Memory76
「わっ、う、嘘でしょ!? こ、こんな時に怪人なんて…!」
尾蒼始守アパートの住民、黒沢雪は、仕事をするために職場へ向かう途中、怪人に出会ってしまい、腰が抜けてしまっていた。
怪人はかなり大きい個体で、遠くにいた雪を目視した途端、大きくジャンプして一瞬で距離を詰めてきていたのだ。
「か、怪人さーん? い、一回落ち着きましょ? ね? ね?」
雪は怪人との対話を試みるが、当然そんなものが上手くいくはずもなく。
「うわぁ!」
怪人は、雪の問いかけを無視して、その大きな拳を雪に向かって降り下ろす。
が……。
「あれ……?」
雪に拳が届く前に、大きな鎌を持った少女が、その拳を受け止めていた。
黒い髪を持ち、少し背が低めなその少女の名前は……。
「クロちゃん?」
「シロっ! やって!!」
クロがそう言うと、怪人の後ろから白い髪を持つ少女が走ってきていた。
「任せてっ!」
真白は空高く舞い、怪人の頭目掛けて魔法を放つ。
「水嵐!!!!!」
途端、怪人の頭上で物凄い水流の嵐が吹き荒れ、そのまま怪人を巻き込み、巨大な水の柱を形成していく。
水の嵐が消え去った時には、そこにはもう、怪人の姿は見えなくなっていた。
「「いぇーい!!」」
クロとシロ、2人の少女はハイタッチをして、怪人の討伐を喜び合う。
2人の息は双子だからか(厳密には双子ではないのだが)ピッタリで、手際よく怪人を討伐することができていた。
「ひょぇー……。シロ、いつの間にこんなに強くなったの」
「この力は、八重に貰ったものだから」
「八重が? どういうこと?」
「説明するのはちょっと難しいんだけど、八重って怪人強化剤を使ったせいで、魔法少女として戦うことができなくなって……」
「私が使った時は何ともなかったけどなぁ……」
クロも八重と同様怪人強化剤を使ったが、照虎や八重のような副作用は起こらなかった。
おそらく、クロの体が怪人に近いことが関係しているのだろう。
「それで、戦えなくなった八重の魔法を、私が受け継いだって感じ」
「そんなことできるの?」
「私の場合は、八重と血の繋がりがあったからできたらしいよ。多分、赤の他人に引き継がせることはできないだろうし、魔法少女としての素質がない子にも引き継がせれないと思う」
クロとシロは、怪人を倒した後、しばらく立ち話を続ける。
シロは一応学校があるので、そこまで長話をするのは良くないのだが……。
「クロちゃん……魔法少女だったんだね……」
「え……何でわかるの…?」
そんな2人に、雪は声をかける。
本来、魔法少女には認識阻害の魔法がかかっており、同じ魔法少女でなければその存在を認知できないはずなのだが、何故か雪はクロの正体が分かっているみたいだ。
(そういえば、辰樹も俺のことクロだって分かってたような……。もしかして、俺には認識阻害の魔法かかってない?)
「クロ、この人は?」
「ああ、黒沢雪さん。2年前に住んでたアパートがあるんだけど、そこに住んでた人で、まあ、ご近所さんだね」
「あ、はじめまして、黒沢雪ですっ。気軽に雪でいいよー」
「どうも、双山真白です。クロとは双子の姉妹です。まあ、厳密に言うと私の方が姉みたいなんですけど」
ペコリと、シロは頭を下げる。それに合わせるかのように、雪もまた、頭を下げる。
「2人とも堅苦しいね。お見合いか何か?」
「あはは、確かに、ちょっとかしこまりすぎかも?」
「一応年上だし」
「そういえば、雪さ………雪は仕事しにいかなくていいの?」
クロは雪にそう尋ねる。現在は早朝で、ちょうど通勤通学の時間なのだ。
シロも学校に通う途中で怪人を見かけたので、クロと一緒に怪人を討伐した。ちなみにクロは学校には通っていない。
というのも、戸籍の問題など、クロが普通に生活していくのには色々と問題がある。
「ああっ! ま、まずい、遅れちゃう! ごめんねクロちゃん、真白ちゃん! 私、仕事しにいかなくちゃ!」
そう言って、雪は駆けて行く。
「あの私の名前の呼び方………そっか。分かっちゃった。やっぱり、クロちゃんは………
……………………お兄ちゃんだ」
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
「そうか、良かったな。好きなんだろ?」
広島辰樹は、自身の通っている翔上高校にて、友人の伊井朝太と話していた。
話題は、クロについてだ。
辰樹は、真白から、クロを組織から助け出すことに成功したということを聞いていた。だが……。
「会いに行くのが怖いんだよ。俺が説得しに行った時は、結局無理だったから。俺は、拒絶されるんじゃないかって」
「そんな風にウジウジしていると、横から掻っ攫われるぞ」
「お前はいいよな。あんなに可愛い彼女がいるんだからさ」
実は、朝太には彼女がいる。
現在受験生で、年下の……。
「束のことか……。まあ、束は今受験中だから、恋人らしいことはしていないんだけどな」
そう、深緑束だ。
どうやら朝太と束は塾で出会ったらしく、そこで意気投合したらしい。
ただ、キスをしたこともなければ、手を繋いだこともないらしい。
というのも、朝太は束のことを大切にしたいらしく、束の方から求めてこない限り、そういう恋人らしいことは絶対にしないという。
ただ、手すら繋がない時点で愛想を尽かされそうなものだが、束も束で恋人だからといってどこでも惚気るというのは嫌いらしく、やるべきことはきちんとやりたいと考えるタイプの人間のため、朝太と上手くいっているようだ。
ちなみに、櫻や来夏などは恋人を作っておらず、櫻達魔法少女組で恋人がいるのは束だけだ。
「それに、俺がクロのことが好きでも、多分、クロは今は恋愛とか、そういうこと考えられないと思う、だから……」
「はぁ……。呆れるな。恋愛でしか物事を語れないのか」
「何だよ…」
「別に、1人の友人として会いに行けばいい話だろう。影山さん…って、これは偽名だったか、の方はお前のことを恋愛的な目では見てないかもしれないが、友達だとは思ってると思うぞ」
「そうかな……」
「はぁ、分かった。俺も一緒に会いに行ってやる。1人で行くよりは行きやすいだろう?」
「………悪いな」
2人の男子高校生は、次の授業のチャイムがなるまで、恋愛話に花を咲かせた。
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
「やっぱり、ルサールカと愛の奴、何か企んでるみたいだね」
ミリューは、組織のとある一室で、そう呟く。テーブルの上にはホットミルクが置かれていて、おそらくミリューが飲んでいるものなのだろう。
ミリューのそばには、シークレットと呼ばれる組織の幹部が立っている。
「さて、どうするシークレット。私が愛を殺してしまえば、クロが組織に逆戻りなんて事態は避けれると思うけど……いや、ごめん。流石にダメだよね」
ミリューは、シークレットが不満そうな雰囲気を醸し出していたからか、自身の提案を撤回する。
「………流石に飲み過ぎじゃない…?」
シークレットは、ここにきて初めて声を出す。声質から推測するに、シークレットはどうやら少女であるらしい。
テーブルに置かれたホットミルクは、かなりの頻度で飲まれており、既にコップは空になっていた。ミリューはよっぽどホットミルクが好きなのだろう。
そんな様子を見てか、シークレットは空のコップを持って、また新たなホットミルクを入れに行く。
「んー。仕方ないかもね。まあ、生命維持装置のリモコンは今ルサールカの手にはないし、クロが組織に戻ってくることになっても、私やシークレットがサポートすれば済む話か………。でも、やっぱり一番怖いのは『ボス』の存在なんだよね」
ミリューの言う『ボス』は、組織を束ねる、ルサールカやミリューよりも上の、社長のような存在だ。
『ボス』と顔を合わせたことがあるのは、アスモデウスとルサールカのみらしく、その実態は不明。
ミリューにとっても、『ボス』の存在は一番の不安要素だったようだ。
「そういえば、何でシークレット呼びなの? 別にこの部屋には誰もいないんだし、普通に名前で呼んでくれてもいいのに」
シークレットは、ミリューに話しかけながら、彼女の前にいれたてホヤホヤのホットミルクを差し出す。
それを見たミリューは嬉しそうにホットミルクを受け取り、またグビグビと飲み干して行く。
「んく……ぷはっ。念には念を、だよ。本来、新幹部は君になるはずじゃなかったんだ。それを無理矢理私が誤魔化して、何とか騙し騙しで君を幹部に仕立て上げてる状態だから、もし万が一そのことがバレてしまうと、私の立場が危ういんだよ。下手したら、君の立場もね」
おかわり! と言いながら、ミリューはシークレットに空になったコップを差し出す。シークレットの表情は仮面を被っているせいで読み取れないが、実は仮面の下でミリューに対してジト目を向けている。まあ、当然ミリューが気づくはずもないが。
「こんな話してる時点で、もう関係ないと思うんだけど」
「警戒しておくに越したことはないでしょ?」
「うーん。わかった。じゃあ、組織にいる時は、シークレットでいいよ。でも、プライベートの時はちゃんと名前で呼んでね、ミリューお姉ちゃん」




