Memory74
魔法少女達に囲まれて、逃げ道を失った俺だったが、流石に複数人で迫るのはよくないと思ったのか、部屋には俺と八重とシロだけを残して、他の皆は全員一旦別の部屋で待機という形になった。
「久しぶりね、クロ。2年前と全然変わらないわ」
「そういう八重は随分変わったね」
2年前の八重は眼鏡をかけていなかったし、もう少し身長も低かったはずだ。やはり、10代にとっての2年というのは、人を変えるのには十分過ぎる年月なのかもしれない。
「クロ、どうして私達のことを避けるの? 生命維持装置のことは聞いた。けど、それももう大丈夫だって。だったら…」
シロは、縋るようにそう聞いてくる。
シロも2年前と比べると随分と成長したなと感じる。俺の容姿は、脳を弄られているせいか、2年前と何ら変わりはないままだ。
現実逃避はここまでにして。
シロの言うことはわかる。
今の俺は、ミリューのおかげでいつでも組織を裏切れる状況だ。
爆弾もないし、今度は人質も取られていない。だって、愛や千夏は脅されて組織に従っているわけじゃないのだから。
分かってる。これは俺の気持ちの問題だ。
俺は2年前に、ユカリをこの手で殺めてしまった。勿論、アストリッドに操られていたため、自分の意思でやったわけじゃない。でも、俺はユカリに言ってたんだ。人を殺しちゃいけないって。人を殺したら、後戻りはできないって。
それなのに……。それなのに俺は、ユカリを、人をこの手で……。
「ごめん……ユカリを殺したことが、未だに頭から離れなくて……。今、シロ達の方に寝返っても、また、あの時みたいになるかもしれないって考えたら、怖くて………。自分の大事な人を、自分の手で殺してしまうんじゃないかって、そんな気がして……」
ユカリは今世の俺にとって、一番大事な人と言っても良いくらいの存在だった。そんなユカリを手にかけてしまったのだ。シロや八重のことも、この手で殺めてしまったっておかしくはない。
「そんな心配、しなくてもいいよ。2年前は、その、そういう風になってしまったのかもしれないけど…。でも、今は違う。櫻も来夏も、アストリッドとまともに戦えるくらいに強くなってる。茜や私だって、魔族を相手にしても問題ないし、私の魔法があれば、クロがもう一度操られてしまうことなんてない。だから大丈夫」
そう、なのかな。だったら、その心配はないのかもしれない。でも……。
「仮にそうだったとしても、ユカリを殺した私が、幸せになってもいいと思う? 人を、殺した癖に、大事な人を、自分で殺した癖に……。そんなの、耐えられない……。ユカリは、もう幸せになれないのに。ユカリにはもう、明日は来ないのに……!」
俺の言葉に、八重もシロも黙り込む。
そうだよな。やっぱり、2人とも何も言い返せないんだ。俺には、幸せになる資格なんてない。
悪の組織の魔法少女として、使い潰されるくらいが丁度いいんだ。だから……。
「さっきから黙って聞いてましたけど、何なんですか? ウジウジウジと。もういいじゃないですか、悩むのは後にしたって」
「悩むのは後にしろー!」
「へ?」
突然、扉を開け、部屋に入り込んできたのは、櫻が面倒を見ている魔法少女の、真野尾美鈴、だったか。隣には、ツノの生えた女の子が立っている。
「そのユカリって子は、貴方に幸せになって欲しくないって、自分が死んでしまったから、貴方にも死んで欲しいって、そう思う子なんですか? それなら私は何も言いません。でも、そうじゃないんでしょ?」
「そうじゃないでしょー!」
そうだ、ユカリはそんな子じゃない。あの子は、いつも無邪気で、優しい子で……。人の不幸を願うような子じゃなかった。でも…。
「それは、そうだと思う、けど……。死人の考えていることなんて……」
「大体、貴方に幸せになってほしいって思ってる人がいくらいると思ってるんですか。櫻先輩もそうですし、今ここにいる人達は皆、貴方に幸せになって欲しいって思ってますよ、組織から逃してくれた子もきっとそうですし、私だってそうです。櫻先輩から、色々話は聞いたので」
「そうだそうだー!」
「私も、黒髪ちゃんと同じで、大事な親友を殺してしもうたことがある。私の場合は、操られてるわけでも何でもなくな。けど、櫻達はこうやって受け入れてくれてる。自分の罪とかは、後から考えればいい。私が言っても、説得力はないんかもしれへんけどな」
虹色の髪を持つ、照虎という少女が、後ろからそう話してくる。
親友を、殺した? 自分の意思で?
え、えぇ………。
だ、大丈夫なのこの人…?
「照虎、ドン引きされてるわよ」
「分かっとる。分かっとるよ。私がおかしいってことは。あ、安心してくれ、もう他人を殺したりはないから」
「いや、当たり前でしょ!?」
俺は思わず突っ込んでしまう。いや、いいの? 平然と人殺しが入ってるんだけど、櫻達はそれでいいの?
「まあ、そりゃ勿論極悪人を仲間にっていうのは考えられませんけど、照虎さんは、罪を償う気でいます。はっきり言って、私達には照虎さんが許されるべきなのかどうか、そんなことは分かりません。彼女の親友は、彼女のことを恨んでいるかもしれませんし。でも、それでも、櫻さん達は照虎さんを、許すわけじゃないけど、受け入れるって、そう決めたんです。本当にお人好しですよ。一度裏切った私でさえ、受け入れてくれるんですから」
そう話すのは、緑色の髪をポニーテールにした少女、深緑束だ。
「悩むのは後からでもできるからな」
「脳の中にいるノイズを取り除くにはどうすればいいのかしら……」
そっか。来夏の言う通り、悩むのは後からでもできる。茜の言っていることはよくわからないけど、ノイズ? うん、よくわからない。
そうだ。
ウジウジ悩んでいても、仕方ないのかもしれない。
ユカリのことを蔑ろにするわけじゃない。でも、いつまでも自分が幸せになる資格がないだとか、そんなことを考えていても、誰も幸せになんてならないのかもしれない。
俺の幸せを望んでくれてる人が、こんなにいるんだ。
だったら……。
「そっか………。ありがとう。………そうだね。はぁ……。ごめん、今まで心配かけて。その、これから、よろしくお願いします……」
ちょっぴり恥ずかしいけど、きっともう、大丈夫。
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
「ルサールカ、少し話があるんだけど、いいかな?」
そうルサールカに話しかけるのは、灰色の髪を持つ少女、親元愛だ。
「何?」
「クロのことなんだけどね」
現在、組織ではクロが裏切り、組織から抜け出したことは認知されており、生命維持装置の行方も不明なため、ルサールカなど組織の幹部も、既にクロを取り戻すことは諦めていた。
どちらかと言えば、裏切り者は殺すという、そっちの方向で考えているからかもしれない。
ただ、愛からすればそうではない。元々彼女は、クロのために悪の組織側についたのだ。
いや、厳密に言えば、クロの隣にいるために、だろうか。
そんな彼女が、クロの裏切りを容認できるだろうか?
………できるわけがない。
「クロのことなら、次に会った時に始末すればいいと考えているのだけれど、貴方はやっぱり納得できないみたいね」
ルサールカは、愛の要求を何となく予測する。きっと、クロをもう一度組織に戻してほしいと、そう言うつもりなのだろう。
「そうだよ。僕は組織でクロと一緒にいたい。だから、提案があるんだ」
「提案?」
「そう。提案だよ。僕を人質にして、クロを無理矢理連れ戻すんだ。クロにとって、僕は一番大切な存在ではないのかもしれない。けど、それでも僕はクロにとっての親友だ。だから、きっと有効なはずだよ」
別に愛は、クロに嫌がらせをしたいわけではない。
愛にとって、クロは大切で、自分の愛を向ける対象なのだ。
そう、愛のこれは、悪意でもなんでもない。
ただ、純粋な愛でしかないのだ。




