Memory75
「クロ、そっちお願い!」
「分かった!」
組織を裏切り、櫻達と合流してから3日が経った。
今の俺は、櫻やシロと共に、街に出た怪人を魔法少女として討伐し続けている。
ここ3日で、櫻達との交流も深まった。元々八重や来夏辺りとの交流は2年前から頻繁、というほどではないがあったし、シロとは今世が始まった時から一緒に過ごしてきていたのだが、他の面子とはそこまで深い関係になったことがなかったのだ。
「よし、これで全部。意外と早く片付いたね。流石クロ」
「まあ、一応『死神』とか言われてたくらいだし……」
照虎は、大切な人を殺してしまった、という共通点があったからか、積極的に話しかけてくれて、まあ、傷の舐め合いみたいなこともしてきたし、束は受験にも関わらず、ここ3日は電話越しに会話をしたりなどして、それなりに仲良くなった。櫻や茜も、一緒に怪人の討伐をしたりする中で話せるようになってきたし、3日過ごしただけで、かなり馴染めたように思う。
茜はたまに、イフリートがどうしたこうのだとか、いきなり独り言を話し始めたりするので、普通に心配になる時があるが。
「クロ、ごめん。あの時、逃げ出したりして」
怪人を討伐し終え、帰宅ムードになってきたわけだが、突然シロが俺にそう言ってくる。
多分、シロが言っているのは、組織を裏切った時の話だろう。
「別にもう終わった話だし、それに、私はシロが組織を抜け出してくれて、嬉しかったよ。
「クロ……」
「………あーでも、悲しかったなー。シロが私のこと見捨てて組織を裏切っちゃってさー。あの時は一晩中泣いちゃったなぁー」
「ご、ごめん………」
「あはは。冗談だよ。本当に気にしてないから」
ユカリのことは今でも忘れてない。けど、今の俺は組織を抜け出して良かったなと心からそう思えている。
シロや櫻達と一緒に、街を守るために怪人を討伐するのは、中々悪くない。
もう、魔法少女を殺せなんて命令は下されないし、自分の命を人質に取られる心配もない。
ちなみに、生命維持装置のリモコンについてだが、それもミリューから八重の手に渡ったらしい。
ミリューが言うには、『私のこと完全に信頼できるわけじゃないだろうから、信頼できそうな子に渡しとくね』だそうだ。
あの子には色々と助けてもらった。何か返せればいいのだが、しかし、組織に所属している以上、敵対する可能性もあるのだろうか。
あの子とはあまり戦いたくはないな。
「あ、クロ。茜から連絡。『今日一緒にご飯食べに行かない?』って」
「……いいの?」
「何が?」
「いや、私も行っていいのかなって」
「全然大丈夫。むしろ、クロのこと誘うように言われてるから」
「そっか。じゃあ行く」
一緒にご飯、か。
前世じゃあんまりそういうことをしてこなかった気がする。
確か、妹の面倒を見ていたような………。
まあ、正直記憶が朧げだし、思い出せないが。
ご飯に誘われるってことは、本当に、俺を友達として見てくれているってことでいいのかな。
俺はここ3日、心のどこかで、櫻達は俺に気を遣ってくれているだけで、本当は仲良くしたいだとか、そんな風になんて思っていないんじゃないか。シロが俺のことを気にかけてるから、櫻達もそうしているだけなんじゃないかって。
でも、そうじゃないんだろうな。
皆、いい子達だ。
「クロ? どうしたの? 急に立ち止まって」
家族がいて、友達がいて。
人を殺さなくてもよくて。
そっか。もう俺、悪の組織の魔法少女でも、なんでもないんだ。
「ううん。何でもない」
友達とご飯、か。
それも悪くない、かな。
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
「いくらお兄ちゃんの頼みだからって、その提案は飲み込めない」
櫻は、自身の兄である百山椿が久しぶりに家に帰ってきたため、部屋で話し込むことにしたのだが、椿は、家族にするような話などではなく、櫻を1人の、最強の魔法少女として見て話していた。
その内容は、クロを囮にすること。
「櫻、別にクロのことを見殺しにしろって言ってるわけじゃない。ただ、逃げ出したアストリッドを誘き出すのに、クロが一番最適なんだ。だから、クロを囮にして、やってきたアストリッドを俺が叩く。クロに危害は加えさせない」
「せっかく組織から抜け出せたのに、そんな危険なこと、やらせるわけがないでしょ。それに、アストリッドのことを逃しちゃったのは、お兄ちゃん達の責任なんだから、クロちゃんを巻き込まないでよ」
櫻は普段お兄ちゃん子で、椿の話に反対することはなかったのだが、この時ばかりは、思わず櫻も椿に反抗してしまう。
だってそうだろう。
自分の友人を危険に晒すことなど、友達想いの櫻にできるはずがない。
「そうか……。でもな、櫻。これはお前のためでもあるんだ。クロを手元に置いておけば、アストリッドの奴に狙われる可能性がある。奴は危険だ。いくら櫻でも、アストリッドは何を仕出かしてくるか分からないようなやつだ。絶対に安全とは言い切れない」
「だったら、余計に囮作戦には賛成できない。そんな危険なこと、友達にさせたくない」
「仕方がない、か」
椿は、櫻の腹目掛けて拳を振るう。
櫻を気絶させ、無理矢理にでもクロを囮にするためだ。櫻さえ無力化すれば、椿に敵う魔法少女はいない。仮に相手できるとしたら来夏くらいだろう。
だが……。
「2年前みたいにはいかないよ。いくらお兄ちゃんだからって、妹に手をあげていいと思ってるの?」
櫻は椿の拳を受け止め、それを回避する。
「っ……。まあ、いい。アストリッドのことは、俺達でなんとかしよう。本当は、囮がいた方がやりやすかったんだがな」
そんな櫻を見て、椿はクロを囮にすることは諦めたのか、拳を下ろし、そのまま部屋を去ろうとする。
「今日のお兄ちゃんは、あんまり好きじゃないかも」
そう言う櫻のつぶやきは、椿には聞こえたのか、それとも聞こえなかったのか。
そのまま椿は、何も言わずに家から出て行ってしまった。
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
「あームカつくなぁ。あのガキが幸せそうな面してるの見るとよォ」
屋根の上からクロと真白が怪人と戦闘している光景を眺めながら、そう呟くのは、悪の組織の元幹部、ゴブリンだ。
どうやらゴブリンは組織にいた頃から、クロのことが気に食わなかったらしい。
「そんなに嫌いなんすか?」
ゴブリンの隣でそう尋ねるのは、ワニのような肌を持つメイド服の少女、クロコだ。
2人は一応自分達のリーダーであるリリスがアストリッドによって殺害されてしまったため、自身の身の振り方をどうするべきか、迷っていた。2人の仲間であるホークという魔族は、リリスが死んでから2人の前に姿を見せていない。というのも、ホークはゴブリンのことが嫌いらしく、あまり顔を合わせたくないのだとか。
「ああ、そうだ。嫌いだよ。クソっ! ムカつくな………。ボコボコにしてェ」
「うわぁ。何でそんなに嫌ってるんすか? 敵意マシマシじゃないっすか。理解できないんすけど」
「殴りに行ってやろうか、どっちかっていうと泣いてる面のがマシだしな」
「もう私は何も突っ込まないっす」
クロコはクロに異常なまでの敵意を見せるゴブリンに呆れたのか、口を閉じてしまう。
「やあ、何の話をしてるのかな?」
そんな2人の元に、やってくる吸血鬼が1人。
「テメェは……」
「あ、アストリッド……」
「初めまして、ゴブリン。クロコちゃんの方は、会うのは二度目だね」
「何の用だ?」
「少し提案があるんだけどね。君は、クロが他の魔法少女達と一緒に楽しそうにつるんでいるのが許せないんだろう?」
「ああ。まあそうなるな」
「だったら、私と手を組む気はないかな? 私も、クロと櫻達の仲は引き裂いておきたいからさ」
「ゴブリン、こいつはリリスっちを殺した相手っす。言うことを聞く必要は……」
「乗った。いいぜ、お前と手を組んでやる」
クロコは、ゴブリンがアストリッドと手を組むことを阻止しようとするが、ゴブリンはクロコの言葉に聞く耳を持たない。
「ゴブリン、何で……」
「あ? 俺は元々リリスのことなんてどうでも良かったからな。こいつがリリスを殺してようが、俺には関係ねェ」
「そういうわけだ。悪いねクロコちゃん。それじゃあ、改めてよろしく、ゴブリン」
アストリッドは確実に、自分の戦力を整えていく。
吸血姫アストリッドの脅威は、すぐそこまでやってきていた。




