされた、自身の実力。それを今から、存分に奮えるのだから。




